移動
ファスタルを出てから、馬で進むこと数時間。
「ねえ、ワビスケ、僕たちトライファークに向かってるんだよね」
「そうだ。
まあ、途中でファスタルの国境付近にあるダンジョンとニグートを見ていくつもりだが」
「ファスタルの国境までどれくらいかかるの?」
「順調に進んで明日の昼ってとこだな」
「遠いね」
「これでも昔よりはずいぶん早くなったんだぜ。
前は馬がもっとしょぼくて三日くらいかかったんだ。
ちゃんとした街道もなかったしな。
もちろん、歩きならそれどころでは済まなかったわけだが」
「へえ。
大変だったんだね」
「移動中にモンスターに襲われることもあったから、尚更だ。
今は街道が整備されて、めったにそんなことはなくなったからな。
楽なもんだぜ。
なんだったら、道を逸れてみろ。
すぐにモンスターが出てくるぞ」
「別に戦いたいわけじゃないんだけど。
ちなみに何が出てくるの?」
「この辺だと、ラプトル系だな。
運が良かったらクワドラプトルくらいなら出会えるかもしれないぜ」
「またラプトル?
ホント、どこにでもいるよね」
「まあ、定番の雑魚敵だからな。
他のヤツも一応出てくるんだが、ラプトルが一番多いだろうな」
「エイシ、ちょっと逸れてみましょうよ。
退屈すぎて干からびそうだわ」
アリアが後ろから言ってきた。
彼女は僕の馬に一緒に乗っている。
なぜなら一人では馬に乗れないからだ。
いつも僕の後ろに乗っている。
飛べばいいと思うんだけど、長距離を飛ぶのは疲れるから嫌らしい。
「暇なんだったら、ちょっと馬に乗る練習でもしてみる?
いつも僕の後ろじゃ不便でしょ?」
「エイシは本当に察しが悪いわね。
練習なんてするわけないじゃない。
アナタの後ろに乗ってるのが楽しいのに」
アリアにため息をつかれた。
え?
今のって僕がおかしいの?
「いいから、ちょっと街道から出てみましょう」
強引なアリアに促されて少し街道を逸れた。
すると、すぐに数匹のラプトルを率いたバイラプトルが現れた。
「本当にすぐに出てくるんだね」
どこにいたんだろう。
姿は見かけなかったんだけど。
不思議だ。
「そうね。
雑魚だけど、何もいないよりはマシかな」
そう言ってアリアは極小サイズの黒炎を放った。
それを食らったラプトルたちはすぐに倒れていく。
こちらに攻撃すらできていない。
「なんだか弱い者いじめをしてる気分になるんだけど」
「何言ってんのよ。
私たちからすれば弱いけど、普通の人だったら襲われちゃって危ないんだから。
少しでも減らしておいた方が世のためなのよ」
正論だ。
確かに、ファスタルの入り口で話していた商人の人がモンスターに襲われたって話しているのを聞いたことがある。
「そっか。
そうだね」
「エイシはマナウェポンを使う練習をすればいいんじゃない?
まだモンスター相手に使ったことはないのよね?」
「うん。
モンスター相手どころか武器を作る練習しかしてないよ。
実戦なんてまだまだ。
今はまだポテンシャルナイフやアメノムラクモの方が強いんだよ。
だいぶ形にはなってきてると思うんだけど」
「……はあ。
アナタって、たまにすごい天然っぷりを発揮するわよね
いえ、もう天然って言うより馬鹿ね、馬鹿」
ひどい言われようだ。
「何言ってるのさ?」
「比較対象がおかしいって言ってるのよ。
どうしてポテンシャルナイフやアメノムラクモより強くならないと使わないつもりなのよ?」
「だってそっちの方が効率がいいからだよ。
わざわざ弱い武器を使ってみんなの足を引っ張るのは悪いでしょ」
「謙虚なのもいいけれど、自己評価が低すぎるのは考え物ね。
大体、確かにマナウェポンはすごい武器よ。
使いこなせたら他の武器より強力なのは間違いないわ。
でもね、アナタが今使ってる武器だってかなり強いものばかりじゃない。
それより強くなるまで実戦で使わないなんて考えてるんだったら、いつまでたっても使えないわよ。
夜にちょっと練習したくらいで今の武器よりも強いものを作れるようになんて、なるわけないじゃない。
もっと積極的に実戦で使ってみて色々直すところを見つけて、そうやって磨いていかないといけないのよ」
「うっ」
また正論だ。
