126.闘技場 バハムートさん
穴だ。
黒々とした底の見えない穴。
私の足元に口を開ける全てを飲み込む黒い影。
クレーターのようにすり鉢状になることもなく、ただただ唐突に大地がない。
辛うじて光の当たる穴の入り口は垂直な崖。
黒々と底の見えない影を飲み込む大きな空洞。
うん、証拠隠滅しよう。
【風水】『平地』、平らな地面が現れ穴は無くなったがステージは跡形もない。
【時魔法】『時遡』、ステージがパズルのピースがはまって行くように元に戻る。
壊れた生産物を直すというか、耐久1に戻す魔法なのだが、こんな大きなものにも対応していたようだ。耐久1なだけあって修理をせんと使えないが見た目だけなら元どおりだ。
《ホムラ WIN!》
ホムラ:ただいま
ペテロ:www
お茶漬:悪! 役!
シ ン:破壊魔登場!
レ オ:わはははは!
菊 姫:容赦ないでし!
ホムラ:こんな予定じゃなかった!
お茶漬:じゃあ、どういう予定だったの?
ホムラ:闘技場じゃなくて人に穴が開く的な?
菊 姫:スプラッタでしか?
ペテロ:どっちも酷いからw
シ ン:悪役乙!
ホムラ:どうしてこうなった!
始まりは私の胸に光る青。
バハムートが宿る『蒼月の露』。
チラチラと光っているな、と思えばそれは『蒼月の露』が小刻みに震え、陽の光を反射しているからだった。
『なんかこう、バハムートが出たがってる?』
『不穏なことを言うでない!』
『ぴぎゃ』
思い当たることを口に出せば白が窘めてきた、そしてぴぎゃ。
『ぴぎゃ?』
『……』
白を撫でる手を止めて聞き返すが、白は動きを止めて固まっている。
先ほどの声は白ではないようだ。と、いうことは。
『ん? バハムートも念話』
『ぴぎゃ!』
元気よく鳴き声を上げる。闘技大会までの数日間、『闇の指輪』で力を流し込んでいたためだろう、どうやら意思表示ができる程度には回復したようだ。
『歳経た竜といえば、言語も自由だった記憶があるのじゃが……』
白が硬直から復活した。
『ずっと話すことがなかったからとか?』
『そうなのかの?』
『ぴぎゃ』
可愛いからこれでもいいと思います。
『……バハムートも参加するのかの?』
『ぴぎゃ!』
どうやら参加したくて起き出した模様。
『まだ回復していない気がするんだが、きっちり全快してからでないとまた寝込むことになるぞ?』
『ぴぎゃっ!』
『バハムートが寝込む、妙な表現じゃの。出してやってもいいのではないか? 我としてはできればまだ寝込んでいてもらいたいのじゃ』
我が完全復活したところで危ういというのに、などとぶつぶつ言っている白。私としては炎王たちはともかく、バベルとホルスにはズボッといっちゃっても心が痛まない気がする。試合中ならあとで復活するわけだし、ちょっとバハムートさんにトラウマ植えつけてもらって、寄ってこないようにこう……
『お主、何か悪いこと考えてるじゃろ』
白にジト目で見られた。
バベルとホルスは私のコピー、ステータスとスキル、装備の能力は同等。ただし、精霊や召喚獣、神々からの好感度は全プレイヤーの平均値設定なので本物より多少弱いらしい。
……多少? 私のおかしなところって大部分が神々や白、バハムートとの好感度に寄っているんだと思うのだが。そして、コピられた能力は戦闘時のもの、あの時からスキルレベルも上がっているし、苦戦はするだろうが大丈夫、いや相手は二人だ。
二人が私の能力、装備をコピーしていることを話すと、白が是非バハムートに出てもらえと勧めて来た。
『相手にダブルでバハムートとか白を喚ばれたらどうしたらいいのか』
『我はお主以外の人間になど喚ばれてやる気はないのじゃ』
『ぴぎゃ!』
さも心外だという風に二匹が答えるのに嬉しくなる。
『バハムート、派手に頼む』
二人と戦った後、増えたスキルは【畏敬】だけだ。今回戦ったらまたスキル上げに励んで負けないように……って、私の代理が何故私と戦うことになっているのか。いや、ドラゴンリング争奪の職別試合にはでていた様なので【代理騎士】の役割はすでに果たしているのか。試合結果を見ると無事に勝っている、これでそっち方面でプレイヤーに絡まれることはない、筈。
そうこうしている間に呼び出し。
装備を整える白い光の中で、《『ドラゴンリング』に関わる挑戦です。挑戦を受けますか?》のアナウンス。ここで断ると、【皇帝の騎士】のほうが棄権し、闘技場の勝負は続く、との説明。
待て、これは『リング』を持つ者が『ドラゴンリング』保持者への挑戦権を手に入れる戦いじゃないのか? バグってる? 混乱の間に、準備期間が切れてステージに送り出される。考えるのは後にして、とりあえず勝つための算段をしようか。
◇【剣帝・賢帝ホムラ】vs 【剣帝の騎士バベル&賢帝の騎士ホルス】◇
◇Ready◇
◇Go!◇
今回も名前がばっちり出ている。調べたところ、これは試合に臨む者同士にしか見えないそうだ。バベルとホルスに私の本名が見えているかどうかまではまだわからない。
アナウンスが流れている最中から【畏敬】発動。実際効果が現れるのは、Go! の字幕が砕けて消えてからになるが。
「おお、さすが我が帝!」
「いや、我が帝だ!」
ちょっと、涙流しながら感極まってるっぽいのやめてください!
