余裕
「ま、こんなもんやろ」
マイコさんは一撃で簡単にラビットレクスを倒してしまった。
「すげえな。
今のがお前のスキルか」
ワビスケがマイコさんに感心している。
からかわずに素直に褒めるのは珍しい。
確かに、それくらいすごい動きだった。
「そうみたいやわ。
実戦で使うんは初めてやったけど、悪くなさそうやな」
「ただ、スピードはすごかったけど、あんまり本気で戦ってるようには見えなかったぜ。
あれでも全力じゃなかったのか?」
「そやね。
どんなもんか分からへんから、とりあえず慣らし運転のつもりやってん。
想像よりずっといい感じやったけどな。
っていうか、あんた今の動きが見えてたんか?」
「ああ。
スキルのおかげでな。
俺のスキルはステータスが見えるだけじゃないらしい。
お前やラピッドラビットの動きも見逃さなかったぜ」
すごい。
さっきからやたら鋭かったのはスキルのおかげだったのか。
もしかして、集中したときの僕みたいな感じに見えてるのかな。
「全てを見通すってのはステータスのことだけを言ってたわけじゃなさそうだ。
それに、この分だとまだまだ他にも使い道があるのかもしれないな」
「良かったやん。
ただのレンズの代わりってわけじゃないんやな」
「だな。
せっかくだから、このダンジョンで色々試してみるぜ」
「ウチも便利なスキルやけど、使いこなすには程遠いからな。
もっと使ってみることにするわ。
うん。
おもろなってきたで」
「よし、とりあえず21階層に進むか」
21階層からはイノシシ型のモンスターが現われた。
大した敵でもなかったから普通に倒しながら進んだ。
25階層ではボアレクスというそれまでに現われていたのよりも大きなイノシシのボスが出てきた。
ワビスケがスキルで調べると攻撃力はすごいらしかった。
だけど僕たちにはあまり通じなかった。
みんなで協力して、あっさりと倒した。
そのあと、26階層からは牛型のモンスターで30階層ではキャトルレクス、31階層からは豚型のモンスターで35階層はピッグレクスが現われて、それまでの階層と同じように苦労なく倒すことができた。
アリアの魔法やマイコさんのスキルが効果的だったのは言うまでもないけど、多分それがなくても勝てた。
それくらい、あっさりと進んだ。
「なんか20階層以降、手抜きに拍車がかかってへんか?」
「そうだなあ。
もっと面白いダンジョンになることを期待してたんだが」
「これやったら、15階層のウォームレクスの方が手ごわかったで」
「まあ、俺たちのレベルもあの時と比べりゃ随分上がってるから、そのせいなのは間違いないんだろうが――」
「にしても、これじゃなあ。
単に無駄な階層が増えてるだけって感じやで」
「階数が多い方がダンジョンとして箔が付くと思ったのかもな。
その気持ちは理解できないわけでもないんだが、工夫が見られねえんだよな。
他のダンジョンも今日から公開されてるみたいだから、ここだけ凝った作りにする時間はなかったんだろうが。
……仕方ないか。
一応、もらえる経験値は増えてきてるから、レベル上げって割り切ることにしよう。
本番はここを攻略してからのファスタルの国境のダンジョンだしな」
「せやな。
ほな、ここはかるーくクリアさせてもらおか」
「おう。
こんだけ余裕でも、続けてりゃもうあと1か2くらいはレベルも上がりそうだしな」
◇
さらに進んで45階層まで突破した。
多少モンスターは強くなってきたけど、ここまでずっと同じ調子で進んでいる。
つまり、楽勝だ。
「さて、46階層だな。
区切り的には、ここからが最後の5階層になる可能性が高そうなんだよな」
ワビスケが突然そう言った。
「え?
