234.憂払拭
「いやいやいや、ないだろ?」
「ゲームのバランスおかしすぎませんか?」
唖然としている二人。
「なんでこうなったかは私にもわからん」
ゲームバランスは運営さんに聞いてください。
「え、じゃあこの料理も『雑貨屋』さんの料理……」
はっ、とテーブルに並べられた料理を振り返るアルム。
「今日、何日か並んだ挙句に買えなかったあの……」
シズルが同じく料理に目をやって言葉を続ける。不思議な言い回しになっとるが、現実時間の「今日」・ゲーム内時間で「何日か」並んだということだろうか。
徹夜行列はログアウトするアホがいるので強制排除している。近所迷惑反対!
「どうりでやたら旨い……」
「スキル使ってEP減らしてまで食べてますもん」
「フハハハハ! 食うがいい食うがいい!」
自分が食べることが好きなせいか、人が美味しそうに食事していることにもテンションがあがる。どうしても手に入る食材のランクのばらつきのせいで、できる料理のランクに差が出るのだが、余ると寂しいので並べた料理のランクはなるべく揃えてある。後から出すデザートだけランクを高くする所存。
「日本酒も和食も普通に出てるけど、普通じゃないからね?」
そういいながらペテロがお稲荷さんをつまむ。小さめにつくったお稲荷さんは、俵型が紅ショウガとゴマ、こげ茶に染まった油揚げが甘めな黒糖。三角がくるみとゴマ入り。口が開いたまま中が見えるようになっているのはおこわだったりイクラを飾ったり少し変わり種。華やかに見えるし、後でヴェルス用に差し入れよう。
雑貨屋では薬や錬金アイテムも販売しているが、生産組がだんだん作れるようになってきた物もある。ただ、長くプレイするにつれて料理への比重は大きくなっているようだ。ずっとそこそこな味の洋食で平気な人ももちろんいるが、感覚の再現度が高いせいか料理や日用品の生産需要は増えている。日本人は他の国の人と比べアミノ酸大好きで、不足するとストレスの原因になるらしいしな。
「浮いてるのは魔法? 髪から出ている羽根も特殊効果ですか?」
「種族『天人』に【浮遊】ついてる。羽根も天人のせいだ」
頭の羽は鳥の翼のような形はしているものの、硬いわけではなく柔らかい。まあ、骨があるわけでもないようなので髪が変化したものなのだろう。開くと髪自体も毛先が重力に逆らってふわふわとただよい、あちこちに羽根が顔を出している。翼をたたむと羽根は消えて髪は重力に従い、翼は少し残っているのだが元々の髪型のせいで髪と同化して見える。先日、まじまじと鏡をみて確かめました。
「羽根、千切っていいか?」
「やめろ。前に千切った時に雑貨屋の店員さんから教育的指導が来た」
何となく頭の翼には感覚があるのだが、ところどころ生えている羽根の方は髪と同じく切っても痛くない。ポワポワ生えてるのが気になるのはわかるが、レオのリクエストは却下。教育的指導というか、また決死の形相でせっせとブラッシングされるのは避けたい。
「すでに自分で千切ってみた後なんですね……」
シズルが何故かものすごく残念そうに呟く。一番に千切りたかったのだろうか? 私の髪がなんかエアパッキン潰しのごとき娯楽と化しそうで怖い。
「ホムラが残念なのは置いといて。獣人に進化した人、何人かいるけど【獣化】できるみたいね。天人が【浮遊】ってことは、他の種族も何か特性ついてるのかもに」
「残念ってなんだ。【獣化】いいな。【浮遊】ついていると特定の地形無視できて便利だけど魔法やアイテムで代用効くし、ちょっとうらやましい」
お茶漬の言葉に、もうちょっと調べてから進化すればよかったと軽い後悔。白と黒、白虎と一緒に丸まって猫団子を作れたかもしれないのに……っ!
