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市民Aの冒険  作者: 半田付け職人
冒険の始まり
8/86

初仕事

 僕はゴミ屋敷の掃除屋というグループを手伝うことになった。

 初めて自分で決めた仕事だ。


「じゃあ、これからよろしくね。

 とりあえず今日は移動の疲れがあるだろうから、休んでくれたらいいよ。

 仕事は明日から始めるってことで。

 仲間ってことはワビスケも手伝ってくれるんだよね?」


 グループのリーダーであるミナミさんがそう言いながら、ワビスケに確認する。


「ああ、そうだな。

 俺はあくまでエイシの補助に徹するつもりだけどな。

 まあ、お言葉に甘えてとりあえず今日は休ませてもらうことにするわ。

 俺昨日から寝てねえから、もう限界なんだよ。

 いつもの寝部屋の空いてるとこ借りるぞ。

 エイシ、案内してやるよ」


 そう言ってワビスケは勝手に建物の奥に入っていく。

 人のグループの建物にいてもマイペースは崩さないらしい。

 でも、ワビスケの行動にミナミさんは文句を言ってこない。

 さっきの合言葉のやり取りでも思ったけど、ワビスケはこの建物に何度も来たことがあるみたいだし、ミナミさんともそれなりに仲がいいみたいだ。



「ここだ。

 あんまり綺麗な場所じゃないが、好きに使っていい。

 って俺が言っていいのか分からんけどな。

 まあ、適当に何かしてても誰にも文句は言われないはずだ。

 寝たけりゃ寝ていいし、他にやりたいことがあればそれをしてたらいい。

 とりあえず、俺はもう眠いから落ちる。

 なんかあったら起こしてくれていい。

 声を掛けてくれたら気づくから。

 じゃあ、おやすみ」


 ワビスケに連れてこられたのは大きな部屋だった。

 何人かのプレイヤーが横になっている。

 ワビスケも僕に一通り説明した後、適当に空いているスペースで横になってすぐに寝た。


 プレイヤーの人たちは寝ることを落ちるって言う。

 噂で聞いていた通り、落ちるって言った後、ワビスケは本当にすぐに動かなくなった。

 僕が聞いた話によると、落ちてからそのまま二度と起きない人もいるらしい。

 でも、死んだわけじゃないとか。

 僕はファスタルの入り口付近で急に動かなくなった人を見たことがある。

 その人はそのまま二度と動かないまま、気づいたらいなくなっていた。

 不思議な人たちなんだよね、プレイヤーって。


 僕は眠る必要はないんだけど、折角だから横になって寝てみることにした。

 何事も経験だしね。


 でも、しばらく横になっていたけど、全然眠れなかった。

 寝ようとすること自体初めてだったけど、眠り方が分からないというわけじゃない。

 単に、明日からのことを考えるとワクワクして眠れなかったんだ。


 僕は早々に寝ることを諦めて、これからの予定を考えることにした。

 とりあえずはこの街でたくさん働いてみよう。

 それで、もっと街の中をよく見て回るんだ。

 いっぱい面白いものが見つかるかもしれない。

 もし色々やって、この街ですることがなくなったら、ファスタルから遠い方へ行ってみよう。

 何があるのかは知らないけれど、何かはあるはずだし。

 それと、ワビスケは戦闘は苦手って言ってたけど、いつかは弱いモンスターでいいから戦ったりしてみたい。

 プレイヤーの人たちが自分たちの武勇伝を話しているのを見て、ちょっとカッコいいと思っていたんだよね。

 狼のモンスターが襲ってきた時、怖くて何もできなかった僕だから武勇伝になるような相手とは戦えないと思う。

 だけど、弱いやつなら大丈夫なはずだ、多分。


 まあ、それはすぐじゃなくてもいいんだ。

 いつかやってみたいことの話だし。

 あと、世界中にあるらしい古代の遺跡とかも見てみたい。

