100.騎獣
「白、違う違う。こちらこの山脈のドラゴンさん、騎獣じゃない」
「なんじゃ違うのか。まあ、もふもふしとらんしな」
騎獣を決める話で召喚時間終わったからな。
「パルティン様を騎獣扱いするなんて、ちょっと貴方の召喚獣、感覚ずれてますね……」
ドラゴニュート君が眉間をもみながらつぶやく。眉毛はないが。
「む。だが確かにミスティフ……、我の知るミスティフより毛が長いし、本当に白いな」
騎獣呼ばわりで機嫌が悪くなるかとも思ったが、白のもふもふに目が離せない様子。
「やらんぞ」
近づけないジレンマがあるのは知っているが一応釘は刺しておく。
「むぅ……、大丈夫だ。むしろ、そろそろここのミスティフ達も安全のために引っ越し先を検討せねばと思っている」
「属性というやつは難儀だな」
寂しそうに笑うとはこういう状態か、寝ぐらに連れ帰って思う存分もふもふしたいだろうに。一緒に寝たら三十匹いればそれはもう、もふり放題どころかむしろもふられる状態だろうに。
「白、ここにこのパルティンの保護しているミスティフが出るって。会うか?」
「何?」
「ミスティフ」
「生き残りがおったのか!?」
「ほぼ絶滅したと言われていたが辺境の地や、精霊の守護のある地などで、な」
「別れて住んでいれば絶滅したような個体数でしたが、一匹、二匹とパルティン様がお集めになって今漸く個体数が三十を超えました」
生き残っていた個体は淘汰されたか強い個体が多く、幸いと言ってはなんだが少ない中でもなんとか種をつなぐことができているという。
「まあ、人間の欲には限りがない。我がまだ成竜になったばかりだったころ、ミスティフの変異種、ハスファーンが国を滅ぼすまで暴れておらねば本当に滅びていたかもしれん。あれで人間も毛皮どころではなくなったからな」
「……」
無言の白をこちらも無言でもふる。
種族に人間を選んだのは失敗だったろうか。いや、どの種族を選んだって本質は変わらない。ガラハド達やルバ、ユリウス少年、いい人間達は沢山いる。だが。
彼等も私も生産のために何かの皮が必要になれば狩り尽くす勢いで狩らないと言い切れない。
「狩るな、とは言えませんよ。この世界の物は多かれ少なかれ食べたり、快適に過ごすため他を殺しているんです。ただ、同じ目にあう覚悟もなく相対するのはいただけない。人間だけが滅びないと思っているのは滑稽です。相手にも殺す権利がある」
私の顔色を読んだのか、ドラゴニュート君が話しかけてくる。
神々も獣の封印は数多の国を滅ぼしたから封印したといわれていることを否定はしないが、実際には違うことはバハムートの時になんとなくわかった。封印はあくまで境界を壊したからだ。決して大勢を殺し、国を滅ぼしたからではない。
「まあ、多少センチにはなるが、生き方を変えるつもりはない」
ドラゴニュート君にヒラヒラと手をふってみせる。
「貴方なら大丈夫ですよ」
「根拠のないことを」
「貴方、山菜残してたじゃないですか。あれは来年のためでしょう?」
クツクツと笑う。
「……単に来年も食いたいだけなんだがな」
つぶやいた時、逃げ水のように何かが視界に滲む。
それは増えてゆき、やがてはっきりとした色と形を作る。
「短い」
茶色いのはともかく毛が短いせいで白とまったく別の生き物に見える。丸刈りか? 丸刈りなのか!? いや、ビロードのように艶やかで綺麗だが!
もふもふ度が足りません!!!
「パルティン様、お久しぶりです」
「ファーリア、久しいな」
他と比べて毛が長く、胸毛が白くもふもふな個体が前に進み出てきた。
もしや、もふっているほど強いとかそう言うオチか?
白は私の肩で同胞を前に固まっている。
ファーリアと呼ばれたミスティフはパルティンに抱かれてもふられている。パルティンの頬に顔を寄せている姿は信頼しきっている様子で、パルティンのほうは至福の顔をしている。
そして私は遠巻きに見ているミスティフにぎりぎりシャーシャーは言われていない程度の何か。人間族肩身がせまいです。
「ファーリアは他より力が強くてな、短い間なら私が触れても問題ない。この群れのまとめ役だ」
「人がいるので名乗れませんが、私の名前は先ほどパルティン様が呼んだ通りです」
ああ、すっかり忘れていたが精霊界のモノは自分から名乗るのは主人と定めた相手だけか。
「む……、お主も我を紹介するのじゃ」
ペシペシと頬を叩かれる。白は仮名だからいいんじゃないのか? お前パルティン達に名乗ってたろう。
ああ、ハスファーンの方か?
