突破口
ワビスケの合図で攻撃した。
20人近い人間の一斉攻撃だ。
見たこともない威力だった。
広い広間全体を覆いつくすような爆発と耳をふさぎたくなる轟音が辺りを包み込む。
「まさしく混沌……」
何か言ってる人がいるけど誰も相手にしていない。
相手にする余裕もない。
爆煙が立ち込めているせいでどうなっているのかは見えないけど、キリアラプトルでもこれ以下の攻撃でダメージを与えられたんだ。
キリアラプトルより弱い上に、毒でかなりのダメージを負っていたファフニールに効いていないはずがない。
そう思える状況だった。
「やったか……」
みんなが黙って様子を見守る中、混沌の人がまた何か言っている。
本当に一瞬たりとも黙れない人なんだろう。
当然、誰も相手にしていないけど。
僕も気にしないことにして、ファフニールの気配を探る。
内心では既に倒しているか、そうじゃなくてもすぐに倒せるくらいの状態になっていることを期待していた。
別に過度な期待じゃないと思う。
それくらい激しい攻撃だった。
でも、感じ取れた気配はそんな僕の期待とは真逆のものだった。
最初は気のせいかと思った。
でも、確かにファフニールの気配は弱まるどころかさっきよりも強くなっている。
毒で弱々しかったのが、息を吹き返しつつあるような、そんな雰囲気に感じた。
「ワビスケ、まだ倒せてないよ。
というか、さっきよりも回復してるみたいなんだけど」
「なに?
あんだけの攻撃だったんだぜ。
さすがにそれなりのダメージがあるはずだろ」
「僕もそう思うけど、感じる気配はさっきより強くなってるんだよ」
「どういうことだ?
何か起きてるのか?」
ワビスケはレンズ越しに爆発の中心を凝視し始めた。
まだ爆煙が晴れていないからよく分からないみたいだけど、少しでも情報を集めようとしているんだろう。
他にも何人かのプレイヤーがファフニールの気配を探っている。
スキルでモンスターの気配が分かるようになった人たちだ。
このパーティーのメンバーも何人かは既にスキルを習得している。
モンスターの気配が分かるかアイテムの気配が分かるか、そのどちらかでそれ以外の能力の人はいないけど。
ただ、そういう人たちも気配は分かるものの、強まっているとか弱々しいとか、そういうことは分からないらしい。
もしかしたら、僕が感じているものとは少し違うのかもしれない。
とにかく、そうやって様子をうかがっていると、段々煙が晴れていって広間の様子がはっきりしてきた。
ファフニールがいた場所には、丸い形のシルエットが見えている。
「何やあれ?」
マイコさんが怪訝そうな声を出す。
「多分、ファフニールだよ」
形の意味は分からないけど、そのシルエットがファフニールの気配を発しているのは確かだ。
「ファフニール?
なんであんなんなん?」
「分からないけど、気配からして間違いないよ」
間違いないんだけど、どうしていいのかは分からない。
攻撃をした方がいいのか。
様子を見た方がいいのか。
迷っているのは僕だけじゃない。
みんな同じような状態らしく、誰も動けないでいる。
僕はこういう時にいつも的確な指示をくれるワビスケを見た。
ワビスケはファフニールの方を見たまま驚愕の表情で固まっていた。
「どうしたん?」
ワビスケの様子に気づいたマイコさんが尋ねる。
「ファフニールの能力が変化してる……」
「なんやて?
能力が?
どう変わってるん?」
「被ダメージゼロだ」
「は?
ダメージゼロ?