 色んなお宝が見つかっているって聞いたことがある。

 うん、考えてみたらやりたいことはいっぱい出てくるんだよね。


 それからも、これからやりたいことを考えながら時間を潰した。



「おい、エイシ、起きろ」


 ワビスケの声で気が付いた。

 どうやら、僕は眠っていたみたいだ。

 初めての睡眠は気づかない内に始まって、気づかない内に終わってしまった。

 最近は初めてのこと尽くしだけど、なんだか意識しない内に過ぎていくことが多い気がする。

 初めてっていうのはそんなものなのかもしれないけど、ちょっともったいない。


「おはよう、ワビスケ」


「おう、良く寝れたか?」


「うーん、どうだろ。

 気づいたら寝てたから、よく分かんないや」


「まあ、顔色は良いから問題ないだろ。

 じゃあ、早速仕事しに行くか」


「うん」


 僕とワビスケはミナミさんの所に来た。

 彼女は昨日と同じところにいた。


「おはよう、エイシ、ワビスケ。

 調子はどうだい?」


「ああ、悪くない。

 で、早速仕事でもしようと思うんだが」


「そうかい。

 助かるよ。

 じゃあ、うちでの仕事のやり方を説明するね。

 と言っても、そんなにちゃんとした説明なんてないんだ。

 あそこの掲示板に取ってきてほしいものが書いてあるから、それをどこかで見つけて、あっちのカウンターに持って行くだけ。

 ちなみに掲示板の書き込みがなくなったら、それは引き取りの対象外になったってことだから。

 基本的には早いもの勝ちね。

 多分、ファスタルの調査員とかだったらもっとちゃんとした契約とかするんだろうけど、ここはゴミ屋敷だからね。

 その辺も適当なのよ」


 ミナミさんは掲示板とカウンターの場所を指で示しながら説明してくれた。

 本当に簡単だった。

 分かりやすくていいと思う。


「他にも、偶然使えそうなものを見つけた場合なんかもカウンターに持って行ったら買い取ってくれることがあるわ。

 まあ、ゴミ屋敷でそんなものが見つかることは珍しいし、大体は何の価値もないゴミなんだけどね。

 あと、うちのグループを手伝ってくれるんだから、この建物は好きに使ってくれていいよ。

 それと、これからは名前だけ言ってくれたら入れるようにするから。

 合言葉はあくまでも部外者用だからね。

 何か質問はある?」


 僕はちょっとホッとしていた。

 仕事が分かりやすかったのも良かったんだけど、それ以上にあの意味不明な合言葉を覚えなくていいことに安心した。


「多分大丈夫です。

 さっそく行ってきます!」


 僕はちょっと張り切っている。

 だって、生まれて初めて自分で決めた仕事ができるわけだし。


「じゃあがんばってね。

 あと、分からないことがあったら、その都度聞いてくれればいいから。

 まあ、大体のことはワビスケが知ってるからワビスケに聞いてもいいわ」


「はい。

 ありがとうございます」


 僕は返事をして、さっそく掲示板を見に行った。


 そこにはたくさんの依頼が書かれていた。

 薬草採取とか何かの部品の収集とか。


「ねえ、このラプトルの爪って、あのラプトルのこと?」


 ワビスケに聞く。

 そこにはラプトルの爪の収集という書き込みがあった。


「そうだな。

 あのラプトルの爪だ」


「でも、この街にはラプトルはいないよね?」


「ああ。

 ここに書かれている依頼は別にゴミ屋敷限定ってわけじゃないんだ。

 どこからでもいいからとにかく書いてあるものを取ってきてくれってことだ」


 なるほど。

 本当に細かい決まりは何もなさそうな感じだ。


「この依頼のラプトルは普通のラプトルだから、ただの雑魚だな。

 やりたいならやってもいいぞ」


「うーん、そのうちやってみたいけど、今日はいいや。

 とりあえずはこの街の中でできることを探すよ」


「そうか?

