213.戦利品
剣を交えるカルと酒呑は、片やうっすら白く、片やうっすら赤く光って見える。カルの使う剣がひときわ白い光を閃かせ、酒呑の眼が移動の度、赤い帯をひく。
カルが戦っているのを初めて見た。酒呑の豪剣を受けてビクともせず、力強くも優雅。体術の稽古でたくさん転がされたなそういえば、おのれ。
『む、騎士殿の速さが上がった』
小次郎が興味深そうに二人の戦いを観察している。
「ホムラ! これお前の鬼だろ!?」
感心して見ていたらガラハドに気づかれた!
「すまん。放任主義だ」
二大怪獣大決戦みたいなガチバトルに割って入るの嫌です。
「というか、何故戦っているんだ?」
「お前、強そうだな、だ、そうだよ」
肩をすくめてイーグルが言う。ああ、嬉しそうに笑いながら斬りかかっていく酒呑が容易に想像できる。止めなきゃだめかなこれ。放任主義と言いつつ、二度も私の都合で喚び出しているので、行動を制限するのは少々後ろめたいのだが。
『ホムラ様のお知り合いでしたか』
紅梅の確認してくるその声音に、感嘆の気配が混じる。どうやら、完全に鬼と化した酒呑と渡り合うカルの強さに驚いている様子。
『ぬしさまの。どうりで人間にしては破格に強い……』
いつの間にか隣にきて、目を細めて肩に頭を預けてくる紅葉。
『ああ、うちの店員さんだ』
『店員……?』
紅葉が寄せた体を固まらせた。
「ホムラ、怪我はない?」
いつの間にか隣に来て、カミラが見上げてくる。
「見ての通りだ」
カミラに合わせて【浮遊】を低くし、向き合う。『ヴァルの風の靴』は【空中移動】があるせいか、【浮遊】の高さに自由がきくのだ。
何度か攻撃はかすったが、自然回復で戻ってしまう程度。ステータスで大分勝っているのに、かすったのは修行が足りないからだろう。特に剣を振りながらの杖の制御は、扶桑で杖を出す機会がほとんど無かったので感覚がおかしい。戦闘以外では符のレベル上げのために、魔法はけっこう使ってたのだが。
『なんじゃ、お主の関係者ばかりじゃな』
白の言うとおり、気がつけば知ってる人だらけ。
『知らんのもいるぞ』
『ふん、【眼】持ちなんぞいると厄介じゃ。我は戻るぞ』
『えー?』
戦闘中はもふれなかったので是非もふりたかったのだが、さっさと帰還してしまった。それにしても、ガラハドたちの後ろに、なんか知らんのが四人ほどおるが、メイのパーティーメンバーだろうか。
「ああくそ! そっちは強化、こっちは時間切れだ!」
肌の赤が白い文様に集まり、赤を吸うように模様が染まる。先ほどまで、薄く光る赤味を帯びた肌に、白い文様が浮かんでいた酒呑の身が縮んでゆく。浮き上がっていた髪が収まるころには、黒髪黒目の常態に戻った。私の時は金目肌色赤模様でしたが、二段階変身ですか?
「今度、扶桑でやろうぜ!」
笑顔で白い歯を見せて消えてゆく。酒呑は本当に戦うの好きだな。
「主、こちらは?」
消えてしまったせいか酒呑の声には特に答えず、剣を軽く振り鞘に収めると、カルが聞いてきた。
「扶桑で出会った紅梅、紅葉、小次郎。さっきのは酒呑だ。こっちはカル、赤毛がガラハド、白がイーグル、女性がカミラだ。すまんな、ふっかけたのは酒呑の方だろう?」
それぞれに目礼をしあう面々。ふと気づけば、紅梅の位置がさっきより私に近い。……ちょっと二人とも、目が笑っていない笑顔、無言で見つめ合うのやめてくれませんか? 怖いから!
「あーもー! うっとおしいな!」
ガラハドがカルの顔の前で手を振り下ろして視線を切ると、カルも紅梅もついっと視線を横に流し、表情も元に戻る。猫の喧嘩か!
「先ほどのことですが、主が気にされることではありません。後ほど、子孫に責任を取らせますので」
気を取り直したカルが普通の笑顔で言う。
「子孫?」
「あれが大江山の酒呑童子ならば、ガラハドの何代か前に血が入っているはずです」
「え、ご先祖様!?」
ガラハドが驚く。当事者把握してないのか?
