197.刀工の家
左近の家にお邪魔して数日。
ルバと共に"刀自殿"と呼びたくなる左近の祖母と対面。ルバの話を聞いて、背筋の伸びた少々厳しそうな印象だった彼女が涙ぐむのを見たり、ログアウトして食事をとったり、江都の街をそぞろ歩いたり。
寝ている間に、ペテロと天音の決着はついていた。天音が「もう一匹いるなんて聞いてないわよ!! 私の唇〜〜〜!!!」などと叫んでいたので、紅葉に何かされた模様。強く生きろ。「覚えてなさいよ、卑怯者〜〜〜っ!!!」とも叫んでいたので、ペテロに聞いたら、いい笑顔で「さあ?」と返事が来た。見捨てて逃げたのか、それとも誘導してわざとハメたのかどっちだ。
まあ、右近を送って戻ってきてからの天音は、空元気なのか何をしていてもどこか空々しかったが、あれは本当に心からの叫びのようだったので良かった、のか?
それにしても、明日は仕事の帰りにでも食料を買って来ねば。このままでは、冷蔵庫がただの調味料入れになってしまう。最近のマイブームは油揚げの上に、ピザ用チーズとトマトをのせてオーブントースターで焼くものだ。トマトの味に左右されるが、醤油をひと垂らしして食べると和洋折衷の勝利が味わえる。餃子の皮でミニピザもしたい、お徳用チーズを買ってきて、小分け冷凍をしよう。解凍の手間はかかるが、カビさせるよりはいい。
などと、現実的なことを考えているが、現在絶賛現実逃避中だ。
「ペテロ、これ……」
「諦めて」
ペテロに誘われて、『兵糧丸』のレシピをゲット。……したのはいいが、味がですね、おいしくないです。口に含んだ瞬間、現実逃避した。『兵糧丸』は食べるとEPの消費が緩やかになる。長いダンジョンや、EP消費の激しい技を連発したい場合には便利だ。便利なんだが……
「おいしくない」
「【料理】スキルとは違うしね」
「一緒だっていいじゃないか」
「【調合】なんだからしかたないじゃない」
そう、ゴマやら蕎麦やら食材も使うが、怪しげな漢方薬もインされており、『兵糧丸』はこの世界では薬扱いというオチ。
「普段は焼き串をマメにかじるとして、気が抜けないような戦闘になるときは諦めて食うか」
酒呑との戦いのような場合、片手間に飯を食うなどという芸当はできない。しかもできないような戦いこそ、EPの減りは早めなのだ。そうとは意識せず【回避】やら【心眼】やら、スキルを使っているのだろう。
「ホムラ」
「うん?」
「レンガードの時、人前で焼き串かじるのはやめてね」
「何故?」
あれか、白はこぼすと目立つからか?
「イメージの問題です。苗あげるから『兵糧丸』で我慢して」
ペテロから『宝珠杏の苗木』『紅茗荷の根』をもらった。
「いつの間に……。茗荷なんかどうやって探したんだ? 今の季節姿カタチもないだろうに」
茗荷は根で増えてゆくのだが、今の季節、地上には葉の一枚も出ていないはずだ。
「ふっ。今度、東家の領地で植木市あるって。果樹もよく並ぶっていうから覗いてみたら?」
「おお、行ってみよう。ありがとう」
鵺から植木市まで、ペテロは一体どんな情報収集能力をしているんだろうか。以前に精霊を使っている、とか言っていたので、精霊のスキルなのか。そういえば私にもそんな能力があったような気がするが……。あれか、風の精霊の"逃げられ"が効果を発揮しているのか。気づけば確実に会えるシチュエーションでしか会ったことがない。
「何か美味しいものができたら、分けてください」
「了解」
杏というと、タルトかな? あんず飴もお祭りのようで楽しいかもしれんが、それはスモモも手に入れてからにしよう。祭りのあんず飴って大部分が、アンズといいつつスモモ押しなのは何故なのか。ところで関西ではあんず飴をあまり見かけないというのは本当だろうか。
ああ、杏仁豆腐ができるのか! 断然クコの実も欲しくなる。市販されている杏仁豆腐は、大抵が粉の状態で保存されている杏仁を使うためか香りが飛んで、代わりに香料で匂いつけがされていることが多い。ちゃんと原形を留めた杏仁から作ると、作りたては優しい香りがして大変おいしい。おいしいもののことを考えて、気分が浮上した。
【調合】上げ方々、無人の神社の境内に入り込み、ペテロと並んで『兵糧丸』作りを続行中。私は【調合】のほか、【調合】と魔術系とで派生する、【錬金調合】を取ったが、ペテロは【調合】から派生の【調毒】持ちだ。【調毒】でつくった『毒』の『解毒薬』をつくるために、【調合】も結構なレベルになっているそうだ。……【調毒】のレベルも高いということだな。
「おや、メール。ルバからだ」
「今日は左近と鍛冶の工房へ行っているんでしょ? どうした?」
