105.開店前
「ここが店だ。まあ、雑貨屋だな。向かって右隣は軽鎧屋、左はまだわからん」
こちらの通りは間口八メートルほどの店舗が並ぶ。右隣はエリアスの店なので安心なような身バレが不安なような。左の店も外観が綺麗に変わっており、職人の出入りもないのでもう開店準備はできてそうだが現実世界が平日昼間だからな〜。
ここへは馬車で来た。
転移の登録も済ませたのだが、神殿からここの商業ギルドの支社経由、広場行きの馬車乗り場が新設されたというので道順を二人に覚えてもらいながら来たのだ。
何せ帰るときは転移が使えない、最初は一斉に同じ場所に転移するとキャパを超えるので一方通行なのだろうと納得していたのだが、もしかしたら馬車屋との兼ね合いもあるのかもしれない。
この馬車は南西に新たに商業区画ができれば経路を延長予定だそうだ。
馬車を降りた時、商業ギルド支社の隣、酒屋が視界に入ったが、順調らしく荷馬車を誘導しているところだった。
小売はほとんどしないので事前に大体の卸す量が分かっている上、付き合い上、王都から入ってくる酒量をいきなり0にするわけにもいかないので酒屋の滑り出しは混乱もなく落ち着いている。
その辺りはさすが商業ギルドといったところ。替わりに事前の卸量の擦り合わせはなんか凄かったらしくクエロが珍しく疲れた風だったが。
酒屋側通りにある店舗の間口は元倉庫だっただけあり、雑貨屋側より広く十二メートル位で角にギルド支社、次が酒屋だ。
雑貨屋は酒屋とは背中合わせで角から三軒目。馬車の停留所から程よく近い。
「中にこの店の用心棒のカルがいるはずだから、声をかければ開けてくれると思うが」
ちらりと見れば馬車の中で渡した鍵を胸の前で握りしめているラピス。
チェーンでも作って首にかけられるようにしてやったほうがよさそうだな。
「せっかくだから開けてみるか?」
ラピスがこくこくと頷いて三段の短い階段を尻尾を揺らしてタンタンと駆け上がり鍵穴に鍵を差し込む。ノエルが弟だったはずだが、どうにも逆のように感じる。ラピスは無口だが顔も尻尾も表情豊かでノエルは大きく表情が動くこともなく大人びた話し方をして話す内容もしっかりしている。馬車の中でも鍵をラピスに譲っていた。
本当は一人に一本ずつ渡すつもりが予定外に居住者が増えたので足りなくなったのだ。もともと用心棒は考えていたのでトリンに予備の鍵を渡して複製を二本頼んである。出来たらノエルにも鍵を渡す予定だ。
ラピスが扉を開くのを軽く押して手伝う。
リンリーンと扉の上部につけた鈴がなる、カランカラン鳴る奴でも良かったのだが他にもっと優しい音は無いかとトリンに聞いたらコレを薦められた。ドアベルにしては少し主張が足りないかも知れないが優しく響く音だ。
「綺麗な音ですね」
「狭いしこれくらいで丁度いいだろう」
うーん、このゴワゴワは食事だけでなくシャンプーも原因か。孤児院に食材だけじゃなくシャンプーも差し入れるか。
ノエルの頭をなでる私。
口調は何でもなさそうな感じなのに、店内を見た耳がピンと立って興味津々! と主張しているのが視界に入ってですね、そして撫でやすいところに頭があったら撫でるしかない。
「お帰りなさい」
「お疲れ様です」
ドアベルの音を聞き二人がカウンターの脇の部屋から顔を出す。
「レーノ着いてたのか」
見知ったドラゴニュートがそこに居た。
「はい、先ほど。どうも少々目立ってしまったようで、カル殿に入れていただきました」
「ドラゴニュートが他にいるとも思えませんでしたので、勝手ながら入れさせて頂きました」
「ああ、ありがとう」
変なところにいるな、と思ったが許可なく入った、入れた、で妥協が客のスペースまでだったというところか。二人とも真面目で義理堅い。