「耳と尻尾が生えた外見が狼男に変わる程度の変身だよ。【鳥人】と【狐人】、【兎人】しかまだ掲示板に報告ないけど」
とか思っていたら、ペテロに否定されました。団子ならず。
「【獣化】は能力上がるけど、時間制限あるし対ボス戦向けかな? 生産も動物の種類によって特に跳ね上がる能力があるから自分の生産に合ったの選べば大物作るときに便利だよね。【木人】はまだ報告ないね」
「けっこう色々出てるんだ?」
「ほとんどがカジノの景品でしよ」
「狐が遠い!」
「狼どこだ!」
アルムに対する菊姫の答えにレオとシンが反応する。
「カジノはやめて、迷宮通いなさい、迷宮」
ペテロの一言で黙る二人。
「あ、そういえば醤油一本売ってくれ! ホムラ!」
「いいが、突然だなおい」
レオが何か思い出したらしく、突然話題を変える。
「醤油持ってくと、醤油ラーメンが食えるんだ!」
「……それはバロンの豚骨ラーメン屋か」
「おう!」
嬉しそうにレオが答える。疑惑の豚骨ラーメン、ミノタウロスがでたら疑惑の牛丼屋とかもできそうだ。
「魚醤にチャレンジしてる人とかいるみたいね」
「おお、そっちに行ったか。私はニョクマムのせいで匂いのイメージがどうも……。ああ、だが『いしる』をちょっとたらして焼いた貝は美味しかったような」
熟成年数とかでも変わるのだろうか。
「ううう、外見が『白の賢者様』なのに会話がホムラすぎる」
「ビジュアルと音声がずれてますね……」
「徐々に『レンガード』に慣れていった僕たちと違って、事態が飲み込めない新人さんズ。かわいそう」
「早く諦めた方が楽になれるでしよ?」
何やらつぶやくアルムとシズルの二人に慈愛に満ちた視線を送るお茶漬と菊姫。
「何が言いたいんだ、何が」
遠回しに残念だと言われている気配。
「ホムラ? 自分のその羽根のことはどう思ってるの?」
「最初はちょっと格好いいと思った」
微笑みながら問いかけてきたペテロに、初めて見た時は格好いいと思ってテンションが上がったことを正直に告げる。
「今は?」
「究極の枝毛」
「…………」
沈黙が落ちた。
「と、このように喋らせると残念さが斜め上です」
気を取り直したらしいお茶漬が締める。ひどい。
「邪魔をするぞ! ホムラはいるか!」
デザートを食べ終え、お茶で――一部酒のやつがいるが――まったりしているところに乱入者。
「ちょっと、人様のハウスなんだから落ち着くにゃ!」
「お〜炎王〜か〜相変わらずカッカしてんなあ。いるぞ〜」
いきなり転移でやってきた炎王に、酒でいい感じになってきたレオが気の抜けた返事をする。ちなみにシンは沈没済みだ。
「いたか! 貴様……っ! ……っ」
こちらをばっと向いた炎王と仮面越しに目があったと思ったら黙られた。
「あら〜。レンガードなのね」
「お披露目でしよ」
「あ、初めましてにゃ。【烈火】のクルルにゃ! 騒がしくってごめんにゃ〜」
菊姫の言葉にアルムとシズルの存在に気付き、挨拶を交わし始める面々。
「あそこで固まってぷるぷるしてるのが炎王にゃ」
「あ、掲示板で存じてます。――何故固まっているのですか?」
「炎王、あれでレンガードのファンなのよ。文句言いに来たのに予想外にホムラがレンガードの格好してて戸惑ってるみたいね」
「彼もホムラとレンガードが重ならない犠牲者かい……」
こそこそと小声でギルヴァイツアがシズルたちと話している。
「え〜い! うるさいうるさい! あんたは仮面外せ!」
「おう?」
炎王にはギルヴァイツアたちが何を言っていたのか聞こえた様子。それで何故仮面を外すことにつながるかは謎だが。
「これでいいか?」
「貴様! サキュバスの初討伐報酬知ってたろう!」
ホムラになった途端、詰め寄ってくる炎王。
「いいや? 何だったんだ?」
なんとなく予想はついてるが、否定して聞き返せば、真っ赤になって黙る炎王。やっぱりそっち系なんですね?
「もらったのは、称号【ハーレムの主】とスキル【エッチ上手】にゃ」
「ハーレムはともかく、スキルの方は説明読んだらイロイロ知識がついたわ〜。知識は現実でも有効かしらね?」
うわあ〜。そっち系スキル、【房中術】で良かった!!! 【鑑定】結果では字面大事!!
