178.旅は道づれ
雑貨屋の三階でフソウ行きで留守にする間の販売分を生産する。どれくらいかかるかわからんので、たくさん生産しよう。フソウに転移門があれば行き来も楽なのだが、商人が海竜を毎回気にしているということは期待ができない。あるとしても一般人使用禁止なのかもしれんし。
二階のカルたちを起こしてしまうのも悪いし、気を使うのも面倒だ、早く生産設備を【家】に一式揃えよう。
『声』の件もあるので暫くは【庭】で寝る方向ではあるが、【家】の手入れは着々と進んでいる。台所はすでに設備を入れていたのだが、暖炉に石釜オーブンがついたような設備に変更。『アシャの火』を使うためには魔法レンジと言う名のIHは邪魔なのだ。合わせて多少アレンジしてあるものの、ミキサーやらファンタジーにあるまじき設備を排除して、古式ゆかしい感じに変更した。
好みのレシピに調整する際に少々手間がかかるが、まあ登録する時だけだし見た目重視! 現実世界では絶対使わない、ハーブ包丁とまな板などが並ぶ台所となった。
台所の隣に食事のための部屋、島の外円側へと続く玄関、それに続く居間、隣に書庫、寝室。ミスティフたちの住む内円の中に面した、こちらは窓のある明るい居間、ゲストルーム、風呂等。二階が増やせるように階段をつけるためのスペースも確保。分厚い石の壁に床、壁と壁の間には空間があり、各部屋につけた暖炉の排気熱が巡るようになっている。これはトリンのオススメ、暑い時期には調理用の暖炉の排気は真っ直ぐ外へゆくよう閉じ、使わない暖炉に氷の魔道具を突っ込むのだそうだ。石の材質は蓄熱性の高いもので暖かくすれば暖かいままに、冷やせば冷たいままを暫く保つ。
【石工】なんか持っておらんのでこの辺は購入したものだ。腰板をつけたり、窓の種類を変えたり少しずつ手を加える予定。二階の前に地下室を作って生産部屋にしよう。予算に頭を痛めず【家】を好きなようにできるのは楽しい。ああしようこうしようと考えている今も楽しいが。
ニヤニヤしながら真面目に生産しているとクラン会話。
菊 姫:こんばんわでし〜。レオ、インフルエンザで今日からしばらくお休み〜
お茶漬:ぶっ!
ペテロ:www
ホムラ:お大事に。
インフルエンザは新しい薬ができて、新しい型のウィルスが登場して、と追いかけっこを繰り返している。薬で熱はすぐ下がるが、今年のインフルエンザは咳が残るので二、三日は無理だろう。
シ ン:ただいま〜! レオ、インフルだって。
ホムラ:おかえり〜、そうだってな
ペテロ:おかおか
菊 姫:おかえりでし
ログアウトしたらメールを見よう。レオから近況が来ているはずだ。
お茶漬:ここでお知らせ、闘技場のバグ修正されちゃった
ペテロ:www
シ ン:なんだ?
お茶漬:闘技場でプレイヤー同士でスキル上げできなくなり申した
ペテロ:PvPじゃ経験値も入らないみたいだしw
ホムラ:闘技場のスキル上げってバグだったのか
お茶漬:レベルの方はわざと負けが横行すると困るんでしょ
ペテロ:おとなしく風の寵愛持ちが揃った時に迷宮のゆるい敵行こうw
お茶漬:どこか行きたいところある〜?
菊 姫:あ、拾うダンジョン行きたいでし!
ホムラ:拾うダンジョン?
ペテロ:ナヴァイの北にあるダンジョン?
菊 姫:そうでし
お茶漬:このメンツでいけるっけ?
菊 姫:運が良ければでし?
シ ン:なんだなんだ?
ペテロ:『捧げし者のダンジョン』だね、敵と戦わないことも可能で、一階層ごとに祭壇にお題のアイテム置くとクリア
シ ン:へー
お茶漬:敵が目的のアイテムじゃなくて、生産素材しか落とさない場合もあるんで、戦闘職オンリーだと進めないこともある鬼畜ダンジョン
菊 姫:アイテムポーチ使えないから注意でし
ペテロ:釣りもあるから、シンがんばってw
シ ン:おうよ!
