215.紅茶人口
ただいまうちのクランハウスで、クロノスと烈火が罠ダンジョンの対策会議中。
「レンガードや騎士が出たのは、初回特典とかランダムかもしれねぇから考えない方向だな」
「ですね。最初に出た案どおり各ギルドに協力を要請して、攻略できる日を広報してもらいましょう。プレイヤーのほうは掲示板も」
クラウがロイの言葉を受けて、確認するように言う。彼の前には紅茶のカップ、数少ない紅茶党仲間。中心となって話しているのは、炎王、ロイ、クラウだ。時々三人の会話をお茶漬が補足する。
レンガードの名が出るたびに、知ってるメンツが目をそらしたり、肩を震わせてたりして微妙なんだが。笑いたければ笑えばいいじゃないか! その場合、変な人は笑った人だがな!
「アシャの日でいいな?」
こちらの世界で一週間に当たるのは、星・水・火・風・木・金・土で一巡する七日間だ。炎王が言ったように、司る神の名でアシャの日などと言われることもある。が、星だけは神の名で呼ばれることはない。月どこいったとか、順番が現実世界の曜日と混じるからやめろとか、いろいろつっこみたいところ。
「はい。アシャの日は魔法銀の出る率が、何故か極端に落ちるそうで、もともと住人が採掘に入らない日だそうですから」
「まあ、ゲーム的にその日にしとけってことですね」
クラウの説明に、お茶漬が身も蓋もないことを言う。
「それにしても、あの五人がいないと早いわねぇ」
ギルヴァイツアがため息をつきながら、カプチーノを口にする。白い泡ヒゲに期待しているのだが、なかなか器用に飲む。あの五人というのは兎娘と四人のプレイヤーのことだ。ガウェインは兎娘を街に送り届けた後、騎士達と打ち合わせをするとかなんとかで、帰還したそうだ。
「あのまま話してたら炎王がキレるにゃ」
「掲示板に参加者の実名も、アキラが逃げたことも出すなって釘さしたが……。あの様子じゃ、広まるのは時間の問題だな」
炎王の眉間の皺が深くなる。
「まあ、いいんじゃないの? 参加者については、協力要請メールばら撒いちゃったし、シャウト聞いてた不特定多数もいるし。広がるのは遅かれ早かれだわ。……アキラが逃げたことについては、アタシもイラッと来てるしね」
片手で頬杖をついて、カップを戻すギルヴァイツア。
「止めるだけ、あんたら大人だなぁ」
「煩わしいのが嫌なだけだ」
「掲示板に書かれると、一斉にあちらを下げて、あなた方を上げる。極端に走りやすいですし、勢い余って板外で行動に出る方もいますからね」
クラウが微笑を炎王たちに向ける。
クロノスは攻略組・生産共に抱える、存在する中で一番大きなクランだ。罠ダンジョンで、あの時協力を要請したこともあり、今後のことで相談を持ちかけたのだ。時間が取れたのはロイとクラウ、シラユリだけだが、烈火とクロノスのトップが揃ったことで、四人が騒ぎまくって、兎娘がなだめているのか煽っているのかわからんことに。
死に戻ったことになっとるせいか、私を下げて、炎王たちをあげるみたいなこともされたのだが、途中、四人組が自慢してきた大量のアイテムは元は私が出処で、現在ポッケに大量にあるものなので反応に困った。私がレンガードだと知っているメンツも微妙な表情だったが、その言動の途中で、採掘を中断する羽目になった人たちに配らず、アイテムをほとんど自分のモノにしている疑惑が出て顔色を変えた。が、炎王たちがキレる前に、ロイがブチキレて、最初に集まった喫茶店を後にして現在に至る。
「ダチを落とされて喜ぶとでもおもってんのかね」
理解できないという顔をしてコーヒーを口に含むロイ。
「ロイのところが大所帯になるのがわかるな。怒ってくれてありがとう」
ダチとか言われるのも照れくさいのだが。
「あの五名はレンガードの騎士殿にも、絶対零度の視線を向けられていたのであります」
「あれは気づいた黒いひげの騎士が、気の毒になるくらい焦ってたわねぇ……」
カルとかカルとかカルのことだろうか。何があった?