「ハス……」
言いかけたらお口をぺしぺしされました。もふもふもいいが肉球もまたいい。
「いつもの方じゃ」
「白だ。あと私はホムラ」
相手は人間には興味がなさそうというか、要らんだろうが一応自分も名乗っておく。
「白、新しい仲間は大歓迎です。ホムラもミスティフ達の不躾な視線は申し訳ございません、パルティン様が連れてこられた方ですし、私たちをどうこうすることはないとわかってはいると思うのですが……」
「ミスティフにとって人間がどんな存在かはさっきドラゴニュート君に聞いたから気にしないでくれ。むしろ不快な思いをさせてすまんな」
「さあ、こちらは気にせずいつも通りに」
パンパンと手を叩いて言ったパルティンの言葉で遠巻いていたミスティフ達が姿を消す。
「白もまじってきたらどうだ?」
「いや、姿を見ただけで十分じゃ。今まで、あまりに離れていてどう接して良いかわからぬわ。それに我はお主の召喚獣じゃしな」
可愛いな白は、うちの子が一番可愛い。言ったら噛まれるから言わないが。
「そろそろここも私のせいで騒がしくなる、その前に移住先を探さんとな」
「パルティン様のせいではありませんわ」
「騒がしくなる?」
プレイヤーが騎獣を捕まえにどっと押し寄せそうではあるが、そのことではない雰囲気。
「来年は木の年、次は火の年だ」
「うん?」
「パルティン様は緑竜と火竜に言い寄られてるんですよ。パルティン様の方が強いんですが、自分たちの属性が強くなる年に決まってちょっかいをかけにくるんです」
「段々戦いが激化しておってな、いつここに被害が及ぶようになるかわからん」
「待て、竜の恋愛アプローチって戦うことなのか?」
物騒だなおい。
「普通に気が合う同士もいるが、基本強いものに惹かれるからな」
そんなところは獣っぽいんだな。人に似た姿で話していると竜だということを忘れそうになるくらいなのに。竜って過激だ、あれ? ということはバハムートって竜界じゃモテモテ?
飼い主はそんなにもてた試しがないのにおのれ……っ! とりあえず白をもふる。
「お主は早う騎獣を手に入れろというに」
「あ、そういえば」
一応警告しておかねばなるまい。
「私も異邦人の一人だが、多分そのうち騎獣を得るためにここに続々と異邦人がくるぞ」
「何、それは本当か?」
「まだ間があると思うが、多分な」
私はガラハドたちから騎獣の情報を得た。彼らは騎獣を隠そうとしていたけれど、きっとパーシバルたちにも騎獣はいるだろうし、広がるのも時間の問題だろう。
一度その存在が広がれば必ず探しに来る、そして掲示板があるからには誰かが書き込めばあっという間だ。
「うーん、騎獣と呼ばれる人を乗せることが可能で人に従う獣が多くいるのはこの大陸ではこの辺りだけだからな」
「根性見せて火竜でも狩ってきてくれればいいんですけどね」
違う大陸には違う騎獣がいるのだろうか。そしてドラゴニュート君、火竜にうっぷんたまってるのか?