「そういえば似ている、かな?」
赤い髪とか赤い髪とか。
「それよりも、安全地帯におられるはずが何故ここに?」
聞かれていることは大したことではない。カルは先ほどとは違って、笑顔は笑顔でも春の陽だまりのような穏やかな顔しとるのだが、尋問を受けている気分になるのは何故だ。
「あの! 俺アルフです」
「ホークスです」
「ウシルです、よろしくお願いします!」
「ズールです。パトカください!」
カルに答えようとしたらなんか自己紹介来た。ついでにパトカが飛んできた! 多分、迷宮の『進化石』出るルートのクリアしただろう兎娘とパーティー組むからには、攻略組なんだろうが思いの外フレンドリー。だがつい、扉に残ったクランメンツや炎王と比べてしまう。まあ、攻撃担当はいってこいといわれたら、私もほいほい殲滅に混じってしまう気もするが。
「失礼、パーティーを組んだことがある方としか交換していないので」
ガラハドを始め、住人の皆様とはバシバシ交換しとりますが。生活背景のない根無し草なプレイヤーは、覚えるの苦手だ。
時々初対面でパトカを渡してくる人がいるのだが、誰だかわからなくなって名前だけリストにあるハメになる。そしてパーティーの誘いをしてくるでもなく、ログイン挨拶だけ飛ばしてくるという……。悪くはないのだが、私にとっては顔もわからん人に返信するのは面倒だ。あれだな、渡してくる人は、瞬時に顔と名前を覚えられる【受付嬢】のスキルとかをリアル持っとるんだろうな。まあ、どっちにしろ今はレンガードなのでパトカを貰っても困る。
「レンガード……!」
声がしたほうを見れば、兎娘の登場。その後ろに菊姫やペテロたちが見える。
「終了したな。討ち漏らしは無いな?」
炎王たちもやってきて、声をかける。
「態勢が整う前、素早いのを何匹か逃したが……」
ヒゲ……じゃないガウェインが答える。やばい、レオのせいで印象がヒゲに占拠された! 別に伸ばして三つ編みにしとるとかではなくて、ごく普通の騎士に似合う――後で調べてショートボックスドベアードと呼ぶヒゲ型だと知った――なのだが。
「それは採掘してた連中に任せるしかないな」
炎王が大して心配していない様子で言う。金策の流行りだけあって、来る時に見かけた三区画のプレイヤーは、結構な人数がいた。称号アナウンス的にも、討ち漏らしは無いだろう。
「ホムラ殿はどうされたでありますか?」
大地の問いかけに、ここにいますと言えない罠。
「最後に死に戻った」
しれっと答える炎王。ちょっともう少しこう、いい言い訳は無いのか? ……無いな。
「それは残念でしたね。称号」
あまり話したことのない【烈火】の聖法使いコレト。
「いや、クリア後に三区画の敵にだ。称号アナウンスが流れて油断した」
「それは良かったというか、間が抜けてるというか……」
ちょっと炎王さん? でも以降称号について嘘をつかなくていいし、感謝するべきか。
「それと、レンガードを見つけてパーティー組んだのもアイツだ」
「えぇっ! じゃあその人だけドロップがっぽがっぽ!?」
なんかいきなり会話にはいってきた四人組の一人。
「レンガードは中、ホムラは外だったからきっとエリア違いではいってないにゃ」
「確かに、四人が中で倒した分のドロップは私に流れてきてないです」
ずるいなどと言い始めた四人にクルルが告げ、それを兎娘が裏付けて収まった。黙ってる間にストーリーができて丸く収まった! そして四人のパトカ、ほいほい受け取らんで良かった!!!!
