179.平和な道中
ホップの荷積を待つ間、オルグじーさんの仲介で、クリスティーナに連れられていった、あのレストランの料理長ルドルフと商談中。
『庭の水』をまた採って来られるかどうか? 可能ならば危険手当プラス、一樽につきいくら出す――的な打診がオルグじーさんを通して来ていた。提示がアホみたいな高額でした、危険手当ってなんだ、危険手当って。私の【庭】は魔境か?
「危険手当はいらんから、ちょっと頼まれてくれんか?」
「なんでしょう?」
身構えるルドルフ料理長。
「これをクリスティーナに渡してくれんか? ――ああ、オルグじーさんと、ついでに貴方にも一つずつやろう」
例の【憑依防止】のアレだ。女性に指輪を贈るのは不味い気がするのでネックレスである、【憑依防止】以外の効果は【スキル緩和】。【スキル緩和】は対象を広く取ったせいで、本当に気休め程度の緩和だ。だが、病死に見せかける系のちょっとずつ効いてくる類が防止できるし、強力な何かを食らった場合は【スキル緩和】でできた、その少しの間で、護衛のコンラッドくんが活躍することに期待。私的に貴族のピンチを想像した結果の付加効果である。
オルグじーさんとルドルフ料理長には無難に【幸運】がついたネックレス。
「これはファストで噂のレンガードの作ですか」
「噂……」
何の噂だ、何の!
「ファガットの王族が、時々料理を手に入れるために配下を並ばせていると聞きます」
何やってるんですか、王族。仕事しろ!
「闘技大会でのことは語り草ですし。アクセサリーや料理の類は趣味なのか、寡作で手に入り辛いそうですね。私も一度は食べてみたいのですがなかなか……。なるほどあの店に卸す食材でしたか」
いや、あの。反応に困るんだが。アクセサリーはDEXに任せて評価10がついてはいるが、そうランクの高いものを作れるわけではない。ズルしてガルガノスデザインのものに差し替えれば、付加価値がすごいんだろうが。
ルドルフは、クリスティーナが断らなければ渡すと約束してくれた。【憑依防止】については何も説明していないが、ファストの神殿で対策を取ってくれているし、なるようになるだろう。
「レンガードか。雑貨屋はともかく、酒屋の方はウチもファストの商業ギルドと交渉中だな。量の確保は難しそうだが、うまくいきゃあ、珍しい酒が定期的にアルスナの流通に乗る」
珍しい酒ってどれだ。こっちはワインとビールが主流らしいが、ほかも普通の酒な気が。あれか時々ガルガノス用の火酒を作りすぎたの出してるやつか?
「では、オルグじーさんが酒を仕入れに来る時に、酒屋で水も一緒に持って行くんでいいか?」
「酒の話は、まだ決まってねぇぞ」
「フソウから戻ったら、ファストのギルドには私からも言っておく。かわりに水の出処が私なのは内緒に頼む」
内緒ごとが増えて行くが、冷静に考えて、完全スキル依存で作る料理でも『水』の使用率は結構多い。代わりにあちこちで色々な水が手に入るのだが、他の生産でも『水』は使うし、すぐオルグじーさんを通じて連絡を取ってきた、ルドルフ料理長の反応と考え合わせても、面倒ごとになる予感がそこはかとなく。
「だなあ、レンガードにツテがあるって知られたら、色々うるさいことになるだろうよ」
え、待って。水じゃなくって何故そっち!? 何かヤバい噂か、盛られた噂が一人歩きしている予感が……。内緒の確約と、ルドルフのレストランにいつでもどうぞの招待をもらった。
商談を終えて外へ出ると、ホップの荷積もちょうど終わって書類にサインをしているところだった。あちこち見て回っていたペテロとルバも戻り、顔合わせ。
「ホムラさん、お待たせしました。おお、これは『ルールズ』の……」
