137.巨木の島
こんばんは、ただいま尋問中のホムラです。
尋問には紅茶のお代わりと、イチジクのタルトがついた。とりあえず、他言無用は約束してもらっている。
「さっきの現象から考えるに、この世界でどんなに訴えても信じてもらえんどころかこっちがおかしな人扱いになるだろ。やらんわ」とのこと。他の三人もそれぞれの言葉で内緒にしてくれると約束してくれた。
「で? 何故NPCのフリなんかしてるんだ」
「私は別に自分からNPCと名乗ったことはないぞ」
「クランのメンツは知ってるのかにゃ〜?」
「知ってるぞ?」
「あのメンツは何も言わんのか?」
「言わないな。付き合い長いし、一緒にやるときは装備で能力調整してるから敵を奪ってしまうこともないし。セカンド作れるゲームのときは大体2キャラ入れ替えでレベル調整したんだがな」
ログイン時間の長いお茶漬と、つい篭って戦闘を繰り返してしまう私のレベルが突出してしまうのだ。ログイン時間制限の無いゲームではお茶漬は三キャラ目にゆくことさえある。
レオは寝落ち常習犯で、菊姫も私に比べれば早寝、シンは仕事柄午前様が多かったり。ペテロはペテロでマニアックなことをしているのでレベルの上がりは遅め。
大抵、私とお茶漬はファーストはソロができるレベルまで上げて、セカンドはレオ達とレベルを揃えておくパターンだ。同じレベル帯でないと、パーティーでの攻略の楽しさが半減する。もっとも、当人達がレベルを上げたいと言えば、お茶漬と二人で高レベルのファーストキャラに替えて、地獄のボスツアーを開催したりしたが。レベルが低い人の経験値稼ぎに、経験値の多く入る攻撃は任せて、本人は攻撃せずに盾になって守るという話も聞くが、黙って殴られている趣味は二人とも無いのだった。
ボスツアーの合言葉は「とりあえず死ぬな」である。
「いや、まあ、一緒に攻略するにはそれも大切だが……」
「気にするポイントがずれてる気がするにゃー」
微妙な反応が返ってきたんだが何でだ。
「むしろ何がどうなってそうなったのか聞きたいわね」
「住人との出会いと、たまたま神々と続けざまに会ったから?」
「疑問系なのかよ」
炎王たちと一問一答、素直に答えるワタクシ。
この前はエリアスに質問されていたのだが、装備のあれこれが、ガルガノスの意匠だと教えたら、国を渡る気に拍車がかかったようだ。ガルガノスの居場所を教えるのはどうかと思ったので、取引き先のパストを教えた。まあ、私でも行きあたったのだからナヴァイで何人かに聞いたらすぐ分かる話なのだが。
「……ふふ」
エリアスが小さく笑いを漏らす。
「なんだ?」
怪訝そうな炎王。
「六人揃って鍋戦隊っぽいわねん」
「エリアスにベストショットを送ってみた」
ちょっと尋問に飽きたので、鍋発動直後の六人をそっと送信。アイテムを使った手の動きが、戦隊モノのポーズをとっているように見えなくもない、お気に入りである。
「鍋……」
ガックリきている炎王。ホムラがレンガードであることの証明にすでに数枚披露しているのだが。鍋は私のせいじゃないぞ? 文句はロイに言ってくれ。
「うまく撮れてるにゃー」
「……戦闘中、時々動きが止まってたのはSS撮ってたとか言わないわよね?」
「黙秘します」
紅茶を飲む手を止めたギルヴァイツアに、半眼で聞かれた。
「闘技大会でプレッシャーを覚えるほど神々しかったり、格好良く見えたのは、絶対黙ってたからだろう貴様」
「褒められた」
「褒めとらんわ!」
ちょっと照れたら炎王に否定された。格好良いって褒めてると思うのだが違うんだろうか。
「褒めてるにゃ、褒めてるにゃ」
「NPCは好かん! とか言ってたのにレンガードだけは気にしてたわね〜。まあアレだけ派手なら仕方ないかしら。しかもNPCじゃなかったし」
「うるさい!」
ぷりぷり眉間に縦皺出している炎王だが、気になることが一つ。
「住人嫌いなのか? 何故?」
「別にNPC全般を好かんわけじゃない。プレイヤーが連れ歩くNPCが気色悪いんだ」
