226.パトカの交換
お茶漬たちと合流する前に友人とパトカ交換のために、広場の南門付近で待ち合わせ。ログイン時間としては遅いため、第二陣もすでに戦闘や生産のために散っているのか混雑はしていない。
Zodiacのメンバーとは面識がない友人だ。このサーバに招待をした別の友人たちとクランを組むそうで、あまり一緒に行動ということはないと思うのだが、せっかく第二陣で同じサーバに来たのだから交換しておこうかと待ち合わせた。
「ホムラ」
「ああ、ペテロ。こんばんは」
「はい、こんばんは」
「こんばんはでしー」
「こんこん」
「わははは! こんばんは!」
声をかけられて振り向けばいつものメンバー。シンは残念ながら本日は残業のようで、遅番だった私より帰りが遅い。
「こんばんは、アルムだ」
「こんばんは。ホムラさん、お久しぶりです、シズルです」
そして猫の獣人二人組。
赤紫の髪にキリリとした顔のナイスバディなゴージャス系美女、胸元を開けて谷間を見せた着こなし。だがオレンジ色のツナギはレンジャーに見える罠よ、なぜその色を選んだ?
もう片方は鶯色の髪に少し浅黒い肌をした礼儀正しい青年。このメンツの中の良心というか、素直で爽やかな性格をしている。うん、だが青いツナギはよせ。
「……。初期装備で連れまわされとったのか」
靴など所々変えているようではあるが、そのツナギはどう見てもゲーム開始直後にたくさん見たものです。
「なかなか酷い道中だった……」
「チベットスナギツネみたいな顔になっとるぞ。大丈夫か?」
アルムが遠い目をし、シズルが視線をそらす。どこへ連れて行かれたのか。
「チベットスナギツネ……」
小声でレオが繰り返す、チベットスナギツネを知らない様子。後でネットで調べたまえ。
「軽くヤックル殺っただけですよ」
「大丈夫大丈夫、生産職だから戦闘で敵倒してもレベル上がらないし」
ペテロとお茶漬の解説、スキルレベルが追いつかないままレベルだけ上がってしまうと後で酷い。まあ、レベル10台でヤグヤックルも酷いが。
「くそっ! 夕食と風呂落ちの前に、お茶漬に言葉たくみに馬車に乗せられた……っ!」
「午前中からしていた生産で取得したスキルの数より、リストに上がってきた回避系のスキルの数の方が多いです……」
スキルは職に合わせたものが出現しやすいんだが、命の危険を感じた時とかにも出やすいそうだ。
アルムのキャラは姉御キャラにしたようで、少々口が悪い。本日は金曜なんだが、シズルは仕事休んだのか。
「ちゃんと攻撃は止めたでしよ?」
「全体攻撃も止めたでしょ」
ドライだが悪気のない菊姫と、清々しくひどいペテロ。
「うう、癒しのつもりだったのに……」
アルムとシズルは別のVRゲーム、ゾンビに追いかけられ、ゾンビを倒すサバイバルゲームと掛け持ちだ。この世界の南の島のクランハウスの話をしたら、ゾンビ相手に疲弊した心に響いたらしく、釣れた。のんびり南の島で釣りと生産をするつもりだったようだが、結果はこの通りである。
「職は格好からして、鍛冶と裁縫?」
パトカを投げつつ二人に聞く。生産の初期装備は職によってツナギと手袋などの形が少々違う。
「あたしは武器鍛冶目指すよ。菊姫にでっかい武器つくってやろうかね」
「僕は革細工師になる予定です」
「クランに誘えるの明日くらいかな? 休んだら次に行きますよ」
「アルファ・ロメオに乗っけてサーだな!」
「ひっ!」
「サドしかいないのか!!」
お茶漬とレオの言葉に顔を青くする二人。
「がんばれ」
そして決して止めない私。ジアースのボス倒さないとクランに誘えないからな。
「ホムラは待ち合わせだっけ?」
「そそ。パトカ交換するだけだが」
