175.商人
「おう、来たか」
「連絡ありがとう」
もう寝る時間だったりするのだが、アイルの卸屋に来ている。荷下ろしや、荷物を倉庫に運ぶ者、反対に荷物を積み込む者で、活気のある倉庫。オルグじーさんが笑顔で出迎えてくれた、相変わらず大店の店主だというのに現場で一緒に作業をしているようだ。
「土産だ」
「卵か、どれ」
そう言いつつ受け取ってくれる。渡したのは『庭の卵』を少量、少量なのには理由がある。
「……こりゃあ」
うん、ランクが神食材だしな。
『天の鶏』は順調に増えて、ポチは十羽のボスだ。実質仕切ってるのはタマとミーな気がするが。呼ぶとタマとミーが他の鶏を集めて来てくれる。
雑貨屋の方で料理をしている時、待ちきれない約二名がウロウロと覗きに来たので手伝いを頼んだことがある。その時は登録レシピの味の調整のために普通に料理をしていた。卵焼きだけでも甘いもの、だし巻き、塩気のあるもの、固めのもの、ふんわりしたもの、など数種類登録しているのである。頼んだのは卵をボウルに割っておくことだったのだが……。
気がついたら剣と槍が居間で踊っていました。
「くっ! 黄身まで割れた。不覚……っ」
「なかなか難しいですね、コレ」
神食材ランクを、素手で割るのは不可能だったらしく……。チャレンジしたガラハドたちはヒビさえ入れられず、スキルを部屋の中で使用しようとして、カルにアイアンクローを食らっていた。カルは両断することは出来たが、位置によっては黄身も一緒に真っ二つ。レーノは時々潰してひどいことになるが、存外器用に槍で殻を斬った。(注:全部おいしくいただきました)
……カルの剣技を初めて見るのが卵割だったわけだが。ガラハドたちと比べる限り、強い、のだろうなあ?
私? 私は普通にボウルの端にコンコンと当ててパカッと割る。下手すると刀剣では割れないオチがあるかもしれんが。そういう訳で、他の人が料理できるかが謎だったので少量なのである。
「そこらの料理人に使える気がしねぇが、ルドルフあたりは見せるだけでも発奮しそうだな」
ルドルフというのは紹介状を書いてくれたレストランの料理長の名だ。現実世界では人の名前を覚えるのは苦手なことの類なのだが、『異世界』ではみんな個性的なので覚えやすい。
「ではこれも」
樽を幾つか出す。中身は『庭の水』なのだが、購入してあった樽に入れた途端、ランクが落ちた。ルシャからもらった『再生の欅』から採った材料で樽を作るべきかどうか、悩んだが、誰かに譲るにはこっちのほうが使い勝手が良さそうだと気づいた。
「これもまた……、食材にもなるから、わしでも【鑑定】できるが、説明を読む限りどちらかというと神殿に納めたほうがいいような気がするぜ。というか、どこの『庭』だ、どこの」
うちの庭だと言い出せない何か。オルグじーさんは、食材に関する【目】のスキルを持っている気配。うちで汲んだ水なので、アイテム名とランクは見えるのだが、詳しい説明は私では読み解けない。聖水とか神水とかな説明なのだろうか、もしかして。
砂糖黍も順調に増えてはいるが、こちらは草のせいで、作付を私がするしかないため、少々時間がかかっている。
倉庫に隣接した小売店側の休憩所で茶を飲みながら待っていると、程なくしてフソウへ行き来しているという商人が来た。年に二度、海路が数日繋がる時を選んでフソウへ渡るそうで、またその時期が来たためアイルで日の調節がてら滞在し、過ごしているのだそうだ。
「フソウは他の国とは趣が大分違います。……そうですね、例えばあの国では【スキル】の外部発動は直接出来ません。なんでも大昔に封じられた【傾国九尾クズノハ】の封印の影響でだとか」
「【スキル】が?」
なんだろう、魔法使い詰んでないか?
