231.騒がしいものたち
ただいまファガットの王宮に来ています。
本日雑貨屋は午後の営業を休業します。
「どこか行ってみたいところとか、お勧めはあるか?」
食事を終えた後、そう私が聞いたことが始まりだ。
闘技場は立派な観光地なのだが、あまりお子様の教育にはよろしくない。かといって芸術学術方面の観光地といえばアイルなのでこれも却下。ジアースの王都ファイナは水路の街、ノエルの船酔いが発覚したのでダメだ。私の好みな場所は細い道が入り組む路地とか山の中とかで観光地かと問われれば首をかしげる。
ファガットの他の島でバカンスも絵面を想像してためら……いや、レーノの浸透圧ダメージが心配だ。南の島は、賑やかしてくれるガラハドとカミラがいる時にしたい。そういう訳で私はノープラン!
で、ファガットの王宮に竜と竜騎士を見に来た。竜を見てみたいと言ったのはレーノで、竜騎士に会ってみたいと言ったのはノエルだ。
突然来たのですぐに竜を見ることは叶わないだろうが、顔つなぎだ。運が良ければ竜騎士のほうは今日見ることができるだろう。
「本当に見られるとは思っていなかったんですが、さすがですね」
「前に一度手合わせしたことがあるだけの縁ですが、覚えてくれているとは思います。ただ、お願いを聞いてくれるかは別の話ですので、期待はしないでください」
城門にある詰所の隣の部屋に通され返事を待っている。レーノの希望を聞いて、申請すれば見られるものなのか? とカルに振れば、顔見知りがいるので聞いてみると言われ、顔の広さに少し驚いた。話を通したのは以前、闘技場で斑鳩と戦った後に招かれて手合わせをした竜騎士隊の隊長だそうだ。
「先の闘技大会の優勝者ですし、主の名を出した方が早かったかもしれません」
はい、闘技大会でやらかした自覚はあるので、ここに案内されるまで視線が痛かったです。門兵さんのぎょっとした顔が忘れられん。かといって仮面なしで従業員さんと歩く度胸はない。大穴開けたり、噛み付いたりしないので安心してほしいところ。
「ファガットに竜騎士なんていたんだな」
そっと話題をそらす。
簡素な椅子と机、剥落した漆喰の隙間から見える丈夫そうな石積みの部屋。塗りの落ちている場所が大体机の天板と同じ位置にあるということは、机を壁にぶつけたのだろう。うん、ここ尋問に使われてたりする部屋か? いい加減素直に吐けっ! とかいって机蹴って壁にぶつけたりするんですね、わかります。
「軍全体から見れば少数ですが、一騎当千です。少数ゆえに竜騎士をまとめる者は隊長と呼ばれますが、地位的には将軍と同等、名誉で言えば上ですね」
アポを取った隊長を待ちながら、カルが解説してくれる。私は仕事で遅れたため見ていないが、慣例通りならば闘技大会のオープニングで飛んでいたらしい。
「竜騎士を目指してファガットにくる方も多いそうですね」
「ん、ラピスも知ってる。ランスとか槍とか、長いののスキルある人はファガットに一回来るって」
竜騎士は憧れの職業らしく、ノエルとラピスもちょっと嬉しそうだ。
「竜騎士の数は少ないですが、ファガットに帰属するなど条件を満たせば外からも希望者は受け入れていますね。竜との対面を果たすまでの鍛錬も大変ですが、選ばれるのは相性によるところが多いそうです」
「国外からもって、竜を連れて行かれたりはしないのか?」
竜騎士に選ばれることだけが目標では、国への帰属意識は低いんじゃあるまいか。
「この国の竜は王族に忠実なんです。伝説では初代国王は竜から生まれたそうですよ? 上手く竜に乗るコツは竜に心をよせることだそうで、結果的に人も王に忠誠を誓うようになる様ですね。竜騎士については、冒険者や傭兵上がりの方もいますのでかなり特殊です」
「なるほど、忠誠に疑いを持たない脳筋騎士になるんだな」
カルの説明に納得する私。
「身も蓋もないです。――漏れ聞いたここの王と竜たちの関係が竜とドラゴニュートの関係と似ていると思うんですよね」
レーノもパルティン関係については脊髄反射の脳筋だと思っているので、彼の言葉を否定できない私。