ぐうの音も出ない。
戦闘の効率ばかり考えてマナウェポンはまだ使えないって思ってたけど、アリアの言う通り寝る前にちょっと練習したくらいで、熊が改造したアメノムラクモ以上の武器を自分で作るなんて考えが甘かった。
それに、ワビスケたちをびっくりさせたくて、すごい武器を作れるようになるまで見せないでおこうなんてちょっとした下心もあった。
だけど、そんな風に考えてたらせっかくの秘宝を台無しにしてしまいかねない。
「そうだね。
もっと積極的に使ってみることにするよ。
まだまだ上手くいかないかもしれないけど、ラプトルくらいなら十分に通用すると思うし、今はいい練習のタイミングかもしれない」
今なら僕が失敗してもアリアにフォローしてもらえると思うし。
「そうよ。
ま、多分心配するほどひどい出来じゃないと思うけどね」
かばんからマナウェポンを取り出した。
すぐに武器のイメージを作り上げる。
最近はナイフと剣のイメージなら簡単に作れるようになった。
ポテンシャルナイフとアメノムラクモのおかげだ。
今回の相手はラプトルとバイラプトルだから、特別なイメージを作る必要なんてない。
ただ良く切れる剣であればいい。
そういうイメージをサッと作る。
そして、マナウェポンに書き込む。
マナウェポンが光を発して剣を形作った。
「うん。
まあまあかな」
最初は光の剣に感動したけど、何回も作っているうちに慣れてしまった。
「まあまあ?
初めて実戦で作った武器にしては上出来すぎるくらいよ。
さすがエイシね」
アリアが褒めてくれた。
「おい、エイシ!
なんだよそれ?」
ワビスケが喧しく聞いてきた。
「な、な、な、なんだよ、そのカッコいい武器は?
エイシ、君も神に選ばれし混沌を引き起こす民だったのか?
遺跡探索でも只者じゃないと思ったけど、神に愛されているとしか思えないその武器はそれ以上の衝撃だ。
僕の真・絶対最凶剣には負けるけど、その光の剣も中々――」
混沌さんがもっと喧しく聞いてきた。
まあ、ある程度期待通りの反応だ。
がんばって練習した甲斐があった。
とりあえず、混沌さんはスルーすることにしよう。
言ってることが理解できないし。
「ゴミ屋敷で見つけたアイテムだよ。
知ってるでしょ?」
「それは分かってるよ。
そうじゃなくて、なんでそれがそんなことになってんだよ」
「後で説明するよ。
今はちゃんと使えるか確認するから」
ちょうど近づいてきたバイラプトルにマナウェポンを振るった。
それは特に抵抗もなくバイラプトルを両断する。
「うん。
ほぼイメージ通り」
僕が作ったイメージと大差ない手ごたえだ。
悪くない。
そのまま近くにいたラプトルも倒す。
「ラプトル相手だったら問題ないね。
よかった。
いきなり消えたりしないか心配だったんだよ」
「本当に呆れたものね。
それだけの完成度だったら、そう簡単に消えるはずないじゃない」
「自分では完成度なんてあんまり分からないよ」
「周りの気配には敏感なくせに自分のことには疎いのね。
だから天然だって言うのよ。
誰がどう見てもすごい武器なのに」
「なんか、褒められてるんだかけなされてるんだかよく分からないんだけど」
「そんなの両方に決まってるじゃない。
褒めながらけなしてるのよ。
褒めけなしてるのよ。
まあ、そんなことどうでもいいわよ。
とにかく、マナウェポンは心配なさそうね。
どんどんいきましょう」
「うん」
僕の操る馬で駆け回りながら、草原のモンスターたちを蹂躙した。
マナウェポンは思ったよりもずっと使いやすくて、途中から僕も調子に乗ってしまった。
途中、クワドラプトルもいたけど今の僕たちにとっては大した相手じゃなかった。
草刈りでもするようにあっさり倒す。
そのまま付近一帯のラプトルを駆逐していく。
「うわぁ」
混沌さんが僕たちの行動に引いていたけど、気づかなかったことにする。
アリアと二人でモンスターを倒していくのは楽しかった。
というか、なんだか懐かしさを感じた。
ゴミ屋敷のダンジョンに入ったのはそんなに前のことじゃないから懐かしさっていうのはおかしい気がするけど、なんだか懐かしかった。
◇
僕たちはモンスターを倒しまくりながら順調に進んだ。