「それにしてもやたら居心地いいなココ」
ロイがクランハウスの居間を見回す。
「いいでしょ」
自慢するお茶漬。柔らかな陽の差し込む窓、シンのリクエストの高い天井でゆっくり回る木製のシーリングファン。昼寝のできるソファ。落ち着いた色合いのファブリック。さすがに狭いので騎獣たちは各飼い主の部屋にいる。
クロノスのハウスは会議・生産特化! みたいなことになっているそうな。家具のテイストを揃えて、機能的かつ重厚な感じに仕上がっていると聞いた。行ったことのあるお茶漬曰く、ゴロゴロしてはいけない雰囲気。クランメンバーが多いせいもあるだろうが、ちょっとうちとは対極かもしれん。
「お菓子もおいしいですわ〜」
ニコニコしながらマカロンをつまみ、マシュマロをぶちこんだ甘いコーヒーを飲むシラユリ。外側がさっくりしていて中はとろけるような、もしくは蜜と一緒にホロホロと崩れるような食感、ぷっくりとふくれた丸い姿。現実世界で当たり外れが多いというか、香料と着色料でごまかされている気配。私的に外れが多い菓子だが、おいしいものに当たった時の衝撃が忘れられない菓子でもある。だがしかし、高いので気軽に試し食いできない!
「ホムラのお菓子はレンガードのお菓子に匹敵しますわ〜」
本人です。シラユリさんや、甘いものを食う時は苦いコーヒーの方が良くないですか? うちにいる甘味ハンター二人と食い倒れ勝負してみるか?
「レンガード様のお菓子は特別です!」
当初の目的の話し合いが一段落したためだろう、静かにしていたメンツも会話に参加してきた。
「見目も可愛らしくて綺麗だし、味は……まだ食べてませんが最高です!」
オイ。食ってから言え!
「そう言えば、ハルナはケーキ詰め合わせもらっていたねぇ」
コレトがしゃべった!
「ローブを返還したときでありますか?」
大地にはローブを渡していない。何故なら肌色があまり見えていなかったから。
「僕のは返しそびれちゃったけど、兄さんも食べたいなぁ」
「兄妹なの」
お茶漬がふんふんとうなずく。烈火、ギルヴァイツアといい兄弟率高いな。
「ダメです! これは保存用です! ちゃんとローブをお返しして下さい! そして食べきれない分を私に下さい!」
「えぇっ! ハルナひどい!?」
糸のような目を見開ら……かず、ショックを受けたような顔をするコレト。彼の顔の印象は糸目の一言に尽きる。これはあれか、ローブを返されたら食い物返さねばならんのか。
「そう言えば、迷宮のサキュバスはあんたらか? 初討伐流れなかった気がするが、クリアならず?」
「クリアはしたが、救援が理由で初討伐は保留になっているな。もう一度倒せば、称号をもらえるようだ」
炎王がウィンドウを操作する仕草をしているので、私もメニューを見てみる。
討伐の項目は、ボスと普通のフィールドにたくさんいるモンスターに分かれており、それぞれ名前を選べば、画像付きで情報を見ることができる。戦って得られる情報、属性やら、スキルやら生息域。鑑定したことのある魔物は、鑑定結果、弱点をついて倒した魔物には弱点まで記載されている。
ボスの方はモンスターと記載情報は同じだが、初討伐の記載があるものには、もらえた称号やスキル、アイテムがわかるようになっている。
――フィールドモンスターにもレアがいることを今知った。ミニチュアワイバーンの上に『機械仕掛けのミニチュアワイバーン』とか、冠ついた名前が。魔石をうっかり売ってしまわないように気をつけよう。
そういえばサキュバスはただのサキュバスだったなーと、『快楽の欲望サキュバス』直下にあるただの『サキュバス』の名前を選択する。情報には初討伐の表記の代わりに☆マーク。さらに☆を選択すれば、☆マーク持ちの方で先着最大六名様に称号差し上げます的説明が。――しばらく幻想ルートには近づかんことにしよう、また変な称号ついたら目も当てられん。
「幻想ルートの31〜39層と記載があるということは、ほかのルートでもエリアボスがうろついてる可能性が高いにゃ!」
「心構え無しで遭遇は避けたいね。バロンの冒険者ギルドで情報拾えるかな?」
ペテロの眉間にうっすら縦じわ。さっきからコーヒーを飲みながら珍しく難しい顔をしている。
ホムラ:何か心配事か?
ペテロ:いや、元々持ってる称号スキルと、今回もらった称号がどこまでも噛み合わなくてwww
ホムラ:ナルンの称号だかアイテムってそれ系じゃなかったっけ?
