111.たてたのはガラハド
転移で帰るとレーノの言う通りちょうどショートケーキが並べられたところだった。
黒いもっふもふなしっぽと、ほしょっとした白いしっぽがふりふりと。おかえりなさいを三人分もらって席に着く。紅茶だけは上手く淹れられるんです、というカルが私とレーノの分も用意してくれた。
「何か問題はあったか?」
「ありません。何人かマスターの事を聞いてきた方がいましたがカルさんが穏便に対処してくれました」
「ラピス、買い物以外の話は聞いていないし、憶えてない」
「昨日と同じく今日も凄い人でした。列の途中で帰っていただいた方もいましたよ」
「お疲れ様」
ここでラピスとノエルの頭を撫でたい衝動がですね。だが「お手伝い」ではなく出たきり店主の私の代わりに店員としてしっかり働いてくれる二人を果たして撫でていいものか。三人同じ評価で労うとしてカルを撫でるのは無いだろう?
子供扱いしていいのか逡巡するが欲望に負けて撫でた。耳! 耳がむにっと、猫ともはんぺんとも違う独特な手触り。主に耳だけ触りたいぜ。しっぽをもふる欲望には今の所勝ってるのを褒めて欲しい。
幸いな事に撫でられることは嫌ではなかったらしく、ラピスは撫でた頭を押さえてへへへと笑い、ノエルには顔をそらされたが、少し顔が赤いし口角が上がっているのが見えるので照れているだけだろう。
犯人は一人とは限らない。
五人でショートケーキを食べる。
微かにミルクの匂いを残す生クリーム、艶々と輝く真っ赤な苺。
次回はカットしないでホールにしてもいいかもしれん、沢山食べるから、という理由だがニュアンスが違う。正確には、ワンホールに「制限」した方がいいかもしれん、だ。
大丈夫ですか、『水竜人』と『湖の騎士』? 脂肪は筋肉より水に浮くとか言いださないだろうなおい? ノエルの尻尾がそっと毛羽立ってるんですが。お子さんにドンびかれてますよ! 大人二人!
アガサクリスティのオリエント急行ほどじゃ無いが棚の甘味が一晩で消えた事件は複数犯だった模様。
「こう、健康面が心配になってくるのだが」
「同感です。マスター、お菓子は鍵のついた方の倉庫に入れておいた方がいいかもしれません」
異邦人は食事が偏っても平気だが、住人はどうなんだこれ。ノエルの反応をみると住人には甘味の取りすぎは良くなさそうだが。あれ、異邦人平気だよな?? 平気だと思って食べてきたけれど、実はバッドステータス用意されてたりしないよな? ……不安になってきた。
ちなみにラピスは周りを気にせず平常運転でほっぺたにクリームをつけながらむぐむぐと嬉しそうに自分の分のケーキをほおばっている。
カルとレーノは残り一つのショートケーキを巡ってジャンケンを始めた。
「大人気ないからラピスかノエルに譲れ」
そう言うと、二人の中の天秤がほんのちょっとケーキより大人の威厳みたいなものに傾いたらしくジャンケンの手を止める。
「いえ、僕はもう……」
「ラピス、もうおなかいっぱいー」
ジャンケンが再開した!
