230.コース料理
レーノの追求を「今は天人なのでわかりかねます」という力技で躱し、リデルとクズノハを誘いにハウスに移動。異邦人はどんな姿をしていても人間に思考が近いというのがこの世界の定説だが、私の態度にどうやら引いてくれた様子。
「人がいる場所は当分いいわ……」
「マスターの側にはいたいけれど今回はお留守番します」
リデルとクズノハにも声をかけに来たのだが、引きこもり満喫中につき遠慮された。クズノハはともかく、リデルも人は苦手らしい、特に私以外の大人に話しかけられるのは。特にリデルにとってどうでもいいことの判断を求められるような会話が、混乱を起こすらしく苦手だそうだ。
たまに雑貨屋のカウンターに顔を出して手伝っている時は普通だったし、はにかんで笑う以外表情があまり動かないので気づくのが遅くなった。苦手ではあるもののひとりは寂しいようなので雑貨屋のメンツに慣れられたのは、結果オーライだろう。というか、共通話題が私のことらしくあのメンツの話を聞いていても混乱が少ない、そうだ。いまいちわからんが。
クズノハの仮住まいは管から取り出したらしい、こよりで綴じた和書を始め、木簡や竹簡、巻子本で部屋の床が埋まっていた。散らかっている割にものがものだけに地味な色合いの部屋で、布団代わりに敷いた朱色の打掛が目立つ。その上でリデルと二人、それぞれに本を読んでいる。
匂い立つような色気のある黒髪の女と、人形のように可愛らしい金髪の少女。方や楓紅葉の襲で和装、方や青と白のフリルのついたエプロンドレス。話すわけでもなく黙ってオススメらしい本を差し出し、受け取って読む。リデルとクズノハは読み物を通しての淡い交流があるようだ。
友人知人の数や、熱烈で起伏に富んだ日々が幸せとは限らず、静かでゆるやかな日々というのもいいと思う。ただ、ひとりを楽しんでいる間も孤独とは思って欲しくない。半ば断られるだろうなと思いつつ、声をかけに来たのはそのためだ。もっともそれもうっとおしいと思われているかもしれんが。いや、大丈夫、少なくともリデルには好かれている、好かれているはず。――味覚がないリデルには食事の誘いは微妙だったか。
リデルとクズノハを連れて、居間と寝室の間につくった図書室にストレージに詰め込んでいた本を並べる。
「絵本」
リデルはどうやら絵本が好きな模様。
「この部屋の本は好きに読んでいいぞ。あとで増やそう」
「ぬしさま、ここの本から写本をしてはダメかしら?」
クズノハが聞いてくる。
「汚損しなければ自由にしていいぞ」
「ふふ……」
二人とも嬉しそうで何よりです。
再び移動をして、ナヴァイへ。ラピスとノエルが闘技場への転移を使えなかったので、しばしの船旅。
「転移は便利ですがこうして一緒に移動するのもいいですね」
南国の太陽のもとでも春の陽だまりの笑顔。直射日光をものともしない男、カル。
「淡水なら泳ぐのも気持ちがいいですが、海は船がいいですね」
淡水仕様だったのかレーノ。海水に浸かると浸透圧でダメージ受けたりするんだろうか。水属性のドラゴニュートとはいえ普段は陸にいるんだし、単に好みの問題かもしれん。
「主、主、底が見える!」
海中に泳ぐ魚の背を見つけては私に教えるラピス。
「主、すみません……。この揺れ……」
瞬く間に船酔いをしたノエル。『リフレッシュ』をかけながら抱っこした背中をなでる。いや、なでると余計吐きそうになるのか? どっちだ? あとこれ黒が潰れてる気がするが大丈夫か?
