181.隠し事
「いやあ、エイルは厄介ですねぇ。あの速さで来られると、護衛をお願いしていてもヒヤリとすることがあるんですよ。今回は安心でした、ホムラさんが魔法を使われるのに驚きましたが、護衛の方もお強いですね」
そう、ペテロはともかくルバが強くて驚いた。いや、ちょっと待て、私の職業なんだと思われているんだ?
「私は……」
「おい、貴様」
「ん?」
訂正しようとしたら左近に話しかけられた。
「その剣は飾りか?」
「左近さん、ホムラさんは料理人なんですから……」
「いや、そうではないんだが。……護衛は初めてでな。人の方を斬ってしまいそうで、怖くて抜けなかった」
私の左近への返事とホップの仲裁が被った。やっぱり魔法使いならともかく、料理人認識だったのだな。
「ふん! 天音様を傷つけてみろ、ただでは済まさん。ちょっとこっちへ来い!」
あれか、初心者が冒険者ギルドで絡まれる的あれなイベントか。体育館の裏へ呼び出し的な。慌てるホップを背に左近について行く。断って道中また絡まれるのも面倒だし、今付き合うことにした。
などと思っていたのだが。
「丹田を意識しろ! 最初はゆっくりでいいから太刀筋は正確に!」
指導を受けました。
《必要ステータスを満たし、『八刀』の指導を受けたことによりスキル【紅葉錦】を取得しました》
……。
いい人だな左近。うっとうしいから、返り討ちにしようとか思ってすまなかった。【紅葉錦】は刀・刀剣スキルで、敵にダメージを与えるとともに、自分を含む味方の一定時間MP継続回復。回復は、ごく少量ずつだが、アライアンス規模で効くようだ。何人かで使ったら結構な量の回復になるのかな?
そして『八刀』と言うのの一人か。名前からして強そうだ、返り討ちどころか歯も立たなかったかもしれん、反省しよう。
刀剣使いより、ダメージの大きな大剣使いのプレイヤーが多いのだが、日本刀が出回れば使い手は増えるのではないだろうか。大剣が多いのは、見た目がインパクトがあって格好いいのと、やはりパーティーで役割分担固定が多いからだろう。スピード重視の双剣使いも増えてきたと聞くが。
「……刀剣と刀の違いはあるものの、筋は悪くない。実戦が足らんのか? それとも……」
スキル取得のアナウンスとともに剣を納める左近。こちらを見ながら何かを考えている。
「人を斬るのが怖いと言っていたな? 魔法で殺すのも剣で殺すのも、相手にとっては一緒だ。割り切れ」
「いや、」
味方を斬りそうなのが怖いだけで、敵は斬れる、と続けようとしたところでクラン会話。
ペテロ:もう遅いかもだけど、三人組の正体がわかるまでは、魔法使いのフリをお願いします。
ホムラ:ん?
ペテロ:せめて全開にしないでね。ルバも同意見。代わりに真面目に護衛するからw
ホムラ:はーい
ペテロ:ルバにも何か事情あるっぽいね。
ホムラ:ところで、左近がうっかりいい人だったんだが。
ペテロ:www
どうやら三人組の正体が判明するまで、警戒してゆくようだ。というか、私でなくルバと話してるのはなぜだ! ……はい、私がホップと右近と話してたからだな。鍛冶の話をするフリしてフソウの三人組を怪しみ、警戒する方向で話がまとまったのだろうか。あれ、もしかしてエイルがやたら上から落ちてきたのもワザとか?
「む、天音様がお呼びだ」
話しかけたこちらに構わず、スタタタタと走って行く左近。これさえなければ……。いや、私が気付いていないと思って、撒いた餌にかかるか見ているのか?
ホムラ:腹の探り合いが面倒に思えてきたんだが
ペテロ:天音の正体つかむまで待ってw すごく同類な気がするからw
ホムラ:ペテロの同類……
暗殺者ですか?