「シンもそろそろ来るから、休憩入れて四・四で行こうか」
「うう、スパルタが」
ペテロの言葉に頭をかかえるアルム。
「ホムラ」
「ああ、来たか」
笑顔で私の名を呼ぶ黒髪の小柄な女性、ほんの少し下がった形の良い眉、シンプルなローブを押し上げる胸と、布地の寄る腰のくびれ。控えめながら体のラインを出してくるチョイスの白いローブは治癒士のもののようだ。回復職か支援職を選ぶ傾向があるので、やっぱりな、という感じだ。
「ユニちゃん、久しぶり」
「はい、久しぶりです。こちらはお友達ですか?」
「ああ」
ニコニコと鈴を転がすような声で聞いてくる。
「ペテロです。ホムラがちゃん付けは珍しいね」
ペテロが首をかしげるが、ユニちゃんはちゃん付けしたくなるのである。
「レオだ! よろしく!」
「お茶漬です、よろしゅう」
「菊姫でし〜」
「今日から始めたアルムだよ、よろしく」
「シズルです、よろしくお願い致します」
「ユニです、よろしくお願いします。私も今日から始めました、見かけた時は声をかけてくださいね」
にこにこと自己紹介するユニちゃん。大丈夫かね?
「カードありがとうございます」
どうやら私以外ともパトカの交換を行ったらしく、ちらちらとこちらをみるユニちゃん。
「えーと、紹介したほうがいいか?」
「はい。最初にオープンにしたほうが……。ちょっと私から言うのは恥ずかしいのでお願いしていいでしょうか? ホムラのお友達と後で気まずくなりたくないです」
私の袖の端に軽く触れながら、うるうると見上げてくる。やめ給え。
「まさか恋人とか……?」
「違う」
おっかなびっくりペテロが聞いてくるのを言下に否定。
「名前の由来はユニコーン、ユニコーンのユニちゃん。理想の乙女を探すうちに、うっかり自分で演じ始めた中身は男性です。あくまで自分の理想だから押し付けとかはないし、幻獣かなんかだと思って生暖かく見守ってやってください」
実害は無いといいたいところだが、完全に女性と信じた、ゲームでもリアルでも付き合い希望な下半身男、いわゆる直結厨が多数湧いて少々鬱陶しかったりもする。
以前のゲームで「僕はユニさんがレベル十代のころからの付き合いです」などと明後日な牽制をしてきた男に、心の中で「私はコイツが男キャラだったころからの付き合いだ、アホウ!」と心の中で毒づいた思い出。
ついでに言うなら、リアルは冷淡でアホをやってるとバッサリ斬ってくるタイプなので、ギャップがひどくて毎度微妙な気分になる。自分の理想の女性を語るときだけ大変情熱的、同時に自分の理想が世間一般の現実とは乖離していることも自覚しているので、特定の友人の前でしかその姿は見せない。――特定の友人に選ばれてることを喜べばいいのか戸惑えばいいのか今以て謎だ。
私がユニちゃんに「ちゃん」をつけるのは、ユニちゃん相手にリアルでの対応を持ち込むと後でひどいので、自分の気持ちを切り替えるためである。これはユニちゃん、これはユニちゃん、現実世界のアレじゃない。
「あらためてよろしくお願いします」
微笑みながら軽くお辞儀をするユニちゃん。顔にかかった髪を一筋、ついっと耳にかける。
「仕草もこんなに可愛いのに中身が男……」
シズルがつぶやく。現実知ってたらもっとギャップがひどいぞ。
この世界、成人指定なせいか他のゲームよりは少ないが、中身おっさんだろうという幼女は多い。やりすぎというかあざといというかなプレイヤーと、姿は幼女で言動はそのままなプレイヤーに大別される。いや、私が見分けがついていないだけで、女性だと思っているだけで中身が違うのかもしれんが。
「みな様、今日はありがとう。ホムラ、また、ね?」
ひとしきり話した後、ユニちゃんが帰って行く。
