ビン拾い
僕はすぐにゴミ屋敷の掃除屋の建物、ホームって呼べばいいらしい、を離れた。
ホームの近くにいると、延々とビン拾いだけを繰り返しそうだったからだ。
ワビスケの言葉通り、この仕事は適度に進めることにするつもりだった。
でも、なかなかうまくいかなかった。
今も歩きながらビンを拾っている。
どっちを向いても空きビンなんてたくさん落ちているから、拾いたい放題だ。
おかげで、なかなか手を抜くことができない。
一応、これも立派な仕事なんだから完全に放り出さない方がいいのは確かだと思うんだけど、ちょっと予定よりもがんばってしまっている。
本当はもっと無視したいんだけど、目についたら拾いたくなってしまうんだよね。
それで目につくビンを拾っているだけなのに、思ったより手間を取られている。
せっかく散歩を兼ねて歩き回っているのに、ビン以外を気にする余裕があまりない。
もっと色々見ながら散歩するつもりだったのに。
やっぱり僕は要領が悪いみたいだ。
「エイシ、別に難しく考えなくていいんだ。
やりたいことをやればいいんだぞ。
お前が本当にやりたいことが、実はビンを拾うことだったって言うんなら心置きなく拾っていいんだ。
俺がさっきこの仕事を馬鹿にするようなことを言ったのが気になってるなら謝るよ」
ワビスケはそう言ってくる。
真面目っぽいことを話してるけど、態度はさっきまでとは変わっている。
僕のやりたいことがこんなことじゃないのを分かっていて、ふざけて言ってるんだ。
「別に僕はビンが拾いたいんじゃないよ。
ちょっと目に入ったから拾ってるだけだし。
大体、仕事なんだから適度にこなすのは問題ないじゃないか。
それに散歩も楽しんでるよ」
ちょっと強がってしまった。
「そうか?
それがお前にとっては適度なんだったら別に構わないけどな。
めちゃくちゃがんばってビンばっかり拾ってるように見えたもんだから、誤解してたよ。
どう見ても散歩を楽しんでいる人間には見えないからなあ」
僕の要領が悪いことをからかっている。
いや、多分悪気はないんだろうけど。
ワビスケなりに空気を和ませてくれようとしているだけだと思う。
僕が自分の役割に縛られる癖が抜けないことを悩まないように、気づかってくれているんだと思う。
確かにワビスケが横から茶々を入れてこなければ、僕は自分の行動に悩んだかもしれない。
それは分かっている。
分かっているんだけど、あの表情はうっとうしい。
ぷぷぷ、とか吹きだしそうな顔をしている。
「大体、ワビスケも僕の仕事を手伝ってくれるって言ってたじゃないか。
だったら、ちょっとくらい一緒に拾ってくれてもいいでしょ」
僕は抗議の声を上げた。
「嫌だよ。
俺はあくまでお前の補助をするって言ったんだ。
別にゴミ拾いに補助はいらねえだろ。
俺がやりたいのはもっと面白いことなんだよ」
いや、僕だって本当は面白いことをしたいんだよ。
ゴミ拾いを必死にやりたいわけじゃないんだよ。
そんなことは分かってるんだよ。
でも、やっぱり気になって拾っちゃうんだよ。
なんだか自分が呪われているんじゃないかという気になってくる。
「ああ、別にエイシにとってビンを拾うのが面白いんだったら否定はしないぞ。
人の好みってのは色々だからな」
「だから、違うって言ってるでしょ」
ワビスケはしつこい。
違うって言ってるのに。
僕たちはそんな風に、働いているのかふざけているのかよく分からないような状態で街の中を歩いている。
歩けば歩くほど僕の持っている袋にはどんどん空きビンが詰まっていく。
一応、そんな状態でもワビスケは街の中を案内してくれているみたいだ。
先導しているのはワビスケで、僕は後ろについて歩きながらビンを拾っている。
でも、基本的に街の中はゴミの山があるだけであんまり見てて面白いものはない。
店とかもまだ見ていない。
店はそれなりにある、ってワビスケは言ってるけど、今のところはゴミの山しかない。
まあ、僕がビンを拾いながら歩いているせいで全然進まないから、お店がある所まで辿り着けないだけかもしれないけど。
ん?
何か光った?