ペテロ:忍者系だと嬉しいんだけどww
ホムラ:ああ、日本だしありそうだな
面倒だがここはペテロの職業選択のために協力しよう。正体をつかむこと自体が取得のフラグなのかもしれんし、そうでないかもしれん。何にせよペテロ主体で動こうと思いながら、左近の後を追って歩き、みんなの元へ戻る。
ここは一種の安全地帯だ。エイルの生息域を抜けると、森の雰囲気も明るく変わり、時々人の手が入ったことを示す、平らな面を晒した石が混じる。その中心には崩れた石壁に囲まれた水源があった。もっともそこから溢れる水はしばらく細い流れを作った後は、地面の下へと浸み消えて、エイルの住む森には届いていない。どこかでまた地表に顔を表す伏流水になっているのだろう。
「うーん、この石壁に刻まれてるのが魔物除けで、水を通して行き渡らせてたのかな?」
ペテロが水源の石壁の苔を払うと、複雑な紋様が姿を現わす。
「石も特殊だったのかもな。この水、結構冷たいな」
今現在は鑑定すると【朽ちかけた石】の表示だ。
マント鑑定結果【大地のものは大地に還る という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
『天地のマント』が言うといささか不穏な気もするが、今までで一番まともな鑑定結果だった気がする。
「古い拠点の名残のようです。国か神殿か……。この周辺に失われた神の神殿があるという古い伝説もあります。昔は栄えた場所だったのかもしれませんね。もうだいぶくたびれて狭い範囲しか残っていませんが、一夜を明かすには十分でしょう」
ヴェルスの神殿ですね! もうすでに行った後なのでヒントはペテロに進呈します。
水源の側はいささか冷えるので、野営は少し離れた木のたもと。今回は一晩過ごすのでガラハドたちが使っていた固形燃料と薪を併用。固形燃料同士の上に網を乗せてバーベキューにする。
甲殻海老を背から殻ごと半分に割ってワタを取り、塩胡椒。殻ごと網に乗せて、パセリとにんにく、オレガノ、一味唐辛子、オリーブオイルを混ぜたものを塗りながら焼く。串に刺したハーブを擦り込んだマルチキ、ネギとマルチキのねぎま。パン、野菜スープ。
「ビールお願いします」
「はい、はい」
ペテロにビール、ルバにウイスキー。
「うまそうだな、金は払うし、使えるかわからんが食材も渡すから混ぜろ」
「ぜひ私も」
右近とホップが寄ってきた。
「私も……」
「天音様!」
当然残りの二人も来る。
「構わんが、食えるのか?」
時代劇のイメージで、肉は食わないイメージが。まあ、なんとなく来るような気がして、鳥にしたのだが。――そういえば鶏肉も肉なのに、肉だと言われて想像するのは牛・豚だよな。
「四つ足でなければ平気だよ」
「臭気の強いものは避けていただきたいです」
「天音様!」
ニンニク却下かな?
説教じみたことを言いながらも、フソウ組の作った焚き火を移し、薪をこちらに運ぶ左近。人数が増えたので固形燃料を出し、網も増やす。海老に塗るオイルからニンニクを抜いたものと、ナヴァイ貝の蝶番を切って追加で網に並べる。玉ねぎをホイルで包んで焚き火に投下――ホイルはお茶漬に頼んで作ってもらった。
「天音たちの付き合いは長いのか?」
「貴様、天音様を呼び捨てに……っ!」
「ええ、幼い時から一緒ですわ」
ニコニコと天音が答える。
「そうか……」
「態度を改めよ!」
「もういいよ、左近。どうやらあの一派とは関係ないようだ」
両手を挙げて言い募ろうとする左近を止める。お手上げの意味もあるのだろう。
「だが、右近!」
「私の方が上席なのもばれてるよ」
「な……っ」
右近の視線が私に移るのを追って、天音と左近の視線が突き刺さる。
「いや、まあ、行動の主導権がどう見ても右近にあるしな。天音が毒味してるし……、左近は知らないのかと思ったのだが、な」
最初はうるさいだけの狂言回しなのかと思っていたくらいなのだが、どうやら違うらしいので。先ほどの質問で、右近の方が地位が高いと知った上での行動だったと確認がとれた。左近よりも天音のほうが迂闊すぎる。
「私、私のせいで!?」
大ショックみたいな顔で固まっている天音。
「最初は名前も取り替えているのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい?」
「ふふ、僕は右近だよ。左近は乳兄弟だ」
「右近様……」
「家に着くまではただの右近で」
態度を改めた左近に、右近が目を伏せて告げる。自由人かと思えばどうやら"束の間の"と、頭につくようだ。男名前なのもなにか事情有りなのだろうか。
