11.再び合流ともふもふの誘惑
生産材料屋から外に出ると、西に黄色く輝く月とその大分遠くに小さく白く輝く月が見え、振り返れば建物の屋根のうえ、東の空がうっすら白いような紫色にみえる。そろそろ夜明けが近いのだろう。
こんな時間だというのに広場は行き交うプレイヤーが大勢いる。私もその一人であるし、冷静に考えれば現実時間で二十二時前なのだから混むのは必然なのだが、この世界がリアルすぎてついこんな時間なのに、とこの世界の時間で思考してしまう。
そんなことを思いつつも【気配察知】と【動物魔物鑑定】に勤しむ、鑑定は同意を得ないままかけていることに多少ながら罪悪感を感じるが、結果をみないまま流しているから許せ!
ゲームによっては別に装備の参考にキャラ情報を見たりするのは普通のことだったりする上、お茶漬曰く掲示板にスキル上げのために紹介している方法とのことで、多分多くの人がやっているのだが、ここは本当にリアルすぎて勝手にプレイヤー名を見るだけでもちょっと気になる、だがレベルも上げたいので割り切ることにした。
一番混雑するギルド前を抜けて、宿の食堂へ向かう。そういえばこの宿もギルドと同じくこげ茶の床板と柱、白い壁だが、装飾がほどこされギルドより華やかに見える。壁には灯りと灯りを反射する鏡が交互に掛けられ廊下は思ったよりもはるかに明るい。
「おー! きたきた」
レオが食べるのを止めて手を振ってくるのに手を振り返して、朝食引き換え用の木片を入り口で渡す。
「待たせた」
空いている席に着くと、短く挨拶する間にすぐに朝食が配膳された。
本日の朝食は、小さめだが厚切りのトーストにジャム、サラダ、チーズ三種、ハム三種、オレンジジュース。
まだ食べるのかって? もちろん食べるとも。
「レベルいくつ上がったんだ?」
現実時間の朝からぶっ通しでやっていれば、この世界で三日、四日過ごしたことになるのだからかなり差が付いたろう。
「14になったぞ~」
4レベル差か、あとシンは飲み込んでから話せ。
「アタッカーが減ってちょっと効率悪かったね」
ありがとうペテロ。
「ホムラ、レベル10あるよね? 転職全員でして戦闘しようかって話になってるんだけど」
美味しいものをちょっとずつの男、お茶漬が提案してくる。小食な割りに頼む種類が多く、残していることも多いが皆に釣られて全部食べて動けなくなっていることも多い。
「私にあわせてくれなくてもいいぞ。この先もログイン時間はずれるだろうし、次に会うときまでには私の休み中にレベル追いつくだろうし」
これまでのゲームでもお茶漬以外はむしろ私の方がレベルが高いことが多かった、初日の昨日はともかくレオと菊姫は寝る時間が私より早く、ペテロは仕事の拘束時間が一般より長め、シンは通勤距離が長いため普段ログイン時間が私より短いのだ。
「わたち、【仕手】がとりたいでし」
「オレもどうせ遠距離とるなら【火魔術】とって火炎拳にならないかやりたい」
「同じく魔術とって忍術を」
「弓はとうとうやめたのか」
おもわずペテロに突っ込む。
「なので今日明日で二職目の転職条件レベル20まで上げて転職して元に戻す予定でお願いします」
「了解」
お茶漬が知っているということは掲示板にもう二職目で転職した人がいるのか、シンたちも14になっているのだから早い人はもっと先に行っているのだろう。
「なるほど、私は剣士でいいのか? 回復は? レベルが低い私が剣士だとヘイトとれない気がするぞ」
ふと思ったら回復がいない気がするのだが。
「ふはははは! 回復はオレだ!」
「えっ!? 全滅フラグ!?」
