170.狩り人
パルティンの名を出した途端、攻撃を止めた黒いミスティフ(もふもふ度に問題アリ)。
「貴様、何故パルティン様を知っている?」
攻撃の手を止めたものの、じりじりと自分が有利な間合いへの移動を続け、警戒を解かない。
「これはレーノを呼ぶほうが話が早いのか?」
「金竜を呼び出したほうが早いんじゃないのかの? ミスティフが居ると聞けばホイホイ出てくるじゃろ」
「それは凄く騒ぎになる予感しかしないのだが」
「何をコソコソ話してる!」
「待て。急がば回れだ」
異邦人がうろうろしているこの状態で、パルティン登場など地雷でしかない気がするので、レーノにメールをば。指輪を使ってください、とのことなのでパルティンから渡された指輪を初使用。
指輪を意識しつつレーノの名前を告げれば、指輪から雨もやのような光があふれると、人型をとる。弾丸の様に何処からともなくすっ飛んでくるのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「久しいな」
「む、レーノか」
ようやく警戒を緩める黒ミスティフ。
「すまんが仲間を頼む。追っ手がいる」
そう言って、その場に倒れ伏す黒ミスティフ。倒れる際にみるみる体が縮み、普通のミスティフサイズに。
「えーと、回復していいのかこれ?」
限界だった模様、後を託す、みたいなセリフを吐いて倒れたが起こしていいものか。
「お願いします、もっとも彼には魔法が効きづらいので気休めかもしれません」
「それも属性の弊害か?」
とりあえず【生活魔法】『浄化』で、”彼”の汚れを落とす。こちらは問題なく結果が現れた。
「そうです。ミスティフとしての能力は大部分失っていますが、大きさを自由に変える能力は残ったようですね。僕が運びやすいように縮んだんでしょう」
「黒いのもなかなか難儀そうじゃの」
他のミスティフたちを呼び寄せているレーノ、普通のミスティフは毛が短いのでもふもふ具合はいまいちだろうが、きっと柔らかな手触りなはず。そういえばこの黒ミスティフも、腹側は絡まって毛玉になっとるし、背中の毛は針金並みの剛毛だが毛足は長め。きっともふもふだっただろうにもったいない、罪作りなパルティンである。
一応、人間(仮)に触られて匂いが付くのが嫌だ、とかを考慮して、触れないように新しいタオルに黒ミスティフをくるむ。
「彼をお願いできますか? 追っ手がいるそうなので手が塞がるのはまずいですし、僕もパルティン様も彼を回復できない」
二匹ずつ左右の肩に乗せているレーノ。狭くてずり落ちそうになりつつしがみついている柔らかそうなミスティフ。実際は【浮遊】付なので不安定な場所でも落ちるということはないのだろうが、寄り添ってるのがカワイイ。
「白さんや、もっとくっついてもいいんだぞ?」
「アホなこと言っておらんで周囲を警戒せんか!」
後ろ足で背中をかしかしされました。
「追っ手がとか言っていたな、一応【気配察知】は常時展開中だが、ミスティフは引っかからんのだ」
「我らは狙われ続けて、隠れることには慣れておるからの」
「僕は彼の代わりにパルティン様に報告して、島にこのミスティフたちを連れてゆきます」
そういえば、黒ミスティフは帰れなくなった身で各地に残ったミスティフを捜し歩いて、パルティンのもとに連れて来る活動を続けているんだったか。
「追っ手はともかく、一人友人が近づいてくる。特に話せば毛刈りするようなメンツではないが……」
白がまた背中をかしかししてくる、毛刈りが気に入らなかったのか?
