135.お隣さん
本日はクランハウスの取得に向けてみんなで集まる予定だが、まだお茶漬とペテロしか来ていない。お茶漬は昼間っからずっと【建築】のレベル上げに勤しんでいたそうだ。カジノの景品を幾つか売り払って元手を作ってシルに任せて延々と上げていたらしい。
延々と、と言っても週単位で入れる時間の上限があるので入りっぱなしというわけでは無かった様だが。お茶漬は、みんなのログイン時間帯になるべく居られるよう調整している。制限があるのはこの世界に耽溺しすぎると現実世界にいろいろ支障が出るのでその辺は仕方がないと思う。どっちにしろ勤め人には、ほぼ関係のない制限なので私は気にしたことがないのだが。
せっせと【建築】のレベルを上げていたお茶漬だが、クランハウスは各々素材も集めたことだし、待ちきれないので『建築玉』『意匠玉』は住人に依頼することになっている。
お茶漬は小さな店舗を持つことにしたらしく、現在土地を物色中だそうだ。生産職ではないので素材販売と、これから来るだろう建築ラッシュの時に『建築玉』で儲けるつもり満々だという。鍛冶や裁縫など装備か戦闘で使う消耗品の生産職が多いので、先行して販売を始め需要が集中するのを目論んでいるようだ。
現在、異邦人の店舗もだいぶ増えてきて、希望者も多いらしく、南西に区画を広げる工事も順調のようだ。終了すれば新たな商業区として異邦人に解放される。工事に携わる中にはスラムの掃討時に保護された流民達もいる、現在は神殿と領主、商業ギルドが建てた西壁に面した共同住宅に住んでいる。異邦人向けの商業区が軌道に乗れば、今度は店舗の従業員としての需要を見込んでいるという。
……商業ギルドのモスギルド長は流民達の多くが子供なことに頭を悩ませていたが、杞憂だと思う。むしろ異邦人が働き盛りの成人男性を雇う図が思い浮かばない私は毒されているのだろうか。
夜間は住人の店は閉まっているのでトリンに会うこともならず、私も【大工】のレベル上げをしないと『意匠玉』が作れないので、雑貨屋と酒屋の生産をさっさと終えて、久々に生産施設のお世話になりに行くことにした。【ガラス工】もいじってみたい。が、その前に私が使わない素材を売り払おう。
夕方トリンの店に駆け込めば間に合ったかもしれんが、ラピスとノエルが喜んでくれたので良しとする。結果的にカイル猊下とすれ違わずに済んだし。
迷宮五層目くらいまでなら、最近パーティーが行っているらしいし、そこまでの素材は適当に売り払っても問題ない、迷宮素材は道中の物も含めてまだお高めだし、下がる前にさっさと売り払いたい所。問題はそれより後の素材だ。
シードル・シー・ドルンの『粘糸』『繭玉』、『妖精の反物』『ファル・ファーシの絹』辺りは懐が温かいはずだし菊姫に売ろう。シードル・シー・ドルンの『強毒』はペテロへ。『短剣』……は微妙だろうか、直刀ではないというか普通に西洋風の短剣なのでクラン面子に使用しとる奴がいない。使えるのはペテロとレオだが……レオに聞いてみよう、確か時々短刀でない物も使っていたはず。『鋼糸』はペテロに頼んで私の武器に加工してもらおう。
サラマンダーの『皮』や『鱗』、『毒吐く漆黒の亜竜の皮』、ファル・ファーシの『顔の表皮』『靴』は服か軽鎧用だろうか。サラマンダーの『炎』は生産過程で炉に放り込むと火系の追加効果がつくらしい、ルバに差し入れようか。
『血闘のオーガの籠手』『毒吐く漆黒の亜竜の小手』
籠手と小手はどう違うんだろうか。小手は本来は人間の身体の、手首から肘までの部分? ああ、甲の部分がないのか小手。剣道の小手だとちゃんと先まで付いとる気がするが、ここではそういう分け方なのか?まあいいか。
『血闘のオーガの籠手』はSTRアップと素手、あるいはナックル装備の場合、ダメージに補正有り。はい、思い切り使いません。『技巧の手袋』よりも能力的には上なのだが、私向きではない装備。活用する方法としては、生産の材料として使用して能力の書き換えをするとかか? 素直にシンに譲った方が良さそうだ。
『毒吐く漆黒の亜竜の小手』は小手にしては破格の防御力、近接攻撃時に強毒の追加効果。こちらも能力的には大変惜しいのだが、私は回避タイプなのでやはり装備するなら『技巧の手袋』もしくは『妖精の手袋』のほうが魅力的だ。ペテロを見てると毒もいいじゃないか、と思うのだが。
迷宮十層三匹のオークまでの素材はお隣のところに持ち込もう。何気にZodiacって攻略トップの方にいるというこの事実。まあ、お茶漬は昔から要領が良く、昼間よく一緒にいるカルマと他のゲームでもいい意味で話題になっとったが。
クランの面子は全員新しい所へ行くのが好き、死に戻りも苦にしないタイプ。自キャラ萌えの菊姫でさえ、全体から見れば攻略寄りではあるのだが、中々予想しなかった事態。最初にレオの森を突っ切りたい希望を聞いて、結果的に全体回復効果を持つ精霊を初期に全員がゲットできてしまったことが大きいのか。レオ様様だな、よくピンチにされるけど。
つらつらそんなことを思いながら馬車から降りる。仮面無しで神殿経由、お隣行き。扉を開けて十メートルないというのにこの回り道。さすがに閉店済みの店舗の正面から出ようとは思わなかったが、材料を消費し終えるまで販売用の生産を終えて、酒屋から出ようとしたらカルから教育的指導が来た。なんか知らんが、雑貨屋の周辺にも酒屋の周辺にも不審な異邦人が多いそうだ。闘技場でやらかしたからだろうか? ちょっと面倒だなと思いつつも、買取の属性石の量が跳ね上がっていたので悪いことばかりではない。