「【スキル】は魔法も含めて『符』というものにあらかじめ込めてあるものを使います。『符』は買うことも、交換も可能です。『符』の作り方を習うことも可能と聞きますが、『神社』という特殊な建物内か、【結界】内でしか作成できないようです」
「習うこともできるが、【結界】が要るのか」
後回しにしていたツケが。
「あと、この大陸の法律は成文法ですが、あちらははっきりしません。基本となる法律は掲示板のような場所に掲げられていますが、細かいところはこちらでいう裁判所の判例が適用されるようです」
あれか、高札か。江戸時代の法律は六法全書などのように文章化されて誰でも読めるわけでなく、伏せられていた。高札という広場にある掲示板のような物に書かれた物は別として、法律の内容を知りたがって調べる事が罪になったと聞く。――けっこう緩かったらしいが。
ああいう事をすると罪になる、と考えさせることでモラルを向上させていたのだろうか。法の抜け道をいったり、揚げ足をとるような犯罪をニュースで見ると、全部書く、というのはどうなんだ? と思ってしまう。
が、自分がそこに行く立場になって気づく、国際社会、書いてないと文化や習慣の違いから罪を犯しそうで怖い。いや、まあ、書かれていても全部は読まないか。実際ジアースの法律は古本屋で購入して、安堵して放置してある。
どちらかというと、冒険者ギルドでの注意や、サーで見た、木を切るな、の張り紙などを参考にしているので、フソウのシステムと実質変わらない。
「様子を見に行った者からの連絡ですと、今回は少々海の様子が違うそうで。海竜が行動を変えたようです」
すみません! それは多分私の島が海竜のお散歩ルートに入ったからです。
フソウに行くのは数日後になるらしく、予定を聞かれた。闘技場でのスキルレベル上げや、現実世界の諸所を考えて随分先になってしまうので、無理だなと半ば諦めながら告げれば、多分その辺りがちょうどいいと言う返事。どうやらゲーム的便宜が図られた様子。
Aランクの冒険者パーティーが護衛に付くそうだが、私は一緒に行って船に乗せてもらう代わり、給金無しで護衛としてついて行くことになった。護衛として期待されているわけではもちろんなく、このホップと名乗る商人は、オルグじーさんに恩があるそうで、邪魔にならないなら、ということらしい。「二人までなら、自費であなたの護衛を雇うのも構いませんよ」とか言われる始末。人数制限は船の関係かな? 誰か誘ってもいいが、平日の休みの日を指定してしまったので、予定が合うだろうか。
レーノに乗せてもらってフソウへ行ってもよいのだが、詳しい人と一緒に行くのもいいだろう。冒険者ギルドが出てくる話のお約束な護衛任務が、どんな風なのか見学してみたいのもある。
「おう、じゃあホムラ、土産話待ってるぜ」
オルグじーさんに礼を言って別れ、【庭】にベッドを設置、寝転んでログアウト態勢。
その前に職業を確認しないと……、スクロールするほど出ていて、全部の説明を読む気力が続かなくて放置していたのだが、さらに増えていた。
各神々の名前を冠した使徒から始まり、タシャの魔導師 アシャの戦士 ドゥルの騎士 ルシャの職人 ファルの騎士 ヴァルの騎士 ヴェルスの代行者 ヴェルナの騎士 神樹の魔法騎士 火天の魔法戦士 大地の守護騎士 天地の騎士 烏鷺の騎士 黒白の魔術師 神竜騎士 深淵の騎士 深淵の魔法使い アシャの勇者 ヴェルスの勇者 タシャの審判 神々の料理人やらタシャの錬金術師やら……、眺めているだけでお腹いっぱい。烏鷺って囲碁のことじゃないのか? いや、黒白のことか。
なんというか、節操なく色々出ている。ちょっとギルドの資料室に駆け込んで、この転職後にさらに、転職方法があるかどうか確認してからにしよう。他の大陸もまだ行っていないし、この後も長そうなので多分転職方法はあるのではないかと思うのだが。
寝る前に鯛茶漬け――茶ではなく出汁だが――をサラサラと。EPを目一杯回復して就寝。
『また まよいこむ と 』
ああ、また声が聞こえる。大人とも子供ともつかず、男女の別も定かでない。それどころか音として捉えているのかも自信が持てない。
『そなた は せか じ の ふし か し く の か ぎ か』
『何だ? 聞き取れんぞ』
意識を澄ますが、とぎれとぎれで意味をなさず、聞き返す。
『ねむ て たい そ が せ と い の ため』
『 い を おもう な ふ はしら を め し のこり ろ はし を ふう い を とじ 』
後半に行くにつれ、声はおぼろげになり、さっぱり意味をなさない。かろうじて「眠っていたい、それがなんとかと、なんとかのため」か? と、そこまで考えたところで現実世界に戻った。