「巻き込むのもなんなので行きます。彼がここまで傷を負うということは、追っ手はたぶん狩人エランの一族でしょう。すでにパルティン様がミスティフを保護しているのは知られていますし、追跡されたというよりは待ち伏せかもしれませんね」
「手伝おうか?」
「ありがとうございます。ですが人間が両手の数来たとしても遅れはとりませんので。少々鬱陶しいですし……」
何気に失礼なレーノ君、だが能力が高いのは事実なのだろう。迷宮もカルと二人でフェル・ファーシ討伐してるし、アリスの島でレベル50超えを楽々と倒していたし。そして私についてきて欲しくないのは、遭えばエランの一族とやらを殺すつもりなのだろう。私もそのつもりで声をかけたのだが、気を遣われたようだ。
「彼をよろしくお願いします」
「了解」
装備を元に戻して、懐に黒ミスティフをタオルごと仕舞い込む。腹のあたりがもったりしたが、気にしない。MPを回復してもう何度か『回復』。
「ホムラ、何かいた? 妙な気配があったけど」
来たのはペテロだった。私はミスティフの気配に気づかなかったのに、どうやらわかった様子。【気配察知】の上位スキル持ってそうだなオイ。
「ああ、騎獣じゃないが、知り合いと遭遇した」
「なるほど。騎獣にしてはヘンな気配だったし、他の戦闘だったら乱入しようかと思ってた」
認識阻害装備で顔を隠した忍者ルックで乱入準備万端な男。
「ところで、その白いのは?」
「……白さんや?」
「むっ」
慌てる白。見えっぱなしなんですね?
「これは、私の召喚獣の『白』だ。もふり防止に本人の希望で内緒にしてた、すまん」
「人間嫌いと言うのじゃ、人間嫌いと!」
「確かに、レオは加減知らなそうだし、菊姫も参戦しそうだし、隙あらばもふもふされるね」
「レオには、アルファ・ロメオで満足してもらおう」
「スルーじゃと!?」
私のもふもふは私のもの、人のもふもふも私のもの。後でアルファ・ロメオをもふらせてもらおう。
「ところで五つばかり気配が近づいてくるね。速いけど人間かな?」
「察知範囲広いな。ああ、今私の範囲に入った、弓持った人型だ」
「装備までわかるんだ?」
「容しかわからんので、未知の魔物とかはさっぱりなんだが、人型向けの装備は判別つきやすい」
【糸】で触れられる範囲であれば分かる。ただ、森の中など障害物が多い場所は意識せねば、まだ上手く糸を飛ばせない。今は立ち止まっているので、探索範囲が広がっている。
「了解。ペテロ、来る集団に心当たりあるのだが、場合によっては私が危なくなるから離れててくれるか?」
「強いの? 参戦する?」
「いや、私が危険物? ああ、もう来るな。合図したら、目をつぶって鼻をふさいどいてくれるか?」
「鼻。息もダメなのか」
「匂いがダメ?」
自分で言ってて、スカンクとかカメムシに変身するんじゃないだろうな、とツッコミを入れたくなってしまった。
「耳は?」
「声もダメじゃろ」
白ジャッジ黒。
「ふさいでくれ」
「了解、影の中に入ってるよ。――来た」
チョコレート色した肌の五人組が立木から姿を現わす、男三人、女が二人。装備は弓とショートソード。それに、先が丸まった鉈のような短いが厚い刃を持つもの。枝を払いながら駆けたのか、手に抜き身で持っている状態だ。ペテロは地面に落ちる私の影の中に、足の先から溶け込むように消えていった。着実に忍者スキルを集めている。
「止まれ」
毛皮のマントを纏ったリーダー格の男が軽く手を上げて他を止める。
「そこの男、お前の背にいるのはミスティフだな」
「――ああ、そうだ」
『白、姿を隠さなかったのわざとか』
『確実に足止めできるじゃろ』
なかなか抜け目ないもふもふである。
「ミスティフなら寄越せ。いくばくか金を払ってもいいぞ」
こちらを見据えて、歯を見せてニヤリと凶暴に笑う男。
「断る」
「ならお前の命もろとも頂くまでだ」
男がまた手を上げて合図をすると、無言の四人が一斉に弓を構える。狩人らしく、音を立てず合図し、また構える動きも静かだ。
まあ、私も後ろ手で合図を出したのだが。
「それも断る」
封 印 解 除 。
「な……んっ」
へなへなと崩れ落ちる五人。トロンとした目でこちらを見てくるのが、なかなか気色悪い。パワーアップ状態の【傾国】をくらうとこうなるのか。クズノハと対峙する時は気をつけよう。