竜と呼ばれるものには様々な種類があり、知能の段階も千差万別。レーノの敬う心の有る無しで分けるなら、体を養うのに口からものを食うのか、世界に漂う魔素だか気だかを取り込むのか、だ。この国の竜は話を聞く限り、小さめで肉を食う。レーノの関心を引かない部類なのに何故見たがるのか不思議だったのだが、どうやら竜の有り方が特殊で興味をもったようだ。
「…………だっ!」
「…………では……っ!」
「お前ら……くっ…………じゃねぇんだぞ!?」
「……偽物だって…………ないですかっ!」
「湖の騎士の名前を出して、ドラゴニュート連れた一行なんか他にいるか!」
こう、外が騒がしいというか、言い合いをしながら近づいてくる気配がしたかと思うと扉が開いた。扉に手をかけたままこちらを見て動きを止める目つきの悪い男。
「やっぱり本物じゃねぇか!」
「え、え、自分また治安兵からですか!?」
扉を開けた男が、先ほど門兵から話を引き継ぎ、呼びに行ってくれた兵士の方に顔だけ向けて叫ぶ。驚いていると後ろの兵士からこちらに向き直る男。
「失礼、私は竜騎士隊の副隊長プランシェ。生憎隊長のタルブは会議中でして、別な部屋に案内しますのでランスロット殿とお連れ様には申し訳ありませんが少々お待ち頂きたく」
プランシェ副隊長と名乗った男は入ってきた時とはうって変わり、顔もきりりと態度も折り目正しく。黒髪、切れ長の黒い目、濃紺の隊服がよく似合う怜悧な顔。
だがビシッと立ったその後ろから、兵士さんがこっちをおっかなびっくりビクビクしながら見ているので台無しだ。が、ラピスとノエルは後ろのおまけは視界に入っていないらしく、私の左右からそれぞれキラキラとした視線を送っている。
「いえ、突然来ましたから。こちら私の主のレンガード様、本日はファガットの竜を見せていただけないかお願いにあがりました」
「やはり【剣帝】殿でしたか、お会いできて光栄です。竜舎でしたらタルブ隊長が参るまで私が案内しましょう」
後ろの挙動不審な兵士を綺麗に無視して笑顔で告げるプランシェ副隊長。カルも絶対視界に入っているはずなのに兵士のことには触れずに会話を続けている。視界に入れないのがマナーなんだろうか……。
そして竜舎。
青々とした芝生のような草の生えた広場に向かって、石造りの大きな建屋がある。人間用の入口付近は普通の建物だが、東側は一階から三階がぶち抜きの竜舎になっていて何匹かの竜の姿が見える。どうやら竜騎士の兵舎と竜舎はくっついているらしい。
「どうぞこちらへ。私の竜を紹介しましょう」
そう言われて竜舎の方へ案内される。竜舎の正面は垂れ壁があるだけで外とを隔てるものがない、開放的でありながら石造りで奥行きがあるので洞窟のような印象も受ける。プランシェ副隊長の気配を感じたのか、二番目の房から青灰色をした竜が顔をのぞかせる。
レーノが竜型になった時より大きな竜。ついバハムートやナルンと比べて小さい、と思ってしまったが肉で養うことを考えるとエンゲル係数が怖ろしいことになりそうな大きさ。一回の食事で牛一頭とかいきそうだ。
「彼女はアルガ、私の騎竜で――」
「嗚呼、美しい曲線、この手触り、冷たさ。愛してますよ、俺のリゾーリ!」
プランシェ副隊長の紹介の言葉が終わらないうちに、隣の房の奥から妙な声が。そちらを見るとうっとりした顔で竜に頰ずりしているでかい男が一人。笑顔で案内してくれていたプランシェの顔が固まる。
「くぉらあああああああ!!! 執務室にいねぇと思ったら、テメェまた脱走しやがったなァッ!!!」
そして鬼の形相で怒鳴りながら突進し、蹴りをいれるプランシェ副隊長。
「ぎゃあっ! プランお前今日外回りじゃ……」
「あんたがいねぇから出る前にポルの野郎に引き止められたわ! しかも客人が来てるのに変態さらしてんじゃねぇよ!」
「え」
「えじゃねぇ! 面が割れてるからスルーもできねぇよ! コンチクショウ!」
ぐいぐいと襟を持って締め上げながら怒鳴る男と怒鳴られる男。怒鳴られる男の方がデカイのだがされるがままだ。締め上げられている男の竜は我関せずとあくびをしているので、いつものことなのだろう。
「お久しぶりです、タルブ殿」
そしてにっこり清々しい笑顔のカルが締め上げられている男に挨拶をする。スルー能力高いな、ラピスとノエルの尻尾はすごいことになっているのに。いや、まて、タルブって隊長の名前じゃなかったか?
