141.火華果山
「『火華果山』ですか……」
珍しくカルの眉間にうっすらシワが寄っている。
ラピスとノエルを送った後、『火華果実』を取りに『火華果山』に行くことを話した。
「僕は属性的に足手まといですので残りますよ」
「私も残念ながら。多少の火の気にはむしろ強いのですが」
あれかカルにはやっぱり『湖の乙女』が絡んでくるのか。人のくせに水属性?
「三人で大丈夫だぜ!」
「『火華果山』の攻略難易度が高いのは、環境の問題が大部分を占めますしね」
ガラハドはカルの前でも何時ものままだが、イーグルは若干かしこまっている。私の【火の制圧者】と【環境を変える者】にカルも驚いた様子だった。やっぱり珍しいのか? さすが初討伐称号?
「私は『火華果山』がどんなところか知らんが、パンツ穿いてる二人組に任せて大丈夫なのだろう、多分」
「主、それは……」
「僕たちが下着を穿いていないように聞こえますね」
言い方が悪かったらしい。カルが言い淀み、ガラハドとイーグルが視線を逸らしまくっている。
そういうわけで、留守をカルとレーノに任せて『火華果山』に出発する。因みにクエストに『タイムアタック』の注意表示が出ている。ガラハド達から依頼をされた時点でクエスト表示と共に、メニューにバーが現れ、ほんの僅かずつ減っていっている。火山からは減りが早くなる注意書き付き、火山に着いたら急がねばならない。逆を言えば、まだ本格的にタイムアタックの始まっていない今は、カミラの病も進行しないということなのだろう。
たぶん、火山に行きさえしなければ、現実時間で何日か後でも間に合う時間配分なのだろう。まあ、今日遅かった分、明日は仕事が午後からなので行ってしまうが。
カルとガラハド達の話は今はいい、と言って説明を止めたのだが聞いても良かったかな。まあ、かつて敵味方に分かれたわだかまりもない様なので、聞かなくとも別にいいのだが。普段は見ずに放置気味なクエスト情報を見たのは、やはり私もカミラが心配なのだ、治すなら早い方がいい。
『火華果山』の場所は、迷宮都市バロンのあるターカント公国の突端にあるそうだ。バロンに転移して、そこからは騎獣だ。
「レーノ君はわざわざ見送り?」
「『火華果山』まで距離がありますからね、必要でしょう」
「騎獣で行くし、道中戦闘は避けるから大丈夫だぞ?」
街の中を四人で急ぎながら話す。
「……ううう、出落ち」
いや、もうレーノは出てるから、出っぱなし落ちか? ガラハドのタイルに乗せてもらいたい私がいる。何やらガラハドとイーグルは道中の露払いにレーノがついてきたと思っていそうだが、違う。
抵抗したんだぞ? だがレーノが「パルティン様のご命令です。私は貴方の騎獣なんですよ? それとも私があの二人の騎獣より劣るとでも?」という謎の騎獣としてのプライドを発揮したため、断りきれなかった。
「じゃあ行くか」
街を出た人目につかない場所でガラハドがタイルを呼び出す、相変わらず綺麗な毛並のデカイ虎。イーグルの白い狼、ハガルももふもふだ。ぜひその毛に埋もれたい。
狼種の騎獣は慣れやすく飼い主の意向をよく察してくれる、多くが一人乗り。虎種の騎獣は少し慣れにくいが、二人を乗せる体力がある。イーグルのハガルは狼種にしては大柄で、二人乗せられないことはないそうだが、負担はかけたくない。だからタイルにぜひ乗りたい。
現実世界では牛や馬と背骨の構造やらが違って、いくら大きくとも犬や猫には乗れない。実はシマウマにだって乗れないのだ、背骨を痛めてしまう。乗れるのは人間あるいは荷物を載せられるよう、改良された動物だけだと聞く。……象は改良されているのかちょっと疑問だが。
「ホムラはオレとタイルに……」
真面目な顔をしたレーノに渋々負ぶわれる私。
「はっ?」
「えっ?」
「お先に失礼します」
ぽかんとした顔のガラハドとイーグル、ついでにタイルとハガルに、一言挨拶を残すと、レーノが走り出した。かわいいよ二匹、騎獣もぽかんとするんだ。
「ぬあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
そんなことを思っている場合じゃなかった、腹筋に力を入れないと持って行かれる。内臓シャッフル号の本気は私の試練だ。でもこれ、受けなきゃいけない試練じゃないよな? もう一度言う、私はタイルに乗りたい。
「では、僕はこれで」
『火華果山』の麓、ダンジョンの入り口らしい洞穴の前に降ろされ、自分に回復をかけて暫くしたところでようやくガラハド達が来た。その姿を確認してレーノが去って行く。
タイルとハガルを見て勝ち誇ったように笑ったように見えたが、騎獣と張り合わないでほしい。レーノの価値観がわからない今日この頃。
「こう、カミラのことで切羽詰まっていなければ聞きたいことが山ほどあるんだが?」
「右に同じ」
ガラハドとイーグルが騎獣を帰還させながら声をかけてくる。ああ、帰還させる前に触らせて欲しかった……っ! 私の癒し!
