195.褌
登場人物が多いでござる。
「さて、これは……」
疲れたらしいバハムートが帰還して、血だらけの物体を見る。
酒呑よりさらに一回り大きく、顔が厳つい。たいそう鬼らしい顔だ、子供が泣く。血だらけだし。
「…………おい」
「……小次郎殿に見えるのですが」
酒呑と紅梅が周囲をはばかるように小声で言い合う。小次郎というと佐々木小次郎しか浮かばないのだが、とりあえず手当が先か? うーん? まあどうするにしてもキレイな方が扱いやすいだろう。
「なんか最近こればかりな気がする」
回復薬をどばどばとかける。【神聖魔法】が毒になる鬼かどうか、判別付かんうちは使えんのが不便なので、薬以外にも見知らぬ鬼用の回復方法を模索しよう。というか、出会ってすぐに回復しなくてはならんケースが多いのは気のせいか?
なかなかのHP量だが、バハムートの回復と比べたら酒呑でも物体Xでもどんとこい、だ。バハムートと黒用に回復薬のストックは大量に常備している、常備してたんだがな……。
明らかに回復薬のスペック不足ですね! HAHAHA!
……食材探しより先に、扶桑での薬草探しが先かもしれん。『庭の水』のおかげで回復量は多少上がったものの、上限がある。新しいレシピと対応するメイン素材の薬草のランクを上げねばこれ以上は無理だ。しばらくは持つだろうが、戦闘中の回復に不安がある。
「裂傷と、あちこちに噛みちぎられた跡がある」
「アレに抵抗出来たとも思えねえんだが。いたぶったのかよ」
眉をひそめながら左近が指摘すれば、うんざりしたように酒呑が答える。
「悪い竜じゃのう」
白の気のないあいづち。バハムートが帰還したあとは、物体Xからも興味が失せた様子。
「これは戦闘でというか、単に運ぶ時に何度か落としたような気がするが」
「……あの小ささでこの巨体を咥えて飛べば、いかに小次郎殿の躰が丈夫でも途中で千切れるでしょうね。そもそも、本当にあの小さな竜がここまで持ってきたのかが疑問ですが。いえ、気配的には正解なんでしょうけれども」
私の言葉に、紅梅が混乱しつつ分析しようとしている。バハムートの強さは突き抜けているので、分析は無駄だと思うのだが。
「破壊は最小限になんて出かける時に声をかけたから、大きくなるのは控えてくれたのかな? 落とすたび拾って頑張って、ここまで持ってきてくれたことを思うと、悪い事を言った」
適当な大きさになれば楽だったろうに。
「デカくなれるのかよ! てか、なんでいい話風になってんだよ!!」
「バハムート……。大きな黒い竜というと闘技場で見たあの竜しか浮かばないのだが……」
左近の眉間の皺が深くなる。
『ぬ、すまぬ。失言じゃった』
『何が』
『バハムートの名を出したのは我じゃ』
『ああ。いいんじゃないか? すでに規格外なのはばれたわけだし』
念話で謝ってきた白に気にしていない事を伝え、肩の白に頬を寄せると、珍しく白からもすり寄せてきた。ああ、白もこのままデレて添い寝してくれないかな。
「現場におりませんでしたので、強くは言えませんが、破壊を最小限に、という声かけは続けていただいたほうが無難そうですね」
とりあえず傷を治し、血や泥を落とした物体Xあらため、小次郎という名の大次郎を布団に寝かせるかと、濡れ縁に転がる巨体に手をかけると、意識を取り戻した。
「む……」
「起きたか。大丈夫か?」
「何故、私はここに……」
身を起こし、頭をふる小次郎。
「あんた、黒いちっこい竜と戦わなかったか?」
「酒呑? 雷公まで。確かに小さな竜と戦ったが、何故君たちがいるのかね? まさか君達も?」