「うを! ランスロット殿!!! 何故ここに!?」
「アンタの客だっつうーの!」
プランシェ副隊長が完全に目つきとガラの悪い不良です。だがしかし、隊長もよだれが垂れそうな顔で竜を撫でまわして愛をささやく変態だ。特殊すぎないか竜騎士? やばいここも教育によくない予感。
「主の望みで竜を見せていただいております。こちら主のレンガード様。レーノ殿、ラピスとノエルです」
「レンガード!!! 本当だ仮面!!! ってドラゴニュート美人! ……っ」
「黙れ」
プランシェ副隊長から蹴りをくらって壁に向かって飛んでゆくタルブ。えーと、レーノ男だよな? まあ私も雄のノルウェージャンフォレストキャット見て美人だと思うのでその感覚だろうか。
「タルブ殿は砕けた方ですが、竜に乗らずともガラハドより強いですよ。――それに貴族の社交とは縁遠い方ですので面倒も少ないかと」
にっこり笑顔のカル。小声で伝えられた後半の事実はありがたいが、前半はモノは言いようというか、砕けすぎというか、今現在脳天が砕けてそうだが手当てしなくて大丈夫だろうか。
「失礼した。お初にお目にかかる、竜騎士隊隊長タルブです。レンガード殿の話は闘技大会を見た者からかねがね。剣と賢者の皇帝とは初めて聞く、お祝いを申し上げる」
「ありがとう」
今更普通に対応されても微妙なんだが、変態を全面に出されても困るのでよしとする。
「プランシェ副隊長から聞いたが、竜が見たいとか」
「ええ」
タルブ隊長の言葉にカルが返事をする。ちょっと前まで竜騎士も見たかったんだが、見ない方がよかった気がする。ラピスとノエルの憧れ的なものは無事だろうか。
「リゾーリ」
タルブ隊長が名を呼ぶと、先ほどまで我関せずと顔を背けていた竜がこちらを向いて顔を寄せる。その顔をなでてやるタルブ隊長。
「一般人を騎乗させることはできないのですが、よければなでてやってください」
そう笑顔で言われ、お言葉に甘えることにする。
背の足りないラピスとノエルを持ち上げ竜に近づく。青みの強い青灰色の鱗と鱗が甲殻化した頭部の角のような突起。肉食獣の牙を持つ大きな顎を小さな手でペタペタと触る二人。レーノも角の付け根のあたりをなでながら観察している様子。
「ここの竜は自由に出入りできるのか?」
特に繋ぐ鎖なども見当たらず、出入り口もオープンなので放し飼いなのかと疑問を持った次第。
「基本竜は自由で、魔導フェンスで出入りの状況は把握している。訓練を兼ねて毎日飛ぶし、一匹で出て行くことは珍しいんだ」
障りがあるときには魔導フェンスで出られないようにもできるそうだが、本気で暴れられると破られるとのこと。
「お話中失礼します! タルブ隊長、グロリア様がいらっしゃいます」
「何、グロリア様が」
表彰でキスしてくれたあのふわふわした姫さんか。名前が出た途端、タルブ隊長とプランシェ副隊長の顔が引き締まる。
「申し訳ないが、さすがに王族と同席は許可できない。グロリア様は喜ばれようが……」
「近衛がうるせぇしな」
タルブ隊長が残念そうに、プランシェ副隊長は嫌そうに言う。近衛、勝手な印象だが礼儀とか慣例に細かそうだしな。顔を合わせないうちに退散したほうが良さそうだ。
「お暇しよう。突然来たのに案内してくれて礼を言う」
「ありがとう、おかげで主の望みを叶えられた」
「なかなか興味深かったです。ありがとう」
「ありがとうございます」
それぞれに礼を言い、最後にラピスとノエルが声を揃える。
雑貨屋に帰ってのんびりしよう。