182.関係者
「すまん、顔を洗いに来ただけだ。他意はない」
くるりと回れ右して無実の主張。
「というか、こんな近いところで水浴びするなら声をかけておいてくれ!」
ついでに苦情も申し述べる。勘弁してください、本当に! 眼福だったけど!
「ふむ、左近がこないということは、僕の調子が悪いわけじゃないね?」
「ここに入って来ておいて、他意が無いわけないでしょう! なんの目的?」
「顔を洗うことだ」
生活魔法でちょちょっと済ませるより、水源があるならなんとなく普通に洗いたい。私の答えに、背後で殺気が膨れ上がる。
「待て本当に……」
キンッ! と音がした。
刺されてはたまらんと振り返れば、視界に入ったのはペテロと天音の、ナンチャッテ忍者刀VS小太刀の鍔迫り合い。天音は全裸で。
「ちょ! どこからわいた!?」
「影から」
「くっ……!」
私を狙った体勢からでは、力負けするのか天音が後方に飛び距離を取る。全裸で。
「真面目に護衛するって約束したしね、想定と違う相手だけど。……解放か、ヘイストお願い」
「いやいやいや? 単なる覗きの断罪だぞ? それも事故だし、誤解だし」
そう言いつつも、ペテロに怪我をされるのも嫌なのでヘイストはかける。いや、いっそ『青竜の指輪・暗殺者の矜恃』の解放を使って一気にいってもらったほうが、お互い怪我は少ないか?
「おのれ! 未熟なくせに、仕えることを許されてるなんて!」
天音の意識が完全にペテロに向いている。全裸は気にしないの? いいの?
影から出てきたのは、受け取った時にあまり聴いていなかった『暗殺者の矜恃』の能力か。ずっと影の中にいたのか!? とか一瞬考えたが、天音の仕える云々の反応は、天音もこの効果を知っていてのことだろう。いや、もう全裸の方が気になって考察どころじゃないのだがな! ペテロがスルーなのはロリコンセンサー範囲に入らないからですか?
着痩せしてたんだな、小柄なのに胸が。揺れるというより、ペテロと剣を合わせては離れる動作が速く、それに合わせて胸が動く。ペテロも天音も力くらべは苦手なようで、お互い打ち合っては離れてを繰り返している。人対人の戦う姿をまじまじと見ることが、闘技大会の画面でしかなかったので新鮮だ。……ってそうじゃない。
「おい、右近止めろ」
「楽しそうだけどね」
右近は水から上がって、服を着ている。上着を羽織りながら天音に声をかける。
「天音、服をきなさい。風邪をひくよ?」
間違ってないが、斬り合いはいいのか、斬り合いは。
右近の言葉に剣を引く天音を見て、ペテロも剣を収める。
「……っ! 覚えてなさい!」
「勝ったら秘伝よろしく」
ペテロは戦ってる間にちゃっかり取引を持ち出していた模様。
「わかってるわよ! ちょっと、ホムラ、これを身につけて。私が貴方の命を取る代わりにこれを取るわ! 守り切ったらこの未熟者の勝ちよ!」
「わかったから服を着ろ!」
「ふん、こんなことを気にしていたら守るものも守れないわ」
気にしてください、頼むから。緋色の綺麗な組紐を受け取った。
「えーと、私も応戦したり逃げたりしていいのか?」
「もちろんいいわ。期限は、フソウに着いてから七日よ!」
「はい、はい」
服を着ながら言う天音にペテロがおざなりに返事をする。
「本当に私も参加していいのか?」
いざとなったら空に逃げますが、本当に大丈夫ですか?
「いいって言ってるでしょう? ハンデよハンデ!」
「保険ですよ、保険」
組紐を腕に結びつつ確認すると二人から返事が来た。
「で、君はどうやって入ってきたんだい?」
右近が面白そうに目を細めながら聞いてくる。尋問タイムですが、正座はしていません。どうやら、無実の訴えは聞き届けられた模様。
「何が?」
「無自覚で結界内に入ってきたの?」
「結界……」
「ここには僕が、女人しか場所の認識をできない【結界】を張っていたんだけどね。影をくぐって境界を越したペテロと違って、君はどうやって入ったのかな?」
結界をスルー……。…………。あったねそんな称号も! つい最近もらったね!!!