エリアスの店【アトリエ】の扉を開けると、本日は客がいっぱいだった。
というか、炎王とギルヴァイツア、クルルがいて賞賛されたり質問されたりしていた。エリアスはそんな客たちをスルーして装備のメンテナンスをしている様子。
「エリアス、こんばんは。素材を売りに来たのだが今大丈夫か?」
取り囲まれた大人気の三人を避けて、カウンターの奥のエリアスに声をかける。カウンターの自動買取機能の一覧には売りたいものと合致するものはなかったが、説明書きにボスドロップ装備・迷宮素材別途相談の一文がある。
「あらん、お久しぶり。大歓迎よん」
ちらりと炎王たちが取り囲まれている人垣を見て、煩いからと三階に誘われる。二階は店舗なのは下からでも雰囲気でわかったが、三階もなのかと思ったら店舗ではなく許可のあるものしか入れないパーソナルスペースだった。シノワズリというのか中国風と洋風が程よく混じった部屋だ。
「私がログインするより先にあの状態でね、全員私のお客でもあるから追い出せないし、何もないのに奥に引っ込むのもわざとらしいし、ちょっと嫌になってたところなのん」
言いながら紅茶を白いポットから注いでくれた。茶盤に乗った中国茶器のセットが飾られているのが見えるのだが味の嗜好は紅茶なのだろうか。
「ふふ、友人が作ってくれたのよん。でも茶器は有っても肝心のお茶がねん」
「なるほど、ファストは国名の割には西洋風の文化圏だしな」
眺めていたことに気がついたのかエリアスが説明してくれる。確かに中国茶はジャスミン茶以外見かけない。そのジャスミン茶も紅茶に花の香りをつけた茶色いお茶だった気がする。どちらかというと紅茶のフレーバーティー?
「紅茶があるということは、茶の木があるんだから作れる気はするがな」
「あら、そうなのん?」
「発酵度の差だろう?中国茶には疎いが、日本茶の"ベニフウキ"から紅茶のレッドプレミアムが出来たと聞いたことがある。紅茶は中国茶を輸入する船便の中で発酵しまくって紅茶になったという説が出るくらいだし同じ茶木なんだろう、たぶん。味の差は木の品種と気候とかあるのかもしれんが」
「調べてみようかしらん」
「それにしても烈火の面子が来ているなら、今は迷宮のドロップは足りてるのか?」
「あの子たちは装備のメンテで来てるのん。迷宮のドロップなら幾つでも歓迎よん。友人からも機会があったら買い取って欲しいって頼まれてるから、売ってくれるなら私が使わない素材も買い取るわん」
ん? あの子? どの子ですか。 若干引っかかったが、エリアスが要らないものは遠慮なく弾いてくれていいと伝えて、売買ウィンドウに売りたい素材を並べてゆく。相変わらずつけるのが面倒なので値段はエリアス任せである。
大地やハルナ、あと誰だ、聖法使いの彼がいないのはログイン前だからかと思ったが、装備のメンテならば違う店に行っているのだろう。あ、思い出したコレトか。
「そういえば、譲渡不可の武器の加工はやはり本人がやらねばならんのか?」
「ん――、いいえ、力の小手の時のように所有権を移さない制作依頼で可能よん。加工しちゃったあとは別のアイテム扱いになって譲渡も可能になるわん」
ウィンドウから目を離さず、値段をつけながらエリアスが答える。
「こんなものかしらねん。初めて見たアイテムはちょっと他と比べて高めにつけたつもりだけど、需要がわからないからもしかしたら安くなっちゃってたらごめんなさい」
「問題ない、ありがとう」
なにせ私が相場のリサーチをサボっていて分かっていない。もっとも、迷宮のアイテムは滅多に委託販売には出ず、こうして生産者と直接売買が多いため、リサーチをするには何軒か値段の交渉をして回らんとわからんわけだが。あとは掲示板か。
「それで……」
「姉さん、ゴメン」
エリアスに思い切って『血闘のオーガの籠手』『毒吐く漆黒の亜竜の小手』の加工を頼もうかと思ったらギルヴァイツアたちが入ってきた。
「姉?」
「ってあら、ホムラ?」
「知り合いだったのか」
「こんばんわにゃ〜」
「こんばんは」
とりあえず、挨拶を返す。
「こっちではエリアスって呼んで?」
「あら、ごめんなさい」
入ってきた時、ギルヴァイツア素だったな、姉弟だったのか。まさかの姉妹かもしれんが。そして私が知りたいのはリアル性別ではなくて、キャラの性別なのだが。そのぺったんな胸はぺったんなだけなのか元々ないものなのか教えて下さい。
「邪魔か?」
「いや、私の用事は済んだところだ」
エリアスとギルヴァイツアのやりとりに目をやりながら炎王が確認してくるのに答える。
「闘技場の二位の賞品に狐の進化石あったわよ」
「あら、貢いでくれるのん?」
「無茶言わないで、ポイントなくなっちゃうわ!」
「烈火はすっかり有名人だな」
「ちょっとめんどくさいにゃ〜」
「エリアスの店の中で、エリアスの客じゃ追い払えないしな」
炎王は相変わらず眉間に立派なシワを飼っている様子。こっちはこっちで三人で、ギルヴァイツアとエリアスのやりとりを眺めながら会話をする。エリアスも狐を目指しているのか、確かに似合いそうではある。
「まあ仕方がない、有名税だと思って我慢するさ」
「仕方ないにゃー」
炎王がため息まじりに言う。
すみません、その税金絶賛滞納中です。




