199.認識阻害
「む……。さすがだ」
「ありがとう」
手を差し出して斑鳩を起こす。
「剣での勝負、感謝する。最近は派手なスキルを使いたがる若いのが多い」
「こちらこそ。私はもともと剣スキルの数は少ないんだ。符を使うことにも慣れとらんしな」
並んで縁側の前に置かれた靴ぬぎ石に向かい、歩きながら話す。たとえ、派手めのスキルを持っていたとしても、出している間に『符』ごと斬られる気がする。
靴を脱いで収納していると、軒から黒が降りてきて懐に潜り込もうとする。軽やかな動きなんだが、傷や体調はもういいのだろうか。まあ、私的にはいてもらって構わんのだが。家賃代わりに時々もふろう。
称号【放浪の強者】は、街に戻らない時間が長いほど、攻撃力が上がる。スキル【月花望月】は死の宣告か、一定時間の継続ダメージを広範囲に付加、継続ダメージ分味方のHPを回復。死の宣告などというスキルは、お約束としてレジストされやすい。MP回復の【紅葉錦】と同じく、大規模戦かつ、長期戦の回復向きだろうか。
『疾風迅雷』『食溜絶食』の二枚の符はここぞという時に使うか、ペテロが使ってスキル取得リストに上がってきたら使おう。――ペテロも同じことを考えてそうだ。
「ホムラ殿……!」
左近が何か言いたそうにして、止まる。あれかサンバか? サンバなのか? 炎王たちに正体をバラす前は、『アシャ白炎の仮面』の思考阻害で、ホムラがレンガードであることを考えようとすると、彼らの思考がサンバやらランバダで汚染された。扶桑だと盆踊りとかヨサコイ、花笠音頭とかだろうか。
「すみ"ません」
急に鼻を押さえて不明瞭な声で謝る左近。指の間から鼻血。
「ムッツリ属性でしたか」
ペテロがいい笑顔で言い放つ。
ムッツリと言うと
「スケベ」
「ご、誤解です! 決して紅葉殿の太ももなど思い出しては……ふぐっ」
続く言葉を端的に口にすれば、左近が真っ赤になって慌てる。ついでに出血増量。
「見たのか、紅葉の太もも。私、まだ見てないのに」
「え!? まだなのですか!? いえ、そうでなく、見たくて見たわけではないんです。彼女と天音が戦っている時に視界に、偶々視界に入っただけで……」
「え? 見たくないのか?」
「え、いや」
しどろもどろになる左近。
「二人とも、女性もいるんだからね」
きっかけをつくったペテロが涼しい顔で諌めてくる。
「……ホムラ様、お強かったんですね」
新しいお茶を渡してくれる、胡蝶の視線が気のせいか若干冷たい。
「そう、ホムラ殿は強……、うっ!」
再び鼻を押さえてうずくまる左近。この家から出るまでに出血多量死しないだろうな、おい。『回復符』を使っても、すぐにまた出る気がするので、タオルを渡して済ます。
「ホムラ、剣を。手入れをする」
機嫌がよさそうなルバに『月影の刀剣』を渡す。斑鳩の剛剣を受けていたためか、耐久がごっそり減っている。65/100、【破壊不可】が付いているので耐久は基礎値が減ることは無いものの、切れ味は悪くなる。酒呑の時のように、峰で受けるべきだったか。いや、斑鳩の剣は酒呑より多少軽い代わりに、技巧に優れている。そんなことをしている暇はない。無駄に耐久を減らすような使い方をしていないことを確認し、安堵する。なにせ製作者に見られるわけだからな。
「……ほう、これがアンタが打った剣か。いいな」
天津がルバに渡した剣を受け取り、一通り検分する。隣で胡蝶も食い入るように刀身を眺めている。使い方に駄目出しをされないかドキドキしていたのだが、こちらに声をかけることなく、三人で静かに盛り上がっている。
「ホムラ殿! 拙者も再戦を希望するでござる。剣で!」
ケイトが再戦の申し入れをしてくる。狼だと思っていたが、ハスキーだったかもしれん。キラキラした期待の眼差しが、散歩を期待する犬のようだ。これはあれか、毎日朝晩お散歩コースか? もふらせてくれるなら考えなくもない。
ペテロ:アウトだからね?w
ホムラ:ん?