なんやねんそれ。
聞いたことないで」
「俺だってねえよ。
能力の中身は名前通り、ダメージを受けなくなるってことだろう」
「いやいやいや。
ホンマやったら、そんなん完全に反則やん。
見間違えちゃうん?」
「ちゃんと確認したよ。
でも、確かに今の能力はそうなってんだ」
そうこうしていると、煙が完全に晴れた。
その場にいたのは、大きな翼で体を包み込んで黒い繭のようになっているファフニールだった。
「なんやあれ?」
「もしかして――。
アリア、何でもいいから魔法を当ててみてくれ。
手加減しなくていい」
「分かったわ」
アリアは黒炎を放った。
それは真っ直ぐファフニールに当たって大きく燃え上がった。
だけど、その炎は見る見るうちに消えてしまった。
あとの様子には変化は見られない。
「やっぱり。
多分あれはファフニールの防御専用の形態だろう。
あの形態の時には動けないかわりにダメージが通らなくなるってことだと思う。
そういう特徴を持っているモンスターは他にもいる。
さすがに被ダメージゼロってのは初めて見たが」
「そうやとして、あんなんなるんやったらどうやっても倒せへんやん。
負け確定イベントってことなん?」
「いや、あの状態は一時的なものだろう。
今は毒のダメージがひどいから、一時的に防御行動を優先した結果だと思う。
ただ、あれだとアイツも俺たちを攻撃できないからな。
待ってれば元の状態に戻るはずだ」
ワビスケが言ったとおり、しばらく見ていると翼が開いて元の状態に戻った。
「なんか、さっきより元気になってるっぽいんやけど?」
「ああ、残念ながら完全に毒が抜けたらしい。
こんなに早く毒が消えるなんて聞いたこともないが、ヤツはドラゴンだからな。
なんでもありだと思ったほうがいいのかもな。
まったく、強力だとは聞いてたが、ここまで万能とはな」
確かに。
攻撃は強力だし、守備は鉄壁だし、回復力もすごい。
今のところ、付け入る隙は見当たらない。
「せっかくのチャンスやったのに、無駄にしてもうたか」
マイコさんがため息をついた。
「いや、アイツにあんな能力があることが分かったのは収穫だ。
知らずに戦い始めるよりもずっといい。
急に使われたら混乱しかねないからな。
それに、防御に徹するなんて今のアイツには余裕がない証拠だぜ。
毒は抜けたが、回復したわけじゃないからな。
ダメージは残ったままだし、チャンスには変わりないんだ。
みんな、やるぜ!」
ワビスケが仲間たちに声を掛けた。
そして、アメノムラクモを構えて率先して広間に飛び込む。
パーティーのみんなもそれに続いた。
もちろん僕もだ。
ファフニールは突っ込んでくる僕たちには視線すら向けてこない。
もしかしたら、できるだけ動かずに体の回復に努めているのかもしれない。
単に僕たちのことを気にとめていないだけかもしれないけど。
どちらにしても、止まっていてくれるのは僕たちにとっても都合がいい。
真っ直ぐに接近して、攻撃を開始する。
初撃は真っ先に飛び出したワビスケだった。
動かないファフニールに向かってアメノムラクモを振るう。
いつも通り、流れるような動きだ。
その攻撃は確実にファフニールの首に届き、……あっさりと弾かれた。
「チッ、なんて硬さだよ。
まるで手ごたえがねえ」
「次はウチや」
後退したワビスケに変わって、高くジャンプしたマイコさんがハンマーでファフニールの頭を上から叩きつける。
見た目以上に威力があるはずのその攻撃を受けても、ファフニールは全く身じろぎすらしなかった。
「なんやねんコイツ。
ホンマは物理無効でも持ってるんちゃうん?」
「同意見だが、単に防御力が高いだけみたいだ。
何度確認しても通常時は物理防御系の能力はねえ。
その証拠に、弾かれてはいるが一応ダメージは通ってる。
微々たるもんだがな。
とにかく、続けて攻撃するしかないぜ」
それから、僕たちは全員で攻撃を繰り返した。
ファフニールはただゆったりとたたずんでいるだけで、ほとんど反撃をしてくることはなかった。
その視線は広間の奥の扉に向いている。
まさしく、僕たちのことなんて眼中にないって様子だ。
今のところ、たまに尻尾で振り払ってくるくらいしかしてこない。
「くそっ、なめやがって。
俺たちに好きにさせたことを後悔させてやるぜ。
エイシ、お前はポテンシャルナイフに切り替えてくれ」
ワビスケの言葉を聞いて思い出した。
ポテンシャルナイフはキリアラプトルにも通じた武器だ。
ファフニール相手でもきっと効果がある。
すぐにポテンシャルナイフに持ち替えた。
なぜかワビスケもアメノムラクモをしまっている。
そして、代わりに取り出したのはロケットランチャーだ。
なんで遠距離用武器のロケットランチャーを出したのかは分からない。
「攻撃のタイミングはお前に任せる。
ただ、ポテンシャルナイフでヤツに傷をつけたら、すぐに下がってくれ」
「え?
