180.矢継ぎ早と生産職
荷馬車でどこまでも行くと思っていたのだが、アルバルからは騎獣だ。ホップはアルバルの中継ぎ店に荷物を荷馬車ごと納入。フソウに持って行くモノは別途アイテムポーチの中で、護衛の三人にも金を払って荷物を振り分けているらしい。ここから先、集落は無く、途中で街道からも離れるとのこと。
アイテムポーチは荷馬車ほど、荷物は入らない。基本、入る数は見た目の大きさに比例する。ランクが高いほど量が入り、耐久度も高いものができるのだが、生産職は手軽なのもあってポーチやカバンなど、個人が身につけるもので発展している。荷車の積載量の増加を手がける職人が少ないため、商人でも拡張されたそれを持つものは少ない。
ホップの騎獣は脚の太い飛べない鳥型だ。湿地や沼地は若干苦手であるものの、暑さ寒さ、森や岩だらけの土地など環境適応範囲が広い騎獣だそうだ。フソウの三人は狼、天音が銀色、右近が金色、左近が青銀と、なかなかカラフル。狼は尻尾のもふもふ具合が素晴らしい、白虎と黒天の尻尾も先だけピコピコと動いていたりと見ていて飽きない。走ったほうが速かったりもするのだが、そこはソレ風景を楽しんだりもふもふを楽しんだりと付加価値が大きいのだ。
――ところで昨夜、寝込みを襲ってブラッシングした黒が、拗ねて口をきいてくれません。
マント鑑定結果【懐にいるなら問題ないだろ? という気配がする】
手甲鑑定結果【……うむ】
視界に入るだけで時々鑑定結果がでるのは何故だ!? ちょっと楽しいので特に必要がない時は、『有無の手甲』を装備している私も私なのだが。本日は仮面無し、『ファル白流の下着』『ヴェルス白星のズボン』『ヴェルナの闇の指輪』ローブを着てしまえば目立たない装備で『天地のマント』の効果を相殺。闇の指輪で下がっているのか、他の二つの神装備で上がっているのか微妙なところ。
「そろそろ道をそれます。魔物が出ますのでよろしくお願いしますよ。でもその前に食事にしましょうか」
ホップが休憩を提案する。街道を外れて森に分け入れば、魔物との遭遇率は跳ね上がる、入る前に休憩をとるのは妥当だろう。
それと同時にもふもふ天国終了のお知らせ。ここの魔物は、速すぎて騎獣でも追いつかれるため、生息域を抜けるまでは徒歩だ。騎獣の上でも剣を振るえるようになりたい気もするが、白虎は戦闘には向いていない。騎獣を降りて、ペット用の装身具に返す前に、白虎にミルクアイスを与える。騎乗の対価はオパールで、呼び出すと同時に与えるのだが、帰還させる前に好物を与えて労をねぎらうことにした。
バハムートは装身具が住処なために、白虎もそうだと思っていたのだが、白虎も黒天も普段はクランハウスにいる。ハウスを所有しない場合、装身具か元いた場所が住処になるらしいが。クランハウスで二匹がくっついて団子になっているところに、菊姫の白雪が混ざると至福の光景である。レオのアルファ・ロメオは警戒心が強いのか、狭いところが好きなのか、ソファの後ろや棚の隙間に詰まろうとしているのが常だ。車庫入れですか? 広かったリビングが一気に狭くなったように感じる。虎二匹は外にいることも多い、シンの武田は元々外だ。お茶漬の黒焼きは時々、黒天にグルーミングされてびくびくしている。
油断しているとペテロの『A.L.I.C.E.』が菊姫によって着せ替え人形にされていたり、レオが持ち込んだおかしなオブジェが増えていたり、私が騎獣をもふり放題していたりするのがクランハウスの日常である。
「ペテロの黒天って好物はどうしてるんだ?」
「保留してるよ。鶏肉で代用、唐揚げ好きみたい」
「では、ニンニク効いていても平気なようなら、マルチキの唐揚げをやろう。ルバの騎獣は?」
「エルドは酒だ。ワインだな」
ニンニクも大丈夫とのことだったのでペテロにマルチキの唐揚げを、ルバにワインを渡す。
街道と森との間に避けて、それぞれ休憩する。フソウ三人とホップは焚き火の準備を始めた、住人はアイテムポーチの中でも時間が進むらしく、簡易に済ます場合はともかく、食事時に火は欠かせない。先に食べ始めるのも何なので、私もなんとなく焚き火の準備をする。四、三に分かれるのはフソウの三人組に他人を拒む壁を感じるからだ。ホップは直接の雇い主なので受け入れているのだろうが、私たち三人とは物理的にも距離を取っているように感じる。