全部私へのお土産疑惑を生じさせているらしい小次郎。結構凶悪な顔をしているのに口調は丁寧で落ち着いている。
「不穏な名前が出たのは気のせいだろうか。私の認識する鬼とは別人……?」
推移を見守る左近が何かつぶやいている。
「私は、名の持ち主である主に呼ばれて参じているだけです」
「雷公に主!?」
「今、貴方を回復された方ですよ」
笏で薄く笑う口元を隠し、紅梅が言う。
「俺の主でもあるんだぜ」
私が主のはずだが、所有権争いのようなものがまた勃発している気がする。
「私はホムラだ。紅梅と酒呑とは昨夜、宴会で仲良くなった」
とりあえず、寒いので障子を早く閉めたい。気づいたようだし、部屋に誘うつもりで立ち上がった。
「うわ、増えてる」
「ペテロ」
振り返ると、濡れ縁にペテロがいた。
友の帰還に間髪入れずに黙って障子を閉める。ついでに小次郎も締め出したがまあ仕方がない。
「ちょ、閉めないで。言いたいことはわかるけど、これ私の趣味じゃないから!」
当然のごとく障子を開けて入って来る。もともと宿の部屋は私とペテロの名前だし、ペテロにも開けられるのだ。ちなみに登録のない小次郎には、結界を壊さず障子を開けることはできない。
「酒呑〜!」
「げっ! 茨木!」
私が障子を閉めた原因、ペテロの後ろにいた、発展途上で小柄な褌&さらし姿の少女が部屋に転がりこんできた。闇夜に浮かび上がる白褌ってどう反応していいかわからん。
「とりあえず、ええと、小次郎さん?」
「雷公の主であるならば、小次郎で結構」
「小次郎、入ったらどうだ? 狭いが」
招き入れようとして気づく、むちゃむちゃ狭い。床の間付きの八畳間なのだが、酒呑と小次郎は二人分どころか三人分はありそうだし、総勢七名って多過ぎじゃなかろうか。
右近と天音の女子部屋は少し離れて――部屋風呂があると言っていたのでグレードも上――いるが、左近とルバの部屋は隣だ。襖を開けて繋げたいところだが、こんな理由でルバを起こすには忍びない。あ、結界防音バッチリだそうです。便利だ。
「酒呑、酒呑、なんでここにいるの? 運命!?」
「ちげーよ!!」
褌っ娘は、どうやら酒呑にご執心の鬼らしい。胡座姿の酒呑の首に抱きつき、きゃっきゃとしている。というか、茨木童子?
「平和な宿がカオスに……」
「お主がそれを言うのかの?」
「やっぱり何かやらかしてるの?」
白のツッコミにペテロが聞く。
「ホムラ様、こちらは?」
「ああ。ペテロ、私の友人だ。と、左近もか。ペテロ、左近、こちらは紅梅、あっちで褌っ娘に抱きつかれてるのは酒呑、私の式だ。あとこっちは白」
紅梅の問いに、ペテロと左近を紹介する。白が姿を見せているようなので、白の紹介も。
「左近です」
「よろしく。あちらは?」
軽く会釈する挨拶を交わすと、ペテロが小次郎に目を向ける。
「小次郎と申す。正直自分が何故ここにおるのか、わからない。だが、ホムラ殿に助けられたようだ」
「いや、もともと私のペットが土産として持ってきたんだ」
「土産……。私はホムラ殿のペットに負けたのか」
ガックリ落ち込んだ様子だったが、すぐに顔を上げて言う。
「負けたからには私は、貴方の式に。望みは?」
「え? じゃあ酒樽に定期的に入ってくれ」
「……、望みとあらば」
一瞬の間があって、了承される。
「何がどうしてそうなるの?」
「いや、塩胡椒で焼くのはさすがにあんまりだが、マムシ酒ならぬ、鬼酒ならいいのではないかと」
「途中経過を聞いても理解ができない」
ペテロに投げ出された。
