167.声
「ところで、スキルは【技と法の称号封印】【錬金魔法】をお借りしました。【法の称号封印】に効果は落ちましたが、【暴キ視ル眼】を封じる分には問題ないようです。ラピスとノエルを連れて明日にでも神殿で解除してきます」
ん?
「もしかして効果無しか?」
恐る恐る確認をする私。あとあれだ、カルはファルだけでなく、タシャの祝福持ちか?
「いえ、無自覚に惑わされているのか、【ファルの寵愛】で精神が高いせいで正気か……。自分でも判断がつきません。ただ、主のリストに出ているなら前者でしょう。なかなか怖い状態ですね」
自分でも判別つかんのか、精神操作系は厄介だ。
「それに、私は主の称号を"視て"かかった自覚があったのですが、そうでない場合は自覚できないでしょう。……帝国は本格的にまずいかもしれませんね」
「ん? 帝国は『鵺』で、【傾国】持ちの『クズノハ』ではないんじゃないか?」
「【傾国】にかかった時点で、レーノ殿に【傾国】について何か知っていることがないか、それとなく聞きました。本体がフソウ国に封じられているのは有名ですが、封印当時『身外身』が一匹国外に逃れたそうです。帝国の状況と考え合わせると、『鵺』の封印を緩めたのはソレではないかと」
身外身って孫悟空のあれか、毛でつくる分身だったか。もふもふだろうか、もふもふ増量だろうか。
「厄介だなオイ」
「ホムラ、【傾国】の効果で他に知っておいた方がいいことは?」
「"堕とされた者は同じ境遇の者を増やそうとする"、"時間が経つにつれ、逆に独占しようとする"、"ただし、対象者の知能によって様々"、"往々にして【傾国】の制御も利かなくなる場合がある"だ、そうだ。ついでに傍目から見ておかしい、と感じる程度にならないと状態異常表示がつかんそうだ。総合評価、面倒くさそう」
「……はやまりました、始末をつけてからお仕えするべきでした。申し訳ない」
「いや、そんなに状況は変わらんだろ」
面倒でもボスなら一度は倒しにゆくのがプレイヤーです。むしろ住人だけで討伐されてしまったら、そっちの方がどうしていいかわからん。季節イベントの報酬アイテムだって能力的にどうしようもなくとも一通り揃えるよ!
「とりあえずカルは明日、神殿に行ってくれ。以前はむしろレーノを牽制してたのに神殿と暗殺者ギルドを近づけようとするなんて怖すぎる」
「……好ましい性格にしても、正体の知れない彼に、主の情報を漏らさないよう気をまわしていた記憶があります。馬鹿な……、私が選別もせずに、主が望まない不特定を関わらせようとするだと!?」
額を軽く押さえるカル、後半は声がやや低くなって愕然としている様子。
もしかしなくとも本気で厄介か? ラピスとノエルの異常にはすぐ気付いたのだが、直接的行動に移さない大人は判別が難しそうだな。ちなみにラピスとノエルは左右から私にくっついて座っている。
「うへぇ、俺も明日神殿行ってくるわ」
ガラハドがげんなりして言う。
「ん? ガラハドたちはリストに上がってきとらんぞ? 発動した覚えも無いし」
「いや、ホムラじゃなくて帝国で遭ってっかもしんねぇし。ジジイでこの状態じゃ、俺がかかってねぇ自信ねぇよ」
「他の騎士たちも見つけ次第、神殿に放り込んだ方が良さそうだわ〜」
「明日、その辺りも交渉してこよう。それに、儀式以外の対策があるか聞こう」
「ああ、では倉庫から適当に孤児院への差し入れ持ってってくれ。炊き出し用の材料と料理――以前作った、春さんたちの素材使ってないのが結構あるから」
余り物で悪いが、そこそこ豪華にはなると思う。
「おうよ」
そういうことになった。
「主、ラピスは【心眼】を主とお揃いにしたい」
「僕は【攻撃回復・魔力】をお願いいたします」
話が終わるのを待っていたのか、一段落ついたところでラピスとノエルがスキルを選ぶ。
「どうぞ。ノエルは魔術士になるのか?」
「はい。お店の手伝いもしたいので薬も作りますが、やっぱり主やラピスについて行きたいですから」
「好きなことやってもらって構わんが、遊ぶことも大切だぞ」
