204.大天狗
「いらぬ、いらぬ。クズノハ様の視界に入る男は我以外いらぬ!」
言葉とともに背に生えた羽根を勢いよく広げると、周囲に衝撃波が広がる。それとほぼ同時に、パリンという音ともに薄いガラスがはじけたようなエフェクトが私の周りで広がる。衝撃波はそのまま部屋全体に及び、今まで常識の範囲内で広かった部屋が、構造はそのままにさらに広がり戦いのステージへと姿を変える。
「ぬしさま、結界が!」
「問題ない」
『結界符』が破れ、影の世界の影響を受けるようになりステータスの低下が起こるが、道中を考えるとこの程度ならば心配ないだろう。それよりもルシャが現れたことを考えると、九尾との連戦の可能性がある。式たちを引かせるタイミングを間違うと、目も当てられないことになる気がする。
「白峯様、手向かいいたします」
紅梅の雷。
「ふははははは! クズノハ様のよい僕となったであろうに愚か者!」
避けようともせず、直撃を受けるがダメージを受けた様子はない。むしろ金色の羽根にパチパチと細かい電流が走り、蓄電しているように見える。
「うぇっ! 自分で言ってて、おかしいことに気づかねぇのか」
「厄介とは聞いていたが、【傾国】にかかるとこうなるのだな」
「待て」
声をかけたが遅く、右から酒呑が踏み込むと同時に、小次郎も床を蹴る。酒呑の振るった大太刀を避けた先に小次郎が、という即席の連携に紅葉も乗り、扇から火を飛ばし白峯の動く先を制限しようとする。だが、白峯が攻撃を避けることはなく、太刀を振るった酒呑が紅梅の雷に吹き飛ばされた。
「痛ってぇ!」
紅梅は初撃から容赦なく叩き込んでたっぽいからな。『回復符』を使用しながら、白峯の様子を観察する。多少ダメージを負ったようだが、その十倍は酒呑に返している。
「なるほど、術は次の攻撃時に反射しますか」
紅梅が横でつぶやく。
羽根が通常にもどった白峯に、続けて小次郎が拳の連打を叩き込み、背に手をやる仕草をすると、大太刀が出現、最後にそれを振り下ろしてラスト。
「反射だけなら気にせず使えばよいだけのこと。毛ほども効かぬでは使うても意味がないのぅ」
「いや、使ってくれたまえ。どうやら術を貯めている時しか攻撃が通らぬ」
紅葉の言葉に、後ろに飛んで私の隣にもどった小次郎が言う。
「打撃属性が効かぬのかとも思ったが、そうではないようだ」
「おやでは遠慮なく」
「うむ」
本当に遠慮なく雷と炎の術を叩き込む紅梅と紅葉。そして、ためらいなく突っ込んで行く小次郎。
雷がその身を打つのも構わず白峯に、時々大太刀での攻撃の混じる、連続攻撃を叩き込む。格闘優位の刀剣との複合職だろうか? 普段はのっそりとしている印象なのに、大きな体で猫のように機敏に動き、しかも一撃が重い。格闘コンボは滞ると威力がガタ落ちするのだが、雷による痛みを物ともせず、だ。
見ているこっちが痛いので、コンボ中の小次郎に『回復符』を飛ばす。あれ、これ私回復役になってる?
