216.食事と庭
「掲示板の書き込みはこっちでやっとくよ。じゃあな」
そう言ってロイたちは、自分のクランで話し合うため、ファストにあるクランハウスに戻った。
「では自分たちもこれで」
「ごちそうさまでした」
「おやすみなさい」
大地、コレトとハルナも、宿屋を取るべく転移プレートでファストへ。大地はコレトたちと幼馴染なんだそうな。炎王たち残りの三人は泊まって行く構え。リビングは広めにしたのだが、客間は一間だけで、しかもまだ手を入れておらず、箱のままだ。リビングで雑魚寝でいいそうで、菊姫がせめて、と掛け布団を用意している。
私は食事というか、飲み会というかの準備だ。
「昼間がカツカレーだったから、さっぱり系の和食にしようか」
「三食カレーでも構わんが」
「三食肉でもいいぜ?」
「やめて」
和食を提案したら、炎王とシンから否定が。それを聞いて、お茶漬が胃を押さえて嫌そうな顔をしている。
「さっきお菓子とコーヒーもらったから、EPは減っていないわよ?」
「うちのクランは三食きっちり食うんだ!」
レオがなぜか自慢げに答える。
一旦、ソファやローテーブルをしまって、テーブルと椅子を増やす。テーブルの型は揃っていないが、高さと幅は合っているのでよしとする。菊姫曰く、クロスかければ無問題。そう言って用意された、真っ白なリンネルのテーブルクロス、真ん中に濃い赤のテーブルランナー。
烈火の赤だろうかと思いながら料理を並べる。柚味噌をつけたふろふき大根。すだちを半分に切って添えた『紡錘縞鯵』の塩焼き。『海竜紅真蛸』の柔らか煮。紅白なます、『子持ち金昆布』を桂剥きにした大根で巻いたもの。『宵牡蠣』。ご飯と味噌汁、漬物。多数決で和食になりました。
「日本酒でし!」
飲む前からご機嫌な菊姫。
「あ、私、ご飯最後に一口だけで」
同じく飲む気満々のペテロ。
「とりあえず、本日はお疲れ様、乾杯〜」
「乾杯〜」
お茶漬の音頭に全員で乾杯。私とお茶漬はジンジャーエールにレモンとライムを入れてモヒート風にしたノンアルコール。グラスとお猪口の揃わない乾杯だ。
「あら〜、蛸柔らかいわ〜」
海竜スーンに遭遇した時、左近が釣ったのを分けてもらったものだ。次が手に入る気がしないので、小鉢にちょっとだけ。ケチとか言わないように! 歯ごたえがよく、噛めばかむほど味が出る蛸。だがしかし、柔らかく煮てもうまいのだ。
「青唐辛子おろしたのちょっとつけるといいぞ。牡蠣はレモンでも紅葉おろしポン酢でも」
「うわ〜、お米に醤油にポン酢に味噌にゃ!!! いいにゃ〜」
「……扶桑のワールドアナウンス貴様か」
「ふっふっふっ。米と大豆は偉大なり!」
ちょっと自慢する私。
「牡蠣おいしいでし! 幸せ〜」
牡蠣スキーな菊姫に追加。ちなみに扶桑で購入したものだが、この『宵牡蠣』、戦闘と食べるのとでは違うのか、五個に一個の割合で、解毒困難な強毒持ちである。真面目に一つずつ鑑定しないと危ない。
「あ、本当だ。磯の香りが穏やかで食べやすい」
磯のいい匂いとか時々聞くが、海苔の香りはともかく、ペテロと同じく私も磯臭いのは好きではないので、数種ある牡蠣のうちからわざわざ選んだものだ。少し小ぶりな牡蠣を、紅葉おろしつきのポン酢で丸ごとつるんと。
「大地が朝早くてよかったわ〜。この和食食べられなかったらショックだし、隠し事しながら話すの疲れるもの」
「ハルナは顔だし嫌がるから泊まらないだろうし、コレトはハルナについてくのは分かってたからな」
嬉しそうに食べるギルヴァイツア、炎王もまんざらではない様子。カレー以外味がわからない系でなくてなによりです。
「もうここんちのこになるにゃ」
クルルの箸が何の抵抗もなく大根を割る。柔らかくていいでき、柚子の香りが鼻をくすぐる。
「クルルとギルはともかく、炎王がもう少し雑談したいから、泊まるとか言い出したのは三人が帰る前提だったの?」
そっと雑談するイメージがないと炎王を仕分けしているペテロ。私も、炎王の事を脳筋よりだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「まあな」
「別に烈火にならバラしてもかまわんのだが。というか、早いところバラして、ハルナの持つ虚像を打ち砕かないとという使命感」