それはともかく、焚き付けには杉の枯れ葉や松ぼっくりなどが油分も豊富でいい感じだ、杉や松のおが屑があったらストレージに放り込みたい。木屑に松ヤニを塗りたくっておくのもいいだろう。ばらけて扱いが面倒だしベタベタしたりするので、私は一回分ずつ貝殻に詰めてある、時々熱で砕けた貝殻の破片が飛ぶが気にしない。空気が通るように石を幾つか並べ、その上に焚き付けを詰めた貝殻を置く。中をつついて空気を含むように少し崩した上に、井桁に粗朶を積み、その上に中位の枝をと、積む枝を順々に大きくしてゆく。下になった焚き付けに着火して完了。
ガラハドたちが使っていたブロックのような燃料も買ってあるのだが、こっちの方が楽しい。収納が有限なアイテムポーチではなく【ストレージ】のスキルがあるお陰で好き放題できる。
本日は暗いうちからの早立ちだったため、焚き火を囲んで宿屋で包んでくれたものを開き、少々遅い朝食だ。モノは二十センチくらいある柔らか目のバケットに、あの名物の肉と野菜を挟んだサンドイッチが二つ。飲み物は持参のものを各々で、ペテロとルバには私が温かいコーヒーを出した。
「異邦人の方は、アイテムポーチ内の時が止まっているというのは本当のようですな」
コーヒーから上がる湯気を見てか、ホップが声をかけてくる。
「ああ、こちらの方のアイテムポーチは熱いものも冷めるのだったか?」
「はい。そのアイテムポーチの現象は、私など行商する者にとってはうらやましい限りです」
にこにこと言うホップ。彼は王都に店を持ってもおかしくはないが、好きで大陸中を巡っているのだとオルグじーさんが言っていた。
「ほう、他の冒険者から話は聞いていたが……。便利なものだな」
右近もこちらに移動してきた、天音と左近の視線が痛い気がするのだがスルーのようだ。
「紅茶でも飲むか?」
フソウ組の用意した湯はまだ沸いていない。
「緑茶が欲しいな」
スラリと伸びた手足、白い肌、朱を掃いた目元。男装も相まって不思議な雰囲気の美人さん。
「それはフソウに行った後だな。そのために行くようなものだ」
なんちゃって緑茶ではなく旨い煎茶が欲しい、茶の木を手に入れねば。あれ、紅茶の木でもいいのか、まあいい。ホップからはコーヒーの希望が出たので、湯気の上がるカップを渡しながら右近に言う。
「遠路、緑茶のためにゆくのか?」
面白そうな顔を隠しもせずに聞いてくる。
「他にも、米、もち米、山葵、蕎麦……」
「日本酒もお願いします」
「日本酒はどちらかというと米と酒麹?」
ペテロのリクエスト、旨い酒を造る麹を分けてもらいたい。紅花油、海苔も欲しい。
「食べることが好きなのかな?」
「うむ」
「ホムラの料理は何でも旨いぞ」
ルバがコーヒーを飲みながら言う。
「ふうん? じゃあ、僕にもコーヒーをくれるかな?」
あわよくば紅茶仲間にしようとしたのにコーヒーの選択である。おのれ僕っ娘め! 『こ』と言うには凛々しすぎるがな!
「右近、先に一口くれるかしら?」
天音が寄ってきた。にこにこと右近にコーヒーをねだる。
「新しく出そうか?」
「いいえ、もう飲み物を飲んでしまった後なの。たくさんは要らないわ」
そして左近の視線が痛いがスルーである。
オルグじーさんとルドルフ料理長の話を聞いて、レンガードだとばれたらヤバそうなので料理は銘を外して数種類作ってある。間違えてレンガードの名前入りを出さないようにせねば。
「本当、美味しい」
天音がカップを両手で包むようにして、ひと口、ふた口。
「おい、僕のだよ」
「本当においしいですな、さすがオルグ様とルドルフ様の口利きを得るだけあります」
ニコニコとホップが言う。
「天音様! どこの誰ともわからない者の料理など……っ!」
青筋立てて左近が怒る。
「うるさいよ、左近。道中の料理屋だって、話したことさえない知らない者だよ。心配しすぎだ」
右近が軽くいなす。やんごとない感じですか? いいのかこんなバレバレで。いや、まあ一応対策はしているのか?
