149.センサー
闘技大会が終わって攻略に流れてきたのか、バロンに異邦人の姿が多少増えた。異邦人は髪も含めて格好が派手なので目立つ、バロンは砂色の街の印象があったが、これからその印象は変わって行くかもしれない。
ペテロ指定の二の郭の目立たない酒場兼宿屋で待ち合わせ。よくこんな目立たん店でやっていけるな、と不思議になるくらいひっそりとした店だ。薄暗い印象の割に清潔でこぢんまりとしている。
「こんばんは」
「こんばんは」
先に来ていたペテロに挨拶をして、向かいに掛ける。
「『青竜の指輪・暗殺者の矜恃』ようやくできた」
「おめでとう。職専用な名前だな」
「ホムラも進めればいいのに」
「無茶いうな、益々迷走する。ただでさえお茶漬に『魔法de剣士』とか言われてるのに」
「フッ」
『アリス』の島に行くことを告げようかと思ったが、よく考えたらレーノは多分一人乗り。そもそも私以外を乗せてくれるかわからんし、多少慣れたが自分自身乗るに抵抗があるというのに、ペテロを乗せてくれとは頼みづらい。ペテロに『浮遊』をかけてロープで吊っとけば行けるだろうか。
……すごくデカイ魚が釣れそうだな。
「で? どんな効果なんだ?」
「造るときに魔法か物理タイプ選べるんだけど、私は魔法タイプ。二つ組で指輪が近くにあることを条件に、一定時間、MPが贈った指輪の持ち主と同じ量になるのと、聖法と魔法の職による使用レベル制限が無くなる。INTは変わらないからだいぶ劣化するだろうけどね。物理はHPが同じになって、物理の使用レベル制限が無くなるのかな。相手は同じ時間、私の職系統の使用レベル制限が解除される。一時的なパワーアップアイテムだね。そういうわけで受け取れ」
「ぶ! なんか青竜が守るべきものとか主人とか不穏なこと言ってなかったか?」
指輪を受け取りながら問う。私は魔術士始まりなので魔法にレベル制限はないのだが、普通はINTが魔法使いより上がらないので威力はそこそこらしい。剣士始まりの魔法剣士は逆に剣士系スキルにはないが魔法にはレベル制限がつく。
「ああ。その指輪、住人と交換するパーティーパートナーカードと同じく私を強制的に呼び出せるんだ。断ることもできるけど、一定時間能力低下のペナルティがつくね。指輪の破棄は私の方からできるんだけど、破棄すると私もホムラも、こっちの時間で三ヶ月の能力低下だったかな? あ、この指輪特殊で薬指指定だから」
「ペナルティきついな、おい」
薬指は契約か支配、結婚などの指輪をはめる場所だ、例えば領主などが『印』として使う紋章の指輪をはめる。薬指でも左は通常結婚のみ、右手は支配の指と言われる。当然右手にはめる。
「ホムラどうせ強制呼び出し使わないでしょ? だからこれは、ホムラの居る所に転移する便利な移動アイテムだね」
…………ん?
移動?
……。
「なんというロリセンサー!!!」
「ちょっ! いきなりなんだ? あとロリコンじゃないから!」
思わず声を上げてしまうほどタイムリー。
何故そんな結論になったのかペテロに説明する。
「待って、敵50オーバーでしょ? 無茶いうな。あとたぶん複数パーティー推奨だからそこ」
「行ってみなくてはわからんだろう?」
「『島』で『少女』で、『幻想』が絡むクエストは私も情報持ってて、ホムラの話に『幻想』は無いけど、『島』『少女』の二つで確定だろう。答えから問題文見てるみたいなもんだし。私は答えは持ってなかったけど、代わりに情報量は多いかな? 協力ダンジョン、フォスのあのキノコダンジョンと一緒で一パーティーじゃ進めない系だね」
「またスイッチか」
「スイッチかどうかはわからないけど、まあ交互に何かやるとかあるんじゃないかな。そもそも二パーティー以上じゃないとダンジョンが開かないらしいよ?」
「あー……」
レーノと結構島を見て回ったのに、ダンジョンらしい所が無かったのはそのせいか。一箇所不自然にメタルジャケットボアが避ける場所を見つけて、何かあるかと調べたこともあるのだが、あそこに二パーティーでいけば入り口が開くのかな?
