203.小次郎
《芙蓉宮の荏油×5を手に入れました》
《芙蓉宮の荏油×5を手に入れました》
《芙蓉宮の荏油×5を手に入れました》
《芙蓉宮の荏油×5を手に入れました》
《芙蓉宮の荏油×5を手に入れました》
《『通行証』を手に入れました》
出番がありませんでした。酒呑も火系だしな……。
荏油はエゴマ油のことで、ちゃんと食用にもなると書いてあるが、どう考えても床やら柱やらに塗って磨く用だろうこれ。黒光りするケヤキの大黒柱とか目指せと? 何年かかるのか。いやその前に 【大工】のレベルを上げなくては! ……違う。
初討伐報酬もでんかったし、強さも大したことはない。中ボスまでいかない扱いで、部屋ごとに出るちょっと強い敵が『通行証』を落として先に進める、ということなのか。
「ホムラ、小次郎の旦那喚ばねぇの?」
「刀剣三人って戦いにくくないか?」
大太刀二人、プラス魔法が使えないので刀剣で戦うつもりの私。そしてもともと、三人は九尾の居場所を聞くために喚んだのだ、小次郎は天然ぽくって居場所を知らない気がして除外した私だ。聞いたら解散するつもりだったのだが……。
「旦那は格闘系もいけるぜ?」
ニヤニヤしながら紅梅と紅葉を見て酒呑が言う。嫌そうに眉をひそめる紅梅と、顔を背ける紅葉。
小次郎は私と契約して、紅梅の『閻魔帳』に手形を押した鬼だ。第一項の鬼は紅梅、第二項は紅葉、三番目に小次郎なのだが、小次郎が紅梅や紅葉を倒せば順番が入れ替わる。第一項の鬼は私が呼び出している間、下位の鬼にある程度命令を出したり、その他に優遇事項があるらしい。
紅葉が第一項を奪うと宣言した時は、特に気にした様子もなかった紅梅が、小次郎相手には居心地悪そうにしている。当の小次郎は序列をあまり気にしていない。おっかない顔をしているのに、性格は穏やかで、たっぷりのクロテッドクリームと、ベリーのジャムをつけたスコーンを気に入り、待望の紅茶仲間でもある。
「では喚ぶか。小次郎――」
「呼んだかね」
黒い影がしみ出て、熊のようにでかい体がのっそりと現れる。
「特に問題がないなら白峯との戦闘を手伝ってほしい」
「承知」
一瞬、小次郎の右目が金色の双瞳に見えた。
あああああ! 『幸若舞』で、どなたかも双瞳とか重瞳とか呼ばれる、一つの目に瞳二つ持ちでしたね! 小次郎のモデルにようやく気付いた私の心が修羅場。白峯・紅梅・小次郎で三大怨霊が同じ部屋に揃ってしまう事案が発生しかけているのかこれ。あれ、九尾・白峯・酒呑で日本三大悪妖怪も揃う?
……よし、私は気づかなかった!
『通行証』で部屋、もしくは建物の扉が三箇所開くが、一箇所開けると『通行証』は消えてしまう。部屋ごとに正しい扉を選びとって進まないと、最初の部屋や、いくつか前の部屋に戻され、戦闘のやり直しになる。そして現在、七度目の最初の部屋に足を踏み入れたところである。
「進むつもりで同じ場所を回っていると、気持ちが悪くなってくるな」
「私の膝で少し横になられますか? ぬしさま」
ぼやくと紅葉が袖を引いてくる。
「おいおい、一応敵陣だぜ?」
「ホホ。ぬしさまが休む間ぐらい男どもでなんとかせい」
酒呑の諌める声も適当だ。確かに「一応」敵陣なのだが、途中の渡り廊下などは別として部屋には少々強い一体しか出ないことと、パーティーメンツが豪華すぎて、下手すると一人戦えば済むという事態。
実際、ほとんどを酒呑が突っ込んでいって、紅梅と紅葉が援護――酒呑の方にぶつけるような範囲攻撃だが――で済んでしまうため、私と小次郎の出番まで無い。まあ、敵の方も、迷う前提で弱めな設定なのだろう。
「横になるのはともかく、休憩を入れるか」
濃いめのお茶に、黄身を五、白身を三の割合で焼き上げたカステラ。私の好みで底に少し溶けたザラメがたっぷりついている。現実世界では有名なくせに、微妙に口の中の水分を奪ってゆくカステラもありやがりますが、しっとりとふわふわだ。
「おいしい……」
鬼も女性は甘いものに弱いのか幸せそうな紅葉。女性は、とつけたところで私の知るこの世界の甘味好きは、男二人だったことを思い出す。
「俺は甘いのはちょっと。ホムラのは口に入れちまえばうまいんだが、今までの苦手意識のせいか抵抗あんだよなぁ」
そういう酒呑の前には酒と黄身の味噌漬け。オレンジが鮮やかなねっとりとした黄身、ご飯のお供には一日程度漬けた柔らかいものの方が好きだが、酒の肴にするにはもう少し漬けて固めにした方がいいようだ。
「床左、柱右、天井中央……」
カステラを食べ終えた小次郎がつぶやく。
「なんだなんだ?」
「部屋に出る魔物の種類で、どちらに進むかでしょう」