隣のルドルフを見た途端、一オクターブ声があがるホップ。『ルールズ』と言うのはルドルフの店の名だ。二人が話している間に、こちらはこちらで自己紹介。
「今回、フソウへ同行を頼んだホムラだ」
「護衛枠のペテロ」
枠ってなんだ枠って。
「ルバだ、よろしく頼む」
まあ、確かに私+護衛二名のはずが、生産職+戦闘職二人になっている。もっともついてきたいと言われた時に、Aランクの護衛が必要な道中であることを伝えたため、ルバもバスタードソード装備で生産職にはとても見えないのだが。むしろ私とペテロよりも歴戦の戦士に見える気が。
「ホップ殿の護衛、アマネです。こちらはウコンとサコン」
アマネは袴とスカートの中間のような形の服、黒髪を肩甲骨の下あたりでゆるく結んでいる可愛らしい女性だ。
「フソウの方なのか?」
「ええ。よくわかりますね」
アマネが目を丸くし、ウコンとサコンが身構える。三人とも黒髪だし、装備はだいぶこちらに寄せてはいるが、和弓っぽいし、拵えはこちららしく皮の鞘とかだが、形は日本刀だし。名前は右近、左近、アマネ……天音か? ――だし。
「右近さんは、闘技大会の技部門で優勝の人だね」
ペテロが言う。おっと、ということはリング持ちか。それは心強い……いや、知っているリング持ちを思い浮かべると、私を含めてあまり頼りになる気がしないのだが、何故だ。ギルヴァイツアは強いが、まだ迷宮攻略30層あたりだし、バベルとホルスはあれだし。
「ふん、天音様の邪魔はするなよ。こっちはホップ殿の護衛だ、そっちが困っていても助けんぞ」
尊大な態度の左近。眉間に立派な縦じわを持った気難しそうな男だが、天音に絡まなければこっちは放置してきそうでもあるのでまあいいか。
「左近、態度を改めろ。すまない、つつがなく道中を終えるよう協力を頼む」
右近がとりなす。右近も男性かと思っていたが声を聞く限り、男装の麗人というやつらしい。背はペテロと同じくらいなので女性としては高い方だ。
「まずはアルバルを目指すことになります。大通りの騎乗の許可は取っていますので、木火門からでましょうか」
ホップが言う木火門は、タシャの神殿とアシャの神殿の中間方向にある門のことだ。門を出た道はアルバルへと続いている。ほとんどの王都が、城周辺を除いて馬車の邪魔にならない範囲で、許可を取れば大通りのみ、騎獣で走れる。馬車の護衛が徒歩では具合が悪いからで、それ以外の許可はなかなか降りないらしい。
そういうわけで白虎を呼び出す。ブラッシングでふくふくですよ、ふくふく。長旅に備えた餌やりもバッチリだ! 乗り心地? レーノに比べたら雲泥の差なので上げていません。ルバとタンデムになると思っていたが、彼も騎獣持ちだった。硬い外殻持ちのドレイクタイプで、ルバが採掘持ちはやや角度のある岩山の地形も平気なこのタイプを選ぶ者が多い、と教えてくれた。
「何か、捕まえた時よりも毛並みがよくなってないかい?」
「もふもふですよもふもふ。後で黒天も、ブラッシングでもふもふにしてやろう」
「何だか卑猥な印象を受けるので遠慮します」
「ひわ……っ! 人聞きの悪い!」
などとペテロとやり取りをしつつ。
長旅になりそうな割に、昼近くに出たので拍子抜けしたのだが、アルバルに一泊なのだそうだ。アルバルまでの道中は何事もなく、まあ、結界内の街道を来たので当たり前といえば当たり前か。天候に恵まれて、荷馬車の速度に合わせた白虎に揺られていると気が抜けて困る。そういえば素直に街道を通った経験も少ないような……。
アルの助言に従って、待ち合わせ前にアルスナの冒険者ギルドに行ってみた。ありましたよ、使わないスキルをアイテム化する窓口が。スキル石に戻してくれるのかと思ったら、宝石やら鉱石だった。元のスキルの属性や効果と、同系統の素材に変換されるようだ。