レオは世界のあちこちを回って釣りをしたいらしく、足が速くて隠れられて自己回復できるようになりたいらしい。いったい何の職になるつもりかは謎だが。
「大丈夫、レベルは高いけど、スキルレベル低くてみんなそんなにダメージいかない」
食後のコーヒーを飲みつつ言うお茶漬の言葉にも不安がぬぐえない私だった。
いない間の話を聞くと、私が労働に勤しむ間にエリアボスとフィールドボスの初討伐、新しい街へ初到達があったそうで、それぞれワールドアナウンスがあり、初討伐、初到達を成したプレイヤーには特典がある旨も案内があったそうだ。
朝食を終えると、いったん広場に出て中央までの辻馬車に乗り神殿を目指す。
生産職以外の転職は今のところ神殿で行われている。
「ホムラ、神殿で祈ると光か闇もらえるってよ」
また掲示板をチェックしているお茶漬が声を掛けてきたのでガタゴトと揺れる馬車の音に負けないように声をだす。
「おお? 祈るだけでいいのか?」
「うん、剣士も回復とって祈ると光もらえるみたいね」
「パラディンコースか」
「戦士目指すからいいでし」
「暗黒騎士も有りそうだな」
「昨日、教えて貰って俺も月とってきた。星も欲しかったな〜」
「ギャグか!」
「ペテロとレオはスラムに盗賊ギルドあるってよ」
スキルは使わなくても、他の使った同系統のスキルの経験値が一部入るなど、お茶漬先生の掲示板情報を聞いていたらあっと言うまに神殿に到着、実はまた酔い気味だったので助かった。
「転職後の装備ってどうする? 工匠区いく?」
「工匠区なら早く開いてるかな~」
工匠区の店は工房も兼ねていることから作業する関係で夜明けとともに活動が始まり日が落ちるとともに閉まることが多いそうだ。住人の活動時間の基本は太陽である。
「武器貸し出しするでしよ~」
「転職まで交換するか~!」
「ありがとう、初期装備は貸し出せないし、私杖一本しかないけどどうする?」
シンとペテロに問いかける。
「シンどうぞ~私安いの買うから、かわりに働いて!」
「おーありがと~、防具は貸し出せないんだよな?」
「防具貸し出しできないのはサイズ的なあれなのかね?」
「ホムラ祈ってきたら? とるなら早いほうがいいよ」
「そうだな、祈ってくるから、工匠区先行ってくれ。菊姫、防具屋のお勧め移動したら教えて」
「すぐ終わるんじゃないの? 拝殿まわっても結果は変わらないから祈りの間だけでいいって掲示板に書いてるけど」
「ここ拝殿六つあるし、神殿初めてだから一応全部参拝しとこうかと思って。全部祈ってたら時間かかるし、私は武器選ばなくていいから」
「なるほろ、了解」
「はいでし! いってらっしゃい~」
「じゃあその防具屋で集合な、いってら」
「いってきます」
「いってらしゃい~」
南から領主館への大通りと東西の大通りの交わる場所に四角い広場があり、神殿はそこの北西に広場を四分の一囲うように建っている。北にある正方形の拝殿だけでも冒険者・商業両ギルドを合わせたよりも広く、正に白亜の神殿という感じだ。
転職の受付は東の入り口から入った場所にあり、此方は建物の様式が違うので後から建増しされたものだろう。転職受付や事務所、僧侶の住まいがあり、祈りの間で拝殿と繋がっている。
この世界で信仰を集める神々は六柱あり、猛々しい赤い髪の青年の姿をとる戦と再生の神アシャ、たおやかな銀の髪の女性の姿をとる自由と旅人の神ヴァル、優しげな老婆の姿をとる豊穣と大地の神ドゥル、金髪の男児の姿をとる商人と職人の神ルシャ、青い髪の女児の姿をとる愛と狩猟の神のファル、長い髭を持つ老人の姿をとる魔術と錬金の神タシャの像が中庭を巡る回廊のような造りの建物に祀られていた。