憮然としてタルトをフォークで突き刺して割る炎王。
「なんでまた」
「ファイナのパーティー同士協力するダンジョンでちょっとね。そういえば迷宮で貴方たちと会う少し前だったわねぇ」
「強いくせに唯々諾々とプレイヤーに従ってるなんて変だろうが。どうせなら人間的にしなけりゃいいのに、半端に人間臭いせいでプレイヤーがする無茶な命令を、なんやかんや理由をつけて結局それに従うのが胸糞悪い」
「そういえば強制的に呼び出せるんだったか。住人じゃなくてプレイヤーの方に怒ればいいのに」
呼び出されたことはあっても呼び出したことがないのでどんな状態になるのか分からんが、"理由をつけて"ということは、住人が無茶ぶりにも従う後付けな理由をブツブツ言いつつ戦っているのだろうか。それは確かに無茶苦茶嫌だ。
「ゲームだからな、そういうシステムなんだし利用するのが悪いとは言わん。言わんが気色悪いんだ」
旨い紅茶を話のせいで不味そうに飲む炎王。
「ゲームしとるんだな。いっそ普通に人だと思って対応した方が楽しいぞ、この世界」
どうやら私の知らない葛藤がある様子によくわからんまま言う。葛藤はよくわからんが、細かいことは気にせず、普通の人間だと思って行動した方がより楽しめるのは知っている。
ガラハドたちや、雑貨屋のメンツ、顔なじみになってきたその他の住人。みんな個性的で好きだ。
ところで炎王が素直なのかヒネくれてるのかイマイチ判断がつかないのだが判定はどっちだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ん〜、やっぱり高いけど最初のとこがいいでし」
「土地に余裕があるあそこね」
「オレもそれがいい」
「オレもオレも。あの島、沢があったから魚放流して釣りしたい!」
「ハウスの他にツリーハウスも建てられそうだなあそこ」
「私もそこでいいよ。他人に見られずに忍者の修行できそうだし」
クラン面子の全員がログインしたところで、わいわいとファガットが異邦人に解放している土地を見て回っている。土地といっても数多く点在する小島だ、移動は小船である。案内はファガットの商業ギルドの職員。ファガットの小島は他の国と比べて値段が高めなせいか、他のハウスを建築する土地の購入見学者に会うことは少なかった。まあ、道ではなく海を移動しているせいかもしれんが。
シンとレオは昨日、カジノの床でログアウトしたらしく、賭け事の結果はお察しだ。ハウスの資金は先にお茶漬に預けているので問題ない。
綺麗なコバルトブルーと白い雲。点在する島をつなぐ海は透き通っていて浅いため、下を覗けば海底が見える。それでも深いところは四、五メートルあるだろうか。船をこぐ丸太のような腕をした獣人の男性は、風の神ヴァルの祝福持ちだそうで、小舟は風をはらんだ帆に助けられ結構なスピードで海を滑る。移動は退屈なことが多いが、これは楽しい。船酔いの心配もないしな。
「では最初の島のご登録ということでよろしいですか?」
「お願いします」
職員の言葉にお茶漬が代表して答える。
闘技大会の試合の待ち時間に間取りは決めているので、すでに『建築玉』はお茶漬が用意済み。島を購入して建てる場所を決めればすぐにハウスをいじれるようになる。建てる場所も最初に見に行ったときに、島の中央に生えている巨木にほぼ決定している。なにしろその巨木を気に入ってその島が第一候補になっていたくらいだ。
間取りの方はシンプルだ。一階に玄関ホール、キッチン、ダイニング、リビング。階下に生産設備――これはお茶漬と菊姫、ペテロがカジノの景品の自分で使う生産設備をクラン面子にも自由に使えるように解放してくれる。厨房設備も『転移プレート』を私が出したし、食うのは全員だからと三人出資のカジノ仕様だ――、二階に客室を含む七部屋。
個人の部屋の拡張はしたければそれぞれ『建築玉』を取得してやることになっている。
