117.すっ飛ばしていた情報
裏庭でレーノを担いでいる現在。
カルに酔っ払い……じゃない怪我人などを運ぶ講習を受けている。カル曰く、相手の重心がどこにあるかを把握するのが大切だそうで、これは襲いかかってくる相手を捌く指導の際にも言われた。
おかげ様で【柔術】【合気道】【手】【骨法】やらたくさんスキルリストに出現、【手】は説明を読むとちょっと空手に似ているらしい。
やたら多いのはカルがこれ全部持ってるからとかいうオチじゃないよな?
正直に言えば、ちょっとだけ、ステータスを覗き見したい誘惑に駆られた。教えてくれと言えば見せてくれそうだが、カルが『誰』だか全力で見ないフリをすると宣言した手前言い出せない、さすが湖の騎士(仮)半端ないとでも思っておこう。
私を指導するカルを見て、種族的に人間族よりポテンシャルが高いはずのドラゴニュートのレーノが、やたら感心していたので、カルは体術に関しては本気で凄いのだろう。簡単に地面に転がされるわ、後ろ手にねじりあげられる私としては、ぜひ強くしてもらいたい気持ちと、イケメンのくせに強いってなんだ! という気持ちが複雑怪奇に入り混じっている。
体術系の指導については、【見切り】【体術】【回避】【運び】が強化されました! というアナウンス後は取り押さえられる回数は劇的に減った、減っただけだが。
「主は本業は魔法使いなのでしょう? 相手を素手で倒せるまで目指すよりは、懐に踏み込まれた時に攻撃を受けず、距離を取ることを目指した方がいいです。武術系で本職の方々に勝とうとすると周辺スキルも取得する羽目になりますから」
「僕も半端に習得するくらいなら、避ける方に専念した方がいいと思いますよ」
二人がかりでダメ出しされて、素手の武術系の取得は諦めた。スキルポイントもないしな。
また継続して稽古はしてくれるそうなので、新しいスキルは取らずにもともと持っている【見切り】【体術】【回避】の強化に絞ることにした。
目標はカルの"間合いを外す"・"捕まらない"・"避ける"・"捌く"こと、だ。武闘大会に向けてがんばりたいところ。
そして第二のリクエスト、酔っ払いの対処に移った現在。
不思議なもので、運ぶ相手が力んでいるほど軽く感じられ、力を抜かれると重く感じた。正体をなくした人を運ぶのは大変そうだ。隠蔽陣を使った運搬方法や、倒れてた人役をやってくれているレーノの手足を移動して簡単に抱えあげられるような体勢をつくる方法などを教わった。
……もしかして『浮遊』を使えば担ぐ必要はないんじゃないだろうか? そう思い至った時にはすでにレーノを肩に担いでいて、言い出せないまま現在に至る。
こう、【鑑定】さんとかナビゲーションさんとか私のスキルを適時解説お勧めしてくれる脳内キャラはおりませんか〜?
なんとなく後ろめたかったので、講習の後でガトーショコラにたっぷり生クリーム、オレンジアイス添えを出すことで手を打ちました。
お茶の後は店舗の売買設定を少しいじって、買取に木・火・土・金・水の属性石を設定、ちょうど五つだ。買取額は住人より多少高い程度、買取も当然開店時間しか機能しないため、午後しか開けない時点でもともと期待はしていない。
初日は弁当を限定にしたが、せっかく最多ログイン時間帯だし何か出すかな。
「「マスター、今日もよろしくお願いします」」
ラピスとノエルが笑顔で挨拶してくる。
雑多な生産に夢中になっている間にカルが迎えに出ていたらしく、うちの看板店員二人が来た。二人にも制服っぽいものを揃えたいところ。……獣人用のズボンやらスカートってやっぱり尻尾の穴の位置とかサイズを測るのだろうか。後でシンかレオに聞いてみよう、いや、菊姫のほうがいいか。
「はい、よろしく」
神殿で会った時から、挨拶と同時に左右から抱きつかれた状態で頭を撫でるのが習慣になってしまった。右手に黒髪の中にピコピコしている耳、左手に白髪の中にピコピコしている耳だ。お父さんか、私は。
尻尾をもふりたい衝動を耳を撫でることで昇華する。今日は白を呼び出してもふらせてもらおう、手触りは白がなんといっても一番だ。
本日の昼はカレーライス。
店に仕込んだ限定もカレーライス。
頓挫している米探しも再開しなくては。
「おお、この白米というのはいいですね、気に入りました」
幸いレーノがごはんを気に入ったようなので、米探しでも頼めば乗せてくれそうだ。
「カレーとセットで気に入ったんではなくて白米だけなのか」
「カレーも美味しいですが、白米あってこそですよ。何にでも合いそうですし」
私も好きですよ、御菜と食べる白米、酒を飲めないから余計に。旅先では飯を先に出せと頼む羽目になることが多い。
「ラピスとノエルは辛くないか?」
「美味しい!」
「美味しいです」
むぐむぐと行儀よく食べている二人、早く標準体型になるといいのだが。
そこで人参をレーノの皿にそっと移動させている大人と違って、好き嫌いもないようなのできちんと三食食べていればあっという間に健康になるだろう。そもそも今まで好き嫌いが言えるような環境ではなかったのかもしれんが。
好き嫌いする子は立派な大人になれません!