「可愛らしい人でしたね」
その背を見送りながら言うシズル。反応に困る。
「さてじゃあ、シンが来るまでレストランでだらだらしようか」
お茶漬の誘いに、いつもより多少人が多い広場をレストランに向かって歩く。色違いの同じ格好をした人で溢れる光景は不思議な気分になる。私も初回ログインの時はこうだったんだろうな、と懐かしい。ついたレストランもいつもより混んでいたが、待たされることなく席に案内された。
「クランハウス建ててからは久しぶりでしね」
「ああ、ファストのレストランは来なくなったな」
待ち合わせはクランハウスが便利だし、冒険の合間の休憩は、今は活動場所自体が違う。異邦人の店が多く連なっているので、全く来ないということはないが、レストランに入るのは久しぶりだ。
「あー、露店の食物、うまかったな」
「再現率すごいですよね。未だに甘い・辛い・苦いとか単一の味覚しか感じられないVRありますもんね」
「初々しい」
「おごってあげるから好きな物をお食べ」
アルムとシズルの初心者二人の反応に、ペテロとお茶漬が言う。
「ナゼ、若干かわいそうな子を見るみたいになってるんだい、二人とも」
アルムがジト目で言う。
「最初は感動してたんだけどね。感動補正が終わると、可もなく不可もなくという意味でファミレス並みだからね」
「後でホムラの料理を食べさせてもらうといいでし」
「わははははは! ラーメン食いてぇ!」
「ラーメンならラーメン屋があるだろう。ラーメン一本なところが凄い」
初期の委託販売から塩ラーメンを売り出していたツワモノが満を持して出した店だそうだ。今は醤油系の限定販売もしている――雑貨屋で醤油が買えた時のみらしいが。
「おう! 新しい商業区の角んとこな! でも豚骨食いたいんだ」
「バロンに出たよ」
「え、マジ!?」
ペテロの情報にレオが食いつく。ラーメンは個人の好みで派閥がありそうなので手を出す気はない私です。自分で食う分だけにしよう。
「バロンで豚骨……。それは本当に豚骨なんだろうか」
「さあ?」
私の問いに笑顔で答えるペテロ。行ってはいけないラーメン屋な気がするのは気のせいだろうか。
「おう! 揃ってんな」
料理が来たらシンも来た。
ペテロがファミレスと口にしたせいか、ハンバーグ率がやたら高い。ちょうどハンバーグフェアをやっている某チェーン店を全員が思い浮かべた結果だ。
「組み分けどうするでし?」
「お守りがなければ危険なシャッフル楽しんでもいいけど、回復役から分けようか」
お茶漬のいう危険なシャッフルは職を考慮せず、じゃんけんで分けたりすることだ。菊姫・レオ・シンになった時は阿鼻叫喚だった。私の方は当然、お茶漬・ペテロだったわけで、大変安定していたが。
「そうだね。私とレオも別パーティーかな? 職的に」
「回復は僕とホムラが分かれ……、いやレオなの? 職的に言うと?」
うん、レオは治癒士やってたことがあったハズだな。
「待って、見たことないけど絶対レオの回復事故るでしょう?」
「レベル差もありますし、できれば安全第一でお願いします」
新人二人から片方は断定的に、片方は控えめに抗議の声が上がる。
組み分けは結局、アルム・私・ペテロ・シン、シズル・お茶漬・レオ・菊姫になった。対象はサーの『サークルモス』なので魔法に弱い。私の方は、全員魔法が使えるので速攻型、シズルの方は安全第一なバランスのよいパーティーだ。
「ホムラとシンが臨時の盾役かな、がんばってね」
「ぶん殴ってればいいよな?」
「攻撃受ける前に倒す方向でお願いします」
ペテロの励ましに答えるシンと私。
「余裕なんでしょうか? それともノープランなんでしょうか……」
シズルの不安そうな声が残る。