馬車の時間が近づきラピスとノエル、二人を送ってカルが店を出る。
別れ際、ラピスが黒い髪の頭を突き出してきたので何かと思えば、撫でろということらしい。ひとしきり撫でて、姉を撫でて弟を撫でないというのもなんなのでノエルも撫でる。
静かになった店で倉庫を確認すると昨日と同じく24,000,000シルほど入っていた。
昨日と販売物替わっとらんし、販売数もかわっとらん。食い物分の値段が多少上下するくらいなので新規開店の物珍しさが終わるまでは日々この金額が入ってくるのだろうか……なんだろう、一回りしてただの数字だ。そう思ったらとたんに会社の書類を思い出してちょっとげんなりする。
「商売繁盛じゃなかったんですか?」
私がげんなりしたのを気にしたのかレーノが聞いてくる。
「昨日と同じくけっこうな売り上げだな。二人の給与に反映させたいところだが、神殿の他の孤児との兼ね合いもあるし、あの歳でけっこうな額持たせるのも金の使い方間違えそうだし。どうしようかと」
現実世界の話をするのもなんなので話題をすり替える。
「まだ二日目ですからね。おいおい考えて行けばいいんじゃないですか? あの子達がやりたいことを見つけたらそれに投資するとか」
「そうだな、こっちで一定額積み立てとくか」
「ところで『建築玉』は設計士、『意匠玉』は大工でいいんだよな?」
台所の棚に食事を送りながらレーノに確認する。
「そうです」
「今、設計士も大工も店舗建設ラッシュで忙しそうだな」
トリンに頼むのは難しそうな気がする。あと、今棚に移す甘いものは少量にして、トリンに会いに行く前に棚に明日の分は入れることにしよう。危険だ。
「他の国の者に頼めばいいじゃないですか。なにせ『建築玉』『意匠玉』は持ち運びができるんですから」
「ああ、そうだな。とりあえずここを作った職人に明日、酒屋の鍵を受け取るついでにダメ元で聞いてみる。ダメだったとしても別な人を紹介してくれるかもしれんし」
「確か結構高額なものです。ですが、あの島の取得申請を先に出される事は無いとは思いますが早いに越した事はありませんしね」
「稼いだそばから出て行く予感が」
もうちょっと島選びを迷ってうろうろしたいところだが、騎獣が仮というか借り物だしなあ。
『建築玉』『意匠玉』で建てたのはタダではないものの、また玉に戻して引っ越しできるのでその点は気楽だ。いざとなったら最低限の家を置いて島はレーノに任せて好きなところに引っ越せばいい。
そういうわけで30層迷宮です。
すぐ階段を降りて31層からだが。
どちらにしても稼がないとやばい気がしてきたので委託に出ていた属性石を買い漁った後に更に拾いに来たのだ。闘技大会の見学やらで遊ぶ予定があるし、暇があるときに集めておこう。ボスをやらずに道中だけだし、ソロでも行ける。
ついでに闘技大会用に【氷】と【雷】を上げておこうと思い立ったところで、カルに近接対人のことを聞くのを忘れていることに気づく。明日、明日必ず聞こう。
ピクシー系は素早いので『ヘイスト』をかけておく。『クイック』のほうが速いのだが効果がすぐ切れる、その点『ヘイスト』は戦闘を終えて普通のフィールドでも効果が続くのだ。おかげで移動も早い。
最初から【〜魔法】で覚えた種類の魔法は強力なこともさることながら戦闘外でも使えるモノが多いきがする。複合やら特化の魔法なせいかもしれんが。
【時魔法】のレベル15の『時遡』なんて耐久を一戻す効果だった。壊れた武器・防具が直る、といえばわかりやすいだろうか。成功率は高くないので冒険中に直すとなるとMP切れでピンチになる気もするがお気に入りのアイテムをうっかり壊してしまった場合なんかはすごくありがたい魔法だ。もちろんそれぞれの生産職にも該当するスキルが存在し、そちらのほうが断然成功率は高い。
最初に【雷】と【氷】の同時がけ、水は電導率高いのだが、【氷】はそうでもないのがちょっと残念だ。一緒に使ったらダメージ増とはいかない。
残った敵は【一閃】【幻影ノ刀】……と【スラッシュ】。
いい加減【剣術】のほうも基本の派生スキルを出さねばと思うのだが【一閃】が重宝でついそちらを使う。【スラッシュ】は初期スキルなので発動は早いのでピクシーにも当たるのだが、いかんせんダメージが心もとない。今頃初期スキル使ってるのが悪いんですが。
ボスが目的ではないので階段を探すこともなく適当に進んで行く。
ガラハドたちと来たときは遠慮して掘らなかったが、採掘ポイントで採掘もする。そういえば【結界魔法】も取りたかったんだった。
掘っている音が結構洞窟内に響くせいか、敵が寄ってくる。再ポップ時間にしては短すぎるのでよそから音で呼び寄せられているのは確実だ。結界があればきっと防音とかできる、ハズ。
まあ、今回は好都合だ。
寄ってきた敵を片っ端から魔法攻撃。
採掘用のツルハシ持ってるからね、【スラッシュ】はお休み……といいたいところだがツルハシでも【スラッシュ】が出せることを知った。
さっと斬るとか鋭く斬るとか、そんな意味だった気がするんだがスラッシュ。ツルハシ有りなの?
