103.撲殺現場
ゴッ!
「……っ」
グシャッ!!!
「ぐぁ……っ」
ガタンッ!
現在私は不穏な物音と押し殺した呻き声がする、神殿の一室の扉を背にして立っている。
中で何が行われているか知りたくない。顔が引きつるのを抑えて前を向く。左にはエカテリーナの護衛役なのか背の高い神官が一人、私と一緒に部屋を出て無言でそのまま隣に立った。護衛にしてはインテリ眼鏡、この男がいなければ遠慮なく耳をふさげるのだが。
戦闘中なら自分も高揚しているから平気なんだが。
とりあえずこの扉を守っていますよな体で、まっすぐ前を向いて顔だけは「私は中で起きていることには感知いたしませんよ、無関心です、気にしません」を貫いている。
なんでこんなことになっているかというと、話は少々遡る。
冒険者ギルドから神殿への移動の馬車の中だ。そこでカルからエカテリーナが【撲殺女神】という二度聞きしたくなるような二つ名で呼ばれていることを告げられた。
「『撲殺』とか不穏な単語が聞こえた気がしたが」
「はい。エカテリーナ殿は特殊な武器を装備、その武器で一度患部を破壊し再生されるようですね」
何それ怖い。
爽やかそうな顔のままなんてこと言い出すんだこの男。どうしよう、エカテリーナが得体がしれないのか、この男が得体がしれないのか不安になってきたぞおい。
「ああ、失礼。寝る前のお話やら絵本やらで浸透しているとおもったのですが、確かに撲殺というのは穏やかじゃありませんね。申し訳ない」
患部を破壊でも穏やかじゃないと思います。
「面識があるので会えればなんとかなると思うのですが、これがなかなか。元の名を出して面会を申し込むわけにも行かず、いやはや参りました」
聞かなかったことにすると言った手前、聞かないが、カルという名前も偽名なんだろう。
「会うだけでどうにかなるなら簡単だ。これから面会する中にエカテリーナも入っている」
「エカテリーナ殿に、ですか?」
ちょっと驚いたような顔をされる。
「簡単に会えるような立場の人ではないと」
「遭遇率はやたら高いぞ?」
「お子を亡してらっしゃるせいか、孤児、特に獣人の子供の保護には力を入れられていらっしゃるようですがその関係ですか?」
「たぶん?」
カルには雑貨屋の売り子予定者が神殿の孤児院にいると連れてきているので思いついたらしい。白のこともあるので、エカテリーナと遭遇率が高いのが果たしてそれだけが理由かは怪しいところ。
で、確かにエカテリーナとカルは面識があったらしく対面するとカルに気づいたエカテリーナがにこにこと声をかけた。
「おやおやまあまあ。なんとお呼びすればいいのかしら?」
「"カル"と」
「ホムラは知っているのかしら?」
「知らなかったことにするから、聞かないと」
やはり本名は出したら不味い系かと思いつつやりとりを聞く。
エカテリーナの言うことは辛辣だったりロクでもなくても、いつもニコニコと絶やさなかった笑顔が鳴りを潜めている。
「国を出るときに怪我を負いましたね?」
「はぁ、ここまで伝わっておりましたか」
「生死不明、どちらかといえば亡くなった方に情報は傾いていますわ。貴方がここに来たのは治療のためですね? ホムラを巻き込みますか」
「左様です、と言いたいところなのですが……」
「雑貨屋の用心棒に雇った」
連れてきたのは私だ。
「貴方が古傷を治せるという話は神殿に向かう馬車の中で初めて聞いたし、カルは馬車に乗るまで雑貨屋の店員の孤児との面通しだと思っていたはずだ」
「あらあらまあまあ、贅沢な用心棒さんですね」
カルから一度目をそらしてまた見たときにはエカテリーナにいつものごとく胡散臭い笑顔が戻っていた。
「贅沢……?」
聞き返そうと思ったとき、エカテリーナがおもむろにモーニングスターを取り出したのをみて口をつぐむ。
トテモ凶悪ナンデスガ。
ちょっとそれトゲトゲ鋭利すぎませんか?
で、中から不穏な音が聞こえる現在に。
こう、患部を一旦壊して再生かけてるの? それとももしかして本当に撲殺後の蘇生なの?
