156.選ぶもの
【庭】の確認は後回し。のんびり牛が草を喰み、鶏三羽が地面をつつき始めるのを見てとりあえず『神の糖枝』を牛にもぐもぐされないよう回収して、具合の悪そうなカルとレーノを連れて転移。
「主、予定を変えさせてしまって申し訳ない」
「いいから寝てろ」
カルとレーノを酒屋の三階、リビングのソファに横たえる。寝室に運ぼうとしたらこちらでいいと言われた、まあ、男二人を支えながら降りるには少々階段が狭かった。ソファはここに住む人数が多いため、三人がけが二つあるので丁度いい。それにしても『回復』も『状態回復』も効かんのだが……。どちらかというと『鼓舞』とかそっち系がいるのかもしれないな、と思いながら隠蔽陣を布団代わりに掛ける。『アシャ白炎の仮面』の鼓舞と高揚だけでは足らんかったか。
「何か飲むか?」
「水をお願いします」
「紅茶をお願いできますか?」
レーノに水を、カルに紅茶を差し出す。ストレージから出した紅茶からいい香りが漂い始める。便利だが、ティーポットで淹れたいところ。まあ洗い物や片付けが無いと思えばこそだが。お茶の葉の始末は存外面倒なのである。半身を起こして口をつける二人を見つつ、もらった称号の確認をする。
【神庭の管理者】は、年中春にしたり冬にしたり【庭】や【ダンジョン】など、自分のテリトリーの季節気候環境を好きに整えたり、精霊を喚び住まわせるなどが可能。【風水】と合わせて使いたいところ。
【月光の癒し】は、"切ないような優しい気持ちになれる"とか書いてあるが、HPMP気力の継続回復。私に近いほど影響があり、効果は白いほうの月が満月に近いほど高いそうな。そのうち『ぷりんの癒し』とか生えそうで怖い。
静かにしていたつもりだったがガラハド達と、リデルが起きてきた。三人は足音を忍ばせてそっとリビングに入って来、リデルはパタパタと軽い足音を立て私の座る椅子の隣にやってきた。
「どうしたんだ?」
ガラハドは声を抑えているが、具合の悪そうな二人に驚いている様子。
「起こしたか、すまんな」
とりあえず三人の分の紅茶を差し出す。コーヒーは眠れなくなるというしな、あれ? 紅茶のほうがカフェインは多いのだったか。
「ご心配掛けてすみません。神気に当てられただけですので、すぐ戻ります」
「神気?」
聞きとがめたイーグルがレーノに聞き返す。
「僕に【ドゥルの加護】と【ヴェルナの祝福】がつきました」
「私も同じく」
紅茶のカップを置いてカルも答える。暖かい紅茶を飲んで少し回復したらしい様子。
「ドゥルは【祝福】じゃないのか?」
同じ条件での出会いだと思うのだが、何故だ。
「彼の神は、武器を持つ者に滅多に【祝福】は与えません」
「過去の記録から考えると【加護】でも運がいいほうだと思いますよ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ、普通は」
「ヴェルナはホムラから聞いた闇の女神よね?」
何かガラハドの"普通は"が強調されていた気がする。
「迷宮で出会ったのですか?」
「いや、主の家の【庭】で」
「「【庭】」」
イーグルの問に答えたカルの言葉に、見事なハモりを披露するガラハドとイーグル。
「新築祝いを貰った」
「「新築祝い」」
紅茶を飲みながら補足すると、ここでも見事なハモり。タイプは違うが、きっと付き合い長いんだろうなあ、この二人。隣でカミラもあきれた顔をしている。
「どこまで逸脱してゆくつもりだこの野郎」
とかガラハドが言っているが、アーアー! 聞コエナイ!
私のせいではない筈だ。
「ところで主、称号【身を捧げる者】というのが出ているのですが……」
「僕には【まきぞえになった者】がでてます。『闇の神ヴェルナもしくは水の神ファルに聖者と共に会うことによって与えられる。通常称号【聖者の従者】など、対象となる聖者等の持つ周囲に効果を及ぼす称号の恩恵10%増』、だそうです」
「効果はレーノ殿と一緒ですね」
あれ? このパターンは……。
「俺らの持ってる【好んで縁を結ぶ者】と一緒かよ」
「私たちの称号は光の神ヴェルスか火の神アシャと勇者、またはそれに類する称号を持つ者と一緒に会う事でしたが。私たちの時にも【まきこまれた者】を経由してます」
「なんでジジイのだけ真面目っぽいんだよ」
「覚悟の差でしょう。しかし既に似たようなことを済ませているならば話は早い」
すごく嫌な予感がする。このパターンはスキルを選ぶためにステータス閲覧要請がですね……ッ!
「とりあえず、本調子になってからにしろ」
起き上がろうとするカルを押しとどめ、問題を先送りする。軽く胸を押さえただけで素直に横になるカル。顔色は元に戻りつつあるが、本人もダメな自覚があるのだろう。
「僕はパルティン様の僕、貴方にスキルを頂く資格がありませんのでこのままで」
「資格うんぬんは別に構わんが、パルティンと私の間で煩悶するような事態になったらレーノの性格だとキツイだろうな」
レーノの顔色は戻っている、と思うが。どうだろう? 少し青みがかった白い仮面のようなつるんとした顔は色の見分けが難しい!