「申し訳ないけどもう少し、『天音様』に付き合ってもらえるかな? ちょっとフソウに戻る前に目処をつけておきたいことがあってね」
「巻き込んですまないが、私も天音も敵に遅れをとることはない。もし敵が現れたらホップ殿を連れてさっさと逃げてくれて構わない。その時は、できれば右近も……」
「左近、言い出したのは僕だよ」
フソウ組にはシリアスな事情がありそうだ。政争系はノーサンキューなんだが。
「ホップ殿にも何も聞かないで付き合ってもらっている。君たちも聞かなければたまたま一緒になっただけの旅人だよ」
私からペテロ、ルバへと視線を移しながら、同意の確認を取るように右近が言う。
「付き合う代わりに聞きたいことがある」
予想外にルバが口を開く。
「なんだい?」
「フソウでは七、八十年前の政争は続いているのか?」
「北家と西家のか。あれは西家の冤罪が証明されて、北家の嫡男が粛清されている。今は他も含めておとなしいものだ」
右近の言葉にホッとしたような表情になるルバ。西家を聞くまでの一瞬で、ホッケの開きを想像した罠、和食の朝食が食いたい。
「何か事情があるようだね? 君はフソウの出とは思えないけれど」
「巻き込みそうな詫びに私にできることならとりはかろう。西家絡みなら役に立てると思う」
左近が申し出る。ルバがこの三人に慎重な対応をしていたのは、過去の政争を引きずっているか危惧していたせいか。
「これを家族に返したい」
そういってルバが懐剣を出す。
「……琴柱三つは西家の分家紋だ。雲雀様と会ったのか?」
「いや、その息子だ。オレの友だった」
「紋だけでよく分かるね」
ペテロが言う。
「先の政争で行方が分からない西家の者は、雲雀様だけだ。――私の祖母、燕の妹だ」
左近が自分の刀から小柄を抜いて差し出す。日本刀の鞘には小柄と笄がくっついているのだが、フソウでもそうらしい。あ、いかん、柄袋――旅に出る時や天候の悪い時、刀の柄に覆いをする袋――はナニに使うコトもあるからいいモノ買えよ、とかいう時代小説の余計なセリフ思い出してしまった。
「本家、か」
差し出された小柄の柄には、琴柱が五つ花びらのように丸く並んでいた。
「受け取れ」
ルバが懐剣を差し出す。
「いや、貴方から祖母に渡してくれ。息子さんはもう?」
「ああ、五年前に故郷から緑竜を追い払って。初めて会った時は、人の工房にいきなりやってきて、刀の修繕を押し付けた挙句、"鍛冶屋には見えん。早朝に剣の素振りでもやってそうな顔だ"だと。気づけば結構長い付き合いだった」
昔を思い出したのか、懐かしそうな顔で話すルバ。鍛冶に打ち込むいつもの様子を知っているからあれだが、今も鍛冶屋よりは剣士に見える。
左近がルバに黙って酒を注ぐと、ルバが受けて飲み干し、空になった器を見ながら友の話を語る。どうやら、友と一緒に戦えなかったことが、長らくルバの悔いとなっていたらしい。
ペテロ:ルバのイベントだったの?
ホムラ:ルバはフソウで鍛冶修行だと思っていたが、イベントだったようだな。
ペテロ:私、置いてきぼりなんですがww
ホムラ:すまないねぇ
ペテロ:ところでその懐のは何?w
ホムラ:パルティン山で保護したミスティフ
ペテロ:白いのの仲間か
ホムラ:そそ
ナヴァイ貝に醤油を垂らした匂いに釣られたのか、懐から黒が顔を出している。白と違って物質の世界に引っ張られた後は、栄養も普通の食事からとなっているらしく、黒はなんでも食べる。それにしてもパルティンに言い寄っている竜は、二匹とも会ったら倒すリストでいいかな。
亡くなった経緯を話す時はさすがに沈んだ様子だったが、その後のルバが話す友の話は、一緒に馬鹿をやった時代の明るい日常の思い出が主だった。友の死を乗り越えることはできているらしい。
ルバの話を聞きながら夜が更けてゆき、それぞれ眠ったところで、ペテロと交代で休憩ログアウト。
あ、天音はずっと「私のせいで……」とやっていたのを、私がスルーしていただけで、ずっと右近の傍にいました。最終的に右近になだめられた模様。
「きゃあっ! 右近様!!」
「おや、のぞきか?」
……朝、顔を洗いに来たら二人が水源で沐浴中。いや待て、これ私が悪いの!?
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・増・
スキル
【紅葉錦】
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