左近が紹介しようとした刀工は、大変頑固で偏屈とのことで、興味本位でついて行き、話を壊すのを恐れて、私とペテロは遠慮した。ペテロは【鍛冶】持ちなのだから、ついていってもよかった気がするのだが、本人曰く、「【鍛冶】のレベル足りないだろうし、打った刀に毒を塗るっていったら叩き出されるでしょ」だ、そうだ。
確かに、人となりやエピソードを聞く限り、刀になにか細工しようものなら好感度が急降下しそうな人物像だ。偏屈だと左近は言っていたが、気に入らない相手には大金を積まれようと打たないという点などは、むしろ好感が持てる。弟子は一人だけで、さすがに鞘は鞘師に発注するそうだが、打つことから化粧研ぎまで自分でやっているらしい。
「ルバの打った『月影の刀剣』を持って来て欲しいそうだ。とりあえずどんな剣を打ったかみたいのかな?」
「他に自分の打った剣持ってそうだけどね」
ペテロと一緒にいることは知っているはずだし、呼ばれたからには行っても問題ないだろうと、二人揃って刀鍛冶の家に移動した。火を扱うためか、場所は町から離れた閑静な竹林の中だ。
「なんか残念臭ただよう感じが」
「うむ」
ペテロが笑いを含んで言うのに答える。竹林の最初はいい感じだったのだが、家の周りが据え物斬りにされたっぽいブッツリ切られた竹だらけだった。
「こう、庭に入ったら斬りかかってきたりして」
「大丈夫でしょ、つくる方なんだから。でも気配は多いね、六人もいる」
町から離れると、生垣で囲ってあるだけで門もないオープンな印象の家が多いのだが、ここは黒板塀で囲まれ、扉で閉ざされている。刃物を扱うための用心か、庭に入り込まれて作業中に気を散らされないためか。
雰囲気からか、なんとなく『月影の刀剣』を体に引きつけ、【気配察知】をしつつ、『糸』を伸ばす。
「……。いるんですが、抜刀している仁王立ち」
「うは」
しかも『糸』を切られた。
次の瞬間、黒い扉が吹っ飛んだ。
「うを!」
「……!」
破片というには大きな、ついさっきまで扉だったものの一部が体をかすめて飛んでいくのを追って、剣が突き出される。
『月影の刀剣』を鞘ごとかざし、突き入れられた剣を弾き、飛び退りながら剣を抜く。
「何だ?」
私が状況を確認する前に、今度は壊れた扉を踏みつぶしながら現れた尻尾――じゃない狼の獣人に、ペテロが苦無を投げる。獣人が苦無を叩き落とす間に、周囲を確認すれば、庭にあっけにとられた左近とルバの姿、その隣にあわあわしている少年、驚いた風もなく、こちらを注視している老人と偉丈夫。
「む、二人か」
「まあ、斬りかかってきた相手に一人で対応せねばならん法はないな」
「剣を持つは貴様か。まずは邪魔者を黙らせよう」
獣人がペテロに向かって踏み込む。この獣人は、人の顔をしたレオやシンと違い、その顔は狼、くつろげられた和服の胸元からモッフモフの胸毛が存在を主張している。……モッフモフに心揺れてはいけない。
「ケイト殿!」
左近が止めようとしたのか叫ぶ。
ペテロの影が獣人――ケイトに伸びる。だが相手もすぐに気づき、影を斬る。影を伸ばすと同時に投げた、『符』を突き刺した苦無も弾かれたが、剣が触れたとたん『符』から黒い粘りつくような闇が溢れる。
「まあ、剣で応対せねばならんということもないな」
【重魔法】レベル40『鉄塊の拘束』。『符』の使用であるため、魔法のように重ねがけやら何やらはできんが、剣を使う者はステータス的に魔法の影響を受けやすい。ただ、魔法が発動する前に『符』を斬られるか、発動した魔法を斬られるか避けられる可能性が高い。
「ええい! 小賢しい!!!」
ペテロの三段、私の魔法。それでも反応したのはさすがなのだが。
「残念、『ファイア・リング』と同じく、斬ると増えるタイプだ」
攻撃魔法ではなく、拘束魔法。INTが高いせいか、初撃で出る黒い鉄塊は五つ。ケイトが避けた分は地面に溶けて消えたが、剣で払いのけた分は、倍に増え、ケイトに張り付き、足の一踏みだけでも更に増える。
「INT、さすがにそう高くないだろうから、かかったら勝ちかな?」
口にくわえていた『符』を取りつつペテロが言う。そう言う割に、再び影を伸ばし、ケイトを更に拘束しにかかっている。ケイトに触れた影から靄のような手が出現し、足元から絡んでゆく、なかなかホラーな絵面が出現する。
「……不覚!」
「弱体ついてるし大丈夫かな?」
不本意そうなケイトを眺めながら言う、手を緩めない男ペテロ。
「む……。すまんが解いてやってはくれんか」
偉丈夫が声をかけてくる。
「剣での戦いを期待してたんだがなァ」
老人がぼやく。
あれか、『月影の刀剣』の性能を見たかったのか!
「ホムラ、こっちが突然襲われたのは変わらないから」
ああ、それが理由で! と納得しかけたところで冷静なペテロからのツッコミ。
その後、笑顔のペテロが交渉して、偏屈で気が向いたときしか打たない、扶桑随一の刀工からいろいろ巻きあ……いただきました。
 




