110.島探し
メニューは結局ビーフシチュースパゲティー。
じゃないブループシチュースパゲティー。
サラダとオレンジ。
昼とは別におやつに食べられるよういちごのショートケーキをミニキッチンの棚につっこんでおこう。忙しくて食べられないかもだが。甘いものは摂りすぎも中毒になるし、脳の成長著しい時期は糖分摂ったほうがいいんだろうし、なかなか難しいな。
……ところで、昨日棚に入れといた甘いものが殲滅されてるんだが犯人はどっちだ?
大人は自己責任でお願いしたい。
カルが二人を馬車の停留所に迎えに行っている間に昼の準備。
レーノは椅子に座って本を読んでいる、シッポの先が時々動くので面白いのだろう。
酔っ払いの記憶は綺麗さっぱり消えるタイプだったことを付け加えておく。
深皿に盛ったスパゲティーにフォークで崩せるくらいとろとろになった肉のブループシチューをたっぷりかけて。じゃがいもは表面が少し溶ける程度、玉ねぎはかろうじて残る程度に溶けかけ。
さて、人参嫌いなお子様はいるかな?
あ、獣人の食物に関しては運営から返事はまだだが、宿屋の主人に聞いたら犬猫じゃないんだから人間と内臓の造りは一緒とのこと。ただベースとなる動物で嗜好の違いはあるそうだ。
リン、リーンというドアベルが鳴り三人が帰ってくる。レーノが迎えに顔を出し、私は皿を並べる。
「「マスター、今日もよろしくお願いします」」
ラピスとノエルが笑顔で挨拶してくる。
「こちらこそよろしく。手を洗って食事にしようか?」
「もう外に客がいますよ」
ぶっ!
夜までは大丈夫だと思ったのに……。
「まあ、開店時間は決めてあるし急ぐこともない。ゆっくり食べようか」
隣の店の人がログインしてきたらちょっと挨拶しておこうか。パーティー会話やクラン会話のおかげで現実世界の行列よりは騒がしくはないと思うんだが、行列は物理的に邪魔だろう。
厚紙の表に「最後尾」裏に「販売物・一日の販売個数・購入個数制限」を記入。
これ後で木工師の人とかに丈夫なプレートを作ってもらおう。
開店前に並んでいる先頭の人に渡して販売物の確認をしたら後ろに回してもらうようお願いした。カルが。私が出ようとしたら混乱するからとカルと他三人にまで禁止された罠よ。
最初は絡まれるかもしれないがそのうち日常風景としてスルーされるようになると思うのだが。
誰とは言わないが人参食えないくせに私より人あしらいははるかに長けているのでおとなしく従います。私的にもそのほうが楽だしな、ただ三人が忙しそうにしているのを見ると悪い気がしてそわそわする。
開店して、混乱もなく販売が始まるのを見届けて神殿へ転移。
いよいよ島探しです、島探し。
……また内臓シャッフルされるのか……。
と、いうわけでやってきました海上。
レーノに乗って。
うん、ドラゴン型になれるならなれると言って欲しかった。翼をはためかすときの上下の揺れはあるけれど人型の時より快適です。
バハムートと違って外殻というより皮だな、つるりとした流線型を損なわないしなやかな皮。濡れたら大変滑りそうなので気をつけよう。
半日しか保たないそうで、半日飛んだら半日人型で休み、そして大量に食べなくてはならない、と。ハンバーグ何個分だ? と、聞けば、食物でなく風の属性石かその上位の魔法石だという。今の所パルティンに持たされたものがあるので心配しなくていいといわれたが。
放置していたエンチャントで付与術別に出して魔法石つくるか、錬金で魔法石つくるかすればいいのだな……。風の属性もった宝石って何だろう、風の属性石は生産に使うから使うの避けたいんだよな。
サウロイェル大陸 主に人間族が住む大陸
サウロウェイ大陸 主に魔族が住む大陸
ノルグイェル大陸 主にエルフ族が住む大陸
ノルグウェイ大陸 主にドワーフ族が住む大陸
北西ドワーフ・北東エルフ
南西魔族 ・南東人間
大体の配置はこんな感じ。大陸同士の真ん中には『爆心地』と呼ばれる昔神々が争った跡が残る。この争いで大陸は四つに割れたという伝説だ。実際そこには黒々とした海しかない。
ノルグイェル大陸とノルグウェイ大陸は大きいが、北側は氷土に覆われているそうでそちら側は却下。
好んで海に出るのは人間だ。その人間が海に出るのは主に交易のため、交易相手はエルフ、ドワーフ。
そういうわけで方向的に交易ルートに被りそうなところは却下。
魔族側の海域には人魚や海人の生息域があるとのことなのでテリトリー争いになったら面倒なのでこっちも却下。
無駄に飛ばせるのもなんなんで、事前に話し合い消去法でサウロイェル大陸、主に人間族が住む大陸の南東に来ている。あんまり飛びすぎると一周して寒いところに出てしまうので大陸から離れるのもほどほどに。
結構範囲を絞ってから来たのだが、それでも半日で見つかるかどうか。
「とりあえず海の底が見えるような島でお願いします」
底の見えない水の中って何がいるかわからんので若干怖い私がここに。どんなところがいいか調べたときにうっかり海の怖い映像まとめをみてしまったのが敗因。
「とりあえず飛んでそれらしいところ探しましょうか」
探索したところが埋まる【地図】が大活躍、なければ大海原で島を見つけるどころか方向を見失うところだ。レーノは平気なようだが。流石飛べる人!