「クリアは無理だけど、死に戻り前提の下見くらいなら付き合うよ。どれくらいの距離まで呼べるのか指輪試したいし」
よっぽど私が残念そうな顔をしていたのか、ペテロが言い下見に行くことになった。わがまま言ってすまぬすまぬ。でも新しいダンジョン見たいのだ。迷宮にも行きたいけど!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さてと。
『アリス』の島に到着。手伝いを申し出られたが、レーノには帰ってもらった。見知らぬダンジョンに住人を連れ込む勇気は私にはない。アリスのクエストの入り口と思しき場所に行く前に一応設置してしまった部屋を回収しておくかな? 新しい島で居間はもう造ってしまったが、まあ、同じ大きさの別な用途の部屋に使えば問題無い。
「『我、我の名において、彼、彼の者を呼び出す。来れ【ペテロ】!』」
回収を済ませて、年を重ねたウロのある大きなオークのある丘の手前で、指定の呪文(笑)を唱えると、目の前にゆらりと黒霧と共にペテロが現れる。
「【黒蒼の忍】お呼びとあらば即、参上!」
マフラーのように首に巻いた布の端を黒霧と共に払うペテロ。
「ははははは! なんだ【黒蒼の忍】って」
「ふー、事前予告あって分かってても、ちょっと慣れるまでかかりそうかな。闘技場でステージに移動するときみたいだった。【黒蒼の忍】は闘技場でもらった称号です」
「【毒使い】とかじゃないのか。あと、召喚呪文毎回は恥ずかしいからなんとかしろ」
「一番当たり障りがない称号選んでますよ。呪文は青竜の趣味なんでしょ?」
「あのプルプル竜……、まあどうせ言わなきゃいかんのなら、思い切りベタな前振りセリフでも考えるか〜」
「そそ、熱血少年漫画で行こう」
ネタ合わせをする私とペテロ。お披露目が楽しみだ、きっと笑ってくれるはず。
「ここがメタルジャケットボアが避けて通って、怪しい場所なんだが」
「ああ、原作、オークの木の根元でうたた寝だったね」
「じゃあ寝ようか」
「なんという単純! ちょっとは周辺調べよう?」
原作のアリスは、姉がオークの木の根元で本を読んでいることに退屈してウサギを追いかけて不思議の国に迷い込む――と、見せかけてそこで寝落ちしている話である。『夢オチ』ではなくって『夢の国』が『別世界』だっていいと思うがな。
仕方がないのでオークのウロに手を突っ込んでみたり、こちらにターゲッティングしたはずなのに、この丘に近づくと興味を失ったように急に大人しくなるメタルジャケットボアを狩ったり、オークのウロに手を突っ込んだりした。レーノと来たときは目的が違ったので、怪しいと思いつつも詳細に調べるということはしていない。
「じゃあ寝ようか」
四半刻あまり探して何もないことを確認すると、飽きたのか満足したのか私と同じセリフをペテロが言う。
菊姫特製の『隠蔽陣』の布団一式。敷き布団掛け布団、枕。日の当たる丘、オークの木陰で布団を敷く二人組。
「側からみたらなかなかシュール?」
「普通は布団は敷かないかも。絵面的にはオークに寄りかかって座って寝るとか?」
「オークに触れてないとダメとかありそうだし、ちょっと布団をずらそうか」
「そこはずらすだけなのか」
オークの木の根を枕に空の下、だ。
「眠れるかね?」
「これで正しいならイベント始まるんじゃないかな」
布団をかぶって横になった途端、声が聞こえてくる。
「……大変、大変、遅刻する!」
「でた」
「でたね」
ペテロと顔を見合わせて、跳ね起きる。
懐中時計を持ってベストを着た走ってゆく白ウサギを追いかける。文字通り跳ねるように走る白ウサギはなかなか速い。
「先生、大変。追い越しそう」
「加減、加減」
だがしかし私とペテロの方が速かった。盾職や普通の魔法使いもいるのだから、妥当といえば妥当か。まあ、付かず離れず走って無事ウサギ穴に到達。
「これ、私たちソロで二パーティーだからいいけど、将来おっさんが十二人で追いかけるのか?」
「白ウサギ、お気の毒」
想像するとなかなか嫌な絵面である。白ウサギには必死で逃げて欲しいところ。
穴に入って落ちてゆく、落ちた先はお約束の部屋。凄いスピードで落ちてきたはずなのだが、部屋に着く前にふわっと浮き上がるような感覚があって、気がつけば部屋にいた。
「お約束の小さな扉と小瓶が」
アリスは小瓶の液体を飲んで小さくなり、扉をくぐる。
「普通の扉も隣にあるぞ?」
ノブを回してみるが、鍵がかかっていて開かない。机の上に鍵を見つけたが、大きさ的にどう見ても小さな扉の鍵だ。
「予想外に小瓶が大量にある上、色が違うんだが」
鍵があったテーブルの上に小瓶が並ぶ。
「何か書いてあるね」
―― ―― ―― ―― ―― ――
飲んで、飲んで 私を飲んで
飲めば 小さく 小さく なれる
でも飲めるのは 一つだけ!
