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205.クズノハ

 白峯が霧散する。多くの人々に畏れられる鬼であるからには、消滅したわけではなく一時的に姿を保てなくなったということであろう。山の頂の霧が峰に阻まれて空にたまるがごとく、部屋に霧がたゆたう。その霧と落ちた御簾(みす)の奥に揺らぐ姿。


 一段高い畳敷。黒のぬめやかに光る――たぶん本絹の布団。その上に横たわる柔らかな肢体。まっすぐな鼻、黒く縁取られた目、明るい赤毛……、ピンと立てた大きな耳、そしてふさふさの尻尾が七本。



「くっ……! これが本家【傾国】……っ!」

なんという誘惑物。

「えっ! 狐なのに!?」


「うむ。【傾国】は自覚がないまま、外からも一見そうとは見えぬ状態でかかるという」

「マジで!?」

私の言葉に驚く酒呑、さらに追撃を入れる小次郎。


「ですが、まだクズノハ相手に戦闘を行えるほどには正気」

「口ではそう言いながら、ぬしさまへ危害を加える気かえ? 今のうちに下がらないのは狂うた証やもしれぬな」

「ええっ!?」

クズノハを見て、笏の陰で眼を細める紅梅に、紅葉がクギを刺す。酒呑はおろおろしすぎというか、顔と態度に出過ぎではあるまいか。


「使っていないわ……」


 呆れたような声がため息とともに挟まれる。


()の姿の時は、【傾国】は発動しないの。でも長くは保たない……。早く出て行って。人も外も嫌いよ……」

真っ黒な手袋をしているような、前足の中にだるそうに顔を伏せるクズノハ。


 もふりたいが無理強いはよくない。


「可愛い狐ちゃんだな、おい」

「……」

「伝え聞いた話と、相違がありますね」

「……」


「男という男をたぶらかす女狐と聞いたが、だいぶ違うようよの」

「それは私と違うもの。かつて短い間同じであったけれど今は違う……。早くおゆきなさい、私では制御が難しいの……」

酒呑と紅梅の言葉はスルーだったクズノハが、紅葉の言葉に反応する。


「ああ、ダメ……」


 クズノハの体毛が白く染まり、そのまま白い色が溢れる。


「せっかく実は地上にあるというのに、どちらも持たずに来るなんて……。なんて……、なんて役立たず」


 狐のものではない、白い手がするりと伸び、真っ赤な十二単のようなものを着た女に変わる。着物の(すそ)が乱れ、袴ではなく、白いふくらはぎと、(あか)蹴出(けだ)しが見えている。白い肌を引き立てる色として、緋縮緬(ひちりめん)の布団が遊郭では好まれる。今、雪のような肌を引き立てるのはその緋と、黒絹とぬばたまの黒髪だ。


「私を殺すことができない者ならばいらないわ。羽虫のように寄ってくるようになるのも不愉快……」

白い顔の中、目の端に掃いた朱。


 ちなみに蹴出しはパンツの一歩手前装備です。


「ここで消えなさい」

カッ! と見開かれる赫赫(かくかく)と光る目、別の生き物のように動く七本の尻尾。


「男鬼ども! 帰還を! ぬしさま……!」

紅葉の叫ぶような警告。


「さて」

果たして相殺はできるのか? できなかったら『庭の水』の水浴びコースなのだ。


 【技と法の称号封印】を解く。まだ寒いのでできれば水は浴びたくないのだが。対抗ができる確証がないことへの不安からか、無表情でいながら嬉々として『庭の水』を用意するカイル猊下の姿が浮かぶ。違う、そうじゃない、私の死に戻りでヤバいのは周囲だ。



「ダメ……。遅い……、遅いわ。さあ、惑え! 殺しあえ!」



 クズノハから甘い香りが押し寄せる。 


「……っ! ぬしさま!」

酒呑が額を押さえふらつき、紅梅は袖で目を隠し、小次郎も眉間を抑え膝をついている。紅葉が距離のあるクズノハより、近くにいる酒呑たちへ敵意に近い警戒を向ける。


「紅葉、これを」

紅葉にアイテムの譲渡。桶に入れた『庭の水』と柄杓(ひしゃく)、ちょっと微妙な顔をして固まる紅葉。


「貴方、正気なの?」

驚くクズノハ。式たちが動けないのは、クズノハの【傾国】と、私の【傾国】が拮抗しているためか。式に主人(わたし)の精神攻撃は効かないはずだが、相殺という良い影響のほうは受けるようだ。


