138.ハウス
「どの辺の高さに作る?」
島の中でも一際大きく、太い巨木を見上げる。
「あの隣の木の枝と交差してる三本目の枝の辺り?」
「あんまり上すぎると枝が混んでくるし、妥当かな?」
隣で同じように見上げているお茶漬とペテロが答える。
「枝からロープ垂らして滑り降りられるようにしようぜぇ!」
「おおお!!!」
「はいはい、建ててからね」
無駄にテンションを上げている獣人二人をお茶漬がいなす。
「登るのどうするでしか?」
「枝まで幹に螺旋状に板つけて、階段にしようか? まっすぐは急すぎる」
「いいね、頼んでいい?」
「【大工】上がってないからちょっと後からになるかな?」
基本の【木工】がないと、スキルを上げるにもかなり難儀することが判明。Tポイントをスキルポイントにするコースな気がしてきた昨今。
「うん、今回はとりあえず建てちゃおう。『転移プレート』設置してもらえれば出入り楽だし」
「おうよ! 登ろうぜ!」
「わはははは」
早速幹に取り付く二人組。結構な速さで登って行っていたが、苔で滑って戻って来た。
登るスピードが早いのは二人なのだが、所々で滑って振り出しに戻るため、着実に登っているのは菊姫だ。
……菊姫、完全に腕力で登っているのか幹に親指・人差し指・中指の三本の指の跡が点々と付いている。ズボッと幹に三本の指を突き立てては体を持ち上げてゆく姿は、幹に穴が空いていることに気がつかなければ一生懸命ひたむきに登っている幼女である。とりあえずスカートはやめてズボンを穿け。
「うーん、シンじゃないけど木の根元に扉つけて貯蔵庫作りたくなった」
「ああ、いいな」
人参・玉葱・ジャガイモの根菜類、プロシュート・ブレザオラ・パンチェッタのハム類、ゴルゴンゾーラ・ペコリーノ・アジアーゴのチーズ類、貯蔵庫という響きはおいしい夢に満ちている。
「毒には陽光は大敵だしね」
「それは是非、別な木にお願いします」
ペテロの夢は食物じゃなかった罠よ。
それにしても、あの生ハム、そのチーズで済ませてたのにすっかり名前を覚えてしまった。現実世界で注文する時は、現物か写真を見ながらするので覚える必要がなかった。それも日常的に買っとるわけじゃないしな。チーズなんか飲食店で頼む時は大抵「盛り合わせください」で終了だ。
が、こちらでは違う。買い物で探す時に便利なのはもちろん、生産する時も名前が分かっていたほうが強くイメージができるのか、それとも名前をもとに補正してくれているのか、上手くゆくし、作業中も安定しているように感じる。思い込みのジンクスみたいなものかもしれんが。
「おーい!」
「着いた〜〜っ!」
「がんばったでし」
ペテロと話しているうちに三人は枝に着いたようだ。
「今行く」
そう言って、ペテロがおもむろに木の幹を走り上がる。
「あ、ずるい!」
お茶漬が叫ぶ。聖法士のお茶漬は腕力も弱く、器用さも不足している。木登りは苦手なようだ、まだ最初の根を登った辺りにいる。
「よいしょ、失礼」
木の幹に張り付いているお茶漬に『浮遊』をかけて、背中辺りの服を掴んで【空翔け】。【空中移動】でもいいのだが、まだいまいち安定しない。
「うわをうううううううううう」
親切で持ち上げたら変な悲鳴を上げられた。
「じゃあこの辺に玄関が来るように設置でいいかな?」
「オッケーベイベー!」
「予定通り少し木の幹に埋まる感じだね」
「早く早く」
『建築玉』は赤玉で木や岩の中にも家を建てられる。お茶漬が昼間、住人の建築士に素材を持ち込んで用意してくれたものだ。ブランク玉の赤はレアボスの『ファイア・ポリプの卵』が素材だ。ボスを倒すと卵は十個出るがブランク玉を一つ作るのに二つ必要だったので、二体出るまでくるくるした。ついでに、その過程で出た青玉素材の『ウォータ・ポリプの卵』をロイたちに売り払って小金を稼いでみたり。
赤玉は木を傷つけることもなく、建てた家を中身の入っていない『建築玉』に仕舞い直して取り除けば幹は元どおりだ。
お茶漬に向き合うように大きな木箱が幾つもくっついたようなものが現れる。この木箱のようなものに『意匠玉』で屋根をつけたり、壁をつけたり窓をつけたりするのだ。最低限屋根と壁をつけねば耐久度の低下が起こる。