カルがどっかのギルド長みたいに変態になって出てきたらどうしよう。
無表情を保ちながら、背後からの気配と物音に頭の中は大混乱を起こしている。
待つことしばし、扉が開いた。
出てきたのは十六、七の女性。
……あれ?
「終わりましたわ」
「お疲れ様、在庫は?」
出てきた女性がインテリ眼鏡と話す。
「『幻想の種』があと一つですわね。あと一度は使えますし、治ったからには責任を持って使った分を補充していただきますので問題ありませんわ」
すごく最近それは私のポッケに入った気がする。
「あと心もとないのは『光の妖精の鱗粉』かしら。他は大丈夫です」
それもなんかポッケにある気がするが、まあ黙っていよう。
会話の内容を考えると、古傷を治すのに使う技は『幻想の種』をはじめとして、いくつか触媒を使うのだろう。あと一回使えるようだし、在庫が0でどうしようもなくなるようなら申し出ようか。
それはともかく誰だ? 儀式の助手のようだがこの部屋にはエカテリーナとカルしかいなかったはずだが、神殿らしく隠し通路でもあるのだろうか。清楚とお色気の中間というかなんというか、どちらかに傾きそうな危ういバランスの美人さん。礼拝とか男どもでいっぱいになるんじゃないのかこれ。
「ご面倒をおかけしました」
後ろからカルが謝ってくる。
服ガ破レマクッテルンデスガ、本人ハ健康体ノヨウデス。
落ち着こう、私。
とりあえず以前私が装備していたローブを差し出すと、カルが軽く頭を下げ素直に受け取って羽織った。
それを待っていたようにインテリ眼鏡氏が口を開く。
「いや、久しいな。湖の騎士殿」
「カイル猊下、」
ちょっと待とうか?
今不穏な単語が二つ出なかったか?
湖の騎士ってランスロットです? ガラハドのお父さん?
ガラハド、パーシバルと続いたので、ついこの間アーサー王伝説あらすじと登場人物チェックしなおしたばかりなんだが、円卓の騎士最強が何やってるんだ。
いや、ガラハドと年が合わないか。幾つのときの子だよ!
落ち着け私、ここはヨーロッパじゃない。王の妃との不倫否定していたし、名前と設定を微妙に一部拝借してるだけなのだろう。うん。
だが最強の設定は持ってきてそうだよな、しかもガラハドたちの会話の端々からも円卓――ガラハドたちは"ちょっと特殊な騎士"と言っていたが――の騎士崩壊してる気配がですね!
ガラハド達は三人、パーシバル達は二人、ランスロット(推定)は一人。
もしかしなくても相当強いのか。
そして猊下? この神殿でどういう地位の方ですか、一緒に並んでいた護衛さん、護衛じゃないのか。部屋で会った時確かにエカテリーナの護衛としては少し立ち位置がおかしかったが、カルを連れてきたのは突発的なことであって当初私だけの予定だったし。紹介もされなかった。
白を連れ出した私の面通し予定だったのか?
てか、隠す気無いだろう貴様ら!
「怪我が治ってめでたいな、というわけで店の用心棒にはどう考えてもオーバースペックな気配がするのでお話はなかったことに……」
「そんな不義理なことはできかねます」
「いやいや、気にしなくていいぞ?」
「あらあらまあまあ。この人を治したのは昔馴染みだからだけでなく、貴方の知り合いで店番だからですよ。今更前提を崩されても困りますわ」
押し問答していると、先ほどの女性神官が話に入ってくる。
……ん? あらあらまあまあ?
「 ! エカテリーナかもしかして!」
「もしかしなくてもエカテリーナですよ。この【祝福の星球】の固有スキルを使うと一時的に若返るんです。美人だからって恋しちゃダメですよ? すぐ元に戻りますからね。ふふ」
「せんわ!」
美人でもエカテリーナはあり得ません。
というか反則だろうちょっとふくよかな50台後半くらいだったのに! どこまでも柔らかそうではあるがふくよかでさえなくなってるよ!!!