「入った途端にあるのか」
敵と遭遇する前に鎮座する祭壇。
「"短剣を三本捧げよ"だね」
ペテロが祭壇の下に置かれた箱を開け、お題を口にする。中に入っていたのは、お題と、五度までと使用制限がついた鍛冶用の生産装備。箱を開ける前に祭壇を起動させると帰還できるそうだ。
「私でいいかな? お茶漬やる?」
「おまかせ」
鍛冶持ちなのはペテロ、お茶漬、シン、留守のレオだ。シンは生産にはほとんど手をつけていないそうだ。
一部屋目の敵は弱いので三々五々別れて敵を殲滅しつつ、採掘ポイントをトンカン。元々持っていたアイテムポーチの中の物は使えないが、ダンジョン内で得た物であれば使用可能。
「敵から短剣一個でたぞ〜」
シンが掲げた短剣をひらひらさせながら戻ってきた。
「こっちもでたでし」
「結構出るんだな」
私は短剣そのものは出なかったので、ペテロに拾ってきた鉱石を渡す。
「まあ、最初だからね」
《銅鉱×4を手に入れました》
《鉄鋼×4を手に入れました》
受け取ったペテロが短剣を一本製作し、ドロップしたものと合わせて三本を祭壇に置けば、アイテム取得のアナウンスとともに、祭壇の背後にある扉が開いた。捧げた短剣はもらえないらしい。
余った素材は持ち帰り可能で、進むにつれ高ランク素材が手に入るため、生産職に人気のダンジョンなのだそうな。敵に気づかれない様に採掘したり採取をしたりとなかなかスリリングに過ごしているらしい。ただし、祭壇に捧げる物を失敗すると何もなしで外に放り出される。
「進めば進むほど、箱を開けるのが博打になるのか」
なんかちょっと嬉しそうに言うシン。博打本当に好きだな、貴様。
「掲示板に、メガネで詰んだ! とか書き込みあったよ」
「ここも迷宮と一緒で、五層ずつマーキングできるから、お題はランダムだし、自分に作れるお題が来るまで気長に開ける方向で」
ペテロとお茶漬は安定の知識披露。
「そういえば、明後日の昼から『フソウ』という、多分日本的な島に行くんだが、先着二名様誰か行くか?」
「どんな強さよ?」
シンが興味を示す。
「さあ? でもアイルの北東か北北東辺りを抜けてくかな」
「あそこの猿の先とか、無茶言わないでください」
ペテロは猿と戦ったことがある模様。
「帝国も危ないみたいだしね」
「無茶言わないでほしいでし」
「護衛もつく――、いや、ついてくる二人が私の護衛?」
「ますます無茶でしよ!」
「その前に平日の昼間いねぇ!」
「ん〜、何時から? 行きたいけど夜勤明け徹夜参戦になるなあ」
お茶漬と菊姫、シンに断られてしまったが、ペテロは参加できる模様。平日の昼間はまあ、諦めてもらいたい、私の勤務が明日は朝から晩までぶっ通し、明後日が休みなのだ。
「フソウに着いたら別行動でいいんじゃないか? 街中なら戦闘無いだろうし。あっちでログアウトして寝る方向で。あ、騎獣必須」
「それならいけるかな? 了解」
「私の護衛もよろしく」
「その設定が一番不可解!」
そういうことになった。
『捧げし者のダンジョン』は菊姫の裁縫素材が掘れたところでギブアップを選んだ。祭壇を開ける前にフロアを一通り回ってから、というのがセオリーの様だ。戦闘に飽きたときにのんびり周るのもいいかもしれない。まあ、ボスを倒した方がスッキリするので、ダンジョンは当分迷宮でいい。
そんなこんなでフソウへの出発当日。魔法国家アイルのオルグじーさんの卸屋で、同行させてもらうホップの準備が整うのを、ルバとペテロと待っている。
フソウに出かける前にと、杖をユリウス少年の元に取りに行き、ついでにルバの様子も見に行ったところ、フソウの刀鍛冶を見に行きたいと言い出した。
「オレが刀剣が『得意』なのは、ガキの頃からの古い友人が直刃の剣でなく反りのある剣を好んだからだ。もうその友も亡くなって久しいが、その母親がフソウの出とかで、日本刀のことも聞きかじって、気にはなってたんだ」
とのこと。フソウなのに日本刀とはこれいかに。件の刀剣は現在、研ぐ前に神殿に預け言祝ぎをお願いしている最中で、手を離れており、ちょうどぽっかり予定があいているという。
ちなみにユリウス少年は、会うと相変わらず嬉しそうに杖のことを話し、時々覗くプレイヤーの店よりも良い物を作ってくれていた。何より私の好みの持ち手、長さ、見てくれだ。でかい宝石を使っている割には華美にならず、それでいて美しい杖。大事に使わせていただきます。
『再生の欅』の枝を置いて来たのだが、さすがにレベルが足らない様子で、「これが扱えるよう、頑張ります!」と。すまぬ、『再生の欅』からは【伐採】がなくとも【採取】で、枝や板がとれるのだが、その辺に生えている木は、時々枝や薪がとれるくらいで、杖の材料に良さそうなランクの高い物は【伐採】がないと無理っぽいのだ。お詫びにそっとブラックオパールやらの宝石を追加した。
荷馬車にはフソウで売る商品が積み込まれている、主に砂糖や氷砂糖だ。他にも卸屋にくる前に、すでに荷物は半分積み込んであったので、食品以外も扱うのだろう。
ホップの言っていた護衛の冒険者らしき人物も見える。
これから荷馬車と護衛とフソウへの旅だ。
「なんだか冒険者らしい展開だな。途中山賊や海賊が出るパターンか?」
「不穏なことは言わない」
ペテロに却下された。――予想外の魔物が出るパターンかな?
行く手に何があるのか、ちょっと楽しみな旅の始まりだ。