途中、街道の脇にあった休憩所で一晩過ごした。
そこでマナウェポンに関してみんなから聞かれまくったことは言うまでもない。
中々放してもらえなかった。
特に熊と混沌さんがしつこかった。
混沌さんはこういうのが好きそうだから分かるんだけど、それよりもしつこかったのは熊だった。
まあ、自分で武器を作るような人だから仕組みとかが気になったんだと思う。
残念ながら僕には理屈なんて分からないから、教えられることはほとんどなかったけど。
そういえば、試しにワビスケがマナウェポンを使おうとしてみたけど、全く反応しなかった。
色々試した後にワビスケが満面の笑顔で『やっぱエイシはおもしれえな』って言ってくれたのはうれしかった。
そんなふうにみんなでワイワイ騒ぎながら、次の日の昼にファスタルの国境付近にたどり着いた。
ワビスケの予想通りだ。
「あそこだ」
ワビスケが指さす先に大きな扉が見える。
扉付近にたくさんのプレイヤーの人たちがいるのも見える。
「ずいぶん賑わってるね」
「ここはニグートからけっこう近いからな。
ニグートを拠点にしてるヤツらが集まってきてんだろ。
ニグートは大国と言うだけあって、プレイヤーの数も多いんだ」
「行ってみる?」
「そのつもりだったんだけどな。
あの人だかりを見るとな……」
ワビスケが言い淀むのも仕方ない状況だ。
だって、人が多すぎてダンジョンに入るのが順番待ちみたいになっている。
「ウチあんなところに近づくん嫌やわ。
鬱陶しいてしゃあないで。
今の時点で、ここのダンジョンからメインストーリーにつながりそうな情報とかは出てきてるん?」
「それはまだないな。
人が多いだけあって情報も多いんだが、今のところはメインストーリーのメの字も出てねえ」
「ほな、外れやって。
次行こ、次」
「まだ外れと決めつけるのは早いぜ。
かなり広いダンジョンらしいから、探索がどの程度進んでるのか分からねえし。
まあ、俺もあそこに並びたいとは思わねえんだけどな。
とりあえず後回しにするか?」
ワビスケがみんなに確認した。
全員頷く。
「じゃ、このままニグートに行くか。
トライファークに向かうのは明日にして、今日の所はニグートで情報収集するぜ」
ファスタルの国境のダンジョンは通り過ぎることにした。
そのまま街道をニグート方面に進む。
◇
夜になって、街が見えてきた。
大きな建物がたくさんある。
大都市だ。
「あれが混乱の大国ニグートの首都だ」
「前から思ってたんだけど、混乱って何なの?」
「政情が不安定なんだ。
国のトップの行動がめちゃくちゃらしい」
「でも大国なんだよね?」
「軍事力があるからな。
技術的にも進んでる。
だから、それなりのアイテムや強力な装備が簡単に手に入るってことでプレイヤーが集まりやすいんだ。
プレイヤーがたくさんいるってことは多少の揉め事や問題が起きてもソイツらが解決しちまうからな。
国が傾くような事態にはなりにくいんだよ。
プレイヤーが支えてる国とか言われてたりもする」
「ファスタルでもそういう部分はあったよね。
モンスターが大量発生したらプレイヤーも討伐に協力してたし」
「いや、ファスタルには調査員がいるからな。
プレイヤーが問題解決の中心になることはほとんどない。
高レベルプレイヤーも少ないしな。
だが、ニグートには調査員みたいな存在はいない。
だからこそ、プレイヤーの役割が重要なんだよ。
一部のプレイヤーは完全にニグートに定住して街の運営にも携わってるらしいぜ」
「すごいね」
「変わってるとも言うけどな。
俺には一か所にとどまってるヤツらの気はしれねえ」
「僕が言うのもおかしいかもしれないけど、確かに色んなところに行った方が楽しいよね。
でも、一か所にいる方が生活は安定するのかな」
「混乱の大国だぜ?
安定したいなら、ファスタルとかの方が適してる」
「確かに。
じゃあ、何か他に理由があるのかもね」
「あんまり興味はないけどな。
俺とは趣味が合わない連中だし。
ま、そんなわけでニグートには長期間とどまるつもりはない。
今日だけは泊まって情報収集するが、すぐにトライファークに行こうぜ」
ワビスケはさっさと進んでいく。
僕も後ろについてニグートの街に入った。