「嫌い! 嫌い! 男は嫌いよ! 勝手に惑って私のせいにする!」

クズノハの前に妖が現れる。龍に似たモノ、鳥に似たモノ、地を這う虫に似たモノ。鬼たちの宴で出会った名も知らぬものたちと同じく、形が何であるかわかるが、はっきりと見ることのできない影。


 出現した途端、式たちと同じように床に伏せるもの、落ちるもの、動きを止めるもので部屋が溢れる。


「何故!? こんな時にしか役に立たないくせに! 嫌いよ!」

混乱したのか、狐火が多数現れ、不規則な渦を巻く。


「大嫌い! 私のじゃなかったのに! こんな力要らない!」

炎が私めがけて雪崩れてくるが、称号とステータスのせいで大したダメージを受けず、大部分がはじかれる。闇の混ざった冷たい炎、気づけば泣いているクズノハ。


 もう一押し。


 【畏敬】の発動。


 ふう、とも、ほう、ともつかぬため息が、ひとりではない誰かの口から漏れる。


 泣いているクズノハの動きがぎこちなくなる。斑鳩(いかるが)が【覇気】をだだ漏れにしていたことからも分かる通り、『符』は必要がない。スキルとは言っても気配だ、気合だ。……ちょっと自信はないが、ちゃんと発動している模様。


「私、私は……」

はらはらと涙をこぼすクズノハにゆっくりと静かに近づく。


「何があった?」

扶桑で聞いたクズノハの評判とだいぶ違う。問いかければ狐火は消え、泣いている少女が一人。


「聞いてくれるの? 私の言葉を。ちゃんと聞いてくれる?」

期待し、そして裏切られることに怯えているようにも見える少女。


「聞こう」

手の届く距離に座してクズノハの顔をみる。


「ああ、ああ! 本当に効かないのね!」

泣きながら笑うクズノハ。


「私も【傾国】持ち、相殺されるんだろう」

右近のほうもなんとかしたいが、この様子で聞かずに済ますのも気持ちが悪い。聞いた上で切り捨てる覚悟を決めるなりなんなりしなければ。


 彼女の言うことには、玉藻(たまも)というベタな名前の妖狐に憑かれ、乗っ取られたそうだ。天子を惑わし、面白半分に国ごと滅ぼそうとした玉藻が、陰陽師に正体を見破られ……。この辺もお決まりなコースだったが、玉藻が逃げようと界を超えたところで神々に封じられた。


「封じられる時に、玉藻は逃れたの。大部分の力を私に残し、神々の広げる結界の網から、すり抜けられるギリギリの力を持って。普通の身外身より少し強いぐらいでしたけど、反省もせず、きっと何処かで男を惑わせているわ。あれは病気だもの」

現在、帝国在住と思われる玉藻さん、クズノハさんから病気判定出ました。


「神々に訴えなかったのか?」

「神々は私が玉藻じゃないのは知っているわ。私が頼んだの。玉藻に乗っ取られた時も、北斗の星の加減で玉藻が弱って、私が出られる時はあったの。でもね、玉藻に惑わされてる男は話を聞きはしないのよ。女も嫉妬や妬みに狂っていた。それで話を聞いてくれた数少ない女房を追い出す始末」

ため息をついて、熱い緑茶をすする。


 御簾の中、クズノハの部屋はなかなか居心地がよくしつらえられており、様々な巻物や本が並び、中には竹簡や木簡まで見える。外に出ないので、暇を紛らわせるため国の内外から集めさせたらしい。引きこもりライフ満喫していた気配。


「私はもともと能面師の娘、生産スキルはあっても他のスキルなんてなかったわ。【傾国】も他も私のスキルじゃないし、うまく扱えなくって。話を聞かないどころか何度も押し倒されそうになったわ」

その度、狐火を暴発させて惑わされた男どもも隠しきれず、陰陽師の知るところとなったそうだ。


「スキル? 称号ではないのか?」

「スキルよ?」

なんで聞くの? というようなきょとんとした顔で返された。スキルはよほど高レベルでない限り、称号より弱い。裏を返せば、スキルを上げ続ければ称号を越えることも可能だ。人の寿命ではなかなか難しいと聞いたが、クズノハが生きていた年数を考えると、ちょっと危なかったかもしれない。


 ちなみに称号の効果は、種類によって、持ち主の行動の積み重ねやら、属性などの相性、他人からの評価、様々な要素で上昇する。上げるのはスキルよりも難しい。


「嫌気がさしたの。だから閉じ篭れるならと封印を受け入れたわ。永の年月過ごしてしまったから、私も人には戻れなくなってたし。……力も抑えられないし。男がいるのは嫌だったけれど、御簾(みす)の中には入れないようにしてくれたわ」


