194.宿屋の夜
『符』についての追記と鬼に対しての「神聖魔法が毒」設定の修正をしました。
「何故また戦闘じゃないのじゃ!」
白にぺしぺしされて幸せな現在。もふもふもいいけど、肉球もね! 白は地面に足をつかないためだろう、ピンク色で柔らかい肉球の持ち主だ。
紅梅を呼び出す前にはたと気がついた。私、今、【生活魔法】を使ったよな? と。この宿屋には庭に小さな社がある。右近たちの宿屋を選ぶ基準が謎だったが、社があり、符の製作が可能な場所を選んでいるのかと、思い当たる。――一番大きな宿は避けている様子だったが、それは貴人が利用する本陣で、面が割れてるからじゃないかと思っている。
「ここは扶桑だ。扶桑は普通の場所で、外部に影響するようなスキルは使えんのだ」
「出かける前に呼び出せば済むことじゃろが! それともこれから出かけるところか!?」
「いいえ」
「即座に否定するとはいい度胸じゃの!?」
白は、なんでこんなに戦闘狂なんだろうな?
「『符』というものを使えば、外でも呼び出せるようになるようでな。これからレベル上げをしようと思う」
「む……」
おとなしくなる白。
「対象がいる方が、やる気もでるしな」
「しかたないの」
そう言うと、膝に落ち着く白。
「人の膝で撫でられて喜ぶとは、同族とは思えん」
黒が襟元から顔を出し、白を見下ろして言う。
「なんじゃ、貴様は。懐から出てこんくせに」
「ふん! 俺は怪我を治すために、しかたなく、だ」
え、まだ治ってなかったのか!?
「フフン。言い訳にしか聞こえんのじゃ」
「なんだとっ!」
ばしっと黒の右ストレート。
「いい度胸じゃの!」
白のアッパー。
そして始まるもふもふ対決。場所は私の懐。
「えー、会場からのお知らせです。キャパオーバーです、外でお願いします。中でやるならもっと小さくなってください」
止めようかと思ったが、二匹が楽しそうなのでやめた。ずっと一匹でいたので仲間は嬉しいはずなのに、島のミスティフたちとは交わろうとしない。黒も同じく、島に行くことを選ばなかった。
ミスティフたちは本来、変化を好まず、外界との関わりをせず、静かな生き物だ。白も黒も戦いに身を置いたことで、自分をミスティフの中では異質と考えているのかもしれない。同類が見つかって二匹とも嬉しいのだろう。もふもふ対決のおかげで、私は少しくすぐったい上、時々痛いが。何故外でやらずに小さくなる方を選ぶかな。
「『雷公』」
時々、黒か白がいる場所の服を手で押さえてみては、鼻面での突きが来るのを楽しんでいたが、当初の目的に戻る。丑三つ時になったら紅梅を呼び出す前に、紅葉が来てしまいそうだ。
「……」
行灯の明かりが、布で覆ったかのように一段暗くなると、紅梅が滲むように現れた。
「こんばんは」
「……、レンガード様?」
「ああ。強力な認識阻害がついてるんだ」
仮面を顔に当てて装備して見せ、鼻の下にずらして紅梅を見る。
「契約があるので、わかるのですが、視覚と認識が一致しないおかしな感覚でした」
ホッとしたように紅梅が言って、音もなく近づき、座す。
「それにその……」
そう言って紅梅が視線を向けたのは、奇妙に動く私の胴。
「何だ新顔か」
「お前もじゃ」
紅梅の声に、白と黒が顔を出す。暴れたせいで二匹とも毛並みが乱れて、頭から湯気が上がりそうにほかほかになっている。先輩顔の黒に白がツッコミを入れて、肩に移動する。黒より白のほうが暑がりだ。
「白と黒だ。白は私の召喚獣、黒は私の懐に住んでる」
「初めまして、紅梅と申します」
「フン、俺は居候だ。好きにやれ」
言い残すと懐に潜りなおす黒。
「勝手なヤツじゃの」
鼻を鳴らす白の頭を撫でて、乱れた毛並みを整える。相変わらずの素晴らしき手触り! とか思っていたら、紅梅に無言で襟を整えられてしまった。服装の乱れは心の乱れ、とか言われそうだ。
「そういえば、レンガードは仮面をかぶっている時に名乗っている名前だ。ホムラと呼んでくれ」