気がついたらラピスもノエルも尻尾が凄いことになっている。
「ラピス、ノエル。こちらは用心棒のカルとドラゴニュートのレーノ。いい人たちだから安心しろ」
固まっている二人の背中をぽんぽんと軽く叩いて金縛りを解く。私はすでに見慣れてしまったのだが、ドラゴニュートと初対面はびっくりするか。
「とりあえず奥でお茶しようか」
ラピスとノエルを持ち上げて椅子に座らせ、私は簡易キッチンに茶を淹れにゆく。椅子が足りなかったのでレーノがカウンター脇の小部屋から一脚持ってきた。
お子様用椅子とは言わないが小さい子でも座りやすそうな椅子を二脚を買わねば。あとカウンターも踏み台というか床を一段上げとかないと長時間はキツいだろう。
「どうぞ」
アイスティーと熱いアップルパイと冷たいバニラアイス。昼を控えているので小さめだ。
「甘いもの苦手なら取り替えるぞ」
こんな時本当にこの世界は便利だ。そのまま仕舞えば熱々なままなんだから。
「両刀です」
手をこすり合わせて嬉しそうにカルが言う。
「生肉生魚以外は大丈夫ですので多分平気でしょう」
「甘いもの好き。でもこれは食べたことない」
「多分大丈夫です」
三人とも食べたことがないのか。幼い二人はやや不憫な印象、レーノは肉食なのかと思っていたら違う様子。そしてレーノを警戒して見ていた二人の視線がおやつに釘付けだ。
「まあこれからも色々出すから苦手なのは申告しろ」
「スキキライ?」
こてんと首を傾げてラピスが聞いてくる。
この反応で接客大丈夫なんだろうか、不安になるんだが。一部幼女好きな方々には人気がでそう?
「食事はよほどダメなものでない限り、健康の面でも礼儀の面でも残さず食べること。でも苦手なのがわかっていれば小さく切ったりしてやるし、『おやつ』は嗜好品……楽しく食べるのが優先だから苦手なものは出したくない」
「「はい」」
「「了解しました」」
おい、後半!大人二人!
「コレ酸味があってちょうどいいですね」
「バニラビーンズが効いたアイスがまた……至福です」
大人二人が感想を述べながら食べる傍でむぐむぐと夢中になって食べる獣人二人。
これはシャンプーの他に甘味も時々送った方がいいのか孤児院。
そういえば犬って玉ねぎとかチョコレートとか毒なんだよな。獣人は大丈夫なのか後で調べよう。冒険者ギルドの食堂で濃い味のものやらガンガンに食ってる獣人の冒険者がいたし大丈夫だと思うのだが。
「一応昼を食べたら店を開けるつもりなんだが、その前に足らんものとか買い足しに行こうか。あとレーノはどうする? ここの二階を仮宿にしてもいいが野外の方が快適なのか?」
「パルティン様が言った色々見てこいは、色々経験してこいだと思いますのでご迷惑でなければ二階で生活させてください」
「私は構わんが、ドラゴニュートが街で生活するには冒険者ギルドの審査と三ヶ月タグつけのうえ観察されることになるぞ」
「ああ、大丈夫です。僕、パルティン様の気まぐれで昔、冒険者登録してますんで。まあ、人間にとっては遥か昔なので果たしてカードが有効かどうか不安は残りますが。一応門ではこのカードでいけました」
街へ入る時もカードを提示して一日滞在扱いで入れてもらい、長く滞在するならギルドで手続きしろと案内されたそうだ。
甘いものを介してだいぶ馴染んだ四人に店舗を案内する。まずカウンター周り。
「こっちの棚は上にある生産用倉庫とくっついてるから、商品が足らなくなったらここから補充してくれ」
カウンターの内側から見て右の棚を指す。
「一応、店内の販売棚はもうカテゴリ分けしてあるから適当にそのカテゴリにあったアイテムをココで操作して、突っ込めば良くなってる。不便だったらカスタマイズしてくれて構わない。勿論手で並べることも可能だ」
因みにクエロに設定してもらいました。