「もともとエカテリーナ様に傷を治すために消費したアイテムを返却し終えたら、と思っていました。体調が戻って……どこにも借りが無くなったときには……」
「寝た」
「え?」
端的に事実を告げればガラハド達が驚く。
「ランスロット様が無防備に?」
「ここでなの?」
「まあ、人の身であれだけ神気に抗えばしかたがないかと。パルティン様の竜気に慣れた僕でも未だ元に戻らないです。明日起きれば何事もなく戻っているとは思いますが」
イーグルとカミラが不審がるのにレーノが答える。
「そんなにキツイものなのか?」
「畏れ、敬い受け入れればここまでにはなりませんよ、たぶん。神々が神気を弱めた後、立ち上がってましたからね、やせ我慢にしても人間にしては天晴です」
レーノが言う。そういえばレーノの方は膝をついたままだった。
「オレ達がヴェルスに会った時は何もせずに固まってただけだしな。てか、このジジイは年甲斐もなく何対抗してたんだか」
「ヴェルスはいきなりだったしね……。火の神アシャの時はそれこそ敬い跪いて騎士への祝福を乞う儀式だ」
ヴェルスの下りで思い出したのか、若干遠い目になるイーグル。
「懐かしいわ。覚悟の弱いものは倒れて失敗していたわね」
盛り上がる三人。
「レーノも寝るか? ここで寝るなら移動するぞ」
神々と会わずとも、迷宮帰りの二人だ。
「いえ、僕は気温が下がらない限り、もともとそんなに睡眠を必要としないので。できれば色々お伺いしたいことがあるのですが、その気力はないですね。でも今は人の気配が心地いい」
まとめて冬眠するんですか?
それにしても、気のせいじゃなければ最強騎士に剣を捧げられる流れな気がするが、なんで誰もツッコまないんだろうか。私、王でもなく、使命を帯びた伝説のナンチャラでもなく、ただの気ままなCランク冒険者なんだが。
「マスター」
「どうした?」
会話が一段落したと判断したのか、リデルがローブの袖を遠慮がちに引く。
「マスター、選べる職業に【錬金術士】【薬士】【魔法使い】が出ています。職業の選択をお願いします。あとリデルは【鑑定】が欲しいです」
「ああ、【鑑定】……。すまん、【隠蔽】だけつけて大元のものを覚えさせてなかったな」
色々抜けているマスターですまん、すまん。
「リデル、職業は何になりたいんだ? 出会いから考えて錬金術士かと思って聞かなかったのだが」
リデルのステータスを開けて、空中に浮かぶ薄いガラス板の映像のようなメニューを操作する。職業を選ぼうとして、はたと思い当たる。そういえば希望を聞いていなかった、と。
「リデルはマスターの役に立つなら何でも」
袖をつかんだまま、こちらを笑顔で見上げてくる。
「得意不得意はあるのか?」
「器用の数値が高くて、あと魔法を覚えやすいと思う。でも魔力はそんなに上がらないから生産なら錬金術、戦闘なら魔法を込められる弓とか……、遠距離武器がいいと思う」
ペテロと話していた魔銃が頭に浮かぶ。誰か作ってくれんかな?
「では、メインは生産で錬金術、戦闘はとりあえず【投擲】をとって遠距離物理職出るか様子を見ようか」
「はい、マスター」
リデルの本職を錬金術士に設定、副職はとりあえずシーフ。私に遠距離物理職が出ていればよかったのだが、生憎出ていないので。
職業を設定すると、一律5SPの消費だったのが少し変わる。生産職をメインに持ってきたせいか【鑑定】はSP3だった。鉱物やら道具やらの鑑定をまとめたものだというのに破格ではないだろうか。それぞれ取得して統合した身としては、なにか釈然としない。
次にSP3【錬金魔法】。【鑑定】を覚えた時に【自己修復・MP】、【錬金魔法】を覚えた時に【自己修復・HP】が出現。説明を読むとホムンクルスなど人造物専用の回復機構のようで、戦闘以外で自然回復するようだ【MP自然回復】とかの亜種だろう。
他に何か適当なスキルはあるだろうか。私が覚えているスキルなら選べるが、神々から貰ったスキルは選べないっぽいな。ハニートラップ回避に交換せずにカジノから脱走した分、交換してくるか。【牧畜】【搾乳】は牛をもらったからには取らねばならないだろうか。ペテロの【猛毒】スキルのおかげで、【毒草園】にも少し興味がある。
SP消費がない事だし、やはり取るだけ取って牛の【搾乳】だのリデルに覚えてもらおうか。ミルク、幼女が絞りました! とかポップをつけたら高額で売れたりして。いや、そもそもアホみたいな高ランクのはずなので高いはずなのだが、私が搾るより幼女が搾ったほうが売れ行きは良さそうだ。
などと不穏な事を考えだしてしまったので一旦思考を切る。
「とりあえず当初の目的の【庭】の確認に戻るか。生き物もいる事だし最低限整えてこないとな」
「生き物?」
ガラハドが聞いてくる。
「牛と鶏三羽貰ったんだ。草付きだったんで基本放置でいいらしいが」
「えーと、誰から? と聞くのはこの場合勇気がいることなのかしら?」
「話の流れから想像はつくけど、認めたくないな」
「引っ越し祝いですよ、引っ越し祝い」
私も初見は扉をそっと閉めたがな。
「私の家に一応緊急避難場所として転移プレート登録しておくか?」
思いついてガラハドたちに聞く。
「ああ、島なんだっけ? いざという時、雑貨屋よりも待ち伏せなんかの心配なくていいな」
「迷惑をかける、すまない」
「ホムラのプライベートね、ふふ」
「いや、まだ箱状態から手付かずだから期待されると困るんだが」
ガラハドたちとリデルを連れて再び島へ。
なんか島を取り巻く雲だけでダメージを受けた三人が居た。
レーノは淡々と何でもない事のように説明するし、カルは真面目に「城塞島」で納得していたし、がく然とした自分がちょっとずれてるのかと思っていたが、どうやら普通の反応だった様子。
「ちょ、なんだこの島はああああああああああああっ」
ガラハドの叫びを聞いて安心する自分がいる。