ペテロ:直立二足歩行はアウトwさっきはピンとこなかったけど。
ホムラ:……
ペテロ:あれをモフッて許されるのは、恋人以上か幼女だけw
ホムラ:幼女……
ペテロ:なお、今から変えてもその姿のイメージがある限り、ただの変態な模様。
一瞬、闘技場がよぎったところでペテロから釘を刺された。おのれ……!
「ペテロに勝ったら」
「面倒なので却下で」
ケイトをペテロになすりつけようとしたら、間髪入れず断るペテロ。結局、賭けの期間が終了しても、ペテロと一緒にいる時に、天音が時々リベンジしに来るため、今も夜は何かと騒がしい。日中じゃダメなのかとも思うのだが、天音は昼間は何かと忙しいらしく、ペテロはペテロで夜のほうが称号・スキル的に都合がいいらしい。
「かくなる上は、ご迷惑ながら滞在先に推参させてもらうでござる!」
「止めてね。これ以上のカオスは左近が泣くから。わ……」
ペテロの小さな驚きの声に、視線を追うと赤い水たまりにうずくまった左近。
「この場合、殺人犯はホムラ?」
爽やかな笑顔を向けてくるペテロ。
「まだ死んでない、まだ死んでないから!」
「左近殿、いかがいたしたでござる!?」
「きゃー!」
……。しばし、左近の手当てと床の掃除にバタバタした。生活魔法の『符』もつくっておくべきだなこれ。畳でないのは幸いだが、床の血だまりがやばい。――そういえば、ケイトの探知のスキルはどんなものなのだろうか。ただの【気配察知】であれば使用者だけで完結で符や道具は必要ないが、ペテロが「仕掛けてきた」のは向こうも同じと言っていた。ということはたぶん、私の『糸』のように道具を通すか、『符』を使った外に作用する何かだ。なんだろうな?
「面目次第もない」
「いや」
貧血で横になったまま、恥じ入る左近に否定の言葉を投げる。
「西の坊主の、大分遅い思春期か。朴念仁の部類と思っておったが、こじらせると厄介よ」
「何故こんな……」
面白そうに顎を撫でながら言う天津に、弱々しく答える左近。
「まあ、遊里にでも行くんだな。安いところはやめろよ、鼻が欠ける」
「師匠!」
濡れた手ぬぐいを持ってきた胡蝶がたしなめる。
ペテロ:主にホムラのせいですwww
ホムラ:すみません、すみません
ペテロ:左近たちは、どう考えても闘技大会見てるしw
ホムラ:考えるのやめてくれれば問題ないのだが。
ペテロ:無茶wそれにしても、なんで認識阻害の方法が愉快な方面に行ってるの? 私のホムラにつけてもらった阻害効果、恐怖とか嫌悪とかそっちなんだけど。
ホムラ:なんでだろうな……。とりあえず左近が死ぬ前にバラすか。
ペテロ:このままじゃ、いつどこで出血多量になるかわからないしねw
「左近さんや」
「何でしょうか?」
こちらを見る左近に、仮面をかぶってみせる。
「……! レンガード!」
がばっと起きようとして、そのままへなへなとまた横になる左近。血が足りておらんな。
「何でござるか?」
「仮面をかぶっている時はレンガードと名乗っている。これには認識阻害がついていてな、レンガードと私を結び付けようとすると、思考の邪魔をするらしい。左近の鼻血はたぶんそのせいだ」
『回復符』を左近に使いながら解説する。
「レンガードだというのは内緒にしてほしい。まあ、中途半端に知ろうとすると、左近と似たような目にあわせることになるので話すのはおすすめしない」
甘じょっぱいみたらし団子、甘さを抑えた餡をのせた餡団子、濃いめの緑茶。その後あれやこれや左近とケイトから質問攻めにあい、一息つきつつ、おやつだ。団子を出したのは私だが、茶は天津が茶道楽らしく、胡蝶が淹れてくれた。いつでも茶が飲めるよう、座敷の中央には囲炉裏が切られ、今も鉄瓶がしゅんしゅんと音を立てている。