神殿に入ってすぐにある広間の正面が中庭で、ここは扉もなくそのまま外が見える、神殿の屋根を越しそうな広葉樹の巨木が一本生えており、その若木らしいこちらも幹周りが立派な木が何本か。あとはよく手入れされた下生えだ。
広間から右に行くとファル、左に行くと祈りの間だ。何人か魔術士や剣士らしいプレイヤーが祈りの間に吸い込まれてゆく。チュートリアル中の様に別空間らしい。
広間のファルの拝殿側には石版が壁に埋め込まれ聖句にしてはおかしな言葉が刻まれている。
廻る季節は神々が司る。
神が留守では季節は廻らず。
替わるは小さき欠片。
空は風の流れで廻り、
大地は水の流れで廻る。
其が廻らすは大地の季節。
廻り終えたら静かに祈れ。
それはともかく、ちょっと中庭で休ませていただこうか。じゃあ全員で歩くか〜とか言われそうで黙っていたが酔いが結構酷い。馬車は速くていいけれど一人のときは乗らないことにしよう、酔いの状態異常を緩和する魔法とかないものか。
回廊から人に見られるのが嫌だったので下生えを踏み分けて巨木の下に行ってみる。潅木に囲まれているため、ここなら見えないだろう。巨木を見上げると最初の枝さえ私の背丈の三倍の位置にあり中庭いっぱいに枝を広げ、濃い影をつくっている。座ってしまえば完全に見えなくなるだろうと巨木に背中を預け座り込み、今朝つくったお茶を出す。葉ずれの音が耳に心地よく、建物に囲まれた中庭にしては風がよく通っている。
現実世界でも神社仏閣の境内に限らずでかい木があると嬉しくなる。木漏れ日を見ながら、こんな日陰で若木のほうは大丈夫なのだろうとぼんやり考えていると大分酔いが治まってきた。
「そなた、我より力を授かりに来たのではないのか?」
いきなり話しかけられた、頭上から。
木に寄りかかったまま上を見ると巨木が薄っすら光っており、最初の枝の下あたりに尻尾も毛足も長い猫でも狐でもない白い動物が浮いていた。
「どなた様?」
さすがファンタジー、喋る獣だ。私が真下にいるために、初遭遇はほぼ下半身しか見えず下半身越しに此方を覗く顔がチラッと見えている。
私はカップとソーサーを抱えて座ったまま首を反らせているし結構間抜けな構図だ。
「普通の者は拝殿の中で茶なぞ飲まぬわ」
そう言うと正対するように移動してきた。茶の香りが気になるのか、ふんふんと鼻を鳴らせている。
「飲むか?」
お茶の基本レシピは2、得意料理補正で評価8を貰っている。
「馬鹿な、我は精霊に近しい存在じゃぞ。喰えたところで人界のものは果実が限界じゃろうよ」
「茶は普通、植物の葉か花、実を煮出したものだぞ。これは葉とリンゴの皮だな」
普通の紅茶よりも紅い液体の入ったカップを差し出す。
「飲めないものだった場合、腹でも壊すのか?」
逡巡している白い生き物に聞く。
「いや、飲めぬものは飲めぬだけじゃな。拒絶で吐き出すわ」
「なら試してみたらどうだ? 新しく淹れるか?」
「……いや、熱すぎるのもダメじゃ」
好奇心に負けた白い生き物が紅茶に舌をつける。
「大丈夫なようだな」
「……うまいな」
「ありがとう」
「貴様を褒めたわけではないのじゃ」
耳をペタリとしてソッポを向く。
「これは私が作ったんだ」
「な、なに……!?」
笑顔で告げたら、後ろにガーンと書き文字背負ってそうな反応されたのだが。何故だ。
「全部飲んでいいぞ」
「……む」
目を泳がせて一拍の間の後、またテチテチと飲み始める。
私は白い生き物の耳の付け根をコショコショとくすぐってみた。一瞬固まって迷惑そうにこちらを見てきたが、逃げるでもなくまたカップに顔を向けて飲み始めたので、撫でるのを続行する。
白い毛は絡んでいないのが不思議なくらい量が多く、柔らかで滑らかだ。毛の間に指を滑らすと、ひんやりするような温かいような不思議な感覚がする。