『湖の騎士』にはなれるもん!
という脳内漫才が繰り広げられたが、まあ、好き嫌いがなくて何よりだ。
そして開店。
相変わらず無表情気味なまま、手だけが高速で商品を捌くラピス。挨拶で抱きついてくる時は笑顔なのだが、いつもは少しトロンとした感じで、感情の起伏が少なく表情が動かないので、最初はちょっと心配していたのだが、あれで通常営業らしい。
ノエルの方は品出しや、商品の説明を求める客をあしらっている。うちの商品、説明がいるようなもの無いしな。だいたいが何か話の糸口にしようとして絡んでる風なのだが、笑顔でバッサリだ。
それでも諦めずにぐだぐだする客は流れるようにカルに店の外に連れ出されている。外ではレーノの列整理の声が聞こえる。
私?
私は相変わらずバックヤードをウロウロしています。
私が出ると流れ作業が止まるからと、相変わらず顔出しNGを食らっている。販売って流れ作業だったのか……とも思わんでもなかったが、現在の店の様子を見ていると確かに流れ作業だ。そしてこの流れに乗れる自信が無いのでおとなしく生産している次第。
倉庫から買取はどうなったかな? と覗いてみると大量に属性石があった。何があった!? とちょっと思ったのだが、なんのことはない、カルとレーノが持っていた属性石を買取に出してくれたようだ。先日行っていたリハビリのための迷宮で拾った分と、レーノが持っていた分なのだろう。
ありがたいことである。
【大量生産】のおかげで売りに出すラインナップの生産はすぐに終了してしまい、手持ち無沙汰で酒屋のほうに顔を出す。すでにカルとレーノには酒屋の鍵を渡し済みだ。一緒に『転移石』も渡したので逃走経路としての役割は微妙な感じだが。
酒屋はベイク、ショート、ロールをはじめとした商業ギルドに投げっぱなしである。
ロールは酒を馬車に積み込んでいる間に、書類の受け渡しをカウンターで済ませ、客に新しい酒などを試飲させて売り込んでいる、営業スマイルがいっそ眩しいくらいの女性。
ベイクは大柄で腕の太い寡黙な男、酒樽を棚から荷馬車に黙々と移している。ショートは女性で背が低くて白い細腕、同じく馬車に酒樽二つを軽々と担いで運んでいる。
って、おい。
あんな小さな女性が中身入った酒樽二つもてるのか!
「ああ、ショートはスキル持ちなんですよ」
ちょっとあっけにとられてカウンター側から窓越しに作業を眺めていると、ロールが謎を解いてくれた。ショートに驚く人は多いらしく、私が何に驚いているかすぐわかったそうだ。
酒屋は商業ギルドの制服をそのまま使っている。もっともベイクとショートは上着は脱いでいたが。男性は黒のスラックスに白いシャツにブレザー、女性は黒の膝上タイトスカートに黒ストッキングとブレザーだ。あれです、黒ストッキングは屈んだ時とか伸びてちょっと色が変わるのがいいよね。絶対領域もいいけれど、生足は却下。なぜならそれは独占したい。
いかん、思考がずれた。
雑貨屋の制服の参考にはならないな、二人に似合わないとは言わないが。
酒屋の方は人件費やら生産素材料やらその他諸経費を引いたものが商業ギルドから倉庫に突っ込まれるのだが、現金精算より掛け売りのほうがやや多い、その販売分が入ってきてから締めとなる為、私に売上が入ってくるのは月末だ。
設備費は商業ギルド持ちだし、材料費もギルド立替なのでそれで問題はない。
そのまま酒屋の表通りに出て、古本屋に行くことにする。古本屋の主人、カディスに会うのも久しぶりだ。あの如何にも偏屈!というところがたまらない。本が好きで、古い本から隠された小さな歴史や逸話を拾い出すのが好きらしいところも好感が持てる。
「やあ、久しぶりだ」
アイルの図書館で手に入れた本を贈って以来か。
「ああ、今日は」
相変わらずカウンターの奥でパイプを燻らせているカディス。かつてのスラム、南西区は冒険者区とか異邦人区と呼ばれ始めたくらい様変わりしてきたが、住人の生活区に入れば異邦人の姿さえ見かけるのは稀だ。古本屋は以前と全く変わらない。
「あれから面白い本を手に入れたよ。君が見せてくれた絵本に触発されてな、昔の神々のことを調べていた」
読んでいた本を閉じ、カウンターの上に置きながらカディスが言う。
「何か面白いことでも解ったか?」
「ああ、隠れた二人の神のうち、光の神がおわす場所の見当がな」
あれ、光の神ってヴェルス?
「正確な場所は失われてしまったが『月影の神殿』と呼ばれるものがどうやらそうらしい。何故太陽でなく、闇に属する月なのかはまだわからんのだが」
それはあれです、シスコンだからです!
「『月影の神殿』への扉は固く閉ざされて、神殿があるのは伝わっておったが、誰も入れないまま忘れ去られていったらしい」
あの扉は実は厄介だったのか。既に行って開けてきたとも言えないので黙って話を聴く。カディスのお陰で知るあの神殿の背景、なかなか興味深いしな。
「隠し神殿はアイルにあるという」
カディスの話は『月影の神殿』の場所の推測で終了した。
すまん、知ってた!




