159.ギルド再び
バロンの冒険者ギルドに到着。
ファストのギルドは受付嬢の追っかけで、いつもあふれているのでこちらに。島の申請もこちらでしたので仮面姿での手続きはバロンでの方がスムーズだ、たぶん。
「いらっしゃいませ」
何かギルドの掲示板前にいる冒険者たちの視線が集まっとる気がするが、気のせいだろうか。リデルの陶器のような白い顔は、触ればやわらかいのだが一見して人ではないモノとわかってしまうのかもしれない。もしくはここの受付嬢にもファンクラブが存在するのか。
「失礼、本日ギルドマスターのブルース殿は在勤しているか?」
多忙なギルマスにCランクでは会えないような気がしないでもないのだが、まあ一応。『アリス』関係で騒ぎになっても相談はしようとした、と言える実績作りって大事だよね!
「ブルースは生憎不在です。ただ、レンガード様がマスターの名前を出した場合は連絡を入れるよう申しつかっています。少々お待ちいただいてよろしいでしょうか?」
「ああ」
まだ名乗っていなかったのだが、先日の島のやり取りで顔を覚えられていた模様。すまぬ、私は受付嬢の顔を覚えていなかった。事務的な話しかしない一、二度あった程度の冒険者の顔なんてよく覚えられるな。
普通に登録できるのかね? レーノのように観察期間を設けて冒険者として登録できるのか、ペットとして実は街中では仕舞っておかねばならないのか。そういえば今隣でカウンターを見上げているリデルもそうだが、ラピスとノエルもカウンターに背が届かないような気がする。依頼はどうやって受けているのだろう。年齢的に街中の依頼以外は他の冒険者の付き添いが必須なはずだし、普段はカルが手続きしてるのかね? カウンター前に立ちながらつらつらと考えていると、受付嬢が戻ってきた。
「お会いになるそうです、戻るまで少々お待たせするかもしれませんがよろしければこちらへ」
と言って、以前アベーと会った応接室に案内された。待たせるかも、ということでなのかケーキとコーヒーが出た。私の前に置かれたコーヒーが良い香りで部屋を満たす。リデルには砂糖とミルクたっぷり。
ケーキはリンツァートルテ。アーモンドやヘイゼルナッツの粉末とシナモン、クローブなどの香辛料、ざっくりとした生地、フランボワーズより酸味があるので、多分砂糖たっぷりの赤スグリのジャム。まあ、こっちの全く違う果実かもしれんが。
紅茶のほうが断然好きだが、どっしりした甘いケーキには苦味のあるコーヒーがよく合うのは私も認める。ところでリデルは私より年上なのだが、味覚はお子様味覚でいいのだろうか……。アリスといえば紅茶やケーキなわけだが。
「リデル、リデルは何が好きだ?」
「リデルはとうさまが好きです」
「とうさま呼びは禁止です。食べ物で」
「マスターから貰ったものならなんでも好きです」
「特に好きなものは? 甘いものとか」
リデルが首を傾げて少し考える。
「卵焼きでしょうか? マスター、リデルには味覚がありません。ただラピスとノエルが美味しそうに食べていると美味しい気がします」
「……なるほど」
おっと、まさかの味覚無し。聞いてはいけないことを聞いた気分になるのは、味覚がある自分が幸せだと思っているからだろう。それが良いことか悪いことかはリデルが幸せを感じるか感じないかで決まる。味覚があっても食に全く興味がない人もいるからな。
「そういえばリデルは【お人形製作】は使うか?」
「はい。今は大丈夫ですが、マスターの【庭】で手入れが必要なものが増えたら『人形』を使いたいと思います」
人形が畑仕事をするのか、シュールだなおい。
「使う設備と他にあった方がいいスキルはあるか?」
「『裁縫台』があればうれしいです。準備の段階で錬金台も使用させてください。スキルは【お人形製作】単体でも使えますが、弱体化しているようなので、派生元の【錬金調合】と【裁縫】があると効率がいいので【裁縫】が欲しいです」
「了解、素材については倉庫から持ち出せるようにしておこうか。足りない素材、欲しい素材は随時教えて欲しい」
【裁縫】はなんとなく予想をしていたので取得可能リストに出してある。ちなみに布団を縫ったので、取得した場合、得意はきっと寝具とか上掛け布団とかだ。
【裁縫】を覚えさせると、リデルが【魔法反射】を思い出した。払ったSPは3、残り28だ。レベルが上がれば増えるのだろうが消費するのはあっという間だ。
「お待たせしました」
ドアがノックされて、最初に案内してくれた受付嬢とブルース、ついでにアベー、見知らぬ薄い金髪が入ってくる。薄い金髪は耳が尖っとるしエルフのようだ。
受付嬢は私とリデルのコーヒーを新しいものに替えて部屋を出た。
「……」
「うわぁ……」
「これは……」
受付嬢が立ち去っても座る気配もなく、立っていた三人がなんとも言えない声を上げる。どうやらリデルを見て驚いたらしい。
「とりあえず座りましょうか」
金髪が持ち直して他の二人を促す。
「私はアイル国、首都アルスナのギルドマスター、カインと申します。初めまして」
「初めまして」
稼働しているのはカインだけのようで、アベーとブルースがリデルを見たまま固まっている。