「こう、分からないフリをして欲しいのか、配慮して欲しいのかどっちだ?」
「ごく一般的に普通に接して欲しいかな」
右近に問えば"普通"が望みだと言う。バレている自覚はある模様。
コーヒーのおかげで二つに割れていた旅仲間が一つに……、いや左近の眉間のシワは深くなったが。
森の中。走ってはダメかと聞いて却下を食らった私です。
前回走りながら出会い頭にエイルを斬って捨てていたので、警戒しながら慎重に歩く、というのがむしろ難しい罠。どんどん寄ってくる気配がですね! まあ確かにこの人数で足並みそろえてというのは難しいというか、世の中の護衛任務は護衛対象に行動のペースを合わせるのが当然であって……、よかった初めての護衛クエストがただの同行人ポジションで。
先頭に左近、少し後ろに天音、右近。ホップを挟んで私、ルバ。ペテロは遊撃的な何か。
右近は、さすがに森の中で二メートルを超える大弓の取り回しは難しいのか、半弓より小さいものを使っている。天音は小柄で可憐な外見で格闘士だったようで、右近に近寄るエイルを殴り飛ばし、蹴り飛ばしている。「はっ!」という短い気合声を時々あげながら、くるくるとよく動く。
「和弓は連射には向かんと思っていたが、そうでもないんだな」
和弓は放つ瞬間に"つのみ"を行うことで、真っ直ぐ矢を飛ばす。洋弓は弦の中心に障害物が無いが、和弓は弦の先に弓本体があるため、ズレが生じる。何も考えずに射つとあらぬ方向に飛んで行くため、射手が射った瞬間、弓をどけるのだ。親指の付け根で弓を押すことで自然と弓が回転する。その動作分、洋弓よりも連射には向かないのかと思っていたのだが。他にも放った時の反動を軽減するために、中央ではなく、下から三分の一の場所を握るように作られていたりと違う点は多い、らしい。
和弓の一番の利点は竹製で軽いことか。対してロングボウは直接ではなく三百から四百メートルのアーチで射る、落下時には時速二百キロメートルにもなるそうで、重い矢と細長い鏃によって、馬上のナイトを貫通する……後期は数をそろえるために粗悪になって貫通できなくなったとかいう。ロングボウは重いが距離の利点がある。もっともこの世界の中では、和弓はDEXとAGI、洋弓はDEXとSTRが攻撃力にかかわるとか、そんな違いしか無いっぽいオチが。何事もスキルでカバーですよ!!!
そしてゲームで、強さ以外で武器に感心するのは、武器の造形がいいか、もしくは使う姿が格好良いかである。右近の矢を射る姿は凛として美しい。
「ふふ。【矢継ぎ早】は得意だよ。君も料理人の割に魔法も使えるなんて、それこそ発動も速いし凄いじゃないか」
「いや、私は料理人じゃ……」
違うと言いかけたらペテロに倒されたエイルが降ってきた。当たる前に消えたのだが、なかなかの乱戦。エイルの気配を感じて抜き打ちしようとしたら、ホップが間にいたとか、剣は事故を起こしそうだったので、魔法を使用中。フソウの女性二人は回復を使えるようだが、気づいたら魔法職が居なかったのもある。獣道のような森の中で、大勢で剣を振り回すスペースの確保は難しい。
エイルは猿のような外見をした、素早い魔物だ。地を蹴って飛びかかってくるのはもちろん、木の枝からの攻撃もある。
「ルバ、平気か? ……平気そうだな」
「おう! これだけ人数がいれば一方向だけ気にしてればいいからな」
飛びかかってくるエイルを軽々と斬り伏せている。生産職とは一体……。
そうか、背中は他のメンツに任せて正面を気にしていればいいのか。いや、だが、背中に気配があるとつい意識がそちらにゆく。クランメンツで行くダンジョンは、四方八方から敵が来るというのはそう多くなかった。フィールドで前後左右から、ということはあったがこんなに、一度に、素早く、というのは未経験だ。それでもクランメンツとなら、どう動くか予想がつきやすいのだが……。
ペテロは影から影へ移動しながら、主に頭上のエイルを倒しているらしく、視界の端に映った、姿があった場所とは離れたところに出現したりする。こちらは普通にエイルの速さに追いついて対応している。数を頼みにどっと来られるのは苦手なようだが、こういう敵が他を狙っているような乱戦は得意そうだ。
そしてそのペテロを避けながら、矢でエイルを瞬時に倒せる右近。さすが技の皇帝。
私も今のうちに他に人がいる、という状況に慣れておかねば!
あ、左近は普通に先頭で戦っていて強かったです。ちょっと「天音様、天音様」と五月蝿くて、私が意識から遠ざけただけでちゃんと活躍してました。