233.ようこそクランへ
「出来たぞ」
「ありがたい!」
カルとタルブ隊長の話が途切れたところで声をかける。
「それにしても貴方の仮面の下は何が隠されているのか……」
金平糖その他を渡すと、タルブ隊長が妙な疑問を投げかけてくる。
「顔だが?」
「いや、そういう意味では」
「主、巷間ではその仮面の下に火傷か傷跡があるとか、どこかの王族、もしくは神職と同じ顔をしているのではないかとか噂が流れているんですよ」
じゃあどういう意味だと聞き返す前にカルが情報を入れてくる。
「なんでそんな噂が……」
仮面をかぶってるプレイヤーはいっぱいいるじゃないか! あ、でも仮面かぶってクランハウス以外に定住している人は少ないか? もしや私、怪しい住人か?
雑貨屋の一階に降りる時には仮面常備、カルやレーノにお願いしてあるのでつけ忘れていると注意が来るし、最近はラピスやノエルも袖の裾を引いて教えてくれる。
思いも寄らず手に入れた強さは嬉しいが、友人たちとゲームができないのはつまらない。強さを楽しむだけなら一人用オフラインゲームをやったほうが煩わしさはないだろう。強いだけなら別にオープンにしてもいい気がするが、生産のほうでやらかしたのでホムラであることは隠しておきたい。料金支払いはするから作ってくれならともかく、クレと言ってくる阿呆もいるからなぁ。
「料金はいかほどだ?」
「いらん。うちの店員に竜を触らせて貰った礼だ」
タルブ隊長くらい穏便に売り買いを――いや、押しかけて泊まり込むって穏便じゃないな。竜好きとエビの印象がひどすぎたので他が普通に思えていた。
タルブ隊長を見送り、カルと風呂上がりのカミラにお休みの挨拶を。タルブ隊長は竜に乗ってきたのかと思ったがそんなことはなく、普通に神殿経由だそうだ。ファガットの竜は長く飛べないやら、高く飛べないやらで移動範囲に制限があるのをそういえば聞いたな。
レーノと同じく、特別な石で飛べる範囲が広がるオチがありそうだが、それを確かめるのも国に所属する隊だと思うとはばかられる。周辺諸国には飛べませんので安心してください、と言ってるかもしれん。いくら隊長と副隊長が気安くても、竜騎士隊はファガットの軍隊だということを忘れるべきではない。
さて、私は酒場の醸造室に移動してノルマの消化だ。銅でできた大きな蒸留器が並ぶ様はスチームパンクっぽくって中々いい。魔道具の灯りは白ではなくナトリウムのオレンジ。この部屋にいるのはちょっと心浮き立つ。
蒸留器は性能的にはそろそろ新しくしたいのだが、今のところ異邦人プレイヤーが蒸留器を作ったという話は聞かない。住人で作ってくれそうな人物も思い当たらんが、ガルガノスのような酒好きが住んでいるならナヴァイを探せば見つかるだろうか。見た目がカッコいいし暫くこのままでもいいかな。
商業ギルドから派遣されている三人は優秀らしく、売買用のストレージにあった売り上げは結構な金額。給与や材料費その他必要経費が抜かれた金額のハズなんだが……。同じくストレージに詰めてあった材料を取り出し、代わりに前回仕込んだ分の酒を詰める。
少し前までは黒葡萄が詰められていたので、主に赤ワインを作っていたのだが最近は麦が多い。大麦でビールとウィスキーを仕込む。後で麦焼酎の作り方を調べようかな? 呑めないのにやたら酒に詳しくなり始めている自分が微妙だ。
生産精度を上げるべくワインの製造過程を調べて、葡萄踏みをおっさんが海パンいっちょでやっている衝撃の事実を知ったので呑めなくてもいい気もする。あの樽に入れた葡萄を、スカートを少し持ちあげた少女が白い足で踏んで潰しているのはお祭りの時や観光用が多いようですよ? 地方によっては少年が踏んだものが極上とかいらん知識がついた罠よ。
水も一緒に入っているので大量生産の仕込みには素直にそれを使用している。商業ギルドが「特別な贈り物」に使う品は『庭の水』で作っているのだが、設備も他の材料もスキルも足りていないので『庭の水』そのままのほうがランクが高いオチがある。酒は酒なので諦めてもらおう。
シズルから「戻りました! 僕、最後ですか?」というメールが届く。最後は最後だが、待ち合わせ時間があったわけではないらしく、本日は世の中休日なのでペテロと私以外は夕食や風呂やらでログアウトしていただけだ。
シ ン:おかえり
レ オ:おかおか
ペテロ:クラン会話で挨拶してもシズルとアルムには聞こえないwww
レ オ:つられた!!!
