順調
「昨日も思ったけど、この遺跡本当に広いよね」
「ああ。
まさか、最後のキーモンスターを見つけるのにこんなに苦労するとはな」
今、僕たちはファスタル地下遺跡の探索をしている。
今日も朝からここに来た。
行き止まりのところの扉を開くためには、あと一体モンスターを倒さないといけない。
逆に言えば、あと一体倒せば先に進むことができる。
あくまで予想だけど、多分間違いないと思う。
今までに鍵となるモンスターは4体倒しているけど、どれもそんなに苦労せずに見つけることができた。
倒すのも簡単だった。
それだけに最後の一体もすぐに倒せるだろうと勝手に考えていた。
それが間違いだった。
今日の探索を始めて既に何時間か経っている。
その間、通ったことのない道ばかりを進んで、ワビスケの持っている地図の空白部分がどんどん埋まっている。
そろそろ扉までの部分は探索し尽そうかというところまできた。
というか、地図を埋めるのにこんなに時間がかかると思っていなかった。
「おそらく、この先が最後の未探索エリアだ。
ようやくここまで来たぜ。
エイシ、どうだ?
モンスターの気配はあるか?」
「……ないよ。
どういうことなんだろ。
ここにいないとおかしいよね?」
「そうだな。
とりあえず行ってみるか」
地図上での最後の場所に来た。
そこには宝箱があった。
中になにかヒントがないか期待したけど、残念ながらただの回復薬だった。
「全部の場所を探索したのに見つからないってどういうことだろ?」
「分かんねえ。
けど、一応ダメもとで扉が通れるようになってないか試しに行くか」
僕たちは扉の所に向かった。
そして、そこにかなり近づいたとき、僕は今までになかった気配に気がついた。
「ワビスケ、なんか気配があるよ」
「モンスターか?」
「多分。
さっき近くを通ったときにはなかったのに」
「強そうか?」
「うん。
そこそこ強そう。
クワドロスよりも強そうだよ」
「じゃあ、ソイツが最後の鍵の可能性が高いな。
苦労させやがって。
どこにいるんだ?」
「それが、この壁の奥なんだよ」
扉の手前の壁を指差す。
気配は確かにそこから感じる。
「隠し部屋なんだと思うけど。
なんで急にモンスターが現れたんだろ?
さっきもここを通ったのに」
「ああ、もしかするとこの遺跡を全て探索し終えないと現れない設定なのかもしれないな。
今までにもそういう仕掛けはあった。
探索率100%が条件ってやつだ。
ってことは、結局全部調べないといけないってことだったのか。
まあ、苦労した甲斐があったってことにしとくか。
それにしても、俺たちはエイシのおかげで隠し部屋に気づけるが、普通のヤツは中々気づけるようなもんじゃ――」
ワビスケがそう言いかけたとき、扉から一筋の光が出てきた。
それは、僕が指差した壁へと正確に伸びていく。
よく見ると、光は壁のクワドロスの形をした絵から出ている。
「ああ。
なるほど。
こうやって隠し部屋の存在が分かるようになってんのか」
「なんか、悪いことしちゃったね。
僕が言わなかったら、けっこうカッコいい仕掛けだったと思うんだけど。
先に隠し部屋の位置が分かってたら、台無しだね」
「まあな。
けど、安心したぜ」
「何が?」
「この遺跡はゴミ屋敷のダンジョンと違ってちゃんと順番を辿ればしっかりと攻略できるようになってるだろ」
「そういえばそうだね」
「全部探索しないといけないのは面倒だが、もしかしたらそれだって扉の先に挑戦するにはかなりレベルが高い必要があるのかもしれない。
だから、この遺跡くらいは全部回っとけって製作者のメッセージかもな。
ゴミ屋敷のダンジョンよりずっとマトモだし、面白いぜ」
「そうだね。
じゃあ、この先のヤツを倒して、さっさと先に行こう」
「そうだな。
熊、頼む」
「任せろ」
熊がグローブの爆発攻撃で壁を破壊する。
思ったとおり、そこには隠し部屋があった。
そして、中にはクワドロスがいた。
「クワドロスキーだぜ」
クワドロスキーは今までのキーモンスターと違って、普通のやつより小さかった。
「小さいね」
「ああ、コイツ、素早さが半端じゃないぜ。
他のステータスはクワドロスより下なのに、素早さだけが飛びぬけてる。
こりゃ倒すのに苦労するかもな。
攻撃を当てるのも大変そう――」
ワビスケが話していると、部屋中に物凄い稲妻が走った。
それは僕たちがいる部分を除いた隠し部屋の中を隙間なく蹂躙していく。
「こんなところでそんなに時間をかけてられないわ。
朝からどれだけ待ったと思ってるのよ」
退屈を我慢できなくなったアリアが魔法を撃ち込んだらしい。
素早さがすごかろうが、部屋中くまなく攻撃されたんではクワドロスキーも避けようがなかった。
もろに稲妻を食らって焦げ付いている。
「ウチもその意見に賛成やわ。
さっさと終わらせるで」
マイコさんがいつものハンマーを物凄い勢いでクワドロスキーに振り下ろした。
焦げ付いて煙が出ているクワドロスキーはその攻撃になす術がなかった。
無抵抗のまま、その一撃によって倒れる。
「ナイスな追撃よ」
「アリアこそいい先制やったで」
二人の攻撃で一瞬で終わってしまった。
「ん?
