16.新しい街へ
十二時二十五分ログイン。
こちらでは朝の四時ごろだ、偶にはこちらで八時間睡眠をしてみたい。
着替えて、仕込んでいたワインを確認すると残りの葡萄を仕込みなおす。ブランデーをつくりたいのだが、蒸留器はないのだろうか……野営の準備に道具屋露店街に行ったら一緒に見てみよう。
まだみんなは来ていないようなので風呂に入ることにする。これから野宿なのだから今のうちに入ってしまおう。
風呂から上がると後から来て同じことを考えたらしいお茶漬がもうひとつの部屋で風呂に入っているのを除いて全員そろっていた。
お茶漬を待って朝食だ。
「ここの宿どうする?」
「んー、少なくとも二日以上はもどってこれない気がするから予約はなしかな」
「そろそろ人も移動するだろうしね」
「そういえば、シンは神殿どうだった?」
「精霊は貰ったけど謎がまだ、昨日片っ端から順番試したのに! 二度目は駄目なんじゃないかな」
最後にまた最初に戻るのをしていないオチか。
「終了分のクエストにでてないだろう? がんばれ」
本日のメニューはクロワッサンぽいパンにゆで卵、コーンと豆と葉物野菜のサラダ、櫛形に切って揚げた皮付きポテト、ペッパーパストラミとソーセージ。かぼちゃのスープ。
ハム・ソーセージも自分で作ってみたい。
露店は朝六時を過ぎないと開かないので朝食をゆっくり食べ、広場の店で食事や回復薬の補充を行う、
私の場合食事は食材の調達なのだが。ペテロと菊姫に麦とホップを渡された私です。
「私、テント初体験なんだが」
この世界のテントと現実世界のテントの違いもイマイチ分からんくらいには未体験ゾーンである。
「オレあるぜ!」
この中でレオだけがキャンプ体験者だった。
「任せろ!」
取り敢えずレオの助言と懐具合の関係から組み立てやすい二人用テントを三つ購入。
そしてバーベキューセット。
「おい」
「わたちでもなんかズレてるのがわかるでし!」
「わははは! だって飯はそのままもってけるし寝袋は売ってないしこの世界こんなもんじゃね?」
「まあ、キャンプ用の広場とか村とか道沿いにあるそうだから寝床と食料確保できたらいい気もする」
「道沿いなら」
ペテロが条件を補足する。
「布団がわりにローブかマント買おうか」
「じゃあ各自いると思うの買って、一時間後ここ集合で」
「了解」
相変わらず連れ立ってゾロゾロ買い物する文化がない私達だ。ペテロとは長いネットゲーム友人で会ったことはないが他の奴等は現実世界で一緒に出掛けて土産物屋や展示室に入る時もこんな感じである。
取り敢えず虫除け用に干した香草、火口石、水樽を購入する。水は買いすぎても料理に使えるし、空いた樽は利用できるということなので途中で汲み足すこともできる、酒を樽で寝かせることもできるだろうか? と思い十樽も買ってしまった。以前購入した水の容器も調理用水の容器も水を使い終わると光の粒になって四散してしまったのでこれは名前の通り水『樽』なのだろう。虫除けは虫が草原にもいなかったし無用だろうが念のため。
そして蒸留器!