「バハムート的には、好みの塩胡椒で焼いて欲しくて持ってきたのだと思うのだが、まあ酒に変わっても喜んでもらえるかな、と」
鬼と竜は酒好きだ。
「えっ! 食うつもりだったのか!? 違うだろ!?」
「ホムラ様に新たな式を、ということでしょう? ホムラ様へのお土産ですし」
ちょっと丁寧に説明をしたら、酒呑と紅梅から否定の声が上がった。
「ホムラ、鬼もひくようなことを言い出すな」
「バハムート主体で考えるのやめなさい」
そして左近とペテロにたしなめられた。
「いや、鬼の中でも人喰いから同族喰いまでおりますからな」
「アンタは否定しろよ!」
唯一、小次郎が賛同してくれたが、褌っ娘に擦り寄られている酒呑が納得いかない風だ。褌っ娘は邪険にされてもめげる気配がなく、なかなかのガッツの持ち主だ。酒呑以外目に入っていないようだしな。
「ペテロ、あの褌っ娘はペテロの式なのか?」
「呼び方なんとかして。私の式であってるよ。ここへ来る途中あってね、あれでスペックはなかなかよ」
「服着せろ、服」
「断られた後です」
スペックだけで選ぶのは、危険だからやめたほうがいいと思います。
「ホムラ殿、『閻魔帳』を貸していただけますか」
「ああ、どっちがいい?」
顔が怖目なのに落ち着いた話し方をする小次郎に、梅模様と瓢箪模様を差し出す。
「花柄で」
まさかの花柄即答。
「初取得、やっぱりホムラか。まあ他にプレイヤーいないだろうしね」
私が『閻魔帳』を二冊出したのを見て、ペテロが言う。褌っ娘の表紙は何柄だろうか、あとで見せてもらおう。
「酒呑のほうがよろしくないですか? 三頁目になりますよ」
「おい、何俺のほうに誘導しようとしてんだよ!」
「私は新参者だ、甘んじて受け入れよう」
紅梅の言葉を意に介さず三頁目に手形を押す。
「そうそう、そこで署名ですよ」
「む、そうか」
「おい、手形だけで大丈夫だぞ。署名は仕えたい人が出るまでとっといたほうが」
ペテロの言葉に素直に署名しようとする小次郎。大丈夫なのかこの鬼、騙されやすそうなんだが。
「今まで『閻魔帳』に手形を連ねたことがないので作法に自信が……」
「アンタほどの鬼なら、負けたことねぇだろうな。俺みてぇに惚れっぽくもなさそうだし」
酒呑がそう言うならば、小次郎はよっぽど強い鬼なのだろう。
「署名して、雷公を倒して第一頁の鬼の座、奪っちまえよ」
「酒呑」
けしかける酒呑を紅梅が睨む。
「何、何? 酒呑がやるならアタシ加勢するよ!」
準備運動のように軽くぴんぴん跳ねて嬉しそうに笑う褌。
「狭いし、やるなら外でやれ」
「いや、外でやられても困る。泊まった宿の庭先で、大物の鬼同士の戦いなんて笑えない」
左近に却下された。
結局、ラムを一樽もたせて帰した。部屋で宴会するには狭すぎたのだから仕方ない。帰った先でバトルになっても、まあ、好戦的な鬼同士のことだし多少はしょうがなかろう。
「で?」
「何がどうして鬼三匹、式として取り込んだのか教えてくれ」
笑顔のペテロと左近に迫られる現在。
「私は脱走した先で宴会に混じっただけだぞ? ペテロだって褌入手してるじゃないか」
「私が褌つけるみたいに言わないで」
「お二人とも……」
左近が眉間に手を当ててため息をつく。
「コレの行動にツッコんでると身がもたんのじゃ」
マント鑑定結果【まったくだ、という気配がする】
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・増・
スキル
【式】『小次郎』『茨木童子』
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