「おう! 遊びにこそ人生の哲学があるんだぜ!」
ガラハドがラピスとノエルに向かってウインクする。のびのび育った見本みたいな男だ。
スキル使用の許可を出すと、称号【絆を持つ者】のリストに二人の名前が載った。カルと何が違うんだろうな? 剣を捧げられたことか、【傾国】にかかりまくってたことか、心当たりがあるが謎だ。
「く……っ、【快楽の王】にツッコミ入れたいのに、今のジジイが怖くてできない!」
無駄にオーバーアクションで膝をつき、絨毯に拳をぶつけるガラハド。
「それに触ると話題を蒸し返しそうだ」
「あら、私は立候補、取り下げないわよ」
称号効果目的でも嬉しい申し出。【快楽の王】は【房中術】共々使用の予定は無いがな。とりあえずカルのおかげでそっち方面では絡まれないで済む様子。私もコワイ思いをしたので、これ位の特典は許されるだろう。
「称号すごいね」
「増え方、はんぱねぇな」
「スキルも生産系抜いても普通の増え方じゃないわよ? 生産系が増えすぎてて一瞬スルーしちゃったけど」
「【惑わぬ者】【赤き幻想者】【スキルの才能】【不死鳥を継ぐ者】【迷宮の王】【幻想に住む者】【白の領域を持つ者】、想像できんのもあるけど、聞いても効果が想像できねぇのも多いな。全部説明読むだけで一苦労だぜ」
「MP回復系が多いね? EP回復系が揃ったらどこまでも延々戦い続けられそうだ」
「【九死に一生】とか【復活】とか、HPも耐久も少なめなのにガード固いわね」
「少なめったって、盾と比べてか他のホムラのステータスと比べてだろ、それ。魔法剣士なんだぜ?」
「よくこれだけのスキルを短期間で育てたね。そちらの方が驚きだ」
「【幻想魔法】って調べたらあれだろ、昔の強かった帝国にいた【最強の軍を作る者】とかいう……」
「環境系のも多いわねぇ。ホムラが隣にいればダンジョンでも快適な気がするわ」
好き放題言われているが平和だ。
カルがお茶のおかわりを淹れてくれたところで、レーノが戻ってきた。ミスティフたちは、人の姿がないあの島を気に入り、安心して過ごしているそうだ。めったに見かけないが、とりあえずもう少しどっしりした木でも植えようか。魔物替えはうまくいっていないが、景観から少し整えよう。身を隠すのにもいいだろうし。
全員が揃ったのでせっかくなのでブラックジュエルベリーのタルトを提供。早く土台の生地にもクリームにも負けない果物を手に入れたい。食べないとEPやばい。
どっと疲れてログアウト、夕食と風呂を済ませてお茶漬たちとの合流に備えよう。
EPがフルになるまで腹持ちの良い物を食べ、寝る事に備える。これ、現実世界だったら確実に太る。寝る場所は【庭】だ、【庭】の設定を一時的に自分だけ入れる鍵付きに変更、これで危険はないはず。私の危険というより相手の危険だが。
あれだ、こちらにも後でもっと木を植えて、サバイバルごっこをしよう。タープテントとか、差し掛け小屋、焚き火でじっくり焼く肉。サバイバルというよりリゾートだが、手軽にハンモックもいいかもしれない。そんな事を思いながら、いつもの隠蔽陣の布団で眠りにつく。
『――ひさ く ひと や いきも のすが など みなかっ が いったい な をどう まよっ のか――』
何か意識が沈む前に声が聞こえてきた。男女の声の区別も、年齢の区別もつかないほど途切れ途切れな小さな声。下手をすると声ではなくただの音に聞こえそうだ。
『何だ?』
声に聞き返す。夢なのか、現実なのか。いやまあ、イベントなんだろうけど。
『そち からも と るな て ―――― きょう いが そこ で うすくなって もう ―――― あ り いい では な――』
胸囲が薄くなって? 違うとセルフツッコミ。
もともと遠かった声がさらに遠ざかり、切れ切れに届いていたそれもやがて聞こえなくなった。
現実世界で目が覚める。
何だったんだろう? 少しベッドに座って考える。ゲーム脳的には邪神か、邪神を封じるために一緒に封じられている誰かの声な気がする。
 