不思議そうな酒呑に紅葉が呆れたように言う。
「そうそう、柱が左だよな!」
とってつけたような笑顔で、酒呑が杯を煽る。冷や汗が見えるぞ、酒呑。
「襖は左、灯明右。ですが、几帳は中央でも左右でもありませんね」
困ったように、笏で自分の顎をトントンと軽く叩く紅梅。几帳はT字型の柱に薄絹を下げた間仕切りのようなものだ。だいたい高貴な女性の姿を隠すために使われる。
「几帳の色でも変わるのかと思ったがそうではないようだな」
こういう判じ物はペテロやお茶漬が得意なのだが、残念ながら今はいない。考えるより戦闘してさっさと進みたいタイプの私には嫌なダンジョンだ。謎は謎でもミステリーは好きなんだが。
「どこもダメなら戻ってみりゃいいんじゃねぇの?」
酒を飲みながら適当な感じで言う酒呑の言葉に、紅梅と紅葉が固まった。
「うむ。ここは"入った扉"も考慮するべきであるな」
小次郎が同意する。
「くっ、酒呑なんかに……」
「……」
他の二人も同意のようだ。ちょっと不本意そうだが。
そしてあっさりと迷路を抜けた。
「さて、ホムラ様。この先に白峯様がおられる、ご用意は?」
「問題ない」
私が答えると、紅葉が襖を開けた。
御簾の前に優しげな一人の男。その男がこちらを向いて口を開く。
「久や、雷公」
「白峯様……」
「あの忌々しい月ももう見えぬ。もうすぐ我らを閉じ込め、力を奪い、のうのうと生きる厚顔なものどもに怨みをはらせよう」
月はきっと右近の座るあの白い石のことだろう。結界の強かった時代はもっと低い位置に存在し、弱まった今、見えなくなるほど押し上げられている、きっとそういうことだ。扶桑には二重の結界がある。一つは九尾を封印する金の神ルシャの結界。一つは鬼どもを封じる人の張った結界。
神の封印に封じられた扶桑の人々。今までの経緯から考えると、いつの時代か知らんが、たぶん人も境界を破る罪に加担している。そして人の結界は、鬼たちを封じるだけではなく、その力を奪い、その力を使って、神の封印に穴を開けている。
「クズノハ様に全てが従い、全てを手に入れられる。嗚呼、しかし此処に我以外の男はいらぬ……」
九尾の信徒を増やすくせに、九尾への傾倒が隠しようもなく極まると、独占するために他の男どもの排除を始める矛盾。
「おいおい」
バリバリと音を立てて白峯の背を破り、羽が生えるてゆくのを見て酒呑が軽い驚きの声を上げる。
変貌はそれだけにとどまらない。爪が伸び、髪がざんばらに伸び、顔が青黒く染まって鼻が伸びる。
「思いのほか派手だな……」
他の色味が黒っぽいのに羽根が金色なんです。
「相変わらずズレた感想だね」
「やあ、こんばんは」
芙蓉はずっと夜だ。
「僕が来るの、予想していた?」
「まあ、アリスの時もヴェルナが来たし。バハムートの時はヴェルスが居たし、な。――忘れないうちに渡しておこう」
現れたルシャの姿は式たちには見えていないようで、私がルシャと会話していることさえ、気付いている様子はない。そんな中、ルシャにグリーンカレーをそっと手渡す。最近日本食ばかりでパンチのある味のものを食べていなかったせいか、スパイシーなカレーの匂いに私も食べたくなる。
「【庭】のウロにも詰めといたから寄る機会があったら持って行ってくれ」
「ありがとう。やっぱりズレてるね」
受け取りつつ、なんとも言えない表情をするルシャ。
「君は気づいているの? 扶桑の者は鬼も人も等しく罪人だ」
「九尾が境界を破るのに力を貸した?」
「うん。九尾と鬼たち以外は代替わりを繰り返して、記憶も罪も薄くなっているけれどね。でも"罪"に堕として、鬼をつくったのは人間だよ。そして堕とすだけじゃなく利用している」
果たして扶桑の人々はそれを知っているのだろうか。知らずにそのシステムだけ利用しているのだろうか。右近は?
「僕は人の理の中の"罪"に興味はないけれどね」
君は許せるのかい?
君は鬼と人、どちらの側につくんだい?
微笑みを浮かべながら聞くルシャの気配が薄くなったところで、白峯の体が倍ほどに膨れ、黒い霧をまとった大天狗が姿を現わす。
「……どちらか選ぶつもりはないんだがな」
「ぬしさま?」
紅葉が怪訝な顔で問いかけてくる。
「なんでもない。行こうか」
「ええ」
「応!」
「ご随意に」
「うむ」
笑いながら私の式に声をかけると、それぞれ短く肯定の返事をする。
出会った人も鬼も好きだし、私がしたいのはどちらかの味方ではなく解放だ。
マント鑑定結果【カレーを抱えてする会話じゃない、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】