菊 姫:この二人のためにも早くクランに入れるでし。
お茶漬:まあ行こうか〜? パーティーどうしよっかね?
ホムラ:私、生産作業中だから行ってきてどうぞ。宴会料理まだだし
ペテロ:私も毒草の収穫がw
お茶漬:料理の後に毒草の話は不穏だからヤメテ
シ ン:肉〜!! がんばってくらあ!!
レ オ:おー!!! 共有倉庫に魚突っ込んどいた! 存分に使え!
菊 姫:わたちも果物とかいれとくでし
お茶漬:じゃあ僕も野菜とか適当に
ペテロ:私も代金代わりに毒草入れとく
ホムラ:不穏不穏
レ オ:いってくるぜ!!!
お茶漬:終わったらクラン手続きしてすぐ戻るから、仮面かぶってスタンバってて
歓迎パーティーという名の飲み会である。後は『属性石』の値段設定だけだ、さっさと酒屋の準備を終えてクランハウスに移動しよう。雑貨屋の買取機能で買い取った『属性石』の中から、一般市民の使用頻度が高い火と水の『属性石』を酒屋の倉庫に移して販売リストに載せ、値段の設定を行う。
異邦人が生産しまくるせいで、生産に使用する『属性石』の値段は跳ね上がっている。他はともかく、生活に密着している二種については住人の間で不満がちらほら。出やすいので他の属性と比べれば安いのだが、トイレットペーパーの値段が二倍以上になったらと考えると住人が不満を溜めるのも納得なので。
ゲームを始めた頃を思い出して設定した値段は買値より安いがこの際仕方がない。販売範囲は住人だけの設定。焼け石に水だろうなあと思いつつも他に思いつかない。
すでに商業ギルドには問題を投げているし、お茶漬とエリアスに頼んでよく見られる生産系の掲示板にも情報を流してもらっている。思い切り人頼りですが、何か? 商業ギルドは貸店舗の条件に属性石の納品を入れる方向とかなんとか……丸投げ万歳!
「おー! 綺麗だな」
クランハウスに移動すると壁紙や家具が派手めなものに替えてあり、あちこちに花が飾られている。
「家具はお茶漬、花は菊姫かな?」
灯りの魔道具をあちこちに設置しながらペテロが言う。
「さて、私はケーキと肉かな?」
「お酒もお願いします」
「はいはい。あ、良さげな仮面なかったから代替品買ってきた」
「無い? 買って……?」
不思議そうにするペテロに購入したお揃いのものを渡す。
「こ、れ、は」
「結構お高かったんです、これ」
「無駄に高性能」
メガネのくせに属性防御つきで性能がいい。
「ただいま〜〜〜!!!」
「おかえり〜! おめでとう!」
「うわぁ」
元気よく転移プレートから飛び込んできたレオを始め、クランに無事登録された二人に向かってクラッカーを鳴らす。鳴らす側がペテロと私の二人しかいないので三つ一度に!