マント鑑定結果【これが【天地の越境者】の能力……っ という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
いや、まって、それじゃ覗きに便利な能力みたいだから!!!
「すまん。私、結界素通りする称号があってだな……」
真面目に結界の存在に気付かず越境しました。
「また変な称号手に入れたんだ?」
ペテロ、変な称号って言わないでください!
「右近様の施した【結界】を越えるなんて……、信じられないわ」
「実際こうして越えてきているしね。【結界】も壊されたわけでなく機能しているし、入られた違和感は今もペテロの分しか感じないよ」
「そんな……」
右近がいい音を立てて拍手を一つ。
「妙な感じがなくなったね」
ペテロが辺りを見回す。
「右近さ……、右近が【結界】を解いたの」
【結界】を解いた途端に、天音がおしとやかモード。
「ホムラがこのままフソウへ行くのはまずいかな。社殿もそうだけれど、貴人の屋敷は結界で奥と、客が出入りする表を分けているところもある。軽いものだけれど、破る能力があっても、立ち入らないのが礼儀なんだけどね」
はい、【結界】そのものが有るか無いかも分からなかったので悪意なく入り込みそうです。
「普通は【結界】の存在に気付かないようでは、【結界】を破る能力もないから、問題ないはずなんだけど」
私の称号が迷惑をおかけします……。ぐふッ!
「どうすれば……、移動する時は誰かについててもらうしかないのか?」
ルバは鍛冶修行に行ってしまうだろうし、ペテロも忍術探求コースだろうし、私も自由に食べ歩きたい。
「僕でよければ基礎くらい教えるけど?」
「右近!?」
「【結界】を使えるようになれば認識も出来るようになるだろ。【結界】が習得できるかできないかはホムラ次第だけど」
「よろしく頼む」
あわあわしている天音に止められる前に、お願いしてしまう。待望の【結界】ですよ!!!!
「天音様、ここにいらしたのですか。右近、ふらふらするな、朝食を食べて出立だ」
「わかった」
そういうことになった。
そういうことになったのだが。
「右近は何故ホムラの騎獣に?」
「【結界】の手ほどきをすることになってな。移動中に教えるのに便利だろう」
右近が、白虎の上、私の前にいる。
「初歩なら私が教える。破廉恥だろう」
やっぱりそう思いますか、左近さん! 結界を張るのに手の動きがいるようなのだが、前方の右近が私の手を取って実際に動かしてくれるものだから、後ろから抱きつくような体勢でですね! 困るのだが。何が困るかって、密着もさることながら、腹側に隙間がなくなった黒が背中に回っていてくすぐったい! 腹は平気だったが背中はダメだ。密着した状態でモゾモゾできないだろう? くすぐったいのを我慢する苦行がですね……。
「男同士で密着するのもどうかと思うよ?」
「右近!」
右近が微笑みながらからかう。アルカイック・スマイル発動みたいな何かだが、内容がひどい。
「左近、いいんじゃないかしら」
「天音様……っ」
「その方が私と左近の二人に見えるわ」
言い募ろうとしたのをやめて、こちらを見る左近。
「僕が言い出しっぺなんだけどね……」
右近は今までの装いの上からローブを着ており、はたから見ると、フソウの関係者は天音と左近だけに見える。しかも時々私の手を取る右近の様子は遠目にはイチャイチャしているように見えなくもないだろう。カルドモス山脈の渓谷を騎獣で走る今は、他に声を聞かれる心配はなさそうであるが遠目に見られている可能性を考慮して、水浴びの時に天音と右近で決めたのかもしれない。
ちなみに左近がずっと"天音様"呼びなのは、とっさに呼び換えられる自信がないため、フソウに入る前までは普段から様付けと決めているそうな。本人曰く、臨機応変は苦手だそうだ。
時々襲ってくる魔物を振り切り、時々戦闘をしながらカルドモス山脈の渓谷を走り、巨大な岩の割れ目のような洞窟を抜けることで山脈をつっきり、しばし走る。ペテロの投擲が私の投擲のダメージと雲泥の差があるのだが……。
《スキルリストに【結界】が追加されました》
「あ、出た」
「何処だ!?」
「前方だ」
いや、【結界】が、と言おうとしたら敵も出た。左右の崖から馬に乗った鎧姿の六人が、滑り降りるようにして現れ、道をふさいだ。馬、器用だな、と思ったが、馬は馬でもこの世界の騎獣なことを思い出す。
「やあ、初めまして。私はアグラヴェイン、君がフソウの天音様だね? 一緒に来てもらえるかな?」
「何処へですか? 私はこのとおりフソウへ帰還の途次です。お望みに添えそうにございません」
鎧の男は、否やは言わせる気がないらしいが、思いの外礼儀正しく騎士然として振舞う。
騎士然? ……アイルと争っているカルドモス山脈、九尾の身外身。御家騒動かと思ったら九尾関係か!!!