ツルハシのおかげで取得可能なスキルが増えた。【ダブルスラッシュ】【メガスラッシュ】【鳳】……と、【鶴嘴】。
【鶴嘴】?
この世界は、戦闘をメインに据えるか、生産をメインに据えるか選ぶことにはなるが、戦闘と生産どっちも経験しやがれという運営さんの意向なのか、戦闘と生産職は必ず両方をとる仕様になっている。
【鶴嘴】は鍛冶屋の武器ででもあるのだろうか、そうであってもおかしくない。いや、むしろ【採掘】メインな収集を生業にしている人用かもしれん。採掘しながらすぐ戦闘できるように。
ツルハシがメインウェポンとか凶悪なんですが。
まだ見ぬガテン系戦闘職の姿を想像しながら採掘と戦闘を続ける。
そして剣術系スキルがやっと出た! というかやっと出した!
【ダブルスラッシュ】はその名のとおりスラッシュを二回発動させる、【メガスラッシュ】はスラッシュの威力増強版だ。
ここから【ダブルスラッシュ】の手数重視型と【メガスラッシュ】の一撃重視型に分岐してくのかな? 【鳳】のほうは【天】やら【亀】やら【虎】が増えていくのだろう。拳士のスキル名と一緒なのでシンのおかげで予想がつく。
【鶴嘴】は除外するとして、どのスキルを取得しよう。カルに近距離対処法聞いてからのほうがいいな。体術系は適正職無しなので必要なSPが多いはずだ。【結界魔法】も欲しい。
狭い洞窟の同じ場所で『フロストフラワー』を続けて使っていると氷が溶けなくなってきた。最初は一定時間過ぎると倒した魔物が消える時のように涼しさを残してすぐに消えていたのだが、今は氷の花が残っている。どこまで残るか実験したい気もするが、まあそのうち誰かが検証するだろう。地形の相性効果扱いにでもなるのか【氷魔法】の威力が上がったのだけはわかった。
ちょっと楽しいので無駄打ちしたのは内緒だ。
ここで掘れるのは『青鉱石』その名の通り綺麗な青い金属だ。武具にすると精神上昇効果が得られるとのこと。他に各種水晶が少量ずつたくさん。水晶、紅水晶、紫水晶、黄水晶、煙水晶、緑水晶と言いたいところだが、紅水晶がピンクじゃないのだが。ローズクォーツってピンクだったよな? 紅薔薇色? どうやら神々の色を映しているらしい? 後で錬金の実験をしよう。
知らないことがたくさんあるな、と思いつつこんなに色々考えているのは要するに物足りないのである。採掘ポイントの移動をしながら【誘引】も使い始めたのだが、いかんせん相手が使ってくる状態異常が私に効かない上、装備のおかげで魔法攻撃も痛くない。数が増えても一方的な結果が全く変わらず、完全に乱獲になっている。
いや、目的からしたら大変ありがたいのだが。
ちょっと物足りないなんて思っていたのが悪いのだろうか。
31から39層階彷徨ってんだよ、というガラハドの言葉を思い出す。
《幻想ルートフィールドボス【快楽の欲望サキュバス】に遭遇しました》
あれフラグかッ!!!