早々に目的を果たした私はその場でワインをブランデーに変えるべく買ったばかりの蒸留器につっこむのだった。
「すまん、野宿に必要なものか持って行った方が良いものを教えてくれ」
時間が余ったので最初のテント屋に来ている。
待ち合わせ場所も見えるし。
「ああ、さっき買ってくれたお客さんか。普通は少人数だとセットで隠蔽陣買ってくよ。なんか最近テントのみな客が多くて勧めなかったけど」
「隠蔽陣?」
「魔物に気づかれ難くする陣だね、布で出来ててテントの中に広げるか、掛けて使うんだけど、今は厚手の陣を敷いて使うのが人気だね。商隊と一緒に移動するとか大人数だと陣の効果を上回って目立っちゃうからあまり意味がないし大勢だと魔物がそもそも滅多に寄ってこないしね。でも少人数でなら必要かな」
最近、陣を買わない客が増えて気になっていたそうだが、会話をしない客が多くてわざわざ教えることをしなくなっていたそうだ。夜露や雨がないならテントを張らず陣の書かれた布に包まって夜を過ごすものもいるらしい。
他に三つテントを張るなら少し離して張らないと陣の効果がないこと、焚き火や料理はテントから離れた場所で行うことなどを教えてくれた。
焚き火をして交代で寝ずの番かと思っていたら、火があるところに人がいることを知っている魔物が寄ってくるそうだ、動物と違ってアクティブな魔物の中には積極的に人を襲うものもある。六人でワイワイやっているうちはこの辺りの魔物は避けるので大丈夫だと思うが一人二人でいるときは危ないそうだ。
強さに自信が持てるまではテントの側で火は焚くなと忠告を受けた。
「まあ、街道沿いの野営地でテント張るなら、そこにも軽い結界があるから大丈夫だとは思うけどね」
今から行くところに街道があるかも謎です。
「そう言う訳で、陣買っていこう」
店の前に集まってきたみんなに声をかける。
陣はテントより高かったが、まあしょうがないだろう。あとランプを自分用に購入、テントから漏れない程度の明るさの割に広く照らすという野外用ランプだ。暗視があるから意味はないのだが、それでは味気ないと思ってつい購入した。
全部合わせると結構な散財である。
行ったことがないので西からでて北に向かおうということになり、門を出るとそこは西から北にかけて青々とした麦畑が一面に広がっていた。日本で見慣れた稲の黄緑がかった葉ではなく緑の濃い葉が風になびく。秋になったら黄金色が綺麗だろう。
「こっち行くか?」
西に続く街道をしばし歩くと北へ向かう畑の畦道があった、何処まで続くか分からないが解放されたセカンを経由せず北に向かうなら道なき道を行くか、街道の途中に分岐路があるのを期待して進むしかない。
「行こうぜ!」
道なき道を進みたい男が即座に進路を北にとる。
「まあ、最初から獣道ゆく予定だったし」
「牧歌的だなぁ、モグラ見えるけど」
「叩いてく?」
「モグラ叩きか」
「なるべく戦闘避けてさっさと街見つけてからにせんか? 現実世界の日を跨ぐと、みんな揃わないままフィールドでログインするはめになるぞ?」
盛り上がっているところに水を差す。レオとシンが夢中になって日が暮れる未来しか見えない。
「それもそうだ、避けられるのは避けてこう」
そういうことになった。
「麦って猫草に見える」
「もともとカラス麦とか小麦とかの麦だぞ猫草」
「マジで!?」
猫草という草だと思っていたのだろうか……
お互いのスキルのことや益体のない会話を交わしながら歩いてゆくと森が見えてきた。畑が終わると畦道も終わり、これからは道なき道を行かねばならない、と思っていたのだが畦道の先の森には人が幾度も通った後があり、整備された道ではないが踏み固められた生活道があった。
この世界では薪やらキノコやらきっと森の中で手に入るものも生活に密着した重要な資源なのだろう。その道はレオがヨルマスを釣った川の上流であろう場所までつづき、途切れた。
「釣りがしたい!!」
「早速寄り道が」
「はぇーよ」
「この川、北に向かってるみたいだから川沿いに歩いてけばいいだろうし、昼休憩に存分に釣れ」
そして少し西に逸れて南に流れているんだろう、たぶんレオがヨルマスを釣った川の上流だ。
「アクティブモンスターちらちら見るようになったから気をつけてね」
「肉に興味があります」