育てたのは勿体無いし、大して育っていないけれど、リデルに覚えさせたスキルはリデルのも消えたら目も当てられないので結局変換は冷やかしのみ。転職して上限消えとるしな。
そしてお隣に、経験値変換窓口が。石版に手を置き、経験値を支払って任意のスキルを育てる石版に変える……。石版で育てられるのは無限ではないのと、ブランクの石版が馬鹿高い。何か、余剰経験値があるとかで、受付の笑顔の美人の口車に乗って、【魔物替え】の石版を作ってしまった。もう一枚何か作れそうなのだが、【魔物替え】の二枚目には届かず。そう、同じスキルに対する二枚目の方が支払う経験値も金も高いのである。そしてスキルレベルによっても上がるという鬼仕様。二枚目からはスキルによっては普通にレベルを上げた方が早いのではないだろうか。
とりあえず二枚目を作るのは保留した。そっと隣に設置されていた商業ギルドの委託端末から預けていたシルを引き出したわけだが、この配置はあれですね、シルを使わせる気満々の配置ですね。そういえば、ネットゲームはどうやってゲーム内通貨を回収するかが課題になる、とか聞いた気も。ストップ経済インフレ!
白虎に揺られつつ、少なくとも冒険者ギルドには真面目に顔だしして、情報を収集しないといかん、と思っているうちに、アルバルに到着。馬車の前の護衛を天音――この漢字で合っていた――たちが請け負い、私たちが後ろにいたため、彼女達とは少ししか交流がないままだ。
道中は、ルバの騎獣『エルド』が思いの外速く、シャカシャカと走るのが物珍しくて面白かったくらいか。世は事も無し!
アルバルでの宿はホップがすでに手配してあり、一階が飯屋になっているそこそこ大きなところだった。飯屋として人気で、酒も出すが、宿泊客への配慮で早めに閉めるため、日が落ちる前に滑り込まないと混むとホップが自慢げに言う。
「アルバルの名物は肉の網焼きですよ」
「網焼き?」
ホップが視線をやる先を見れば、カウンターのすぐ後ろに壁に沿って長く網が設けてあり、肉がのせられ脂が落ちるたび、じゅうじゅうと音を立てている。
肉を焼くのは堅いエラという木の薪だそうだ。この木は焼くと細かく砕け、香ばしい匂いの煙を出す。料理人が壁と網の間の隙間に薪を投げ入れれば、その衝撃で下に溜まった細かい炭が網の下へと崩れ、流れ込んでゆく。乱暴なほどの豪快さは、炭を満遍なく行き渡らせるために必要な衝撃のようだ。失敗すると時々火掻き棒で炭を均しているのはご愛嬌。
網の上の肉の味付けは塩のみだが、口に含むとエラの木で燻されてついた香りが、それを追って肉汁が広がる。
「旨いな」
なんの肉か知らんが、旨い。これは後でエラの木を手に入れねば。もっとも料理人が豪快に肉を焼く姿も楽しいので、ここに食いに来るのが正解かもしれん。
「酒が進む」
「まったくだ」
嬉しそうなペテロとルバ。肉の燻され具合がビールとよく合ってたまらないらしい。ペテロは【細工】――たぶん【暗器】も――に進んだため、ナイフなどの小型武器に特化しているのだが、ルバから【鍛冶】や刃を立てる時のコツなど色々聞き出している。【鍛冶】持ちでない私は蚊帳の外だが、まあ聞いている分には面白い。ホップからアルバル他、アイルの都市の見どころ聞いたり、商売で行ったマイナーな土地の話も聞いた。そのうち私もこの世界をくまなく周ってみたい。
天音達は口数が少なく、天音と右近がニコニコとこちらの話を聞いているだけだった。この三人も何か訳ありっぽく見えて仕方がないのだが、平和な道中、事件に期待しすぎだろうか。