話している間に判明したのだが、斑鳩が無口なのは修行で何年も一人でいたからであり、みんながあまり話しかけないのは、【覇気】のせいであったらしい。完全スルーというか、気づかなかったが、斑鳩には話しかけられない、厳しい雰囲気が漂っているらしい。
「ひっこめられないのか?」
「む……。剣のスキル以外はよくわからん」
「斑鳩様……」
初めて知る主人の事実に困惑するケイト。訂正、剣術以外のことには労力を割きたくないらしく、口数も少ない。
「夢と憧れが……」
「勘弁してください……」
「まったくでござる」
私たちの会話にダメージを受けているのは胡蝶、左近、ケイトである。
「ホムラ殿は剣につけるならどんなスキルが好みだ?」
「ん?」
天津に問われる。
「『月影の刀剣』についている【斬魔成長】がいいな」
休憩でリセットされるが、魔物を斬った数だけ攻撃力がアップ。無心でわらわらと現れる強めの魔物を狩る時に、ちょうどいい。
「発動するタイプのほうは? こっちじゃ、技を一つ二つつけるのが普通だ。おぬしが持っとるスキルをつける方法もないではないが、大概素材依存で強力なのをつける。連発できんがな」
こう、手持ちが少なすぎて選定が難しいのだが。先ほど、斑鳩にスキルを使用しない戦いを感謝されたばかりだし。
「『月華の刀剣』はどうした?」
ルバが『月影の刀剣』の手入れを終え、こちらに差し出しながら聞いてくる。……。そういえば、闘技大会前に、もう一振りもらっている。忘れていたわけじゃないぞ、ただ装備条件が厳しくてですね……。
「さっきの斑鳩との戦いでレベルはあがったが、まだまだ遠いな」
「……70からだったと思うが、今いくつだ?」
「二つ上がって41だな」
はるか遠い。
『月影の刀剣』がランク65、通常ならレベル65からの装備条件を、【装備ランク制限解除】で無効にしている。『月華の刀剣』は月影より上の70から。同じ『月光石』を使った剣だが、特性を引き出せる素材、『月詠草』が足りないので【装備ランク制限解除】がついていない。レベル70までお預けである。
「……レベルが上がるのがやたら早いのかと思っていたが。いや早いんだが」
「む……。半分に満たないどころか、四分の一、いや五分の一か」
いや、まて。斑鳩、レベルいくつだ? もしや、【剣帝】持ちでないと、普通の対戦はできない特殊キャラでしたか?
マント鑑定結果【自分のステータスが何倍になっているか考えないんだろうか、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
……。あれ、これ酷くないか?
斑鳩が同レベル帯より剣術特化でステータスに補正がびしばしだったとしても。ドラゴンリングに類した効果のものを保持していたとしても。『天地のマント』さんの補正対象はステータス。そして、なんとなくだが、『有無の手甲』さんの効果は称号、スキルの強化。
……。
「修行が足りない……」
恐ろしいことにステータス的に絶対勝っているのに互角近く。多分、【剣術】が低すぎる。思えば、戦闘開始直後は自分の回避の速さを制御しきれず、滑ることもあった。駄目だこれ、この装備でしばらく何処かに篭って、フル装備時の自分の身体能力に慣れないと。
マント鑑定結果【そういう結論に行くの!?、という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
 