「私にも色々あったんだ」
「とりあえず目的を果たしてからな」
「ああ、そうだな」
追求されることは確定なのか。絶対ステータスは開示しないぞ!!!
『火華果山』はゴツゴツとした火山岩に覆われた黒っぽい岩山だ。緑が殆どない、というか緑が根付ける土が殆どない。もともとバロンは荒涼とした土地だが、ここもまた例に漏れない。ただ、寒々としたイメージではあるが実はそんなに寒くない、さすが火山。
洞穴の中を行くと、コウモリの魔物が時々飛び出してくる、他にネズミとそれを食う蛇の魔物。魔物同士でも食物連鎖があると初めて知った。暫く進むと、黒ずんだ岩肌に所々花が咲いたか、もしくは地中の化石が光っているかのように、ポツポツとオレンジが混じり始める。
「暑くなってきたな」
「ああ」
混じり始めたオレンジは、高温の証拠。火と熱のオレンジだ、触れればやけどでは済まない。【環境を変える者】の称号効果か、一定の温度を超えた後は暑さの感じ方がむしろ緩やかになった。ガラハドとイーグルは汗をかき始めている、そろそろ諦めてパンツを穿くべきではないだろうか。
【環境を変える者】の称号効果は保持者に近いほど快適な環境となる、効果はあくまでも"緩和"だが、【火の制圧者】持ちのせいか、私はある一定の暑さからそれ以上暑いと感じなくなった。が、二人がだんだんこっちに寄ってきている。
「どうせ穿くなら早いうちに穿いたらどうだ?」
「ぐっ」
「そうだな、そろそろ覚悟を決めようか」
オレンジが混じり始めたあたりから、出現する魔物も火属性持ちのデカイネズミ、デカイ蛇が混じり始めている。火華ネズミ、火華蛇という黒っぽい体に溶岩が顔を出したようなオレンジの印を持つ魔物だ。この洞穴と類似性を持った姿。オレンジの数が多い、あるいは大きい個体ほど強いようだ。
「おい、ホムラ?」
「ホムラ、何故距離を取るのかな?」
「思ってたより絵面がひどい!」
立派な変態だ。股間が金銀に輝いている。後ろ姿がまたヒドイ。
「しょうがねーだろうが!」
「背に腹は変えられない」
そう口々に述べるガラハドとイーグルだがお互いを見ようとしていない。
ガラハドは、金のブーメランパンツに便所サンダルっぽいパカパカいうサンダル。
イーグルは、銀のブーメランパンツに普段つけているブーツ、脛当て付きの鉄靴というのが正しいのか? とにかく白っぽい金属製の膝から下の靴。
「予想外にガラハドよりイーグルが変態です」
「……っ!」
「わはははははっ!」
「くっ……、帰ったら一番にサンダルを買う!」
二度目も着る気があるということか。
こうしていよいよ『火華果山』の本格的攻略を始めたのだが。
「ぎゃー! ずれるずれる!! はみ出る!!!!」
「ガラハド、私の前に行くな! 不快なものが視界に入る!」
「なんだと! お前だって……」
以下、聞くに堪えないやりとりは自主規制させていただきます。
なかなかヒドイ光景を後ろから距離をとって見守る私。今日の私は魔法使いと回復役です、だってあそこに混ざりたくない。いや、いっそ混ざって隣に行ってしまった方が視界に入る確率は低くなる、のか?
近接職で体を動かすガラハドとイーグルは踏み込んだり避けたりするたび食い込んだりズレたり大変らしい。
「あれだ、上むきに収めると収まりがいいらしいぞ?」
ナニをとは言わんが。
「……、くそっ! 絶対おかしい!!」
「神器がパンツ形状なのは私のせいじゃないぞ」
飛び込んできた火華ネズミに【氷魔法】レベル35『氷のエストック』を撃ち込む。場所が場所だけに氷が大活躍だ。
「あんなに悩んだはずなのに!」
「カミラが倒れて血の気が引くような思いだったのに!」
一言ごとに敵に攻撃を叩き込むガラハド。
「まったくだ!」
イーグルも言いながら敵を横に薙ぐ。
「うん?」
何が「まったく」なのか? 疑問に思いながら二人の武器に氷の『エンチャント』を掛け直す。エンチャントはあまり使ったことがなかったのだが、属性の強いここでは、かけるのとかけないのとでは雲泥の差があったため、面倒がらずに切れる前にかけ直している。
「会った途端にパンツだわ!」
「潜伏先の提供を受ければランスロット様がいた」
「『火華果山』に向かう途中は騎獣があれだし!」
「『火華果山』ではまたパンツ!」
「真面目にカミラを心配して焦る暇がない!!!!!!」
「まったくだ!」
ちょっとだんだん二人がヤケクソになってきたんだが大丈夫か?
「パンツ姿で悩まれたり、落ち込まれても対処に困るのでいいんじゃないか? パンツの苦情はファルまで頼む」
「えっ!? この神器、水神ファルからだったのか!?」
「ランスロット様が寵愛を受けた女神!?」
驚く二人、若干パニクっている様子。
……ついバラしたが、他のどの神からだと思っていたんだろう。