分からないけど分かった」
指示の意味はよく分からなかったけど、言われた通りにすることにした。
相変わらず動きのないファフニールの胴体部分に近づいてポテンシャルナイフで切りつけた。
思った以上にすんなりと鱗を切り裂いて傷を作ることができた。
「下がれ!」
ワビスケに言われたけど、その前からすでに下がっていた。
なぜなら、傷をつけられたファフニールがそれまでの無関心を一変させて僕の方を睨んできたからだ。
手傷を負わされるとは思ってなかったのかもしれない。
あまりの威圧感に思わず飛び退いていた。
下がった僕と入れ替わりにワビスケがファフニールの懐に飛び込む。
そして、ポテンシャルナイフでつけた傷にロケットランチャーを押し付けた。
「食らいやがれ!」
ワビスケはゼロ距離でロケットランチャーを撃ち込んだ。
それは、小さかった傷を大きく広げながらファフニールの体に食い込んでいく。
「みんな、離れろ!」
近くにいた仲間に大きな声で呼びかけながら、ワビスケ自身も下がっていく。
みんなワビスケの行動は見ていたから、言われるまでもなく全員距離をとっていた。
一瞬の間をおいて、ファフニールの体が爆発した。
「おっしゃ」
ワビスケはガッツポーズをした。
吹き飛んだのは胴体のほんの一部分だけど、初めて僕たちの手で確かなダメージを与えることができたんだ。
少しとはいえ、体を吹っ飛ばされたファフニールが黙っているはずはなかった。
こちらを向いて、大きく口を開く。
仕草で気づいた。
黒炎だ。
僕は急いでファフニールの射線上から離れた。
仲間たちもすぐに気づいたようで、みんな逃れようとした。
でも、何人かは位置が悪かった。
ファフニールの口から大きな黒い炎の塊が吐き出される。
それは、逃げ遅れた仲間たちを飲み込んでいった。
何人もの仲間がまともにその炎を食らって体を焼かれていく。
「う、うわああああ」
「ちょ、どんだけの威力――」
「早く回復しないと――」
攻撃を食らった仲間の気配がどんどん弱まっていくのを感じる。
すぐにかばんから回復薬を取り出した。
それを仲間たちに使おうと近づく。
でも、急いで回復薬をかけようとしたところで仲間たちの姿が消えた。
黒炎を食らった人は全員だ。
「え?え?
あれ?
みんなは?」
混乱した。
目の前でこれだけはっきりと仲間が攻撃されたのは初めてだった。
なんとか助けようとしたのに、間に合わなかった?
急に消えてしまったからよく分からない。
いや、強力な攻撃を受けて気配が弱まって消えてしまったんだ。
分からないはずがない。
し、しんじゃった……のか?
信じられなかった。
なんだか頭が熱くなるのを感じる。
抑えきれない気持ちが湧き上がってくる。
「おい、エイシ!」
黙って立ち尽くしていた僕の肩を掴んで、ワビスケが呼びかけてきた。
「ワビスケ。
みんなが、みんなが消えちゃったよ」
「大丈夫だ。
死んだんじゃない。
強制的に街に帰されただけだ。
……プレイヤーの能力みたいなもんなんだ。
やばくなったら勝手に街に戻れる。
だから無事だ。
落ち着け!」
力強く目を見て説明してくれた。
「ホント?」
「ああ。
そうじゃなかったら、こんなに危険な相手にあんなに気軽に挑んでねえよ。
だから、心配すんな。
今は目の前の敵に集中しろ」
僕以外、いや僕とアリア以外、誰もうろたえていない。
プレイヤーからすれば常識なんだろうか。
「くっ。
混沌の戦線から離脱したみんな、今頃暗澹たる思いになっているかもしれない。
でも、僕が敵を取るからしばしの休息を取っていてくれ。
すぐに君たちの犠牲が無駄ではなかったと証明してみせる!」
混沌さんもいつもの調子だった。
言っていることはよく分からないけど、あの人を見ると本当に心配する必要はないって納得できた。
「ごめん、ワビスケ。
もう大丈夫。
ちゃんと戦うよ」
「よし。
えらいぜ。
さっきの攻撃はかなり効いたらしい。
どうやら、お前の攻撃をきっかけに攻めるのが効率がよさそうだ。
多分、これからは向こうも警戒してくるだろうが、できるだけ積極的に攻めてくれ」
「分かった。
任せて」
混沌さんじゃないけど、やられたみんなの分もがんばろう。
気合を入れる。
「みんな!
僕が突破口を作る。
続いて!」
珍しく自分から仲間たちに声をかけてみた。
みんなは少し驚いた顔をしたけど、しっかりと頷いてくれた。
僕はポテンシャルナイフを握りなおして、こちらを睨んでいるファフニールに向かった。