「うむ、じゃねぇよ! もっと威力の小せぇのからいけよ!」
「ほほ。男鬼なら耐えてみせるがいい」
ツッコミを入れる酒呑に、たいへん嬉しそうな紅葉。雷と炎、カウンターで返す属性は、最初に着弾した術なのか、量が多いほうなのか、どちらか測りかねるが、とりあえず白峯の羽根が纏うエフェクトで、どっちが来るかはわかるので良しとする。
「嗚呼、内裏の橘と桜は何故実をつけぬ」
「ここにいる羽虫のせいか? 火に巻かれて死ぬがいい」
白峯が、天狗の羽団扇をふるい、二柱の火炎の竜巻を起す。木造建築なのに……防火管理者は誰ですか? それにしても橘はともかく、桜の実ってどうなのか。内裏の桜は食用に改良していないだろうに。サクランボをつけても、苦い! 渋い! 酸っぱい! だと思うのだが。
「ふん、大して早かねぇし、こんなんくらうかよ!」
酒呑が白峯に駆けるのを追い越して、【グランドクロス・刀剣】を発動。取得時にお試しで使った以外、正直、放置していたスキルだ。
【紅葉錦】【月花望月】もどう考えても大規模戦用、【雲夜残月】に至っては忍び刀を持っていないので使えない。気がつけば、一体用の大ダメージを与えるスキルが二つしかなかった。
レベルの付いていないスキルは【符】の必要作成レベルは低めだ。対象のスキルを持っている人しか作れないし、使えないからっぽいが、自分で作って自分で消費する分には何も問題がない。
グランドクロスは、ターゲット中心に光の十字架が広がり、惑星のマークが出た後、再び十字がターゲットに収縮して爆発する派手なエフェクトだ。ダメージのほうは多分そこそこ? 使ったことが角うさぎと白峯に対してしかないため、比較が極端すぎてよく分からない。
【グランドクロス】は、戦闘でゲージがたまるまで使用できないタイプのスキルだ。『符』で使用してもそれは同じだったらしく、たまっていたゲージが0になる。同じ刀剣系スキルの【紅葉錦】【月花望月】のゲージは今回使った分なのか、減少した。同じ武器でゲージ技を連発とはいかないらしい。ただ、【グランドクロス・大剣】を使ってみた時、【ヴェルス断罪の大剣】のゲージはそのままだった。これは【ヴェルス断罪の大剣】が特殊なのだろう。
「ぬしさま!」
紅葉が悲鳴に似た声をあげる。白峰が羽根に溜め込んでいた炎がコロナのように飛び出し、私を押し包む。
「どうも近接の攻撃スキルは好かん」
スキル打つなら魔法でいいじゃないかと思ってしまう。物理は物理らしく刃を交えたい。派手で変わったエフェクトは嫌いじゃないが。それに物理系の『符』は武器にくっつけて発動させるため、どうしても隙ができやすい。
「ホムラ様、大事ありま、せん、か……?」
「無傷かよ、おい」
途中で途切れた紅梅の声に重なる、呆れたような酒呑の声。
「称号【火の制圧者】を持っているので、火系の攻撃はほぼ効かんのだ」
物理攻撃に火を纏わせて、とかだと物理の部分は食らうことになるが、この跳ね返った術ではノーダメージだ。そうでなくては突っ込めない、なにせHPには一抹どころでない不安が……。
「む。増えた」
小次郎がぼそりと言った言葉に、なんのことかと周りを見れば、壁に当たった火炎の竜巻が、倍に増えて跳ね返ってきていた。
「これは……時間をかけると厄介そうです」
「竜巻同士が接触しても増えるようね」
紅梅と紅葉が竜巻について観察し、言葉を交わす。後半に行くほど殖え方がえぐくなる予想が簡単につく。実質時間制限があるかんじか。
「いや、壁に当たって増えるということは、"何か"に当たれば増えると考えたほうがいい。ホムラ殿にも避けることをお勧めする」
「ああ、竜巻だしな。風のダメージくらうぞ!」
なぜかちょっと嬉しそうな酒呑。だがしかし。
「すまんが【風の制圧者】も持っている」
沈黙が落ちた。
「安心しろ、その二つしかないから」
「……いや、持ってるほうが安心なんだがよ。なんかこう……」
「来る」
酒呑が言葉に詰まっているところに、小次郎が短く警告を発する。すぐ脇道に逸れそうになる主人ですまん。
「右近衛の者が『トキジクノカクノコノミ』を食ろうたな? 桜の実は左近衛の者が食ろうておろう……。嗚呼、邪魔じゃ、邪魔じゃ……」
白峯が羽団扇を再び振ると、炎を纏った石の礫が降りそそぐ。
「【流水ノ紅葉】」
紅葉が持ち替えた扇を振ると、背後から真っ赤に色づいた植物の紅葉を乗せた水のドームが広がり、味方を包む。白峯の炎の礫を完全に防ぐことはできなかったが、だいぶダメージを軽減してくれた。直で食らっていたら、私は瀕死の予感。
紅葉は攻撃も補助もこなせるタイプか。『回復符』を使用しながら認識を改める。攻撃力では紅梅や酒呑に一歩譲っているが、攻撃型ばかり揃ってしまった中で貴重な存在だ。回復職の方、どこかにおられませんか〜?