「我が帝、【剣帝】レンガード様に捧げたこの剣、どこまでレンガード様のお役に立てるかお試しを!」
「我が帝、【賢帝】レンガード様に捧げたこの魔力、どこまでレンガード様のお役に立てるかお試しを!」
「そしてお眼鏡にかなった暁には、オレの躰のお試しを」
バインバインな胸を強調してくるバベル。
「そしてお眼鏡にかなった暁には、私の躰のお試しを」
ローブに隠された胸を強調してくるホルス。
『ぎゃあ! 【畏敬】が仕事していない!?』
『敵意を持つものには軽い行動阻害から気絶を付加、好意を持つものには鼓舞と高揚を付加。付加する強さはレベル差、もしくは相手の持つ印象による。印象は主に戦闘に勝利することなどで変化、あやつらお主に敵意をいだいとりゃせんのじゃ』
『ちょっ……っ』
こちらに向かってくる前にホルスが前をはだけたんですが。ホルスに対抗してバベルが……って最初からほとんど脱げる装備ないのに脱ごうとするな! 卑猥なことを言い出すな!!
『バハムート、殺っちゃってください!』
18禁と化す前に!! 早く!!!
『ぴぎゃ!』
バハムートが一声鳴いたかと思うと、いきなり闘技場が闇に包まれた。
空が昏い。
風雲急を告げたかいきなり暗く……ああ、これバハムートか。本来の大きさは闘技場はおろか、島よりデカイ、どうやらその本来の大きさで上空に出現した様子。黒くてでかくて見えないけれど、いや、部分しか見えていないから全体像が分からないけれど。遥か遠くからならバハムートの姿が見える筈だ。
『え、この大きさでズボッとやる気か?』
『無茶言うでない!』
慌てる私、白も焦った声を出している。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAUNNNNNNGAAAAAAAAAAAAAA!!!!!
バハムートが吠えた。
ビリビリと空気を震わすそれは大地も揺らしている。バベルもホルスもバランスを取るので精一杯、何が起きているんだ! などと叫んでいる。とりあえず破廉恥なセリフは止まった様子。
『何をホッとしておるんじゃ、何を!』
白にペシペシされた。
『ちょっとくらい現実逃避させてください』
『却下じゃ!』
そうこうしているうちに降り注ぐ暴力的な熱量と光の雨。
『ブレス?』
『ブレスじゃな?』
ブレスに伴う副次的な風さえも暴力的な風量だが、『蒼月の露』の守りのお陰で、それも軽減され、コートと髪がめくれ上がりはためくが、それだけだ。ダメージは無い。
自分に影響が無いことが確認できると、余裕が出た。
『光の洪水も中々オツだな』
『見目だけならな、これを浴びている他のものたちは大変なのじゃ』
『バベルとホルス、これはさすがに耐えられないだろうな。なにせ私が絶対耐えられる自信がない。それとも同じ『蒼月の露』を持っていれば耐えられるのか』
『同じということはないのじゃ、偽物に同じ好意を神々が向けるとは思わないのじゃ』
バハムートの攻撃が同じく無効となるのではと、ちょっと心配をしていたのだが、そもそも『蒼月の露』は武器・防具ではなくペット用の住処となるものだ。これが対バハムートの"最強防具"といえなくもないのだが、どうやらコピーされていなかった模様。
『ところで白、これ、観客無事だと思う?』
『我に聞くでない』
すごく嫌な汗が出ているわけだが、決勝以外は別空間で試合を同時開催している筈なので大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。
白と会話する余裕があるほど、光の洪水は続いたが、やがてそれも終わる。
光が止まって、目の前の風景に観客席が見えることに安堵する。
そして昏い天が降ってきた。暗くなった時と同じく、いきなり明るくなり、小さくなったバハムートが風のエフェクトをまとって私に向かって降ってくる。
私はバハムートだと分かるが、はたから見たら隕石でも降ってきているように見えるのではないだろうか。
『ちょっとバハムート、そのスピード抱きとめきれない!』
ちょっと慌てたが、バハムートはそのまま姿を消し、私は黒い鎧を纏った姿に変わった。
影の濃い部分がほの青く見える黒い鎧。
バハムートの鎧。
赤黒い血の滴る鎧。
『って、また傷が開いてるんじゃないか!!』
慌てて回復をかける私。
『バハムート、『蒼月の雫』で休んでなさい!』
答えはない、さっきまで鳴いてたのに。
『せめて鎧で決勝まで付き合いたいのであろうよ』
『今回手伝ってくれただけで十分なのに!』
回復をかけても相変わらず焼け石に水で血が止まらない。元の大きさに戻ってブレスを吐いて……負担が大きかったに違いない。
『なんでバハムートは痛みもリスクも顧みず、立ちはだかるものに向かっていくのか。ほどほどはないのか? カッコイイけどな!飼い主としては心配だ』
私が半泣きになるからやめてください。
『それよりお主、足元を見てみるのじゃ』
『ん?』
白の言葉に自分の足元を見る。
そして冒頭へ。
《ホムラ WIN!》