「ホムラ様。ご存知かと思いますが、私は雷公。紅梅は私の知り合いの梅の精霊の名前です。ですが私の名は、こちらの界の者にとって不穏なものを含みますゆえ、今まで通り紅梅とお呼びいただいた方がよかろうかと思います」
「了解した。様は不要だぞ」
「式ですから」
「上手いもんじゃの」
紅梅が本を読む傍で、『符』のレベル上げと言う名の書道に励む。紙は大量に購入してあるので安心なのだが、書体がこう楷書しか書けんので微妙な気分になる。白は褒めてくれるのだが、自分の字は好きでない。せめて普段の字をごまかせる、草書、欲を言えば篆書が書けるようになりたい。まあ、現実世界で達筆すぎて読めない草書の書類を渡されたら殺意がわくが。
だが、『符』に書いた文字が簡単に読めてしまっては、敵に行動の予測を簡単にさせてしまう気がするし、なんとかしたいところ。どうやら崩そうが、象形文字にしようが、作った本人が読めればいいっぽいしな。ちょっと試行錯誤して遊ぼう。
『符』は神々の気配を排除し、事象だけを効果として抜き出す、らしい。スケルトンの回復も【神聖魔法】の『回復』でできるよ! バグっぽいなにかだが、扶桑では『符』に限らず、『道具』を通してしかスキルを発動できない代わり、大元の属性を無視して回復なら回復として効くそうな。――九尾を封じているのはルシャだったか。
それにしても『帰還符』とかできてしまったところをみると、錬金でつくった『石』でもよかった気配がそこはかとなく……。思わず和風なことが目新しく、大喜びしてさっさと取ってしまったが、かぶってるんじゃあるまいかこれ。
「それにしても、私は必要なかったようですね」
紅梅がページをめくる手を止めて、思い出したように言う。
「何が?」
「この宿の部屋にかかった結界は、結構強力なようですから。紅葉もこちらで騒ぎを起こしてまで忍んでこないでしょう」
騒ぎを起こした時点で忍んでないと思うが。
「……結界、かかっているのか」
「一定以上の位を持つ、宿の部屋には必ず。宿の者、旅の仲間、部屋の主が招き入れた者しか、入室できない結界です」
【結界察知】は出ているのだが、スキルポイントがもったいなくて取っていない。なんとかなる! と思っていたが、おとなしく取ったほうがよさそうだ。……次、レベルが上がったら取ろう。また未知のスキルが出て欲しくなるかもしれんし、今はスキルポイントを0にしたくない。スキルポイント稼ぎに闘技場に通っておけばよかった!
「ん? ということは私の【結界】レベルが上がれば自力で張れるのか」
「【結界】をお持ちならそうですね。『符』も併用すれば、便利でしょう」
『符』はもう、白を喚び出せるところまで上がっている。――何故ならば、白のレベルが低いから。ここは【結界】上げをするしか!
「【結界】は、【傾国】も防げるか?」
とりあえず、EPが何度かほぼ0になったことだし、一旦休憩しよう。完全に0になると色々障りがあるし、夢中になると調整が難しい。何よりEP回復のためだけの食事は何だか物足りない。
本日の夜食は、扶桑海老と山芋の磯辺揚げ。山芋をすりおろして白だしでふわっとするまで混ぜたもので、海老が縮まないよう片栗粉を薄くつけたものを海苔で包んで揚げたもの。この世界、揚げ物が楽で素晴らしい。だし醤油でふわっとぷりっと食べる。
「レベルを上げれば、一時的にでしたら可能なものもあるでしょう。ただ、【傾国】に惑わされるのは男や雄と名のつく者は、老人から幼子まで。式となった私でさえ、正面から向かい合えば惑わされない保証はありません。精神の低い酒呑は確実にかかるかもしれません。九尾以外の大勢が【結界】を破ろうとします」
いや、防ぎたいのは九尾の【傾国】ではなくてですね。『符』ならば、一度発動させてしまえば一定時間効いているし、寝ている間も安心なのではあるまいか! ……、あれ?