「ところで何の店なんですか?」
「冒険者向けの消耗品販売、雑貨屋だな」
レーノが聞いてくるのに答える。
「生産職だったんです?」
「いいや? 戦闘職メインだな。一応薬士持ちで調合と錬金アイテムが販売の中心かな?」
「競合率高そうですね」
「最近ハイポーションなんかも出回ってるからな。……カウンター脇の小部屋は何となく商談スペースとして作ったが、よく考えたら商談なんかしやせんので知り合いが来た時にでも好きに使うか、カルの待機場所にでもして欲しい」
「ああ、ここの扉面白いですね。場所もとらないし閉めれば一見壁ですし」
カルが引き戸に感心している。
「で、さっきお茶をしたここは休憩室だ。そこのキッチンは棚のものを含めて好きに使ってくれ。食事も食材もある程度置いておくようにするからここで済ませても、外に食いに行っても好きにしてかまわん」
「ありがとうございます」
「こっちは土間と階段室だな、二階、三階は生産設備とメイン倉庫。二階に狭いが部屋二つと風呂があるからカルとレーノで使ってくれ。で、ここの裏口は裏の酒屋にでる」
実際裏口を開けてみせると、裏庭は頼んでおいたヘアグラスの黄緑色が綺麗な小庭になっていた。日がほとんど射さないのに湿気った感じもしない。
「この街で庭とは贅沢ですね」
カルの言葉に神殿の孤児院の広い庭に慣れているラピスとノエル、自然な山野が家なレーノが微妙な反応だ。
「裏庭も好きに使ってくれ。後で酒屋の裏口の鍵も渡すから何かあったら裏口から逃げろ」
酒屋側は渡す気が無かったので予備の鍵が無いのだが、カルのことを考えると渡しておいたほうがいいだろう。
「何故酒屋の鍵……?」
「一応、裏の酒屋も私の店だ」
商業ギルド丸投げだけど。
「ちょっと貴方がわからなくなって来たんですが、商人なんですか?」
「いや、普通に冒険者」
「……普通?」
カルとレーノが不審そうなんだが何故だ。
「冒険者……」
ノエルがこちらを見上げてくる。
「ああ、そっちが本業だな」
「じゃあ、いつかラピスも一緒に戦う」
あらかわいい。
「自分も好きでやってるし、本当にやりたいなら止めないが。真似したいだけなら、危険を伴うことだしよく考えなさい。まだラピスもノエルも知らない職業がたくさんあるはずだから」
ぽんぽんと頭を軽く叩いてなだめる。
「微笑ましいですねぇ」
私とレーノ、ラピス、ノエルは冒険者ギルドへ行くことになった。
レーノは登録が、今も正常に生きているかの確認。ラピスとノエルは身分証がない状態なので、カードを作りに。手続きをふめば神殿でも、孤児院出身の推薦書兼身分保証書のようなものは出してくれるらしいが、ギルドカードがあっていいだろう。十四歳に満たない場合、討伐系の依頼はDランク以上同伴でないと受けられないことも、しっかり本人達に確認させるためでもあったりする。
なんかこう、子供が無茶してピンチ! 助けに行かなきゃ! みたいなイベントは勘弁してもらいたいので釘はそっと刺しておく方向で。
二階で生活するためにシーツやらタオルやら日用品を買いに行くカルには子供が座りやすい椅子とカウンター前の踏み台になるようなものも頼んだ。
ガウェインに遭遇する可能性もあるが、どうせ閉じこもってはいられないのだし事前に分かっている時だけ回避する方向であとは特に気にしないことにしたらしい。
カルとレーノに自由に使って構わないシルを渡す代わりに休憩スペースや共有部に必要なものも気づいたものは買って欲しい旨伝えて少なくない金額を渡す。レーノはなにか言いかけたが私を見て大人しく受け取ってくれた。
カルだけに渡すのも受け取りづらいだろうしな、レーノが受け取ってくれて助かった。
「そういえば、ホムラ殿のことはなんと呼べば?」