「ほう、水の属性を隠しておりましたか」
面白そうに言いながらも紅梅が雷を叩き込む。なんというか、敵よりも味方同士で腹の探り合いをするパーティーなんですが……。
『トキジクノカクノコノミ』へのツッコミとかはないのか。順当に考えると右近の橘の実、左近の桜の実を、左右の近衛府の者が盗んだということか? 『トキジクノカクノコノミ』は不老不死の実としても有名だが、桜は何かあったかな? むしろ儚いかんじなんだが。
「くっそ! ゲージ技使えねー!」
「うむ。通常攻撃でゲージをためる技は、反射ダメージと釣り合わないように見受ける」
嘆く酒呑に同意する小次郎。小次郎はコンボを叩き込めば、受けるダメージに見合う成果を出せるので、状況に同意はするが、我関せずでもある。
「ダメージ量の少ない魔法を積み重ねていって、その間に物理の通常攻撃を入れるのではないだろうか……」
何故こんなハイリスク・ハイリターンな戦法になっているんだ。式には突撃型しかおらんのか。
「問題ありません、お二方とも丈夫ですから」
「この程度で潰れるようなら潰れてしまえばいいのです。ぬしさまの鬼なら耐えられましょう」
いや、あの、私も攻撃を入れたいのだが。だが酒呑と違い、私の持つ通常スキルは一撃のダメージ量は多くないため、小次郎と酒呑が攻撃を入れた方がどう考えても効率がいい。
「そうじゃ。盗んだモノの心の臓を引きずり出せばその中に在ろう。そうじゃ、そうじゃ、きっとそうじゃ」
「とりあえず、そなたらは邪魔じゃ。【病魔の呪詛】! ふははははは」
白峯が狂ったように笑いながら、いや、狂って笑いながら羽団扇を一振りすると、ステータス低下の状態異常がついた。具体的には咳、喉の痛み、鼻づまりなどの鼻腔や咽頭等の不具合、および発熱、倦怠感、頭痛と筋肉痛に似た症状。
「風邪か!」
つい脱力しそうになったが、万病の元である。『回復符』でとっとと回復したが、もしかしてこれは"病も治す"付加効果がついておらんと、苦労するのではなかろうか……。いや、状態異常系ならば治せるのか?
「去ね、去ね! 【追撃の痛手】! ふははははははは」
さらにもう一振りすると、旋風の中、黒い靄を纏った礫が降り注ぐ。
旋風、炎の竜巻を避け、酒呑と小次郎も白峯から離れて下がってくる。
「あぶないことよ。呪詛に掛かった状態であれをくろうたら、立っていられる者は限られるわえ」
思ったほどのダメージではなかったのだが、紅葉が漏らした言葉を聞けば、どうやら呪詛の状態異常に陥ったままで食らうと大ダメージを食らうようだ。
「白峯様の羽団扇は厄介。いくつ技と術を使えるのか……」
紅梅が眉を寄せる。
「ああ、そうか」
紅葉も水の防御技を使うときに、火の模様の扇から、流水紋の扇に変えていた。本人の使えるスキルを『符』を使わずに振るうことができる道具。天津はなんと言っていた?
「【断罪の大剣】!」
ヴェルスの【断罪の大剣】は『符』にすることはできなかった。天津が言っていた「こっちじゃ、技を一つ二つ、つけるのが普通」。『符』をつくるためのレベルが足らんのか、神からもらった特殊スキルだから『符』にできないのかと思っていたのだが、なんのことはない"武器についている"スキルだからだ。最初からつくる必要はない。
【大剣装備】のおかげで、ふらつくことなく振り上げた『ヴェルス断罪の大剣』。相変わらず華美なその大剣は、スキルの発動と共にすぐさま光の巨大な剣へと姿を変える。仄暗い内裏の中にあって、周囲から白い硬質な光を集め剣の形に成長してゆくと同時に、その光を撒き散らす。
「光の属性!?」
「ぬしさま……!」
「目が痛え!」
「むう……」
四人から声が上がるなか、光の剣が白峯に振り下ろされる。
「嗚呼、嗚呼! クズノハ様! 御身を晒すことになるとは……っ!」
光に飲まれた白峯の声が響き、御簾が落ちる。
やばい式返すの忘れてた!!!!!