「『アリス』を攻略したのですね?」
「ああ、それで扱いやギルドへの登録がどうなるか聞きに来たのだが、受付にホムンクルスと申請してしまっていいか迷ったのでな。駄目で元々で面会をお願いした」
「高レベルの【鑑定】か、【眼】を持っている者には、すでにホムンクルスだということは知られているでしょう。ファストで、あるいはここのギルドの受付で」
ああ、私も人が多いところでは【鑑定】のレベル上げに勤しんでいるし、リデルはどこか無機質なところがある。少しでも気になれば【鑑定】持ちなら【鑑定】するだろう。
「かといってリデルを閉じ込めておくつもりはないぞ?」
「ええ。ホムンクルスの人型はマスターがいなくてもある程度判断して動けるか、それとも指示されたルーチンしかこなせないかで、冒険者登録になるかペット登録になるか決まります」
カインが切れ長の眼でちらりとリデルを見る。この男自身、【眼】持ちである気がする。
「みたところ、十分冒険者登録が可能かと思います。ただ、ペットと同じく街中で暴走などをした場合、責任はマスターである貴方にゆきますので、そのつもりで」
「ああ、了解した」
バハムートが暴れたら私の責任か……。
「登録後、人と同じ行動を取っても規定的には問題はありませんが、ホムンクルスはまだ珍しい。異邦人や好事家がどう動くか予測がつきませんので、その点は考慮して行動してください」
好事家……そういえば、ノエルも珍しい白い髪を隠していたのだったか。白髪の多い異邦人が増えたせいで問題なくなったが。そう考えると早く増えてほしいな、ホムンクルス。
「……ファストのタチの悪いそっちの趣味の奴は、先日セカンの湾に浮いたという話だ。今は活気付いて人の出入りが増えて、他から来る奴のチェックがどうしても甘くなるんで完全に安全とはいえないが、ファストの中でなら出歩いても問題ないだろう」
復活したアベーが言う。
「それにしても早すぎじゃないかね?」
「そうです! この間ここで島の話をして数日しか経っていないじゃないですか!」
惚け気味だったブルースが覚醒したように声をあげる。見かけの割に丁寧な言葉を使う奴である。
「まあ、下見のつもりで行ったら、そのまま攻略してしまった感じだな」
「普通そんなつもりでふらりと行ってクリアはできません!」
「ブルース、落ち着け」
身を乗り出すように主張するブルースをアベーが抑える。
「『アリス1/2』か、当然他にもアリスがいるな?」
「まあな」
こっちも【眼】持ちか、【鑑定】のレベルが高いのか。
「1/2……」
ブルースがアベーの言葉を繰り返し呆然とつぶやいた。
でかい図体して繊細すぎやしないだろうか、大丈夫か? バロンの冒険者ギルド。
アベーとブルースは体格は良いが、没個性な目立たない顔の造作をしている。頬に傷でもあればらしく見えそうではあるが。対照的にカインは肩胛骨下まで伸びる色の薄いストレートの金髪、白い顔、尖った耳と、物言いは柔らかいが、冷たい印象の美形。もしかしたら典型的なエルフなのかもしれんが、異邦人以外のエルフと間近で話したことがないので謎だ。
「ギルドが調査した時は、複数のパーティーでなければ進めなかった記録があるのだが……」
どうやったんだ? とアベーが問いかける目を向けてきた。
「ああ二人で行ったぞ」
「ふた……り?」
「……ちょっと理解できないッス」
ん? ス? 思わず声がした方――カインを見ると、取り繕ったように微笑まれた。あれか、上品そうなのは見かけだけで中身は残念な感じなギルドマスターなのか。
「え? じゃあもう片方のパーティーも一人ってことか? じゃあアリスも二人? え? 本気で?」
ブルースが何か言っているが、完全に独り言、小声すぎて途中の戸惑いを含んだ「え?」しか聞き取れない。
「とりあえず、島はもう一度ギルドで調査するが、初めて会った時に伝えた通り攻略は問題ない。その子は正当に君のものだ。受付で登録手続きを進めてくれたまえ」
正当に君のものっておい、人が聞いたらすごい誤解を受けそうなんだが。
冒険者ギルドの受付で、リデルの冒険者登録を済まし、ファストに戻る。何か、ブルースがダメージを受けていたようだが、アリスの島の調査担当だったのだろうかもしかして。クリアできてしまったのだから諦めて前向きになっていただきたい。
リデルを薬師ギルドへ送り、カジノに行くべく転移する。ファストのやばい好事家はいなくなったということだが、しばらくリデルを一人歩きはさせられない。ラピスやノエルにもちょっかいかけてくる奴らがいると聞くし。
それにしてもスラムの犯罪者代表といい、今回の好事家といい暗殺者ギルドのクエストが荒ぶっている気がする。暗殺者ギルドのクエストが進みまくると二日に一回屍体が出そうで怖い。
イーグルがすでに取っているかもしれんが、【転移】のスキル石を人数分取るしかないかな? 二度目にしてすでにカジノ側に目をつけられている気がするのだが、仕方ない。いや、この姿で行くのは初めてか。
……多少無茶をしても大会優勝者が出禁をくらうことはないかな?
GuildMaster略してGM。