みんなで 同じいろは 選べない!
―― ―― ―― ―― ―― ――
「うーん【鑑定】しても同じことしか出てこない」
「飲んでみる? なんとなく属性が関係してそうな色だけど」
「選ぶ属性によってルートが変わるとかなのかな? あ、私が先に飲むよ。もし状態異常ついたらその方がいいでしょ、回復してね」
「了解。じゃあ色は好きなの選んでいいぞ」
机の上に並んでいる小瓶は、緑・赤・黄・白・黒・青みがかった銀・金・銀だ。
「青銀は風かな? 闇って黒かと思ったけど当て嵌めてくと銀になるのかな」
「そういえば私、青龍って水だとしばらく勘違いしとったことがあったな。木だと思わんかった」
「日本の龍は水神だし、混ざるよね」
「利根川も吉野川も龍だしな」
「まあ北の海は黒いイメージあるし、水が黒でもいいんじゃないかな」
相変わらず脱線しまくりである。
「闇かな」
ペテロが銀色の液体の入った小瓶を選ぶ。
「安定の闇選択。飲むことを考えると赤か白かな、ワインよりはカルピス味を期待しよう」
白い液体の入った小瓶を手に取る私。
「下戸乙」
「能力強化で言うと力より器用上がった方がいいし!」
「おいしいのに酒」
そう言って、小瓶の封を開け、中の液体をペテロがあおる。
「ぐふぅ!」
「おい! 大丈夫か!?」
慌てて『異常回復』をかけるが、ペテロが大丈夫だというように手を振る。
「何故、プリンの味が……っ!」
「ははははははは!!!!」
「液体で飲むには甘すぎる!! 色関係ないし!!!!」
小さくならなかったペテロ。部屋の捜索をもう一度したが、特に何も見つからず、文面の「みんなで同じいろは選べない」は裏返せば「みんなで違う色を選べ」で、全員飲まないと変化しないのか? という結論に達した。
白い液体は無臭。
「勝利! ラッシーヨーグルト!!!」
「えー、普通すぎ!!」
よかった肉味とかじゃなくって!!!!
そして私だけ縮んだ罠。
白ウサギサイズだと思っていたのに思い切り手乗りサイズです、どうするんだこれ。
「能力半減しとるんだが大丈夫かこれ?」
「片方のパーティーは大きいままで護衛するとかかな? とりあえず多分扉の先に行けば普通の扉開けられると思うからよろしく」
ペテロに手に乗せられて小さな扉の前に連れて行かれる。
外に出ると薄明るい森の中、何か変だと思えば太陽がない。障子を通したような明るさの中、木々はその枝にお菓子を実らせている。ロリポップキャンディから始まってキャラメル、角砂糖、マカロン、ロールケーキ、色とりどりのグミ。角砂糖って菓子か?
「なんだかすごく場違いなところに来た気がする」
目の前の光景にため息をついて振り返り、見上げると、普通サイズの扉には鍵が刺さったままだ。
不用心だなおい、と思いながら鍵まで飛ぶ。一応登れるギミックはあるようだがわざわざ苦労をするつもりはない。
「ありがとう。……シラユリとか喜びそうだね」
鍵を開けるとペテロが出てきた。目の前の光景を見てパクパクとチェーン甘いものをしていたクロノスのシラユリを思い出したらしい。
ああ、レーノとカルを連れて来るべき?
「菓子より普通に果物がなってる方が嬉しい」
「ファンタジーでいいじゃない」
ペテロの肩に乗ってお菓子なダンジョンに出発である。
摘むなこら!