そうなの?」
そんな前兆はなかったと思うんだけど。
「まあ、確定ってわけじゃないし、そんな情報もなかったけどな。
50階層ってのは区切りがいいからだろうな。
他のダンジョンでもそれなりに深い階層のところは50階層が最後になることが多いんだよな」
「ワビスケが言うなら、そうなんだろうね。
なんか、ずいぶんあっさり終わりそうだけど、いいことなんだよね」
別に危険を求めてるわけじゃないんだし。
安全に越したことはない。
余裕過ぎるのも面白くはないんだけどね。
「ああ。
俺たちが強くなったってことの証明でもあるからな。
ファフニールやセグンタを倒したおかげで、ダンジョンの適正レベルを超えちまったのかもしれないな。
だったら、あんまり俺たちが荒らすと他のヤツに悪いことになるな。
俺たちはこのままサクッと最後まで行っちまおうぜ」
46階層を進み始めた。
46階層は見渡す限りの岩山だった。
視界が悪い。
とはいえ、そういう階層は他にもあったから、それほど特別ってわけじゃない。
気配を探りながら進んでいるから、モンスターに奇襲されるってこともない。
「ん?
なんか来るみたいだけど……あれ?」
前の方の岩の陰にモンスターの気配を感じる。
「どうした?
何か気になることでもあるのか?」
「いや、気になるというか。
この階層はまだボスなんて出てこないよね?」
「ああ。
さっき倒したところだし、そのはずだが。
なんでだ?」
「なんか近づいてくる気配がすごく強そうなんだよ。
っていうか、このダンジョンで今まで戦った中でボスも含めて一番強いかも……」
「なんだと?
どっちから来るんだ?」
「あっち、というかもう見えるよ」
僕が指差した方向から、大きなモンスターが姿を現した。
それは鱗に覆われた体を持つ、太くて長いモンスターだった。
頭には角、口には牙を持っている。
「え?
ドラゴン?」
翼と手足がないけど、それ以外の外見はドラゴンに似ている。
ウォームにも少し似てるけど、それよりもドラゴンに近い。
「いや、似てるが多分違う。
名前は、……ユルングだな」
ワビスケがソイツを凝視しながら言った。
スキルで調べているんだと思う。
「なんなのアイツ?
どう見ても普通じゃないよ」
雑魚にしては強すぎる。
ここまでこのダンジョンで出てきたモンスターとは比べ物にならない強力な気配を感じる。
「ヘビのモンスターらしい。
一応、ドラゴンに近い種族ではあるみたいだ。
ウォーム系みたいな能力は持っていないが、エイシの言うとおりステータス値はここまでのヤツらとは比べ物にならない水準だぜ」
「ええやん。
歯ごたえがなくて退屈してたとこなんやし。
どんなんが出てきたって倒さなあかんのは変わらんし」
マイコさんがハンマーを構えた。
「そうよ。
強いんだったらレベルを上げるのにちょうどいいじゃない」
相変わらずうちの女性陣は好戦的だ。
「ま、その通りだな。
強いって言ってもファフニールやセグンタほどじゃないからな。
普通にやっても負けることはねえよ」
それは僕も気配で分かる。
「じゃ、行くぜ」
僕たちはユルングに向かった。
◇
ユルングは強かった。
素早くて強力な攻撃、硬い鱗、少々のダメージをものともせずに迫ってくる勢い。
どれも下位のドラゴンになら引けを取らない強さだった。
だけど、僕たちが苦戦するほどじゃなかった。
全員で協力して撃退した。
「けっこう強かったね」
「ああ、いきなり二段階くらい難易度が上がった感じだぜ。
いい経験値稼ぎになったが」
「ホンマに唐突やったな。
バランス調整するって言ってたのはなんやねんな」
「だよなあ。
もしかしたら、なんか理由があるのかもな。
進めば分かるんじゃないか。
ま、ようやくレベル上げができそうなのはいいことだぜ」
「そやな。
ほな、はりきって進もか!」
言葉通り元気よく進むマイコさんを先頭に46階層の探索を続けた。