何ボケた顔しとんねん。
はよ先進もうや」
「あ、ああ。
そうだな」
「がっはっは。
頼もしくて何よりだ」
ワビスケと僕は呆然としていた。
熊はただただ笑うばかりだ。
ホント、頼りになるというか、なりすぎるというか。
拍子抜けするくらいあっさりと最後のキーモンスターを撃破した。
僕たちは気を取り直して扉の前に立つ。
「これで進めると思うんだけどな」
そう言ってワビスケが扉に触れた。
すると、扉全体が光を放つ。
「お、何だ?」
その光は一瞬大きく輝くと、すぐに収まった。
光が収まった後の扉は透明になっている。
まだ扉自体はあるんだけど、向こう側が透けて見えている状態だ。
「おお。
これ、通れるぜ。
中々凝った演出だな」
僕たちは扉をすり抜けて、奥へと進んだ。
「よし、とりあえず一つ進んだな。
こんだけ苦労したんだ。
この先は今までと違うと考えたほうがいいだろうぜ。
油断せずに進もう」
「当然や。
ここまでそれなりに時間もかけたんやから、もっと面白くなってもらわな割に合わへんで」
「そうね。
ここなら他の人もいないでしょうから私も遠慮なく戦えるし、それ相応の相手に来てもらわないと張り合いがないわ」
女性陣はさっきからやる気満々だ。
まあ、ワビスケに言わせるとマイコさんは女性じゃないんだけど。
おっさんらしいし。
あ。
なんかマイコさんに睨まれた。
失礼なことを考えてたのがばれた?
僕はマイコさんから目を逸らして、下らない思考を振り払った。
「とりあえず、ここから先も細かく探索するんだよね?」
「ああ。
さっきの例もあるからな。
この遺跡はできるだけしっかり調べたほうがいいだろう。
じゃあ、行くぞ」
奥の探索を開始した。
◇
「あ、モンスターが来たよ」
通路の先に初めて見るモンスターが現れた。
かなり大きい。
今は伏せているから高さはそんなにでもないけど、立ち上がったら天井に頭が届きそうだ。
今まで見た中ではウォームレクス、キリアラプトルに次ぐ大きさじゃないだろうか。
体の表面もなんだか硬そうな鱗で覆われていて、強そうだ。
ただ、顔はあんまり強そうじゃない。
「……モグラ?」
マイコさんが気の抜けた声で言った。
「ああ。
モグラだな。
名前はスカロプスというらしい。」
「めっちゃデカいな。
そやけど、なんかあの間抜けそうな顔見たら気が抜けるな」
「そうか。
まあ、気持ちは分かるが。
じゃあ、ちょっとは気が引き締まる様なことを言ってやろうか?
アイツ、ああ見えて今までこのダンジョンで会ったモンスターの中で一番強いぞ。
あくまで総合的なステータス値だけなら、だが。
まあ、素早さは低いから苦戦はしないだろうが」
ワビスケはそう言いながらアメノムラクモを構えた。
「ホンマか。
それは楽しみやわ」
「そうね。
そうこなくちゃここまで進んだ甲斐がないわ」
相変わらずマイコさんとアリアの血の気が多い。
「もう一つ、魔法耐性もあるらしい。
あの鱗の効果だろうな」
「何?
ということは、あの鱗は良い素材になるな」
ワビスケの言葉に熊の目の色が変わる。
熊って素材のことになると人が変わるんだよね。
「魔法耐性ね。
どの程度のものか試してあげるわ」
そう言って、まだこちらには気づいていないであろうスカロプスに向かってアリアがいつもの黒炎を放った。
その魔法は真っ直ぐスカロプスに飛んで行って、正面から当たる。
そして、スカロプスが激しく燃え上がった。
「なんだ。
大したことないじゃない。
これなら余裕ね」
その様子を見て、アリアは倒したと判断したみたいだ。
だけど、スカロプスの気配は少しも弱まっていない。
「いや、あんまり効いてないよ。
魔法耐性っていうのは本物みたいだ」
アメノムラクモを構えながら言う。
「でも、あんなに派手に燃えてるわ、よ?」
アリアの言葉が途切れた。
黒炎がおさまって、無傷のスカロプスが出てきたからだ。
「嘘でしょ?