「とりあえず僕の独断と偏見で予算内で収まって、まあまあな壁と屋根ね。お金貯まったら変えて」
『意匠玉』を使ったのか、先ほどの箱が、木を組んだ壁に黒いスレート屋根っぽいシンプルな家に変わった。そして壁と屋根が変わっただけでなく、木の枝にちょこんと乗って不安定に見えた外観が、木の枝や根太(?)などで支えられ、そこにあるのが不自然でない見た目に変わった。
「むしろこれでいいんじゃないか?」
「周りに馴染んでるでし」
なかなかいいと思ったので素直に口にすれば、菊姫も同意見だったようだ。
「二階はそのまま上に作るとして、下の階どうする? 一階と揃えて作ったら間抜けだよね」
「おっと、枝の下にくんのか〜考えてなかったな」
「木の幹の中にくるようにずらして作るでし!」
「それが無難かな」
あーだこうだと当初の予定とレイアウトを多少変更し、箱は完成。わいわい言いながら玄関に入る、中は『意匠玉』を使っていないので木箱っぽいままだ。
「玄関に『転移プレート』設置でいいか? リビングにするか?」
「客も来るかもだし、玄関でいいんじゃね?」
「どこでも!」
シンはともかくレオは考える気はあるのだろうか。感覚で生きている男はこれだから!
「他に設置すると玄関使わなくなる未来が見えるから玄関で」
「そんな気がするね」
「せっかくだからちゃんとお外行くでしよ」
お茶漬が怠惰から来る未来を見通した結果、『転移プレート』は玄関に設置された。
「僕は転移の登録とかハウスの来客設定とかとりあえずしとけばいいのかな?」
「お願い」
「ありがとでし」
「私は家具やらの買い物の転移承ります」
「おお、みんなで買い物しようぜ〜!!」
一階のリビングやダイニングを見て回りながら軽く予定を打ち合わせる。来客があるときはパーティー単位の六人があり得るので、リビングはかなり広くなっている。そのリビングの壁から屋根へと小枝が二本抜けていてツリーハウスらしく、なかなかいい感じだ。広すぎる部屋の区切りにもなっている。
「じゃあ各自、自分の部屋へGo!」
「おうよ!」
お茶漬の言葉に、弾丸のように自分の部屋に飛んで行くシンとレオ。
「ホムラはほんとに窓のない部屋でよかったの?」
同じ方向に歩く、隣の部屋のペテロが聞いてくる。ペテロの言う通り私の部屋だけ完全に幹の中で窓が無い。
「ああ。個人ハウスも持つ予定だし、ここの風景部屋から見たくなったら、上の枝にでも小さいツリーハウス造るから大丈夫。それに続き部屋で増やせるし」
部屋も後から付け足せるのだが、平地でない場所に建てたことだし、横に伸びると不恰好になるため、増やすなら他の枝か木に、若しくは幹の中に、ということになっている。私の部屋はもともと幹に埋まっている端の部屋なので隣に増やせるのだ。
私の部屋は北西の角部屋、ペテロは南西の角部屋。レオやシンはセカンドハウス的に他の木にツリーハウスを造る気満々なため、階段を挟んで私の隣に二つ並んでちょっと日当たりが悪い北側の部屋。東端の二部屋分がお茶漬、ペテロとお茶漬の部屋に挟まれて南に面して菊姫の部屋と客間がある。
菊姫曰く「部屋を増やす金があるなら服にする」
お茶漬曰く「レオとシンは金欠でどうせ増やせ無いでしょ」
と、いうわけでお茶漬とペテロ、私が角部屋なのだった。個室の代金はそれぞれで持っているのでお茶漬は二部屋分すでに払っている。そこはかとなく私より金持ちなんじゃあるまいかとそんな気配。販売は時価情報を調べたりマメで要領が良いと、生産やドロップ目当てで戦闘をせずとも、買取して販売するだけで儲かる。値上がりしそうなアイテムを安いうちに買い込んで、需要が多くなるまで寝かせておくとか、予測と計算高さも必要で、お茶漬の方法は私には真似の出来ない稼ぎ方だ。おまけにお茶漬は需要が多いか、切れないような生産を選んでする。
マメに調べるよりも戦いたい脳筋です。
部屋に入るとここもまた箱の中。もともと結構広めなのだが、壁・床・天井が同じ素材なためかガランとしてさらに広く見える。なんだか変な気分だ。