私もスキルがあるが長時間は無理だ。いや、わんこ蕎麦のように食べ続ければ行けるか? 零しそうだが。
すぐに幾つかの島を見つけたが、水がないため却下。
小さすぎる島は井戸を掘っても出てくるのは海水だろう。
花崗岩は風化すると白っぽい真砂になる。浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ〜の真砂だ。白い砂浜というのは大体この真砂か、珊瑚が砕けてできた更に白い石灰の白。関東ロームのおかげか関東の砂浜は黒っぽい。このあたりの砂浜は総じて真っ白だ。珊瑚が堆積してできた島とかかね。
そうするとなかなか条件が厳しいかもしれん。
「レーノ、これ海からでかい肉食魚とかが口開けてガバ――――ッて出てきたらどうする?」
「そんな大きなのは深いところにいますから、空を飛んでいる分には出てきませんよ」
怖がるかと思ったらしれっと答えて相手にしてくれないレーノ。
ちょっと待て。いるの!?
いや、大丈夫。
気配察知に引っかかっていない。小さな気配はいくつかあるが大きいのは無い。
この世界では本当にいるなら大丈夫。本当に出てしまえば倒すか死に戻りで神殿へゆくだけなのだから、なんということはないのだ。
いや、レーノには逃げてもらわねば困るが。
「実際いる方が怖くない何て変な人ですね」
「想像の方は際限なく凶悪になってくからな」
産むが易しとはこのことか。なんか違う気もするけど。
それにしても器用に喋るな〜と思ったら念話を応用して話している様に見えるようにしているだけらしい。実際は流石にドラゴンの口では人の言語の発音は難しいらしい。本来ドラゴンは人の聞き分けられない音階の差からなる言語で話しとるそうだ。シューシューガオガオ言うのだろうか。
そんなこんなで見つけた、水のあるそこそこ広い島。
遠い昔噴火したカルデラででもあるのか外周がほぼ崖。上から見なければ中の様子がわからない。外周の崖に一箇所亀裂があり、波に侵食されたのか真っ白い砂浜とコバルトブルーの入江。
絵に描いたような綺麗な海賊島。いや、海賊はいなかったが、個人の感想です。
人型に戻ったレーノと島を歩く。
入江の付近は広葉樹もひょろひょろとした南国の木だったのに奥に分入れば普通に森だった。どういう植生なのか楢とコルクのオークの森だ。秋にはどんぐりがたくさん落ちそう。
などと思っていたらメタルジャケットボアという猪が突進してきた。
あら、おいしそう。
私が剣を抜く前にレーノが槍で仕留めていた。
水を纏った黒い三又の槍。
海神のトライデントっぽいと思ったが出ているのは真水だという。
ボア以外は全てノンアクティブのようで"妖精花"、"青虫芋虫"・"羽兎"・"眠りテグー"結構色々なモンスターがいるのに襲ってこない。レベルは50から54とお高め。
「水場もありますし、地形的にもいいと思いますがどうでしょう?」
「まあ、都合のいい地形だし、入江も森も綺麗だよな。ノンアクティブばかりなのが気になるけど」
「基本魔獣系は肉食や同族食いでない限り同じ獣系は襲いませんし、ミスティフに危害を加えそうにない敵ばかりでいいことだと思います」
「そうだな。だがちょっと夜になってこいつらが襲ってこないか確認してから決定しようか」
「ああ、それもそうですね。夜に凶暴化する魔物は多いです。夜を待つ間、他も探してみますか?」
「その前に休憩を兼ねて、さっきのメタルジャケットボアを食べてみよう」
パーティー組んどるのでドロップがね、肉と牙が来ている。ドングリを食べてるはずなボアさんはどんな味か。生ハム作るべき? イベリア半島の豚だからイベリコ君、この島のメタルジャケットボアは何になるんだろうか。
猪の雄って発情期に雌争いタックル用に脂肪が鎧みたいに硬くなって不味いと聞くが、もともと硬そうなメタルジャケットボアさんはどうなのか。そういえばレーノも槍で刺すのではなく柄の方で殴っていたし、斬撃よりも打撃で鎧のような脂肪の中を揺らす系の攻撃が効くのかな?