「ちょっ、そ、れ、は!」
「メガネヒゲ!」
「鼻メガネ!」
「近眼メガネ鼻ヒゲ!」
「ヒゲ鼻セット!」
「鼻ヒゲセット!」
ツッコミを入れ掛かっているお茶漬に他のメンツが私とペテロの装備品の名前を叫ぶ。全員好きなように呼んでいることが判明した罠よ。アルムは無駄にフェイク部分を網羅してるし、シンとレオは順番逆なら同じだったのに惜しかった。
「何をしているの、何を」
「パーティーグッズ購入してみました。ちなみに製作者お茶漬ってかいてあった」
「何を作ってたの、過去の僕!」
この世界にプラスチックはないのでメガネは金属製だ。
「料理冷めるから食べようか」
打ちひしがれているお茶漬をスルーしてペテロが席に着くようみんなを促す。
「おお、すごいじゃないか」
「壮観ですね!」
アルムとシズルが料理の量に驚いてうれしそうにしている。肉も魚も甘いものもたっぷり用意してある。鳥の丸焼きも鎮座しているが、私的メインはエビフライだ。
「アルムとシズルの無事を祝って頑張ってみた」
「ホムラ、違う違う。加入加入」
つい本音を漏らしたらシンから訂正が入った。アルムとシズルが乾いた笑いを漏らす。
早摘の葡萄で作ったスパークリングの白ワイン。香り高く、酸味が強くさっぱりした味わいでフルーティー……、だそうだ。飲めない組はレモンとライムを加えたジンジャーエール。
「あああ、おいしいいいい」
「いいでしねぇ」
アルムは菊姫ほど強くはないが、酒好きでビールからカクテルまで守備範囲が広い。
「このゲーム、料理ってここまで違いがでるんですか?」
「この世界、料理を始め嗜好品やばいね。装備も肌触りが違うから街中じゃ着替えようと思うもん」
「ゾンビの世界に帰りたくなくなります」
「あ、部屋は箱だけ用意したから好きにして」
シズルとお茶漬が話しながらゆっくり飲み物を飲み、シンとレオは肉と魚に夢中だ。私も鼻メガネを外してぷりっぷりのエビフライを堪能、まっすぐにするときに処理を誤るとこのプリプリ感が激減するのだがうまくできているようだ。
《お知らせします。迷宮幻想ルートエリアボス『サキュバス』が【烈火】によって討伐されました》
「お、烈火だ」
流れるアナウンスにテロップを流す設定にしているのか、鳥モモを片手に斜め上をみて声を出すシン。
「やっぱり烈火って強いのかい?」
ざっくり切ったアボカドと卵をクリームチーズで和えたものを乗せエビを飾った小さなパイに手を伸ばしながらアルムが聞いてくる。
「強い!……と、思う」
「結構親しみやすいでしよ」
「パンツも受け取ってくれたし!」
「レオは初対面にも渡してるじゃない。名刺代わりなの?」
春巻きの皮でエビとチーズを細めに巻いて揚げたスティックを持ってお茶漬が衝撃でもない事実を告げる。うん、エビが欲しいとレオにリクエストをしたら本気で大量だったんだ。
「プレイヤー最強がロイさんか炎王さんかで議論があるのを見ました」
「いや、プレイヤー最強はぶっちぎりの人がいるから」
シズルの言葉にペテロが笑いを含んで告げる。
「スタンバッてもらって驚かせるはずだったんですが、仮面違いでした」
「やっぱり言ってたのはそっちの仮面だよね」
お茶漬とペテロの会話にグラスを傾けながら首も傾けるアルム。
「あれか、パーティー用じゃなくって普段の仮面かぶってろってことだったのか?」
「普通そうです」
「変な会話になってるでしよ」
私とお茶漬の会話にツッコミをいれて、幸せそうに牡蠣をつるんと口にする菊姫。
「なんのことだい?」
「このクランには秘密があるのですよ」
話について行けないらしいアルムが聞いてくるのに、微笑を浮かべた口元に人差し指を当ててもったいぶるペテロ。
「大したことじゃないけど、バレると面倒そうなので黙秘の協力お願いします」
アルムとシズルに頼む私。
「いいけどなんだい?」
「言ってほしくない秘密はまもります」
「烈火知ってんだから知ってんだろうけど、二人はレンガードって知ってるか?」
シンが二人に向かって食べかけの鳥モモを突き出して聞く。
「二重人格の雑貨屋さんだろ?」
「最強のNPC?」
「わははははは!」
「二重人格……?」
何がどうしてそうなっているのだろうか。
「じゃあNPCさんお願いします」
お茶漬がさっと手を私の方に流してアルムとシズルの意識を誘導する。
「えー、ご紹介に与りました二重人格です?」
とりあえず目の前でフル装備に着替えて、ペテロの真似をして口元に人差し指を持って行ってみる。
「ぶぼっ!」
「はあああああああ???」
噴かれました。