肉を落とすとは限らないがここのモンスターは鹿型だ、期待が出来る。ゴブリンも見かけるがスルーで。
「お昼前に戦闘して鹿肉を焼くでし」
「鹿はなんかシチューなイメージだな」
「焼肉もうまいよ、血抜き失敗してると臭いらしいけど」
「血抜きか~」
「ここはお肉になって荷物に入るから楽でいいでし」
「そういえば人間の肉がまずいって言われてるのも血抜きしないからだって言うね」
「突然ブラックな話題を」
「ちょっと休憩しておやつ食べようか」
「おー」
気配察知を使いながら敵を回避しまくってペテロとレオに合わせて歩いているため、結構速い速度で進んでいるが、戦闘をしていない割りにEP消費が激しい。
「釣り〜」
レオは食事もそこそこに釣り糸を垂れ、それを眺めながら思い思いに休息を取る。
自作のベーコンエッグと燻製にしたチーズをはさんだホットサンドを食べている、トマトスパゲティやらグラタンもポーチには入っているんだが野外だしな、雰囲気は大事だ。だがしかし、コーラが飲みたくなってきた! コーラってレシピあるのだろうか。
現実世界のコ○・コーラはレシピバレ防止のために特許さえも申請していないと聞くが、他のコーラなら現実世界で調べられるだろうか……。
「うまそうだな、一つくれ」
「わたちもー!」
「便乗」
「同じく」
評価7のサンドイッチだ。まだまだレベル上げも兼ねて作っているので5以下は問答無用で売り払っている。ほぼ得意料理に引っかかってレシピ8のものも評価5が取れるチート仕様だ。
「んー、私も料理してみたけど、得意料理『焼く』と『肉』だった。なんで私は最初にビールを飲まなかったのか」
「ビールクズ乙! 僕は『肉』だった、せめてパーティー組んでから買えばよかったかな。もう大半が食べちゃった後に得意料理の法則でたから、大抵の人が『焼く』か『肉』か『果物』『搾る』な気がする」
「『肉』のほうが出にくいよね、『焼く』じゃなくってよかったじゃない。法則知ってから『初めて食べる』と三分の二の確率くらいで食べたものじゃなく、『焼く』か『肉』になるってよ。ゲーム購入してしばらくしてからログインした人たちそうだったみたい。慌てて掲示板、題名に【見るな】【ネタバレ危険】がはいってた」
ゲームパッケージはすでに売り切れて出荷待ちというか、容量の関係で新規のプレイヤーは設備の増強後になるそうだ。昔だったらサーバが落ちた! とか、重すぎて動けない~などなどの問題があるままプレイヤーは増えるところだが、VRは安全マージンが法的に決まっているため設備増強が終わるまでは参加を増やせない、第二陣のプレイヤーの参戦は大分後になるだろう。
「わたちは『焼く』と『穀物』と『肉』になったでし、なんであの時ビールを頼まなかったのか」
「二号乙! いいじゃない穀物、酒に補正つくでしょ? まあ知らずに戦闘行く前にEP回復用として買ったら懐具合とコスパ重視になるよね」
「みんな色々やってるな、俺はまだ料理してねぇや」
「シンは食べたとき、わたちとパーティー組んでたから、わたちと同じでし!」
得意料理が規格外ですみません。
後ろめたくなってサンドイッチやらベーグルサンドやらを三つずつそっと渡すのだった。
「料理の評価10だけステータス補正効果つくってね」
「10貰ったことないな」
評価は高めをつくることができるが、おもに得意料理補正のおかげなため最高評価まで行き着かないのだ。私の器用も料理レベルも高くはない。
「ホムラ~」
レオに呼ばれて振り返ると、サカナを荷物に突っ込まれた。
「持ちきれないから料理してくれ!」
料理しても持ちきれないと思います。
返事を聞かないまままた釣りにもどるレオ。
「ホムラが今の分作り終わったら出発な~」
そして返事をしたのはお茶漬だ。
全部つくってみれば1本くらいは評価10もらえるだろうか。
とりあえずつくることは決定事項のようなのでおとなしく作り始める。
「マスの串焼きと鮒の甘露煮、鯉の甘露煮」
「地味な」
「鯉濃とか鯉のアライがよかったか? 醤油も味噌もないが」
私は現実世界で一度食べて両方好かない部類だった。淡水魚は小さめの魚で甘露煮か塩焼きの二択しかない私、淡水魚はアラ汁系も刺身もどうもだめだ。というか味噌と醤油!!
「レオ、鮎とか山女魚釣って!」
同じような意見でなによりです。