『強者の夢城』はホテルとレストラン、冒険者ギルドの支部がくっついている。利用できるランクのエリアによって大分雰囲気が違う。
ギルドの支部は低ランク用の酒場に併設されており、闘技場で勝てない者たちへの仕事の斡旋をしている。この酒場だけ、Tポイントではなくシルでも支払いが可能だ。安物の酒、不味い料理、出されるものもたむろする者もうらぶれた雰囲気がある。
島にはシルで受け付ける――というか普通の宿や酒場もあるのだが、闘技場の魅せる夢にハマった者たちはこの特殊な場所から離れようとしないのだそうだ。
私たち一行はそんな酒場の様子を目にすることもなくSSSのレストランへ。一組の客のためにワンフロア使った贅沢な作り、足を踏み入れると左右に流れるクラシカルなスタイルのメイドさん、支配人の出迎えと案内。
テーブルには真っ白なクロス、椅子は艶のある濃いマホガニーに布張りの座面と背もたれ。そのうちの三脚は座面から背もたれを支える精緻な彫刻を施された支えが片方ないデザイン。なんだろうと思ったら、レーノとラピス・ノエルの尻尾用隙間だった。ラピス・ノエルの分は少々座面が高いものだし、いつの間に用意したのか。
懐に黒がいるので、他に人がおらんほうがいいかとおもったのだが、ちょっと失敗したかもしれん。思ったよりも格式が高く、ラピスとノエルはもとより私も緊張する羽目に陥った。しかも後で知ったが、闘技場の出場者専門なだけあって、『強者の夢城』は全体的にペット連れとか余裕だったオチだ。Aランク用くらいでよかった気がする。
なお、黒はカルにつままれたまま、私の懐に格納され、手が離れた途端シャーシャー言い始めたが今は静かである。
薄い一口サイズの白身魚にちょこんと赤いコショウの実が乗ったアミューズ。カルは食前酒にスパークリングの白ワイン。銘柄はシャンパールとかいう微妙な名前、この異世界でスパークリング白ワインで一番有名な地方の名前だそうだ。食中毒予防に白ワインを食前酒として飲むのは理にかなっているらしいが、他の私を含めた四人は白葡萄の炭酸水。繊細なグラスにソフトドリンクは少々申し訳ない気分になる。
「季節のコースでいいでしょうか?」
革張りに金の箔押しがしてある台紙、それに挟まれたメニューを両手でもって眉根を寄せているラピスと、早々に周囲に助言を求めるノエル。
「無難だね。今日入荷した食材で一番いいものが出てくるし、迷うならそれで。程度の良くない店は余った食材の消費をするところもあるけれど、ここは大丈夫。メインは個別に選べるようだがどうする?」
「これもよく分からないのでそれもオススメで。慣れないとダメですね」
カルの話を聞きながらシュンとするノエル。
「今日は雰囲気に慣れるために来たんだ。ハンバーグとかでもいいぞ? 一冊目のメニュー、料理名だけではさっぱり想像つかんし。ここは今はこんな雰囲気だが、ジャンクなものも取り扱っているし」
呪文のような名前が並ぶが、そのうちきっと自分が好きな料理は名前を覚える。
それまではうっかりハギス的なものを頼んで、住人総出で止められるようなプレイも面白い。もしかしたら時代に合わせておいしくなっているかもしれんが、あれは国の歴史と愛着とを調味料にして食べる料理だろうから変わって欲しくない。話が逸れた。
「正直に言うと、たまには外食がしたくなって誘っただけだ。味がわからなくなるような緊張はしなくていい」
TPOは大切だが、親しい人たちとの食事ならば、くちゃくちゃ口を開いたまま食べたりしなければそれでいいと思っている私がここに。ラピスとノエルの食事の仕方は同じ年代の子供と比べて綺麗だと思う。大人用のスプーンやフォークが大きくて口に入りきらずに時々ほっぺたに何かつけているが、可愛いとしか思わんし。
「ここは他と違ってメニューが豊富で迷いやすいですね。他の客はいないですし、多少おかしなことをしても大丈夫ですよ」
レーノもフォローを入れてくれた。