「なかなか苦労人のようですね。ああ、私はこういうものです」
「全力で気づかないフリをしてるのに無表情で淡々とパトカ渡してくるな!!!!」
猊下と呼ばれたインテリ眼鏡が職業欄に『枢機卿』とか書いてあるパトカをしれっと渡してきた。
「猊下は神殿で一番やんごとなき身分で権限をお持ちの方ですが、お気になされないでくださいね」
「気にするわ!」
「いやはや、はっはっはっ」
って笑う擬音(?)も棒読み無表情なのかこの男。
「私は面倒な権威とか政治関係とかいうものには近づきたくないのだが」
「むしろその望みを叶えるためですわ。お話ししますからとりあえず中へ」
まあ、廊下で漫才やっててもな。
エカテリーナに促され渋々部屋の中に入る。
「……って茶を淹れるのは猊下の方なのか」
「うふふ、私はスープを作るのは得意なんですがその他の料理が壊滅的なんですよ。試しますか?」
「いや、いい」
茶を淹れるのもダメってどんな腕前なのか。レオレベル?
「先ほどのお話ですが、ここ以外も獣の封印が解けかかっていると調査結果が上がってきています」
全員が席に着いたのを見てエカテリーナが話し出す。
「うちが調査を入れたように、獣の封印のある国では自国の封印の緩みを見て神殿に調査を入れるでしょう。比較的すぐ確認しに行ける場所がこことカンブリア帝国ですからね。今のところ、貴方の話は洩れてはいませんが今後はわかりません。獣がどうなったのか知りたがる方は多いと思います」
エカテリーナも他の封印のある地で情報収集を行ったのだろう。そしてついでにカルの出てきたカンブリア帝国の内情も一緒に調べた、と、そんな雰囲気だな。
「君がここの獣を連れ出した報告を受けている。というか、風神ヴァルから神託があった。風の神ヴァルは同時に君の束縛を望まないとも。直接神託を受けた私は理解しているつもりだが他はそうはゆくまい。君を権力でもって縛ろうとするものがあったなら私の名前を使いなさい」
エカテリーナの話を受けて猊下、カイル猊下が言う。
ヴァルが私の監視を頼んだのはエカテリーナではなく、カイル猊下か。
「私が以前のしがらみを絶って、ここで好きにしていられるのもカイル猊下のおかげです。ホムラには何の見返りも求めません。それに今の貴方にキレられると厄介そうですしね、私の【浄眼】でもステータスが見えないなんて数日の間に一体何をしてきたんでしょう、同じ【眼】でも手に入れましたか?」
ん?
隠蔽のレベルはそんなに上がっていないし、そもそも神器である『アシャの白炎の仮面』を見透かす『眼』だ。ステータスが見えなくなったという心当たりが……あった。
称号【ヴェルスの眼】、欺瞞・隠蔽・偽りなどを見抜く。エカテリーナの言うニュアンスだと同じ『眼』を持っていればどうやら見抜くその力に対抗できるらしい、全く同じではないがきっとこれだろう。
ヴェルスもストレートにいいものをくれたんだな、と何か感慨深い。
と、言っても敵にしか使う気が今のところないのだが。自分が見られて嫌だし、乙女の秘密も男の秘密も見ちゃったら困るからな。
なんだかんだで邪神の話をし、【憑依防止】アクセサリーを三人に渡し、改めてパートナーカードの交換をする。神殿ではエカテリーナにアクセサリーを渡しておけば、【浄眼】で憑依された者を見分けられるし、祓うこともできるだろうしと、一つしかアクセサリーを考えていなかったのだが。
このまま行くともう一度くらい『ティガルの星屑』を掘ってくるしかないかもしれん。
さすが神殿というべきか、獣の封印と並行して邪神についても情報を集めていたらしく、私のけっこう胡乱な話であっても特に否定することなく受け入れてくれた。
神々に聞いたなんて言うと厄介そうだし、伏せたらかなりアバウトな話に。ヴァルから聞いたことにしとけばよかったと後から思ったが手遅れだ。
いっそ神殿ごと軽い結界で覆う対策を取るそうで、取り憑かれて日の浅い者なら結界に入るだけでも浄化は成るようにする、とのこと。
憑依しても体とつながった魂の方が強いらしく、病などで心が弱った者なら兎も角、普通は短期間で弾かれるそうだ。長期間にわたって体を乗っ取るというのは難しいらしく、少しずつ侵食して完全に乗っ取るには結構な時間がかかる、おかしいと思ったら神殿へ! だ。
「今の時点でパニックになるような情報は流しませんが、ことが起きた時に、実際に一度『神殿に入れば憑依は無くなる』と分かれば皆様誘い合わせて神殿に礼拝にいらっしゃいますわ。お布施も増えるというもの、ふふ」
だ、そうだ。




