207.ペットの疑惑
「ホムラ、ちょっと祓っていいかな?」
「何を?」
固まっていた右近が話しかけてくる。
「この部屋は幾十もの結界がほどこされてるから、万に一つも【傾国】の影響を受けたものは入れない。入れないんだけれど、君、ほら陰界への結界まですり抜けていったからね」
「普通、軽度の精神操作や呪いの類は、この城に入った時点で吹っ飛ぶんだけど」
気を取り直した天音も言ってくる。
「ああ、どうぞ」
【傾国】の厄介さは、自覚ができない上に周囲からも分かりづらいことだ。疑われても特にカチンともこない。むしろクズノハはともかく、そうと分からず玉藻に遭遇していたら厄介だ。まあ、【ヴェルスの眼】があるので、本性を隠していたらわかるし、丸出しだったら普通にわかるだろう。
『天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給う……』
白い十二単姿の右近が、祝詞をあげると、手に持つ玉串の榊の葉に枝に、ふつふつと水滴が現れる。私の頭上で玉串を振るとその水滴がかかり、清々しい気持ちに。お祓いを受けている側なので、ガン見できないのが残念だった。だがやっぱり巫女さんは緋袴がいいなあ。
「ふむ、正気のようだね」
「ポケットにクズノハなんて言い出すから、どっかおかしいのかと思ったわよ」
言い合う信じていない様子の二人。左近だけが心配そうな、怪訝そうな、微妙な表情で私を見ている。
「見せてもいいが、ここで出すのは色々障りがありそうだな」
あとあと色々こじれることを防止するために積極的にバラしてゆくスタイル。情報共有は大事だ。だがしかし、この部屋でクズノハを出すと、人のはる結界と、クズノハと、どちらか一方か、両方に悪い影響があるかもしれない。
「結界への圧が大幅に落ちたし、君が何かをしてきたのは確か。でも申し訳ないが九尾を連れてきたというのは、にわかには信じられないよ」
却下されました。
「ホムラ殿でしたら可能なのでは? その、色々従えておりますし……」
左近がこちらを気にしながら言いよどむ。そういえば、紅梅たちやバハムートを直接見たのは左近だけか。報告は上げているのだろうが、聞くのと見るのとでは印象が違うのだろう。いや、こちらを気にしているのは違う理由か?
「はっきり言ってもいいぞ? ちょっと仮面の効果は見させてもらうが、バラしても構わん」
ちょっとひどいかもだが、今後のためにちょっと観察をば。右近は役目柄、隠蔽や精神操作系への耐性が高そうだ。果たして今後、異邦人のレベルが上がった時に、仮面の効果が期待できるのかどうか。
「ホムラ殿は、大会総合優勝者のレンガード殿。彼の竜を従えているならば、九尾とて従えられるのでは」
姿勢を正した左近が言い終えて、若干すっきり清々しい顔。そしてすぐに懐から懐紙を取り出す。ティッシュ代わりですか? 二人が鼻血を出すとは限らんと思うが。
「レンガード……?」
怪訝そうな顔の二人。こう、仮面を取っただけで闘技大会と同じ、白装備なままなのだが。天音と目があったのでにっこり微笑んで見るテスト。
「そういえば同じ格好してるわね。おっかけか何かなの?」
「違う」
自分で自分をおっかけるのは大変そうだ。
「いや。そんな装備が二つとあるとは思えない……」
眉をしかめて右近が言うが、語尾が消えてゆく。天音も忍者兼巫女みたいな職業っぽく、精神も耐性も高そうなのだが、仮面の効果は抜群のようだ。やはり右近のほうが耐性がありそうだ。神職には気をつけないとバレる可能性あり、と。
カイル猊下にはどう考えてもばれている。右近と天音には始めはばれていなかった。私のステータスが上がれば、仮面の効果も上がるってことか? 上乗せされる?