クラン内で秘密があるのはやりにくいだろうし。ロイのところは、騎獣捕獲で遭遇した新メンバーを始め、ちょっと大所帯すぎて、二の足を踏むが。
「いや、さっきも言ったが、しばらく夢を見させてやってくれ」
「鳥肌気味なんですが?」
身に覚えのない誉め殺しで、嬉しいをはるかに通り越して、誰のことだおい状態。ドン引きです。あと、レオは子持ち昆布をもぐもぐしながら、袖をめくって確認してくるのをやめろ。
「それは本当にゴメンなさい。あのこがあんなになるなんて思わなくって」
「現実で落ち込んでるのを、気がまぎれるかとこの世界に誘ったんだがな。予想外だった……」
「あれは空元気も混じってるわねぇ」
「なんにせよ、ハルナがごめんにゃ〜。プレイヤーバレしないように、全力でサポートするから、鬱陶しいと思うけどハルナにもバラさないでほしいにゃ」
顔の横で手を合わせ、笑顔で首を傾げてみせるクルル。ピンと立った耳と、うしろでピコピコしている尻尾。猫には猫の良さがある。
「人前で串焼きをかじるのは止めたけど、長時間遭遇してるとイメージ保つの無理じゃない?」
塩焼きを器用にほぐしながらペテロが言う。
「待て。私にどんなイメージを持っているんだ?」
全員ハルナみたいだったら頭が痛い。
「いやあ……」
「わはははは」
微妙な笑顔のクルルとレオ以外の全員が、視線をそらしやがりましたよ!
「ホムラ、よく聞け」
シンがめったにない真面目な顔で語りかけてくる。だが箸で人を指すのはやめろ。
「おそろしいことにレンガードの時は、カッコイイ」
「普段が格好よくないみたいに言うな」
おのれ!
「沈黙の勝利ですね。姪から言わせると、白様は公正だけど、他人に冷たく、身内には甘い儚げな魔法使い様だそうです。他に品行方正で強い賢者様説とかもあるみたいよ?」
「はい? どなた様?」
お茶漬の言葉に素で聞き返す。
「黒様は心なき殺戮者とか、断罪者とか。塩が効いてるし、身が甘くていいね」
次に口を開いた、ペテロのセリフの後半は塩焼きの感想だ。一度塩を振ってしばらく放置してなじませ、水分が出てきたら洗ってきれいに拭き、再び塩を振って今度はすぐ焼くといい感じ。
「あれか、白黒ということは、完全に装備のイメージで見られているのか」
それはちょっと薄々気が付いていた。制服効果みたいな何か。人は見た目に騙されるのだ。
「それだけじゃないと思うが……」
「行動はカッコイイのよ行動は」
「ありがとう?」
若干引っかかるが、炎王とギルヴァイツアのフォローに礼を言う。
「思考が残念なだけですね」
「アウトプットしなければ問題ないでし」
「大丈夫、大丈夫。しゃべらなければ美形美形」
お茶漬と菊姫の言葉に、酒に顔を赤くしたシンが、お猪口片手にひらひらと手を振る。
「貴様ら……。外見は装備効果とキャラメイクの結果だろうが! フォローにならんわ!!」
「大丈夫、大丈夫、ホムラは姿勢がいいし、所作がきれいだし、ご飯が美味しいから」
ペテロさんや……。それはフォローなの? 凄く微妙なんだが。どう返していいかわからず口を開きかけて閉じる。
「大地ってドワーフだったんだな!」
そのちょっとの間にレオが唐突に発言。
「え? そうね」
「短髪だしヒゲもきれいに剃ってるから、ぱっと見気づかないことも多いにゃ」
戸惑いつつも答える二人。
「いきなりなんでし」
「ずっと気になってたの?」
「なんという話題転換技術」
こちらは慣れた感じの三人。シンは本格的に酔っ払い出して笑っている。
「わははは! だって大地とハルナの顔しんなかったし! ハルナはまだ見てないけど!」
戦闘装備でくつろぐのはさすがに難しいのか、途中から皆んな部屋着だった。当然、大地のフルフェイスも仕舞われ、謎だった顔の大公開。いや、バロンの初遭遇時に見てるはずなんだが、覚えていなくてですね。
「迷宮に潜る前に宿で会ってるだろう?」
「覚えてない!!!」
炎王の言葉に覚えていないと言い切る正直なレオ。なお、私は覚えている風を装いました。
リビングにソファを戻し、いい具合に出来上がった、シンとレオを部屋に放り込み、おやすみを言って自分の部屋に。――部屋に入ったと見せかけて、自分の個人ハウスへ。部屋に入ってくることはないとはいえ、長時間の睡眠は近くに人が大勢いると不安なのだ。
本日も庭の真ん中でベッドを出して寝るかと、扉を開けると庭が広がっていた。