「こりゃ! いい加減にするのじゃ! ……つっ」
「昔の我なら今頃街ごとっ、、をあ」
何か言っているが抵抗らしい抵抗がないので欲望のままにモフッた。
五分後、私の膝で伸びきってゴロゴロと喉を鳴らす毛玉がいた。肉球のピンクが鮮やかだ。満足していただけたようでなによりです。
「さすがにそろそろ行かないと不味いかな」
「貴様……よくも」
私の声が聞こえて正気に戻ったらしい。
「はいはい、すまんな。一応待ち合わせがあるからな」
「ま、待て。我に不用意に触れたことは不問にしてやる。話を聞くのじゃ、我にも役割と言うものがあるのじゃ!!」
抱いたまま立ち上がると、白い生き物は慌てたように話す。
「役割?」
「うむ、そなたは風魔術を持っておるじゃろう?」
「ああ、持っているな」
「それを条件にこの大樹に来たものに【精霊術】を授けておるのじゃ」
「ありがとう?」
「……何故そこで疑問形なのじゃ、貴様」
いや、精霊術より目の前のもふもふが強烈な誘惑物だからだが。
白い生き物はため息をつくと手の中から伸び上がってなにやら私の額に触れた。
《スキル【精霊術】を習得しました》
《風の精霊『ウィン』が貴方を祝福しました》
《職業に【精霊使い】が追加されました》
おや、一覧に追加でなくて習得なのか。それはお得な。
「これでいいのじゃ。そなたは今、弱いが風の精霊と契約を果たした。精霊は世界中におるが、ヒトに祝福をしてくれる精霊はごくわずかじゃ、探してみるがいい。精霊術は魔力を精霊にささげて呼び出す術じゃ。強力な精霊を呼び出す場合に媒介が必要なこともある」
「わかった」
「って、拝殿ではないか! 何故我を連れてゆく」
話している間も移動していました、すでに十五分ほど経過しているしな、これから拝殿を巡ることを考えると買い物の時間を差し引いても待たせすぎだろう。
「このまま持ち帰ろうかと思って」
「役目があるといっておろう!」
「偶には外出したっていいだろう、働きすぎはよくないぞ」
「そういう問題ではないのじゃ! 我はここに封じられておるのじゃ!」
「神殿から出られないのか?」
「出られぬ!」
「出ると街が崩壊したりするのか? それとも自主的に籠もっている?」
「いや、今は崩壊させるつもりもないし、その力もない。自主的に籠もっているわけでもないのじゃ」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「何がって、封印結界で出ようとしても出られぬのじゃ」
「参拝終えたら試してみよう」
「……」
何か諦めたらしく白い生き物がぐったりしている。
□ □ □ □ □
・増・
スキル
【精霊術】
風の精霊【ウィン】
□ □ □ □ □
ホムラ Lv.10
Rank E
職業 魔術士 薬士
HP 214
MP 347
STR 10
VIT 11
INT 40
MID 14
DEX 9
AGI 10
LUK 10
NPCP 【ガラハド】【-】
称号 【交流者】
スキル(2SP)
■魔術・魔法
【木魔術Lv.2】【火魔術Lv.4】【土魔術Lv.2】
【金魔術Lv.3】【水魔術Lv.3】【風魔術Lv.1】
■精霊術
風の精霊【ウィンLv.1】
■生産
【調合Lv.1】【錬金調合Lv.1】【料理Lv.3】
■収集
【採取】
■鑑定・隠蔽
【道具薬品鑑定Lv.3】【植物食物鑑定Lv.3】
【動物魔物鑑定Lv.3】【スキル鑑定Lv.2】
【武器防具鑑定Lv.2】
【気配察知Lv.3】【気配希釈Lv.3】
■強化
【知力強化Lv.2】
■その他
【MP自然回復】【暗視】【地図】