視界の隅で何かが光ったのに気付いた。
目を凝らして確認する。
ああ、ビンだ。
折り重なったゴミの隙間で光っているビンを見つけた。
今日はずっとビンを拾い続けているから、どんどん目が敏感になっているみたいだ。
一応見えてはいるけれど、ゴミの中に埋まっていると言ってもいいような状態だ。
こんなビンですら見つけてしまうなんて、もはや僕の目から逃れられるビンなんて存在しないだろう。
ビン探し名人だ。
うん、すごくどうでもいい。
どうでもいいんだけど、目に入るとやっぱり拾いたくなっちゃうんだよね。
そういう行動がワビスケにからかわれている原因なわけだけど、どうしようもない。
こんなにビンに執着するなんて、僕は自分で気づいてないだけでワビスケの言う通り、本当にやりたいことはビンを拾うことだったんだろうか?
いやいや、そんなはずはない。
そんなこと今まで考えたこともなかったし。
大体、ビンを拾いたいって意味が分からない。
いや、目についたら拾いたくなるんだけど。
うーん、どういうことなんだろう?
そんな、馬鹿みたいな自問自答をしながら、ビンの上に詰みあがったゴミをどけ始める。
「おいおい、エイシ。
何やってんだよ?」
「この下にビンがあるんだ。
それを拾おうと思って」
「まったく、お前のビン好きは筋金入りだな。
冗談抜きで本当にビン拾いがしたいんならそう言えよ。
本気で言うんなら俺もからかったりしないから」
ワビスケはちょっと呆れながらそう言った。
僕も流石にゴミをどけてまでビンを拾う気はなかったんだけど、っていうかビンもゴミなんだけど。
ゴミを拾うためにゴミをどかすって何やってんだろ、僕。
でも、なんだかこのビンは普通より気になるんだよね。
他のと雰囲気が違う気がするというか。
なんとなく、プレイヤーの人が持っている雰囲気に近いものを感じるんだ。
ビン相手に何言ってるのか自分でもよく分からないけど。
僕はビンの上のゴミをどんどんどけていく。
ワビスケはゴミに触りたくないのか、ちょっと離れた場所に逃げている。
しばらくゴミと格闘した後、ようやく目的のビンを拾いあげた。
それは空きビンじゃなかった。
中にきれいな色の液体が入っていて、ちゃんと蓋もしまっている。
「うん?
なんか入ってる?
ねえ、ワビスケ」
少し離れた所にいるワビスケに声をかける。
「なんだ?」
「僕の仕事って空きビン拾いだったよね?」
「そうだな」
「中身が入っているやつはどうしたらいいと思う?」
「どうせ中身もゴミだろうから、適当にその辺に捨てて空きビンにすればいいんじゃないか?」
「でも、そういうことをするから街が汚くなってるんだよね」
その辺に垂れている謎の液体とかってそういう行動のせいだよね。
ゴミを拾っているのにゴミを増やしてどうするんだって思う。
「お前ホント真面目だよな。
それだったら、掃除屋のホームに帰ってからちゃんとした場所に捨てればいいんじゃないか?
多分、あそこならそういうものを捨てる場所もあるはずだ。
なんせ掃除屋を名乗ってるんだからな」
「そっか。
そうだよね。
分かった。
そうするよ」
僕はワビスケの言う通りにすることにした。
とりあえず今は中身の入ったビンも袋の中に入れる。
それから、ワビスケと再び歩き始めた。
歩きながら空きビン拾いを続ける。
それからもたまに中身の入ったビンを見つけた。
今のところ、全部で3個だ。
空きビンと比べて数がとても少ない。
しかも中身入りのビンはどれも見つけにくいゴミの下にあった。
っていうか、僕はなんとなく不思議な雰囲気を感じたから見つけられたけど、普通はあんなの気づかないと思う。
中身がなんなのか分からないけれど、見た目はきれいな液体だし数も少ないしで、ちょっとした宝探しみたいな気になっていた。
僕はそれからは中身入りのビンを探すことを目的に、楽しくビン拾いを続けることができた。
結局ビン拾いを楽しんでいるのは、最初の目的とはズレているんだけど、別にいいんだ。
楽しいんだから。
ワビスケもからかってはくるものの僕が楽しそうにしていることに文句はないみたいだし、今日の所はビン拾いを続けることにした。