「それにしても酷くないか?」

男が周りにいるのも、力をそのままに封じられるのも。いや、出不精には素晴らしい環境だったのだろうか。三食おやつ、読書、ゲーム付きなら私も引きこもりたい。――ダメだ、たまには友人と遊びにも行きたい。


「快適よ? でも、ありがとう」



《ソロ初討伐称号【封印の使い手】を手に入れました》

《称号【封印の使い手】に付随するスキル『封印』を取得しました》


《なお、この情報は秘匿されます》



 クズノハに礼を言われた途端、アナウンスが流れた。和解、戦闘終了、ということだろうか。



「ヒトから見たらひどいかもしれないけど、境界の穴はふさいでもらわないと。この妖狐はね、男がいないと力が出ないんだよ。だから国ごと封印させてもらった。境界を破るほど力を蓄えさせた者たちにも協力してもらわないとね。他にもやらかしてるし。――僕にもお茶くれる?」

突然ルシャが現れて隣に座る。


「こういうの茶飲み話って言うんだっけ? 僕、どのタイミングで出るか困っちゃった」

濃いめの緑茶と、サクサクした食感の細長い小さなパイのチーズ塩味・スパイス味、キンカンの蜜漬け。キンカンの蜜漬けはほんのり苦く、甘さを消す。なかなか大人な味でおいしいのだが、皮に含まれるテレピンのせいでたくさん食べると口の周りと舌が痺れてしまう。


「ん、相変わらずおいしいね」

可愛らしい美少年の外見をして、ルシャは辛党でスパイシーなものを好む。苦いものもしかり。


「クズノハは連れて出ても構わないよ。ただし、その力の大部分をここに残してだけどね。スキルも弱まるから制御できるようになるんじゃないかな?」


「いや、無理に連れ出すつもりは……」

「本当? この力どうにかなるの!?」

「スキルだからね、見合うレベルになれば自分で制御できるよ」

笑顔で答えるルシャに、キラキラした目でこちらを見てくるクズノハ。


「……何かクズノハを出したい理由でもあるのか?」

ルシャは決して優しい神ではない。


「君には正直に話したほうが早いかな? 全体的に封印が弱くなっているのは知ってるだろう?」

「ああ」

「どこも封印が解けるか、境界がふさがるのが先か、微妙ってとこ。だからここも、封印に見合うよう獣の力を削いで、破れないようにしたいのさ」

器に見合うって大切だよね、とルシャが笑う。


「無理にとは言わないけど。ヒトの張った封印の圧も少なくて済むようになるし?」

「男は嫌いだけど、貴方は別。……久しぶりに檜の森の匂いをかぎたい」

ああ、能面の材料か。花粉症の印象のほうが強いが。


「わかった」

にっこり微笑むルシャと、こちらを見つめて揺れる尻尾……じゃない瞳に屈した。


「ふふ、良かった。カレーのお礼はまた今度ね」

ルシャが消えた。



《『傾国二尾クズノハ』を取得しました》



「ぬしさま、幾久しくよろしくお願いします」


 尻尾が減った!?



 ちょっとショックなことがあったが、丸く収まった。クズノハがランダムで呼んだ妖たちと睨み合って、帰還しなかった式たちも動きだす。戦闘が終わって、呼び出された妖は消えると思っていたのだが、揃いも揃って【傾国】にかかりまして……。『閻魔帳(えんまちょう)』に小龍と烏天狗、影鰐(かげわに)が追加された。影鰐さん無茶しないで、あなたワニといいつつ魚でしょう? ここは陸ですよ。



 称号【封印の使い手】は、スキル【封印】の取得及び、封印系のスキルの強化。【封印】は通常、『封印結界』だとか、他のスキルで混じるものを個別に覚えるところ、まとめたもののようだ。個別では発現しない、結構強力なものも覚えられるっぽい。出るかどうか分からんが、目指せ称号封印!



 マント鑑定結果【カンストスキル相殺しちゃったよこのヒト、という気配がする】

 手甲鑑定結果【……うむ】





□   □   □   □

・増・

称号

【封印の使い手】

スキル

【封印】

PET 

【クズノハ】

【小龍】【烏天狗】【影鰐】

□   □   □   □ 




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― 新着の感想 ―
カンストを相殺。つまり、ホムラが傾国の効果を垂れ流す性格なら、クズノハに競り負けていたという事だな。(封じるほど、解き放たれた時に効果アップなのを貰っている筈) まあそもそも、残念女神の前で易々とパン…
[気になる点] 大物の鬼達勢揃いの中で小龍、烏天狗、影鰐の出番はあるのだろうか...
[良い点] カンストじゃねえか!
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