「名前は?」
「エランのオウフ」
「アウラ」
「エルム」
「タルグ」
「ハバル」
リーダー男、女、女、男、男である。多分名乗った順の力関係なのだろう。女性もしなやかな筋肉を持っていて女戦士然としている。動きが止まってぼんやりしている五人に駄目元で聞くと、思いの他素直に答えが返ってきた。
「お前たちがミスティフを集めているのは金のためか?」
「そう、土地を追われたあたしたちが生きるには金が必要」
答えたのはアウラ。
「アルドヴァーン様の守護を得るために、ミスティフを捧げる」
『アルドヴァーンじゃと!?』
アルドヴァーンの名に反応する白。
『知っとるのか?』
『我の古い馴染みじゃ』
「命は守護に、毛皮は金に」
「それは本日をもって終わりにしろ。私の望みだ、お前たちはミスティフを見つけたら生きたままパルティンの元へ連れてこい」
「……望みのままに」
「行け」
手で払うようにすると、来た道をノロノロと戻って行く。
「……あれ、正気にもどるのかね」
『お主、使い方適当すぎるじゃろ……』
しばらく待って、【傾国】を封印し直し影に向かって呼びかける。ちなみに、影の中では影の持ち主が見ている情景を、映像を見るように見られるが、声は聞こえない隔離された空間だそうだ。木の影など、視界を持たないモノの影はその映像さえもない。中の者を呼ぶ時は、足の先や杖の先で影をつついて呼びかける。
「すまんな」
「いや、いいんだけどアレは何だったんだ?」
影から出てきたペテロが聞く。まあ、気になるだろうな。
「ミスティフという毛皮がもふもふな白の仲間を追いかける狩り人だそうだ。追われていたミスティフはパルティンの方へ、雑貨屋に居候しているレーノが連れて行った」
「ああ、会ったのはあのドラゴニュートか。それにしても口を塞いだ方が楽だったんじゃない?」
「今回はこれが最良だと思うぞ。来たのがペテロで助かった」
「どうやったの?」
「【傾国】で『魅了』にかけた」
「ぶっ。またおかしなスキルとってるし」
「制御不能な称号なんだな、これがまた」
「誰彼構わず発動するのか」
「封印常備です」
「【魅了】されてるんじゃストーカーになるんじゃ……、ああ、だから私で良かった、のか」
「そそ、私もペテロも素顔と名前あまり売れてないし、隠れるの得意だろ?」
「今回、影に入ったから姿も見られてないしね」
お茶漬は店を持っているし、菊姫も何気に交友関係が広い。レオはヌシ釣りや行動で目立っているし、シンも闘技大会で顔が出ている。私を探す際の足場にされて迷惑をかけること請け合いだ。パルティンには迷惑かけるかもしれんが、彼女ならどうとでもするだろう。それこそミスティフ連れてこいとか。
ペテロの言うように、【傾国】にかからなければ、後腐れなく皆殺しにするつもりだったのだが、ミスティフの保護活動に傾倒してくれた方が都合がいい。レーノは元同族殺しを見せないために、気を使ってくれたようだが、私は身内以外は割とどうでもいいタイプだ。ゲーム脳に切り替わるといってもいい。全部守れるとも思わないし、全部殺したいとも思わないが。
「ところでホムラ、一応言っておくけどここの金竜、どちらかというと邪竜の類だからね」
「はい?」
「良き竜と呼ばれているのはこの大陸では青竜ナルンくらい? パルティンは人喰いではないけど、気に入らない人間が逃げ込んだ幾つかの都市を何度か半壊させてる。ねぐらにしているこの山で珍しい鉱石が採れるのと、ちょっかい出さなければ縄張りから滅多に出ないのとで過度に恐れられてはいないけど。採掘者の間ではごくたまに"いい竜"だって言われてるかな?」
「えー……」
『良い悪いは人間から見た判断じゃが、まあお主も人の類ではあるだろうよ。人に混じって生きるなら言動に気をつけることじゃな』
『ちょっと白、私を人外みたいに言うな!』
『お主、もしかしてまだ普通のつもりか?』
ジト目で見てくる白。
「それにしても【傾国】か。ホムラ、ラスボスくさいね」
「何故!?」
白だけでなくペテロまでも!?
「いやもう、能力的に今のうちに討伐しておかないとヤバい気がする」
「私は無害! 無実!」
「往々にして危険は芽のうちに摘むものですよ?」
クラン会話が再開するまで、うっかり騎獣探しを忘れた私とペテロだった。