全く効いてないじゃない」
「だから効いてないって言ったでしょ。
僕たちで倒すからアリアは今回は見学してて」
「……せっかく強い相手が出てきたのに。
もう、仕方ないわね。
早く倒して次のヤツを探しましょ」
アリアが少し拗ねてしまった。
まあ、強いモンスターを心待ちにしてたみたいだしね。
言われた通り、早く倒すことにしよう。
「じゃあ、次はウチや!」
マイコさんがハンマーを振りかぶって突進した。
「あ、マイコ。
あんまり鱗を傷つけるんじゃないぞ」
熊は素材の心配をしている。
初めて見るモンスターなんだから、マイコさんの心配をした方がいいと思うんだけど、その辺りは信頼してるってことかもしれない。
「そんなん知らんわ。
こんだけデカいんやから、後で無傷なとこだけ取ったらええやん、か!」
ハンマーがスカロプスの頭に直撃した。
潰れはしていないけど、ぐったりしている。
「よし、俺たちも続こう」
「うん」
マイコさんに続いて僕たちも攻撃を加えた。
スカロプスは弱かった。
というか、遅かった。
動きが遅すぎて、攻撃をもらう気がしなかった。
確かに攻撃力はありそうだし、硬い鱗のせいで防御力も中々だったけど、負ける気配は少しもなかった。
マイコさんがドカドカ殴り続けて熊の顔色が悪くなっていたけど、それはよくあることだから気にしないことにした。
「よっしゃ、これで終わりや」
ボロボロになったスカロプスにマイコさんがとどめをさした。
「ふう。
ちょっと時間はかかったけど、まあ楽勝やな」
マイコさんは満足そうだ。
あれだけ殴りまくったら、そりゃあストレス発散にもなるだろう。
途中、スカロプスがかわいそうだった。
「せっかくの素材が……」
熊が凹んでいるけどそれは仕方ない。
マイコさんが調子に乗ったらこうなるのは明らかだ。
実際、そのおかげであっさり倒せた部分もあるから文句は言えない。
この後もスカロプスは出てくると思うから、そこで少しずつ傷ついていない素材を集めればいいと思う。
「とりあえず、この調子ならこの辺りのモンスターも問題なさそうだな。
この遺跡に入ってから30近くレベルが上がってるからな。
その恩恵はデカいぜ。
そろそろ他のプレイヤーもこの遺跡に来るだろうから、今のうちに情報収集を進めておこう」
探索を続けた。
そこからは戦闘とアイテムの収集が半々くらいになった。
モンスターはスカロプス以外にもクワドロスとクワドサラマンダーの上位種であるオクトロスとオクトサラマンダーが現れた。
どっちも頭が多すぎて訳の分からない外見になっていたけど、そこそこ強かった。
そこそこ、というのはそれほど苦戦はしなかったからだ。
アリアもスカロプス以外の相手には活躍していたし、満足そうだった。
ワビスケたちはまたいくつかレベルが上がったらしい。
マイコさんはかなりはしゃいでいた。
熊もたくさん素材を集められて喜んでいた。
ただ、ワビスケだけが少し気になることがあるみたいだった。
「なんかおかしい……」
「どうしたの?」
「いや、流石にレベルが上がり過ぎだ。
普通一つのダンジョンでこんなにレベルが上がることはない」
「いいことなんでしょ?」
「レベルアップ自体はな。
エイシがゴミ屋敷で会ったやつのことなんかも考えると強くなるのは大歓迎だ。
だが、このダンジョンだけでここまで急激にレベルが上がる設定になってるってのがちょっとな。
急激に上がるってことは、上げる必要があるってことだと思うんだよ。
それは、ここのボスがめちゃくちゃ強いってことを示してるんじゃないかと思うんだが」
「それはそれで倒し甲斐があってええやん」
「それはそうなんだが。
俺たちはかなりスムーズにここまで来られたが、他のプレイヤーはもっと時間がかかると思った方がいいだろう。
つまり、俺たちだけ一気に強くなりすぎてるんじゃないかってことなんだ。
多少ならそれもいいと思ってたんだが、ちょっと極端な気がしてな。
このままじゃ、ボスと戦う時に共闘できる戦力がかなり限られることになりかねないぜ」
「そっか。
けど、もしかしたらウチらだけで倒せるかもしれへんし、それやったらそれで構わへんやろ」
「そうだな。
倒せればな」
ワビスケはまだ気になるみたいだ。
「とりあえず、ボスがどんなんか分かってから考えたらええんちゃう。
どうせ、ボスが倒せるかどうかやなくて、これからどこまで情報を流すべきかで迷ってんのやろ?
あんまり流しすぎて全く苦労もせずにサクサク攻略されるのも嫌やけど、もったいぶりすぎて自分らだけで攻略する、みたいなんも嫌なんやろ」
「あ、ああ。
よく分かったな」
「腐れ縁とは言え、付き合い長いからな。
そんくらい分かるわ。
さっきも言うたけど、とりあえずボスを見てからどうするか決めたらいいって。
ウチらだけ強くなってしもたんやったら、他のプレイヤーが追いついてくるの待ったってええんやから。
別に急いでるわけちゃうし」
「そうだな。
そうするか。
ってことは、今はやっぱりどんどん進むべきだな」
「そやろ。
よっしゃ。
行くで」
なんだか、ワビスケとマイコさんの信頼関係の一端が見えた気がした。
ワビスケは自分たちだけでおいしい思いをするのも嫌だったんだろうな。
みんなでメインストーリーを進めたいって思ってるんだと思う。
面倒見がいいワビスケらしい。
情報屋っていうのも好きでやってるんだろうな。
とにかく、ワビスケの方針をはっきりさせるためにも、僕たちはどんどん進むことにした。