ペテロ:ああw 間にホムラを挟めばいけるかな?
ホムラ:何に挟まれるのだ私?
ペテロ:私と庇護対象の間にwww
【守る者】は庇護する対象が周囲にいるほど、防御が上がり精神が高揚する、んだったか。噛み合わないということは、その逆の状態のほうが効果を発揮する称号スキルだらけだってことか? 一転して晴れ晴れとした表情になったペテロが不穏すぎる。
「アタシたちもクランハウス欲しいわ〜」
「迷宮攻略を優先してましたしねぇ」
「まあ、クランハウス解放のアイテムは揃ってるし、つくるか?」
「つくるにゃ〜!」
「同意するであります」
烈火がクランハウスをつくることにしたようだ。
「ハウスいいぞ、ハウス! 宿代かからないでゴロゴロできるし!」
「時間が半端な時、なんとなく集まれるしな。共有倉庫にイランもの詰めて叱られるけど!」
レオとシンが会話に加わる。お茶漬が問答無用で捨てようとした初期モンスターの魔石は私が頂きました! 【魔物替え】が上がらなくてツライ……。
「やっぱバロンにつくるのか?」
「迷宮攻略がメインだからな。だがまあ、転移プレートを設置すれば移動にそう時間はかからんし、希望を聞くさ」
ロイの質問に、ハルナの方を見やって答える炎王。クランハウスの会話にも混ざらず、シラユリと菊姫相手にしているレンガードトークが漏れ聞こえてきて居た堪れない。シラユリはニコニコと聞き流しているが、菊姫がドン引きしている。
「うをっ! また止まんなくなってんのか。悪ぃな」
あちゃーという顔をするロイが言っているのは、菓子をどこまでも食べているシラユリのことだ。ファイナで会ったばかりの時も、甘いモノがわんこそば状態で戦慄した思い出。ため息をついたロイが、クラウにお疲れ様的に背中を叩かれている。
「白のレンガード様は、紳士で隠せるようにローブをくれたの。私たちの姿を見ても特に慌てずに、なんてことないように!」
熱を帯びたような声で語るハルナ。
単にサキュバスとは戦闘済みでなんで半裸になったか知ってたのと、チラリのお蔭で状況なれしとっただけなんだが。
「白の王子様とか、白の錬金術師様とか、白の救い手とか、白がよくわからんことになってるのだが、あれはいったい誰の話をしているんだろうか……」
「わはははは! すんごいキラキラしてるな! 白い人!」
「美化凄い気がしなくもないけど、外れてはいないから否定が難しいね、あれ」
ぼやいたらレオとペテロに笑われた。おのれ!
「すまんな。迷惑かと思うが、少し夢をみさせてやってくれ」
「ちょっとここのところ元気がなくて、夢中になれるものを見つけて、極端にふりきれちゃってるにゃ。少ししたら落ち着くとおもうから勘弁にゃ!」
小声で炎王とクルルが謝ってくる。
「いや、まあ、彼女の中にいる人は別人っぽいからもうこのまま放置でいいかと思い始めている」
なんだかコレトが慈愛に満ちた糸目で、ハルナを眺めてうんうんと頷いていたりするので、何か事情があるのだろう。だが、ローブのフードを目深にかぶった顔が見えない状態で、エキサイトしている姿を見ると微妙にその事情とやらを知りたくない。
「今は周囲が見えないタイプみたいだけど、本当に落ち着くのあれ?」
「一点集中タイプなことは認めるが、普段はどちらかというと芯は強いが物静かだ」
「今は芯が丸出しなの?」
ペテロの確認に炎王が答えるが、間を置かないお茶漬のツッコミがヒドイ。
「……あの四人組みも散々だったし、今回はあんたに負担が集まって悪かったな。後で何か必ず返す」
ちょっと話を逸らそうとしていませんか? 炎王さん?
「いや、四人組みの話は早々に聞くのをやめて、別なことを考えておったし。何か返すというなら、早くサキュバス倒して称号とっちゃってくれ」
「何で称号を取ることがお返しになるにゃ?」
「H系の称号来たら困るだろう?」
「……俺たちなら困らないと?」
「がんばってつくれ、ハーレム」
一拍おいて笑顔で応援しておく。
炎 王:ところで四人組がロクでもないことを言っている時、考えていたことってなんだ?
ホムラ:ギルヴァイツアのツムジ?
炎 王:……
お茶漬:すみませんねぇ、こんなので。