「迷惑かけてすまんな」
私も騎獣を得にきた分際だしな。
「いや、騎獣のほうは正しい縁を結ぶ分にはいいのだ。むしろ推奨する」
「ん? ここから数が減るんじゃないのか?」
「ここからはな」
「一般的に騎獣と呼ばれるのは、主人を得て名付けられて『個』になったものの生まれ変わりと言われています。稀に強い個体で周囲から名をつけられることによって主人無しで自我を持つものもいますが」
「普通の獣は死ぬと同じ種族で一つの大きな個性のない魂の塊に、名付けられると自我が芽生えた個になって、亡くなっても魂がそこに戻れなくなる、戻りたくなくなる、と言われていますね。何度か生まれ直すと自我が消えてまた塊の一部にもどってしまいますが。記憶がなくとも個として消えたくない、という思いが残るんですかね」
「ここにいる獣は他所にいる同じ種族の獣と姿形や能力以外のことが違うんだ。野生の獣を屈服させて名前をつけるのもいいが、できればここにいる獣から選んでやってほしい気はするな」
新しく名付けないとただの獣にもどってゆくのか。ああ、バハムートが騎獣にできるのに、人が縁を結べる騎獣はここだけだと言ってタシャに案内されたのはそのせいか。
「騎獣を手に入れて何をするんです?」
「移動が楽になるからな。あちこち行きたいし見たい。いい場所があれば家を買うのもいい」
「!! すぐ買うのじゃ、そして移転場所が決まるまでここのミスティフ達を預かるのじゃ!」
おとなしくしていた白が首をもたげて叫んだ。
「え、いや、白、そんなにすぐに決まらんぞ。あと相手も人間に匿われるのは微妙じゃないか?」
「いや、それがいい。人ならミスティフに影響を与えるほど偏った属性は持たぬし。人の街では役に立たんが、辺境の地に作るというならそこにいる精霊や竜に口利きができる」
まさかの肯定。
「辺境……」
転移あるけど行くのが難儀そうな。帰れない家ってどうなんだ。
えーっと、どこか辺境の地にミスティフ用の小屋を建てればいいのだろうか。
「エルフの迷いの森の中なぞどうじゃ?」
「おお、環境的にも良さそうだな! エルフにも安心できないが、そこはそれ世界樹のじーさんに一言入れよう。はぐれがいるかもしれんが、ハウスの中なら一種の結界だし、ここよりはるかに安心できる」
エルフ〜って大陸別じゃなかったっけ……? 私をどこへ連れて行くつもりだ?
「それなら孤島はどうじゃ? そもそも人が寄らん島に作れば!」
「ぬ、それなら私は海竜に話をつけて、船が島に寄れんようにするし、空も大気の精霊に頼むぞ! ここは人の営みが近すぎて派手なことができなかったが孤島なら遠慮はいらんな!」
それは私も寄れなくなるオチはないのか?
「ちょっとお二人とも! あなた達の家じゃないんだから。ホムラさんがすごく微妙な顔してますよ」
ドラゴニュート君が止めに入ってくれた。
「ぬ……。お主の家ということは我の家でもあるよな? な?」
「っ!!!」
小首を傾げ顔をすり寄せてきてからの鼻チュー。
鼻チューだとぉ!?
「くっ、仕方ないな……」
そう答えた私は悪くない。
だが、ドラゴニュート君の視線が痛い。
「さて、そうと決まれば次の満月までにお願いしたい」
「いや、島探して建てるまで考えると無理じゃないか? そもそも島の所有ってどうなってるんだ?」
「ん、人族の時間感覚も決まりごともピンとこないな」
「まずそんな辺境に建てに来てくれる職人がいるかどうかもわからん」
「そっちはなんちゃら言う玉があるのではないか? ほら、家ごと収納して好きなところに建てる」
「ああ、『建築玉』ですね。内装用の『意匠玉』というのもありますね」
設計士が設計した部屋を『建築玉』で増やして、大工のつくる『意匠玉』で床や壁、柱のデザインを変えられるそうな。
ただ高レベルスキルでしか作れない&込めるブランク玉が高価だそうで、街中で頼むのであれば普通に依頼して普通に建てるとのこと。
「高そうだなおい」
とりあえず一部屋あればいいか。
「もうちょっと竜鉱石持ってくか? あれは私が長くいるだけでその辺の石が変質するものだ、遠慮はいらんぞ?」
「場所を決定してから考えさせてくれ。私が気に入ったところなら私の家なんだし私が出す。条件を優先して気に入らない場所だった時はもらいに来る。が、その前に孤島をどうやって探すんだ? 飛ぶタイプの騎獣もいるのか?」
「ではレーノを貸そう」
「えええっ!!! ちょっとパルティン様!!!!」
「ミスティフの様子も知りたいしな。レーノなら地上を走っても早いし、半日くらいなら空も飛べる」
「待ってください、困ります!」
ドラゴニュート君が慌てている。ドラゴニュート君の騎獣なんだろうか。
「レーノってどんなのだ?」
私の問いにパルティンが笑顔でドラゴニュート君を指差す。
はい?
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《アイルの『学術セミラミス学園』『法術オクシモロン学園』は年齢を問わず条件を満たすことにより所属が可能です。学ぶことにより様々なスキルがスキルポイント無しに取得できる機会があります》
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はい?