「ガウェイン、貴方から見てパーシバルはどうでしたか?」
「アレはダメですな。アレはダメだ」
カルがガウェインにパーシバルの印象を聞く。【傾国】ジャッジ、アウト的なあれか。
「ではエイミも……」
「知り合いならばすぐに判別できるほどには」
カミラが沈んだ顔で聞いているということは、エイミが妹さんの名前なのだろう。
「むしろエイミがいるからこそ、ですか」
「うむ。異邦人と一緒に行動をしているというのにジアース、アイル両国の神殿の使用形跡がない。大方、エイミのスキルで帝国を拠点としているのでしょうな」
エイミは、何か移動・帰還系スキル持ちか。
「何にせよ、警戒が必要ですな。まだ帝国に残っている騎士は多い」
「ファガットはまだですか?」
「アイルはともかく、帝国とファガットの間にはスーシール山脈がある分、他人事ですな。むしろジアースの協力が稀なこと」
国同士の話になると途端に面倒に感じる。内政スキーな人もいるようだが、住人に通り一遍の人格しかないならともかく、駒として切り捨てる場面がどうにも。
ペテロ:イベントが進行しているw
お茶漬:国VS国の大規模戦の前振りなのこれ?
菊 姫:戦争でし?
ホムラ:NPCが復活できないタイプで戦争はやだな。
レ オ:やだな!
シ ン:好きなやつは好きだよなぁ
「あの異邦人も目的がつかめませんな。強くなりたいのならばもう少しパーシバルたちと連携をとっても良さそうなものだが……」
「アキラは住人も異邦人も、ただの道具だと思ってるんだろ。いや、道具どころか記号か?」
「ストーリーに沿ってるだけで、きっと人の生き死に興味もなければ、行動に意味なんかないわね」
炎王が言い、ギルヴァイツアが言って肩をすくめる。
「そ、そんな! 住人の皆さんだって異世界で生きてるのに!」
「どのゲームでも、そういうタイプは多かれ少なかれいるにゃ」
叫ぶように言い、取り乱す兎娘をクルルがなだめる。
まあ見知らぬプレイヤー同士で、レベル制限ありのギリギリなクエスト攻略とかだと、全員が役割を機械のようにタイトにこなして、クリアできた時の達成感もなかなかだが。ただその場合、自身も特別ではない。
「まあ、結果オーライ。住人の皆さんに被害がなかったし、個人的には称号もらったし」
お茶漬が面倒くさくなりそうな会話をぶった切る。
「……ごめんなさい。私も今回、皆さんを危険にさらしたひとりです」
途端にしゅんとする兎娘。
「申し訳ありませんでした!」
なんかプレイヤー四人が私に向かって頭を下げてくる。
「すみませんでした」
兎娘も。
「私にあやまるくらいなら、危険にさらした住人に謝るべきだろう」
ガウェインとか手伝いにきたカルたちとか。
「はい、採掘していた方々にも機会があれば……」
いきなり深刻そうな様子に。なんかこの兎娘、過剰反応というか、限界まで空気入れた今にも割れそうな風船みたいな印象が。
「メッセージ見つけられなかったり、ボス戦早かったら、こっちが開けてたかもしれないしでし」
菊姫が気にしすぎるなと慰める。
「でも……っ!」
話がループした!
それにしても、【浮遊】で浮いていると普段見られない光景が。みんなの頭頂部ってこうなっとったのか。クランメンツとガラハドたちは、ハウスでゴロゴロしとる時によく見ているのだが、式たちと烈火のメンバーは新鮮だ。紅梅は冠を被っているので髪型を含めて謎だが。あれだ、平安時代って髪を結った髻を晒すことは、パンツを脱ぐのと同じくらい恥ずかしいんだったか。髻は成人男性の象徴でもあったそうで……、成人男性の象徴で隠さなきゃならんものが頭についとるのか。
『ホムラ様?』
紅梅が怪訝そうにこちらを見る。勘が鋭いなおい。
『なんでもない。飽きて、くだらんことを考えていただけだ』
『ほんに人間のやりとりは面倒よのう』
『うむ』
紅葉が呆れたようにつぶやくのに、小次郎が同意する。
『ホムラ様、先に戻られては?』
『そうだな……。そういえば酒呑の時間切れというのは、あれは大丈夫だったのか?』
紅梅の提案に答えず、別な疑問を投げる。
『ああ、あれは長く続けますと狂うて戻らなくなるのですよ』
『ふふ、あの男にすればそれで本望じゃろう』
『主に危害が及ぶようなら、排除つかまつる』
え、大丈夫じゃない上、狂うのは放置前提!?
「感情的な納まりをつけるのは、場所を変えてお願いする」
おっと、兎娘のループをカルが止めた!
「主、何かございますか?」
そしてこっちに振られた!