ペテロ:円卓の騎士がでてきたんだけどw 関係が謎すぎるww
ホムラ:すごく心当たりがあります。関係者に倒していいか聞いていいか?
ペテロ:どうぞ〜。魔法使いのフリも、もういいかな? ルバは解決したみたいだし、私は天音から言質とったからwww
ホムラ:はいはい
天音とアグラヴェインと名乗る騎士が、駆け引き会話をしている間にガラハドたちにメール。ペテロの反応だと、アグラヴェインが円卓の騎士に出てくるのか。
「アグラヴェイン様といえば、帝国の騎士の中でもそれなりのお方と聞きます。何故こんなことを?」
「ここで詳しく語る必要はありません」
ペテロと話している間に、天音とアグラヴェインの交渉は決裂、騎士たちが一斉に剣を抜く。騎獣を降りた左近が抜刀。左近とホップが、逃げるようこちらに目配せしてくるが、すまん、メールが途中だ。
ホムラ『アグラヴェインと名乗るのが、道中出てきて戦闘前なんだが、倒していい?』
短い文面をガラハド、イーグル、カミラ、カルへ一斉送信。それぞれの返事がすぐに来た。
カル『騎士が主に、ですか』
ガラハド『ちょっ、ちょっ、待て! 待て!』
カミラ『フル装備見るの二回目だわ〜』
イーグル『……、ホムラはガラハド呼べたよね? 今すぐガラハドそっちに!』
何だか慌てている様子。ガラハドの返事は本当に私宛か? とりあえず呼べというので、今まで使ったことのなかった強制呼び出しを使用する。相変わらずイーグルの方が私の称号やらなにやらあれこれ把握している気がする。あれ、これでいいのかな? これか。パトカの何処から選ぶのか、もたもたしつつも呼び出すことに成功。
「ストーーップ!!!! 早く剣を収めろお前ら!」
「なっ!?」
私の正面に転移の時の空間が裂けるような光が現れ、消えた場所にガラハド。だいぶ急いだようで、部屋着なんだが。タンクトップに紐で結ぶ柔らかい布のズボン姿、おまけに裸足。そんな姿で叫ぶ。突然の闖入者にポカンとするフソウの方々。すまんな、まさか私もパジャマ兼用装備で現れるとは思っていなかった。
「ガラハド!? 何故ここに!?」
帝国騎士の皆様もざわついているが、幸いなことに格好にツッコミはない。
「いいから早く剣を収めろ!!」
「貴様、帝国を出て何をしていた!?」
「言い合いしている暇はねーんだよ!!」
「抜けた貴様の指図は受けん!」
しばし押し問答をする、ガラハドと騎士たち。
「ぎゃああああああ!!! もう来た!!!!! 早ぇよ!!! アルバル転移の特権使いやがったな!?」
空を見てガラハドが悲鳴をあげる。
ガラハドの視線の先を見れば一個の点がどんどん近づいて、すぐに天馬に乗った人だとわかる。白馬の騎士ですかそうですか。うわぁ派手、うわぁ……。
「跪け、愚か者!」
白に青い裏打ちのマントをなびかせて空中で停止したカルが、剣を振り下ろしながら言う。空を切った剣が止まると同時に、騎士たちがぎこちない動作で一斉に膝をつく。
「ジジイッ!! 俺まで巻き込むんじゃねーよ!!!」
空に向かって叫ぶガラハド。ガラハドまで膝をついている、帝国の騎士に跪かせるスキルでもあるのだろうか?
跪きながらもカルを睨む騎士の面々。展開に愕然としているフソウのメンツとペテロとホップ。ペテロの視線がゆっくりこちらに向く。その視線から逃れながら、全力で私は関知していませんよ、の態度をとる。ウィンドウを開いて【結界】取得の作業をしてみたり。
今から他人のフリしちゃダメだろうか。
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・増・
スキル
【結界】
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