アミューズをつまみながら注文を決める。メニューにはフライドチキンから花見弁当まである充実っぷり。ラピスもノエルも私の半分もないのに、最近は同じくらい食べるようになった。獣人は食欲旺盛なのかと思っていたら、【索敵】のレベル上げ中だと判明。
「主の敵は、サーチ&デストロイです」と真顔で言われて反応に困った冬の夜。子供なのだからもっと無邪気でいいと思う。いや、ノエルはともかくラピスは無邪気に口にしていたが。
結局初志貫徹とばかりにコースを頼んだ二人の前に、たくさん並んだフォークやナイフ。その種類に困惑気味のラピスとノエル。私も家ではスパゲティならスパゲティ用フォークを用意するが、他のおかずもある時には全てを箸で食うようなズボラさ、気持ちはわかる。
「外側から順に使ってゆけば大丈夫」
戸惑う二人に伝えて一品目に手をつける。
アンチョビバターが添えられた、龍魚鯖とバロンの迷宮産ジャガイモのテリーヌは絶品。……迷宮でジャガイモが取れるのかと少々衝撃を受けた。
秋越えメイズのスープ、なんだろうと思ったらコーンスープ。これはスプーンを入れてすくう方向をカルを見てカンニング。というか、レーノが完璧っぽいのだが、どこで覚えてきたんだろうか。
トウモロコシの甘みと味の濃さ、口当たりのいいスープは美味しいのだが、いかにもたかそうな食器と銀器に引き気味なラピスとノエルはちょっとかわいそうか? 若干の緊張を孕みながらコースは続く。
魚料理、口直しに続いて肉料理。
私の選んだ肉料理はお好み焼き。
「主……?」
「その組み合わせは普通なんでしょうか?」
レーノとカルの視線が痛い。
「ちゃんと豚玉です」
SSSランクのレストランは無茶振りしても好きなものを提供してくれる。メニューやコースが用意されているのは明確なリクエストのない人のためだ。前菜やらその辺りは食事のペースをみんなと合わせるために頼んだだけだ。おいしそうだったのもあるが。
ついでに言うと、現在はデフォルトのクラシカルな雰囲気のしつらえだが、好みで内装まで変更が効くのだ。先の剣帝バベルの選んだ内装はレストランというより高級酒場――酒を飲みながら女性と遊ぶ店だったらしい。従業員も布の面積が狭目な女性が常に侍り、男は目立たない雑用係みたいな。
「主、それは一体……? 肉?」
今までほんのりとした香草や肉の香りが感じられた周囲がソースの匂い一色に変わっている。その強烈な存在感にカルが戸惑っている。すみません、料理の区分は肉ではないと思います。
「なぜこの上のものは動いているんですか!?」
うにうにと動くかつお節を見て声を上げるレーノ。お好み焼きの上でかつお節は不思議な踊りを踊った! レーノは槍を構えた!
「レーノ、槍しまってくれ」
「……生きてる」
「生きたまま食べるものなんですか?」
ラピスとノエルをみたら、尻尾がすごいことになっていた。
「ああ、踊り食いの文化はないのか。ではなくてだな、この上に乗っているのはかつお節といって、とても薄くて乾いているんだ」
「原因は気流と、不規則な動きは水分を含んで不均等に膨脹するからですか?」
「ああ」
カルさん、冷静で正確な推測ありがとうございます。
木の受けがついた鉄皿に鎮座する、ふんわりふっくらと焼き上げられた生地、下になっている厚みのある豚肉はコンガリ。上にはたっぷりソースと細いマヨネーズの綺麗なライン。表面に散る青のりと踊り終えたかつお節。切り取って頬張れば至福な味。しばらく洋食だったので本当においしい。
カルたちの前にはパルティン山脈赤鴨のコンフィ。そちらもおいしそうなのだが、肉はシンがいるとつられて食うので足りているのだ。そして上品な料理は盛り付けは綺麗なのだが、匂いが弱いので断然ソースの勝ちだ。場違いな匂いを立ててます、はい。
「気になるなら追加するか?」
耳をピンと立てて、小さな鼻をヒクヒクさせている子供二人と戸惑ってた大人二人も結局追加しました。




