116.ご挨拶
近所のスーパーは魚コーナーが充実している。
早めの夕飯は、炊きたての飯に、鳥牛蒡、スズキの刺身、味噌汁、瓜の漬物。
最近は早くログインしたくて現実世界の食生活が「作り置き」か「早くできるもの」に偏っていた。まあ、鳥牛蒡も瓜の漬物も「作り置き」したもので、刺身は購入してきたわけで、味噌汁作っただけともいうのだが。カレーやら、些細な抵抗としてトマトを突っ込んだレトルトソースのパスタやらの「一皿料理」よりは見た目ちゃんとした夕飯だろう。
早く済ませたいのでつい外食も増えてしまった。お財布的には異世界に行っているせいで、食費以外の他の散財がなくなったので実は無駄遣いが減ったのだが。
飯を炊くのはいいのだが、炊飯器の手入れが面倒臭い。【異世界】の何がいいかって、片付けの必要がないことが一番だな、などと思いながら、片付けを済ます。
またもや早朝イン。
住人たちの工房はもう朝の清掃を済ませ仕事に取り掛かるため、仕事道具の点検を始めている頃だ。プレイヤー側としては、これからログインが多くなってくる手前の時間帯。仕事から戻ってコンビニ弁当かカップ麺で済ませたような輩はもうログインしている。
具体的に言うとレオがログインしていたので、どこかで釣りをしているらしいヤツと、お茶漬、ペテロに皆んな揃ったらクランハウスの材料集めしに行かんかとクラン会話を飛ばす。
お茶漬:ハウスの素材もだけど、場所どうするの? 僕、商売的にファスト、バカンス的に南の島がいい。
ホムラ:素材集めも結構各国に散らばってるから、約束通りとりあえず転移であちこち連れてくぞ。
レ オ:海か川が近いとこがいいなw
ペテロ:転移以外の移動資金用意してねw特に南の島なんか船代かかるよw
レ オ:わははははは! がんばる!
お茶漬:全員揃うのこっちの時間で今日の夜中辺りかな? シンがちょっと残業あるみたい?
ペテロ:じゃあその頃に。夜なら素材集めが先かなw
ホムラ:また揃ったら調整しよう。
そういうことになった。
とりあえず店舗に行ってみて、お隣が開いているか確認するか。できれば列ができ始まる前に挨拶しておきたい。
エリアスのほうは軽鎧の素材になりそうな金属か皮、逆隣の服屋には布でも手土産にしとこうか? エリアスの隣の角の店が何屋だかわからん。いや、ここは菓子折りでいいか。あまり出回っていないような素材を持ち込んでも気を使い返されそうだし。いっそのこと引っ越し蕎麦にしたいところだが、残念ながら蕎麦はまだ手に入れていない。
店舗に移動して、お菓子を作る。刺繍の店も確か女性が店番をしていたので、なるべく可愛らしい見てくれに仕上げる。角の店がむくつけき男だったら諦めてもらおう。いろいろな種類を大量に、余ったものは店舗のおやつにするつもりだ。
【パッケージング】は箱やリボン、詰め物を持ち物の中に用意しておけば、どんなテイストがいいか選ぶだけで、見栄えがいいように箱詰めしてラッピングしてくれ、【盛り付け】のほうは皿などの器に、やはり見栄えがいいように盛り付けてくれる。
ちなみに弁当は【パッケージング】で彩りのバランスがいいように詰めてくれるし、元々の料理の色が偏っている場合、やはりこちらもミニトマトやレタスなどが持ち物にあれば勝手に追加して彩りを良くしてくれる。
ついでに普通の食事も数種類作って棚に詰めておく。
前回ここに戻らずログアウトしてしまったが、別に毎日顔を合わせんでもいいだろうが食事とオヤツは福利厚生としてつけておこう。棚から出さなければいつまでも出来立てのままだし、気が向かなければ食べずにいても問題ない。
用意したのはバニラビーンズと生クリームたっぷりのシュークリーム、クッキーとマカロンの詰め合わせ。
……と、ほうれん草と卵のココット。甘いものスキー二人のせいで疑いなく甘いものを持って行こうとしていたが、甘いものが苦手な人もいるよな。
そしてハムソーセージなどは【料理】しない人に持っていってもそのまま食うしかない気がしたので、とりあえず器用の上がる評価10の卵料理……で、こうなった。現実世界で考えるとちょっとどうかと思うような選択に。人になにか贈るって難しい。
起き出してきたカルとレーノと朝食を済ませ、留守の間も特に問題なかったことを確認。
「ああ、そういえば酔っ払いを運んだり、絡んでくるのをいなしたりする方法というか体術を教えてくれんか?」
「僕をぐるぐる巻きにした【糸】じゃダメなんですか?」
レーノが聞いてくる。
「あれは気付かれずに準備する時間が必要だ、危急の時に向かん」
それとも【糸】のレベルが上がれば素早い捕獲スキルとか覚えるかな?
「酔っ払いもあれですが、魔法使いは距離を詰められると弱いですからね。護身用に幾つかお教えしましょう」
「ああ、頼む」
正しくは魔法剣士なんだが、まあいいか。カルとであった時、剣で賞金首倒したのだが既に仕舞っていただろうか? それでもカルなら魔法や短刀ではない傷口に気づいていそうだが。
「生産されているということはDEXは高いですよね?」
「装備の補正があれば」
「なるほど」
どうやら魔法使いで何故生産評価が安定しているのか不思議だったらしいが、装備のことで納得したようだ。素材ランクとか色々おかしいのはスルーされている、というか生産方面には疎いのか。まあ、今の所ランク無視は、憑依防止の【冥結界石】を作ったときと、後はほぼ食材だけなので気付きにくいかもしれない。
首尾よくカルから護身術(?)を教えてもらえることになり、上機嫌で外に出る、どうやらエリアスの方は開店しているようだ。挨拶に店舗の用心棒としてカルがついてきた。
まずは右隣のエリアスの店から。
ありがたいことにどうやらまだ客はいない。
「こんにちは、隣の者だが」
「あら〜ん、噂のレンガードさん?」
「噂?」
ホムラと名乗るかレンガードと名乗るかちょっと迷っていたのに、名乗る前に特定された!