「【傾国】……、男にしか効かないのか?」
ラピスがかかっていた気がするんだが。
「九尾は女性ですから。稀に同性にかかることはありますが、【傾国】の効果があるのは異性にです」
「ん???」
「どうかされましたか?」
稀が身の回りに二人いた……、いやミスティフ狩りの一族にも、男女お構いなく効いていた。白のジト目が刺さる。
「いや、ちょっと頭痛が痛いかんじの事実に気づいただけだ」
九尾の【傾国】よりも強力疑惑。いや、広く浅くなのかもしれん、まだ取り乱すには早い。
「扶桑の者たちは、【傾国】の影響を恐れて、女系なのですよ。特に人が無防備になりがちな宿などは必ず女性が仕切りますし、客と接する者はほとんど女性です。地位の高い家の惣領も女性がなることが多い。男性がなる場合は、周囲を女性で固めて、【傾国】にかかった場合に対処できる体制をとります」
美味しそうに磯辺揚げを口に運びながら、紅梅が教えてくれる。
「なるほど」
宿の女将と仲居さん、現実世界でも宿は女性の従業員ばかりなので気づかなかった。そういえば最初の神社も神主に比べて、やたら巫女さんが多かった気がする。
その後、紅梅が酒を飲み始めたので、鯵のなめろう追加。万能ネギと胡麻をたっぷり。味噌のしょっぱさも丁度いい。酒の飲めない私はご飯が食いたくなる味だ。さて、少し歯ごたえのあるものも欲しい――。
「ホムラ様」
杯を置いて、紅梅がこちらを見る。
「ああ」
立ち上がって障子を開ける。
濡れ縁に血にまみれた酒呑がいた。
「おい!」
慌てて部屋に呼び込んで、出来立ての『回復符』を使う。今ならたくさんあるぞ! 元気な時に【神聖魔法】が平気か試させてもらわねば。
「何事ですか? 見るたび貴方は血だらけか、泥だらけ。もしくは、酒を飲んでいるかですね」
「どうした!?」
笏で口元を隠して紅梅が酒呑に言うのと、左近が刀の柄に手をかけ、鯉口を切った状態で飛び込んで来たのが同時だ。鯉口が切られた状態は、刀が鞘から少し引き出され、いつでも抜ける状態になっている、つまり臨戦態勢である。
「うるせぇよ! それどころじゃねぇ! 封印内に何者かが侵入した!」
「なんと」
「ああ、左近。騒がせてすまん、二人とも私の式だ」
「式!?」
「この俺が出会い頭に一撃くらって、追うこともできなかった。ありゃあやばいぜ!」
「いつの間に手に入れたんだ?」
「内裏は?」
「無事だ。それだけ確かめてアンタ呼びに来たんだよ。探知得意だろう? どこに行ったのか分かんねぇんだよ」
酒呑と紅梅、私と左近で話すものだから少々混沌とした。とりあえず左近は、刀を納め、天音にこの騒ぎは敵襲ではないことを伝え、話を聞くために落ち着いた。天音が気づいていて、且つ、右近の側を離れないのはさすがだと思う。左近が酒呑が来た時に、間髪入れずに飛び込んでこなかったのも、先に天音と連絡を取っていたからだろう。護衛対象は右近、私はあくまでおまけなのだ。
「ふぎょ」
「ふぎょ?」
妙な声に閉めた障子を開ける。
「ぴぎゃ!」
鳴き声とともに、どさっと床に落ちる何か。さっきのふぎょ、は咥えてて上手く鳴けなかったのか。
「おかえり、ってさっきの酒呑じゃないが、また血だらけだな」
腕に飛び込んでくるバハムート。そのままぺったり胸にくっつくバハムートに『回復』をかけて、血を止め、【生活魔法】でキレイにして、再び回復。
「黒いの! この気配!」
酒呑が驚愕の声を上げる。
「おぬし、バハムートを放し飼いにしとったのか!」
白が毛を逆立てて驚く。
「自由が一番。いや、閉じ込めておくとストレス溜まって反動が怖いだろう? そっちの方が大惨事だと思うぞ?」
回復を続けつつ、足元を見ると、こちらも血だらけの何か。鬼だと困るからこっちは『回復符』か。今晩は血だらけ率高くないか?
「何を持ってきたんだ?」
「ぴぎゃ!」
「む、もしかして土産か」
「ぴぎゃ!」
ちょっとこの土産、食えそうにないのだが。
原形が怪しいので、とりあえず回復させて、血を落としてみようか。
 