商業ギルドの仮出張所みたいな一室で早速購入手続きを進める。
「船着場はどうされますか? 小舟のご購入先もご紹介できますよ」
クランマスターのお茶漬がサインしたところで商業ギルドの職員が聞いてくる。
「後から頼むこともできます?」
「はい、可能です」
「じゃあ後からお願いします」
カタログ抱えた職員は笑顔だが少し残念そうに見えなくもない。『転移プレート』があるので金のかかる設備はとりあえず後回しだ。特に小舟に喜びそうな二人組がまた金欠だからな。カタログから選んだのは結局クランハウス用の共有ストレージだけだ。
手続きを終えて小島に移動。点在する島のほとんどが家を一軒建てたらいっぱいいっぱいな大きさの中、その島々の五倍はある。まあ、十倍近くある島もあるので一番大きいわけではないのだが。複数のクランが入れるさらに大きな島もあるが、そちらは広くてもクランで占有できる小島より安い。値段が手頃だし、提携している戦闘クランと生産クランが一緒に入るとか需要はありそうだが。
再び海を移動して、今や私たちのものになった小島に上陸。船着場がないので下見に来た時と同じく、浅瀬をチャプチャプ少し歩くのだが、それも嬉しい。
「何かありましたらギルドへ連絡を」と言い残して職員を乗せた小舟は帰って行った。
商業ギルドに頼めば、島ごと他人が入れない結界やら、他人が上陸したら分かる結界やらオプションがあるのだが、今の所船を持っている異邦人もいなそうだし、住人はわざわざこんな所に来ないというのでまだ何もしていない。
ハウスの方は店舗と同じく、鍵をかければ他人が入れないシステムだし必要ない。と、思っていたら【シーフ】の上級職は通常の鍵は開けられることが判明。泥棒を生業に選ぶ【盗賊】も普通にいる、なんとなくまっとうな冒険者の方を「シーフ」、泥棒の方を「とうぞく」と呼びたくなるのは私が日本人だからだろうか。
鍵にもRankがあることを商業ギルドで教えられた。店舗の鍵Rankはデフォルトで一般住宅より高Rankが付いているそうだが、ちょっと考えよう。【結界】もいい加減取りたい。
「ひゃっほ〜っ!!!!」
「南の島だ〜〜〜〜っ!!!!」
せっかく上陸したのに海に向かって走って行く二人組。
「はいはいはい、家の設置してからね!」
お茶漬先生が引率する。フリーダムな生徒が混ざった引率は大変そうだ。
島をふちどるようにある白い砂浜は短く、すぐにものの大きさの感覚が狂う巨木巨石の中だ。一番小さな島で巨木の島は、遠くから見ると木が海から生えているようにも見え不思議な風景だ。私たちが少し大きめな島を選んだのは島を眺めた時、大きな方が島らしいからだ。一本二本の巨木よりも自分が小さくなった気分を味わえる。
自分の背丈よりも太い木の根の下を通り、巨木の中でも一際大きい島の中央にある木に向かう。苔さえも、モコモコと柔らかいがブロッコリーくらいの大きさがある。前回上陸して、ギルド職員の案内のもと踏み分けた苔の跡で迷う心配はない。狭い島だが周り全てがでかいので巨木の幹を迂回したり、大岩に行く手を遮られたりで真っ直ぐ進めないため、地図を見てもあまり意味がない。
「でっかいでしね〜」
「不思議な気分になるな」
「アブク銭入ってよかった、よかった」
「ほかだと直ぐに着いちゃうもんね」
四人で話しながら歩く。闘技場の賭けで勝っていなかったらこの島は手に入っていなかったろう。ファガットの島では一番小さなものも購入は難しかったかもしれない。特に金欠二人組に合わせると現実的にファストか、戦線の際になりそうなアイルの街かのどちらかになっていただろう。
その二人はあちこちに走って行ってはこちらに戻ってを繰り返しているため、この会話に混ざっていない。あんまり苔を荒らすな。
「小人になった気分だな」
遥か頭上に枝を伸ばす木々を眺めながら言う。
「鵜匠になった気分も若干……」
「二匹いるけど、何も取ってこないね」
「でしでし」
本日も通常営業です。