「名前を隠してるんですよね?」
「この仮面をつけていれば、ホムラと呼んでも知らん人には名前が認識できないか、事前に適当な名前を名乗っていれば、その名前に聞こえるらしいんで大丈夫なんだが。まあ店主とかか?」
「店主ですか」
レーノが確認してくる。
「「「主」」」
「なんか横文字になると雇われ店主のバーテンダーみたいだな」
「……たぶん三人のニュアンスが違いますよ」
バーテンダーじゃなければ何のイメージなんだろうか。竜人よりも言葉のニュアンスの読めない私って……。
仮面を被って行ったので私だと認識していないだろうが、エメルのボタンは飛んだ。
今回ボタンを食らったのは背の高いレーノ、なかなかいい音がした。レーノを目にした騒ぎも、受付嬢の追っかけのいつもの騒ぎに飲み込まれてゆく。平日の昼間は欲望に忠実なプレイヤーが揃っているようだ。
あれだ、『獣化石』やら『人化石』の他に『性別変換石』とかはないのだろうか。冒険者ギルドで受付嬢の追っかけをしている幼女を見ると中身を想像して微妙な気持ちになる。どうやら大分昔にソーシャル系ゲームで同性婚ができないのは差別だー、とかUSAでされて以降、大手ゲーム会社はその辺フリーにしてるはずだが、住人はノーマルだろうしな。報われることがあるのだろうか、ここの幼女。
ラピスとノエルの登録を済ませ、レーノの登録が残っているか確認。
ラピスとノエルは十一歳で登録。ついでにやんわりした私の釘刺しでなく、プラムが実際あった話だと短い話を語り、ぶっとい釘を刺してくれた。
――子供が冒険者に憧れて自分の力量もわきまえず危険な森に行き、助けに行ったその憧れの冒険者が子供をかばって死ぬ話である。
ラピスとノエルが冒険者が死ぬくだりで、耳をペタンとさせて私を泣きそうな顔で見て、プルプルしてたんですが。大丈夫だから、私異邦人だから死なないから、いや、ここで言っては釘刺しにならないので言わないけど!
ちょっと内心うろたえたが、プラムの釘刺しには礼を言っておいた。
レーノは無事カードが有効だったため、この街で滞在する場所を明確にすること――私の店舗を届け出る書類だけで済んだ。
レーノの種族は『水竜人』だそうで、理性的な部類だそうだ。ただ怒りに我を忘れると暴れ方は類を見ないと注意を促された。ちなみに酒に酔うと凶暴になるより脱いで水に入りたがるそうで適量なら酒も許可。家呑みならご自由に、だそうだ。適量で願おう。
冒険者ギルドを出ると何人か後ろをついてくる。
まあ、レーノは目立つしな。
どうせ開店するのでついてきてもいいと言えばいいのだが。
うっとうしい。
「ちょっと飛ぶぞ?」
「はい?」
両隣のラピスとノエルの遠い方の肩に手をやるとローブの袖で背中を包むようになる。レーノの訝しむ声に答えず転移。
「はい?」
突然変わった風景についていけていないのか、レーノがまた声を上げる。
神殿の転移門、すかさず店舗の転移プレートへ。島にハウスを作るなら転移のためのマーキングできるようにせんと。【魔法陣製作】はとったが、どんな魔法陣かさっぱりな上に、必要なアイテムの情報も調べそびれている。
この転移プレートも馬鹿高かったし、マーキングするのもお高い予感しかしない。
「貴方、転移スキルなんてもの持ってたんですか!」
「ああ、便利だぞ」
スキルというか魔法だが。
「カルが戻るまで店内好きなところ探検してていいぞ、カルが戻って昼を食べたら開店しようか。レーノは部屋のベッドやら整えるとかかな? 島探しは明日で頼む」
「島探しはもともと明日からと聞いていたので大丈夫ですが、開店直後くらい手伝いますよ?」
「宣伝もしていないしそんなに客はこないと思うぞ?」
そんなことなかったのを知るのはそれからしばらくあとのことだった。