庭があるという意味ではなく、スペース的に広くなっていた。思い当たるのは罠ダンジョン、あれがおそらく、人助けカウントされたのだろう。これは嬉しい、何せ、扶桑から持ってきた果樹や野菜を植え放題。いや待て計画的に植えないときっとわけがわからなく。
日本風の東屋を作って、紅葉を配して扶桑コーナーをつくろうか。桜か梅もいいな、などと思いながら神々の宴会場に向かう。側にある『生命の樹』のウロに料理を詰め込んで、本日はもう遅いので、そこにベッドを出して寝よう。――いや、寝ている最中に神々が来ると嫌だし、他の木の下にしよう。
夜目にも葉に留まる雫がキラキラと美しい。ルシャの作った宴会用の建物のシルエットと相まって、庭とは思えない風景。禁足地の山の中にでもありそうな清浄さ。宴会場だという事実がなんとも言えない。
――って。
宴会場の前に何かいます。ポーズとってるのが。
「まっていたぞ!」
相変わらずのマントさばきでこちらに向き直る。白に金を多用したローブとマント、豪奢な金髪。こう、最初に会った時に失敗してなければ、あるいは会うたびにやらなければ、格好いいような気がしないでもない気もする。
今日はいつもよりヴェルスの表情が硬い。硬いというか、いつもはどちらかというと、自分に酔ったようなナルシスト的雰囲気がそこはかとなく漂うのだが、それがない。
「そなたに聞きたいことがある」
「何だ?」
唐突なのには若干慣れてきている私がいる。
「何故その職を選んだ?」
険しい顔で聞いてくる。古本屋で手に入れた古い絵本に出てくるヴェルスらしき神は、正義の神ではあるものの、力なき者や敵対した者には苛烈なことを思い出す。
「ヴェルナに勧められたから?」
あれか、妹と接触したから焼きもち兄さんか。
「……ヴェルナに?」
一瞬驚いた顔を見せるヴェルス。
「そうだ。『黒白の魔剣士』に何かあるのか? 認識として魔法剣士の上位版くらいにしか実感が湧かんのだが」
「そうか、ヴェルナに……」
聞いてみたのだが、聞いていない様子。
「我が妹が受け入れたのならば、私も受け入れよう。そのための後押しも惜しむまい。そなたは時が来たら選ぶがいい。惑う必要はない」
ヴェルスは眉を寄せて、しばらく何事か考え込んでいたが、彼にしては珍しく穏やかな微笑みを浮かべて告げると消えていった。
《称号【流星の道標】を手に入れました》
《称号【流星の道標】に付随したスキル『流星』を取得しました》
《『星の雫のピアス』を取得しました》
寝る前に、なんだか不穏なフラグをたて逃げされた気がする。以前、マントと小手をくれた声の言っていた、途切れ途切れなセリフと合わせると嫌な予感しかしない。
称号【流星の道標】は、精神10%のアップと、環境無効。スキル『流星』が使えるようになる。すでに持っている【環境を変える者】は、灼熱や極寒、多湿やらの体調ステータスに影響を与えるレベルの周囲の環境を緩和するが、こちらは私個人の環境からのダメージを無効にするようだ。
『流星』は流星を喚んで大ダメージを与える剣と魔法それぞれで使えるスキル。ただし使用時必ず「墜ちよ流星!」やら「閃け、流星!」やら流星を入れた呪文という名の掛け声をかけることと注意書きが……。ヴェルス……。
『星の雫のピアス』は魔法を含む攻撃スキルのダメージ増加。ヴェルスにしては派手な見た目はしておらず、シンプルでしかもシールのように張り付いて、耳に穴を開ける必要が無い。
さて、本日は寝るとしよう。ここはやはり神樹にした木のそばを寝床に選ぶべきか。前回の最初のセリフは「世界樹の巫師」「神木の巫」だ、多分。毎度庭で寝ている時に現れるので、状況から類推すると『特別な木』が仲介していると当たりがつく。世界樹は比較的聞き取れていたが、フシは謎だった、が、扶桑に行って見当がついた。巫女さんの性別ないバージョンですね! あとは「世界樹の巫師」と同じようなことを指す単語をあてただけなので、本当にあっているか謎だが。
このゲーム、やっぱりメインストーリーあるのかな〜などと思いつつ、本日はログアウト。
あ、ヴェルスにケーキ渡し忘れた。
□ □ □ □
・増・
称号
【流星の道標】
スキル
『流星』
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ヴェルスはルシャに聞いてきた模様。