「ホムラ殿!」
自分の考えに沈んでいると、左近に声をかけられる。
「いやあああ!! その手紙、音読しないでぇえ!!!」
耳を押さえて涙目で畳に突っ伏す天音。
「違う、違うの! 買ったけど着てないし! 着てないってば!!」
――何やら黒歴史が掘り返されている様子。
「違う、確かにうらやましく思うが、望んでいない。いや、嘘だ、望んだ……。だが、選択しなかった! くっ……。ホムラ……レンガード……」
右近はあらがっている様子。おろおろする左近。ちょっと目を離したすきにひどい有様。
「えーと。これでいいか?」
視線が来たのを確認し、仮面をかぶってみせる。
「えっ」
「レンガード!?」
「はい」
呼ばれたので返事をしてみました。
「バラす気があるなら、さっさとバラしなさいよ!」
『アシャ白炎の仮面』の説明を一通り終えると、天音に怒られた。
「せっかく忘れてたのに……っ!」
「何を?」
「うるさいわね! 聞かないでよ!」
「幼馴染二人のご意見は?」
右近と左近に話を振ってみる。
「えっ。天音の忘れたいことですか? 悪くもない目に鍔で出来た眼帯してたこととか?」
「『湖の騎士』ランスロットの姿絵に、毎夜話しかけていたことかな」
「嫌あああああああああああっ!!!」
容赦なくバラす二人。歳から言っても、そう遠くない過去の話なんだろうなぁ。
「それにしてもホムラがレンガードか」
「闘技大会のレンガードは無口だったじゃない! 雰囲気違いすぎ、台無しだわ!!」
再び畳に突っ伏していた天音が、ガバッと顔を上げて叫ぶよう言う。台無しってなんだ、台無しって。無口というか、【念話】で白と話してただけなのだが。
「剣をとった黒い鎧姿、あれは何だい?」
「飼っている竜が、時々鎧になってくれる」
右近からの質問に正直に答える。すでに左近には見られているし、竜がバハムートだとは承知だろうけれど、カイル猊下との約束があるので、固有名詞をはっきり言っていいものかどうか迷う。
「そういう答えを期待したわけじゃないんだけど……。何かに乗っ取られてるとか、二重人格とかはないのかい?」
「変わらんと思うが……。自分ではわからんが、雰囲気が違うのは竜の気配のせいかもしれん」
現在のペットはバハムート、リデル、白虎、クズノハ。現在、装身具を持っているのは、バハムート、クズノハ、レーノ。クズノハの装身具を手に入れた時に、《持ち出せる装身具は三つまでです》のアナウンスと共に、装身具を倉庫送りにするか、現在入手しようとしている装身具の破棄するかの選択が出た。パルティンから渡された指輪がペット用の装身具だった衝撃。
レーノの扱いがわからない……。ついでに、バハムートはペットだが、ペテロの青竜ナルンは召喚扱いだった気が。本体が側にいるかどうかで扱いが変わるんだろうか? パルティンはパートナーカードもらっているし――レーノからももらっているが――付き合い方で変わる説が濃厚か。いや、まて、それだと私のリデルとレーノとの付き合い方がヤバイということに。相手の気の持ちよう……ってそれもリデルがオカシイ。……考えるのを止めよう、危険な気配がする。
パルティンからの指輪は外せないし、バハムートは闇の指輪で力を送っての治療中なので持ち歩きたい。消去法で白虎の装身具を倉庫送りにしてしまったのだが、騎獣がいない問題が発生。クズノハには乗れるのだろうか? 女性型を見てしまったせいで乗れたとしてもアウトな気がしている。まあ、走ればいいか。
「右近の行動範囲が広がったのはめでたいが、クズノハを連れ出しても、力の大部分を芙蓉宮に残しているので扶桑の状況はそんなに変わらん。境界の穴が塞がるのが先か、封印が解けてしまうのが先か、という話だが、神々の時間感覚が人の感覚と一緒かどうかも怪しい」
「お陰様でだいぶ楽になったけどね。それにしても玉藻か……」
「封印から抜けるには、二本の尾分の能力が限界なのかしらね。玉藻もあなたが連れてきたクズノハも二本なんでしょう?」
大雑把に説明した芙蓉宮でのことを検討中の三人。
「何故残される方は七尾なんでしょう? 九尾のままでもなく、五尾に減るわけでもなく」
左近の言葉遣いが丁寧語に落ち着きそうだ。会った頃の対応のままでいいんだが。
「レベルが上がれば尻尾も増えるそうだが、芙蓉で長い年月、クズノハが戦ったのは私だけではないのに、今まで尻尾は七本のまま。玉藻がクズノハの持っていない、称号かスキルを持っていて、それがないと九尾にはなれんのかもな」
適当なことを言って、煎餅を割ってかじる。堅焼きで香ばしい。
「ううっ」
天音がうめく。
「何だ?」
「あのレンガードだと思うと、煎餅が」
「煎餅が?」
「似合わない!!!」
指を突きつけて力説された。
「天音はもっと現実を見た方がいいと思うぞ?」
夢を壊すようなことは言わずにおくが、あなたの好きな湖の騎士さんは、食物に関してはもっと酷いぞ?
「うるさいわね! せめて仮面かぶってる時はバリバリやるのは禁止よ!」
「横暴な!」
「私だけじゃない、乙女心の問題よ!」
「乙女じゃないですが、黒い鎧のあの姿で煎餅をかじられたら、私も困惑します」
左近からも煎餅を否定される。
「普通は正装中の飲食は控えるものだよ。ホムラの場合は、その装備も、鎧も、神々しいくらいなのに平気で焼き串なんかをかじりそうだから」
右近まで参戦。
すでに焼き串はペテロに禁止されています。
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