「よくこの硬いメタルジャケットボアを捌けますね」
ちょっとレーノに驚かれた。ある程度部位になってドロップしてるんだがやはり脂肪部分が硬くなっている模様。……やっぱりルシャの包丁ってドラゴン捌けただけあって切れ味がですね、斬れ味と書き直したくなるような何か。
脂肪のかたまりとサシの入った綺麗な肉とに分離、サシも脂なだけあって薄く下ろすとしゃりしゃりいうくらい硬いが柔らかい赤身と混じっていてもスラスラ切れる包丁最強。あれです、通販番組の熟れたトマトを薄切りする包丁なんか目じゃないね!脂切っても表面綺麗なままだし!
割り下で薄切りにした肉を二、三枚茹でる。チシャというサニーレタスとサンチュの合いの子のような葉野菜を巻いてまずちょっと味見である。
「うわあぁ……」
「おお! いいなこれ」
湯につけるとあっという間に色が変わり、硬かった脂が熱に溶けて肉も溶ける勢いで柔らかく、そして甘い。舌に残るが嫌な残り方ではないし、チシャのかすかな苦味がまた味を引き立てる。口に入れ噛むまでの一瞬のチシャの冷たさ、チシャを破って現れる肉の味と温かさ。豚肉とも違う何か。神々の用意した肉を抜けばダントツのうまさである。
どんな料理に合うかまずは味見、と思ったのにもうこの肉はこの食べ方でいい気がしてきた。
レーノとしばし堪能いたしました。
「もうここでいいんじゃないですかね?」
「私もそんな気がしてきた」
レーノが料理の礼にと、メタルジャケットボアを何頭か狩ってくれた。はたから見て大人気ないくらい本気だった。また作れってことですね?
まあ、時間もあるし夜にやばかったら困るので一応夕方まで他の島も探したが、メタルジャケットボアの島ほど良いと思える島はなかった。
「あれか、畑作ったらメタルジャケットボア対策しなきゃいかんのかな? 兎も荒らしに掛かると思うか?」
「別にここに作っても構いませんが、冒険者の畑って普通は家に付随して買うものじゃないんですか?」
はい?
レーノが何かニュアンスの違うことを言い出したぞ?
いや、待て私が忘れているだけだ、庭の話は聞いたことがある。
この世界、土地の取得法は二つ。
この島や店舗のように普通に取得する方法。
ハウスやクランハウス、自分の店――賃貸不可らしい――がある場合、それに付随するものとして『箱庭』と呼ばれる持ち主が許可した者しか入れないパーソナルスペースとして買う方法。
具体的に言うと、ハウスに別な空間への扉がつけられるそうな。
畑は他人の入れないそこに作るのが一般的で、『箱庭』にはうまくすれば精霊や妖精がやってきて畑の世話をしてくれるそうだ。
この『箱庭』は引っ越したとき家と共に移動できる。
高い予感しかしないが、そう聞いたら『箱庭』欲しくなるよな。
だがしかし、先に家なわけだが。
日が暮れても特にノンアクティブがアクティブに変わることもなく。メタルジャケットボアの強化と数増しだけで、それもレーノの槍の餌食になるだけだった。
「戻りましょうか。あの獣人姉弟きっと会いたいと思ってますよ。今戻ればまだデザートを食べてるんじゃないですかね?」
「レーノ……」
棚の甘いもの殲滅犯は貴様か!