「破廉恥な!」
ギルヴァイツアの言葉に炎王が怒る。
「あら、興味あるのはしょうがないじゃない? 健康な男ですもん」
「炎王は固いのにゃ〜」
「あら、ナニがかしら?」
「オネーサン、エロいにゃ〜」
何気にアルムが会話に交じって盛り上がっている。オレンジのツナギのチャックが相変わらずヘソまで開いていて胸の谷間が丸見え。さっき「ポロリしないのか」と聞いたら「するわよ」と普通に返された。
それはともかく、これで安心して迷宮に行ける! サキュバスのソロ討伐どころか危うくパーティーの初討伐報酬まで取得したら目も当てられないところだった! ただでさえ似たような称号やらスキルは被ると上位変換されるのに。ソロの初討伐報酬は称号とアイテムだったが、称号【快楽の王】は効果がやばかったし、【房中術】が強化されるようなH系のスキルがついてこなくて何よりだった。
「でもそれ【鑑定】されると恥ずかしいね」
「【烈火】はレベル高いから、詳細鑑定できない人多そう」
「あ、でもワールドアナウンスで流れたから大丈夫じゃないですか? サキュバスは有名なモンスターですし」
ペテロとお茶漬の言葉に凹む炎王にシズルがフォローを入れる。【鑑定】で詳細まで分かれば、何で得た称号かまで書かれているのだが、半端に成功するとスキル名だけが見えることになる。そしてスキルは行動で取得が一般的だ。
「ハルナはちょっと可哀想でしね」
うっ。菊姫に言われるまで女性のことは考えてなかったので多少罪悪感。付与される称号の系統の予想も、【烈火】が迷宮のボス前でレベリングすることも予想はついていたのだが注意喚起しなかった。自分の保身のために。
「彼女はねぇ……」
「妄想女子だったにゃ……」
何故か遠い目をする二人。何があった?
「ホムラ」
「うん?」
炎王が私の名を呼ぶ。
「レンガードの時は襲われないように気をつけろよ」
「はい?」
「ごめんね。あの娘諌めても止まらないというか」
困惑気味のギルヴァイツア。
「闇討ちフラグ!?」
変なスキルと称号なすりつけたから!?
「性的な意味でだろ」
「は?」
アルムの言葉に戸惑う。え? 押し倒される方??
「わはははは! ホムラ、モテモテだな!!」
「多分、本人を目の前にすれば大人しくなると思うので大丈夫にゃ!」
「多分ってなんだ、多分って! 何でそんな話になってる!」
無責任に笑っているクルルの肩を思わず掴んでゆさゆさと揺する私。
「同意のないお触りは禁止ですよ」
「大丈夫、きっと『雑貨屋』の防御力は天下一。あとはレンガードだってバレなければ安泰でしょ」
ペテロとお茶漬の言葉にちょっと落ち着く私。むしろうっかり返り討ちにしてしまったら目も当てられないんじゃあるまいか……。まあ、とりあえず会わなければいいな、と結論を出す。
「ああ、そういえば雑貨屋、週休二日にして営業日は午前も開けることになった」
「突然話題が落ち着いたわねぇ」
「切り替え早いにゃ〜」
ギルヴァイツアとクルルが呆れたように言う。
今までは午後の営業と週一の休み。午前は神殿の学習課程を他の孤児たちと受けていたのだが、最近は他の孤児たちも異邦人の店を手伝っており、同じ年頃の子供はその時間にいなくなっている。最大の目的が子供同士で遊ばせることだったので意味がなくなってしまったのだ。神殿の施す学習――この世界の一般常識は私に教える自信は全くないが、幸い二人はほとんどの課程を終えている。
「売買用の倉庫、結局マックスにしてしまった」
「高い!!!!」
店を開いているお茶漬が驚く。驚いて出てきた一言が倉庫の値段の高さなのがお茶漬らしい。
「午前も開けるということは、売る量も倍にする?」
「そう。ログアウトしている間も店を開くとなると足りなかった」
実は売買倉庫を広げるために三階の自分専用の風呂を潰したのだが、潰した途端風呂の不足に気づくという……。七人でニつの風呂はレーノと女性のことを考えると少なかったと反省。また改築せねば。
「コンスタントに同じ量を売ってるのもNPCの店っぽいとこですよね」
「店員さんと外出する時に、カウンターの無人売買機能使わずに閉めちゃうところもだね」
シズルとアルムが言い合う。
「頼むからそのままNPCでいてくれ」
「レンガードの格好の時は口を開くのは最小限でね」
炎王とペテロが私に注文をつける。
「造形は美形なのにホムラだと思うとホムラという生き物にしか見えないからね」
「酔っているのか貴様は」
「仮面を被って黙ってると美形でしよ」
「顔見えないだろうが!」
アルムと菊姫がひどいんです! くそぅ、初討伐報酬も無くなったし、迷宮にこもって殲滅プレイしてきてやる!