 だったら、エイシにはこれなんかがいいんじゃないか。

 初めての仕事なわけだから簡単なやつで手順を確認することも大切だしな」


 ワビスケが示した書き込みを見る。

【空きビン収集:ゴミ屋敷中に落ちている空きビンを拾ってきてください。

 引き取りは100個単位で、一つにつき10円で買い取ります】


「うーん、ゴミ拾いかあ」


 それは明らかに雑用と思われる依頼だった。

 確かに初めての仕事にはちょうどいいのかもしれないけど。

 危険もないだろうし。


「いや、確かに初仕事がゴミ拾いってのは気が進まないかもしれないが、これはこれで悪くない仕事なんだぞ。

 他の依頼だって、基本的には似たような内容のものが多いし。

 大体が何かを探して持ってくるって感じだ。

 でも、他のは見つかるかどうか運次第だ。

 その点、ビンなんて腐るほど落ちてる。

 つまり、依頼自体は確実に達成できる。

 初仕事なんだから、達成できた方がいいだろう。

 まあ、達成しても稼げる額が大したことないのは確かだけどな。

 それに、この仕事はお前には大切な経験になるはずなんだ」


 ワビスケの説明はもっともだ。

 僕の経験になるかどうかはよく分からないけれど、初めての仕事は失敗するより成功した方がいいに決まってる。

 それに、僕自身、もっとこの街を見て回りたいと思っていたから、散歩しながらやれそうなこの仕事はちょうどいいかもしれない。


「そうだね。

 じゃあ、これにする。

 拾ったビンはどうやって持ってこればいいんだろう?」


 流石に100個も手に持って歩くわけにはいかない。


「ああ、それは俺が持ってる袋を使ったらいい」


 ワビスケはいつも持ってる大きな鞄から袋を出してくれた。

 かなり大きいから、たくさん入りそうだ。


「ありがとう。

 それじゃ、早速行こう」


 僕は建物の外に出た。

 初仕事がゴミ拾いっていうのはまだちょっとだけ気になってたけど、別にいいんだ。

 内容はともかく、自分で選んだことをできるのが楽しいんだから。

 僕は上機嫌だった。

 とりあえず散歩しながら目についたビンを拾うつもりだった。


 ただ、外に出て、改めて周りを見て立ち止まる。

 目につくも何も、建物の周りをパッと見渡しただけでも数えきれないくらいのビンが落ちているのが分かる。


「ねえ、ワビスケ」


「なんだ?」


「これってさ、この建物の周りに落ちてるのを拾ってるだけで何日もかかると思わない?」


「そうだな」


「なのに誰も拾ってないんでしょ?」


「おう」


「なんでかな?」


「そんなの、面白くないからに決まってんだろ」


 ワビスケの言い方はちょっとひどいと思う。

 僕にこの仕事を勧めたのはワビスケなのに。


「だよね」


 ただ、反論はない。

 結局決めたのは僕だしね。

 でも、流石に建物の周りのゴミを拾うだけの作業で何日もかけたくない。

 いくら僕でもそれは楽しめない。

 とはいえ、仕事は仕事なんだから、この状態を無視するのもはばかられる。

 やっぱりここで見つかるビンを全部拾ってから他に行った方がいいような……。


「いや、お前が何を考えてるか大体分かるけど、別にここの周りを完全に綺麗にする必要はないんだぞ。

 街中どこもこんな感じなんだから、適当に歩き回って適当に拾ってきゃいいんだ」


 僕が考えているのを遮ってワビスケが話しかけてくる。


「だけど、この状態を放っておくのは流石に気が引けるんだけど」


「いいか、エイシ。

 真面目なのもいいが、そんなこと言ってたらなんにも面白いことなんかできないぞ。

 急いで金が必要なんだったらこの辺のビンをひたすら拾って換金するのもアリだ。

 小金だが、確実に稼げる。

 でも、今俺たちはそんなに金が必要なわけじゃない。

 それよりも、お前がやりたいことをやる方が大切なはずだ。

 俺がこの依頼を勧めたのは、お前に手の抜き方を覚えてほしいからってのが大きいんだ。

 お前は今まで、ずーっとファスタルの入り口でおんなじことを繰り返していただろ?

 この仕事もそれと同じようなものなんだ。

 前と同じでいいなら、この建物の周りのビンを拾い続けてればいい。

 でもな、お前は前とは変わって、自分がやりたいことをやりたいと思えるようになったんだろ。

 だったら、これからは自分でもっと面白いことを選んでやれるようにならないとな。

 この仕事は適当にこなしながら他の色んな事もする、そういう練習にちょうどいいと思うんだ」


 確かにそうだと思う。

 前の僕だったら、空きビンを拾うのが仕事だと思ったら、この辺りのビンを拾い尽くすまで休まずにずーっと働き続けただろうな。

 そういう癖というか、考え方が抜けきってないみたいだ。

 自分では気づいてなかった。

 うん、ワビスケの言う通り、気楽にこなそう。

 ワビスケと一緒で良かった。

 一人だったら、また元と同じようになるところだった。

 ファスタル君からビン拾い君に変わるだけだ。

 わ、笑えない。


「うん、そうだね。

 そうする。

 とりあえず今日は散歩しながらビンを拾うよ」


 そう言って、僕はビン拾いをしながら散歩を始めた。





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