闘技大会の暇な時間に間取りを話し合い、もうサイズは分かっていたため、仕事中(爆)にメモした図の記憶に沿って『意匠玉』で間仕切りの壁を造る。開店と同時にトリンの店に駆け込んでカタログを指差した迷惑な客とは私のことだ。
奥側に風呂と洗面所、ベッドを置くスペースを壁で仕切る。広く取った入り口側はゴロリと横になれるように三人がけのソファとローテーブルを置きたい。
間仕切りの壁に合わせた落ち着いたこげ茶色の木の壁、同じく床。四角かった天井を梁の見える勾配天井に替える。窓はないが、屋根裏っぽいというか穴倉っぽいのがいい感じ。店舗の部屋といい、私には屋根裏に対する憧れでもあるのだろうか? 単に秘密基地っぽくってわくわくするだけかもしれんが、自分の知らなかった一面だ。
トリンの店では、個人ハウス用の『建築玉』も購入。こちらはとりあえず玄関、崖の中に作る予定なので、岩の中を味わうための玄関からの廊下。台所とダイニング、居間。他は後でゆっくり考えようと思う。
その後、自分の買い物とみんなの買い物のためにあちこち転移して、ベッドやソファ、絨毯などを購入。まだ暑いというのに、つい石造りの暖炉まで買ってしまった。
金が無い! というシンとレオのためにドロップが高く売れそうなところを選んで何度か戦闘したりでシンたちのログアウト時間が来たため、パーティーは解散。販売と生産をするというお茶漬やペテロと別れて店舗に向かう。
あれです、ついでに店舗の自室用のベッド用布団一式をようやく購入しました。
「お帰りなさい、主」
ベッドと布団一式を無事設置して階段を降りると年齢不詳の美形が穏やかに微笑んでくる。まあ、その隣の竜人共々、ベイクドチーズケーキを手づかみで口に持っていきかけてるタイミングだったわけだが。
この二人は【気配察知】やらそれより精度の高い察知系のスキルを常時展開してるっぽいので腹が減るのは仕方が無い。お陰で開店時はいつも混んでいる割にトラブルはほとんど無い。……食い荒らすのが甘味だけなことには突っ込みをいれたいところだが。
「主、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
本日も閉店予定時間前に売り切れたのか、ラピスとノエルもいて、左右から抱きついてくる。
ただいまと応えながら、二人を撫でる。ラピスはふかふかもふもふ、ノエルはしっとりサラサラな髪の毛だ。尻尾もきっとそうなんだろうな、などと想像しつつ思う存分もふりたい誘惑に耐える。
「そういえば、お客様から複数『優勝おめでとう』と伝言をもらいましたが、闘技大会優勝したんですか?」
レーノが伝言を伝えながら聞いてくる。さっき売買の履歴をみたら一言メッセージもおめでとうの嵐だった。観客からは、変な仇名……じゃない称号つけられた記憶の方が強いのでストレートなお祝いが少し嬉しい。
「ああ、優勝したぞ」
「主、おめでとうございます」
「主、おめでとう」
私に体を預けるように抱きついている二人が、私を見上げてお祝いを告げる。可愛い。
「おめでとうございます、バハムートを使ったというのはもしかして主ですか?」
「もしかしなくても私だな」
カルは花を降らせたことまで知っているのか、噂の速さは侮れないな。
「おめでとうございます。幻術と糸とミスティフですか? ミスティフは姿を隠されると厄介ですね」
「ありがとう、白は大活躍だ。ところで店はどうだった?」
「変わりありませんが、少し売り切れるのが早くなった気がします」
ちょっと照れるので話題を変えると、ノエルが報告してくれる。
その後はラピスとノエルが帰る時間になるまで、もう知っているレーノがいるので白の事を話したり、ファガットのお姫様の話をしたりして過ごした。左右から抱きつかれて座りどきがわからんので、椅子をやめてソファか絨毯とクッションで床に座るか、ちょっと考えたい今日この頃。だがスペースないんだよな、酒屋の三階に手をつけるか。
だがあれだ、ソファを導入するとずっと左右からくっつかれっぱなしになるのだろうか。もふりたい欲求に葛藤している私をキラキラした目で見つめるのは控えていただきたい今日この頃。
そしてそろそろ私もログアウトして寝ねば、明日の朝がやばい。