「ああ、これを」
ハルナがこちらをチラチラ見ているのを見て、思い出した。
「先ほどの敵のドロップだ。分けるなり、採掘者への補填に使うなり自由に」
ミニチュアワイバーンの羽、皮、ミニチュアケルベロスの牙、爪、各種魔石などなどを適当に床に積み上げる。通常ならばアイテムポーチが満杯になり、その場に落ちるところだが、私は【ストレージ】持ち。全部ぽっけに入ってました。
カルたちについてきた四人組と、その四人と組んでいた兎娘は別として、居残り組はほとんどドロップがなかったはずだ。私だけ大量取得というのも気がひける。
「うをー! すげー!」
「大量!」
「いいなこのイベント!!」
「初回特典じゃね?」
「私たちにくれたものじゃなく、坑道の人たちの分もあるのよ!」
「はい、はい」
なんかずれとるな兎娘のとこの四人。わいわいとアイテムを物色しだす四人を見ながら不思議に思う。私に勢い込んで話しかけてきたかと思うと、微妙にスルーされるというかなんというか。
ペテロ:またNPC疑惑に拍車をかけることをwww
ホムラ:えー?
レ オ:わはははは!
お茶漬:後から特殊個体になった住人は置いといて、初めから特殊個体はアイテムポーチ無限説あるね
ペテロ:戦闘で住人がアイテム回収できないことないからww
ホムラ:ぶ! NPCを名乗ったことは一度もないのだが。まあ、先に帰る。
シ ン:ほいほい。ありがとさん、お疲れ〜
菊 姫:おちかれでし。アイテムありがと〜
お茶漬:まあ、金の神殿で待ち合わせでオッケ?
ホムラ:了解
「あ、あの」
「どうした?」
帰ろうとしたらハルナが話しかけてきた。フードを目深にかぶっとるので、実はローブと大地たちと一緒にいることで見分けているのだが。大地は大地でフルフェイスだし、【烈火】の六人のメンバー中二人が中身が入れ替わっていても分からない系ってどうなのか。
「迷宮ではありがとうございました。こちら、きれいにしてあります。……その、あの姿は忘れていただけると……」
後半は消え入りそうな声で言いながら、迷宮で渡したローブを差し出してくる。真っ赤か、真っ赤なのだろうか? ちょっとフードに隠れた顔を覗いてみたい。
「返却は必要なかったのだが……。では代わりにこれを」
形のあるものは返却されてしまいそうなので、ヴェルス対策に作ってあったプチ・フールをば。
六センチ六センチの正方形の升に収まった十五個の小さなケーキ。ベリーのマカロンに甘酸っぱい同じベリーのジャムとクリームを挟んだもの。四角いどっしりとしたチョコレートケーキ。小さなタルトに真っ赤な苺を四つ乗せたもの。ブランデーと砂糖で煮詰めた栗を乗せたモンブラン。升に収まる粉砂糖を降らした小さなシュークリーム。ビスケット生地のカップにチョコとアーモンドを詰めたもの。ゼラチンと洋酒、砂糖で作ったナパージュを塗ってツヤツヤと光るオレンジのタルト。ふわふわなスポンジと生クリーム、苺はジャスティスなショートケーキ。
ヴェルス向けに色とりどりにしてあるが、味も頑張りました! 甘さは抑えめ。
「主……」
大丈夫です、カル用には甘さ控えていないタイプがあります。
「ホムラ……」
「俺も横のは怖くて切れねぇぞ」
横? イーグルとガラハドの言葉に、横を見ると笑顔の紅葉とカミラ。視線か、視線のことか!
「まだあるから後でお茶に出そうか。私はそろそろ失礼する」
甘いものの恨みは恐ろしい。怖い笑顔にならないうちに差し出せるものは差し出しておこう。
『とりあえず神殿に戻るが、どうする?』
『我らもこれで』
『うむ』
『ぬしさま、宴を楽しみにしております』
『ああ』
式たちが消えてゆく。
「では」
それに合わせて、【帰還】し、私も姿を消す。
マント鑑定結果【これが噂の鈍感系主人公、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
誰が鈍感だ! 気づいてますよ! ただカミラの好意も紅葉の好意も【房中術】のせいなのも分かってるんですよ! そのうち本気の恋をしたら離れて行くんですよ!
マント鑑定結果【これが噂の鈍感系主人公、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
鑑定結果が変わらないだと!?