エリアスの店はカウンターの向こうには作業台が見え、一階の販売フロアはうちより狭目だが、一階だけでなく二階も販売フロアのようだ。階段が客にも利用できる場所にあり、階段の途中の壁にも下品にならない程度に幾つか商品が飾ってある。曲線的で柔らかい印象を与えるデザインを多く取り入れた、少しなまめかしささえ感じさせる印象の店内だ。店員の気配はない。
「お薬や石の販売で大分有名よん。私は戦闘にあまり縁がないし、移動もあまりしないけど、器用さの指輪+3のお世話になってるわん」
口元に笑みを浮かべながら話すエリアス。淡い桜色の髪が本日は結われず、自然のままに流されている。相変わらずの太ももまでスリットの入ったロングチャイナ、そしてぺったん。
「レンガードだ、扱うのは主に消耗品。午後から夕方のみ開店なのだが、こちらまで列ができるようなのでな。そのうち他も売り始めれば落ち着くだろうが、しばらく迷惑をかけるかもしれない」
「カルです、隣の”用心棒”をさせていただいています。何かありましたら私にお願いします」
「あらん、ご丁寧にありがとう。用心棒というより"警備さん"みたいなかんじね〜ん、上品だわ〜」
確かにカルは荒くれ者のイメージとは程遠い。
菓子とココットの入った箱を押し付け、無事第一のミッションを完了。
そして、角の店。列は大通りに近い側に伸びてゆくため、エリアスの店とその隣のこの角の店にも迷惑をかけることになる。曲がった先の商業ギルド支社は知らん。
なんの店だろうかと思ったら、私が以前露店で【投擲】もないのに無駄に投げナイフを購入した店だった。短剣から細身の剣まで扱う剣の店、名前も『剣屋』と言う。
趣味の良いデザインで剣の持つ性能も良い方だろう。ルバの刀剣を見ているせいか、剣の方には食指が動かないのだが、短剣や投げナイフの類が"見た目買い"したくなるフォルム。私にとってちょっと危険な店のようだ。【ストレージ】のスキルのおかげで持ち物の個数に実質制限がない、そして現在、将来使う予定があるとはいえ大金がある。
普通なら持ち物に空きがないか、金がないかのどちらかなのにどちらもクリアの状態でこの誘惑物。使わない、絶対使わない。【投擲】を今は持っているが、購入してももったいなくて投げない。確実に倉庫の肥やしになる。
この店は店主がおらず、店員しかいなかった。挨拶もそこそこに、伝言を頼んで早々に逃げ出した。目に毒すぎる。
店名は『看板を設定』してあれば、実際に看板を掲げていなくとも店を注視して見るだけで店名と簡単な説明を読むことができる。洋服と刺繍屋は『ダリア』という名前だ。
……面倒で設定してなかったなそういえば、と自分の店を思い出しつつ店の扉を開く。さっきはいなかったがどうやら二軒回っている間にログインしたらしく、扉はいとも簡単に開いた。こちらは明るくて清潔感のある雰囲気。
アオザイのような白いお揃いの衣装を着た姉妹二人が応対してくれた。姉の竜胆は、裾や袖口に薄い青から濃い紫にグラデーションする刺繍が施され、妹の桔梗は薄い緑から青紫に変わる刺繍が施されている。
一階は既製品を無人カウンターで販売、二階はオーダーで直接仕事を受ける場所だそうだ。露店時代も客が付加したい能力の刺繍を後入れしていたのだったか。
展示してあるものはローブやコート、刺繍を目立たせるためか単色の布でできたものが多い。布だけでなく薄い皮も扱うらしく、ウェスタンタイプな刺繍を施したブーツもあった。
カウンターは買取も五つだけ設定できる。カウンターとセットの売買倉庫に『買取資金』を設定してシルを入れておき、買いたいアイテム名と買取金額を設定しておけばOK、売りたい相手からは買取資金の残り金額が見えるので、後どれくらい買取OKなのかがわかる。
売り上げも同じ売買倉庫に入ってくるため、倉庫にある総額の何%を買取に回す、という設定もでき、売れた分買取も多くなるので便利だ。もっとも適正な買取価格であればの話だが。
このカウンターの取引設定は、『質屋』のカウンターを選ぶと、売買の個数が逆になり、買取の方を多く設定できる。資金に余裕があれば、通常のカウンターと質屋のカウンターを両方入れることもできる。
この姉妹に一番シュークリームを喜んでもらえた。ちょっと嬉しい。挨拶を終えて、一階に降りると客が買い物をしていた、私もズボンが見たいのだが後で出直そう。
「カル、付き合いありがとう」
「いえ、むしろ引き合わせありがとうございます。隣を見知っていれば用心棒として対処しやすいでしょう」
笑顔で逆に礼を言われる。開店数日にしてすでに、カルが店主で私は生産してるだけでもいいくらいなんだが、私を立ててくれる。
かなり営業時間を限定しているというのに決まった時間にいない出たきり店主。放り投げっぱなしですまぬ。
とか、思ったのだが店舗に戻った途端、レーノとダブルでシュークリームを要求してきたから気にしなくていいかな。
二人とも、なんでそんな腹減りキャラになった……?




