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市民Aの冒険  作者: 半田付け職人
動く世界
52/86

自業自得

「そろそろ行くか」


 しばらく休んだ後、出発することにした。

 と言っても、僕とアリア以外は大して休んでいない。

 ワビスケとマイコさんはレベルアップについて熱く語り合っていたし、熊はひたすら倒したモンスターから素材を集めていた。

 熊によると、ケルベロスの爪と牙、それとサラマンダーの皮の一部は武器やアイテムを作るのに使えそうなんだとか。

 休んでないにも関わらず三人は生き生きとしているから、多分大丈夫なんだろう。

 僕がいうのもなんだけど、化け物じみた体力だ。


「レベルが上がったら強くなるんだよね?」


「ああ。

 攻撃力も防御力も素早さも、基本的に全部上がる」


「すごいね。

 でも、急に変わったらかえって動きにくくなったりするんじゃないの?」


「そうでもないぞ。

 強くなるって言っても、体感的にはそこまで大きくは変わらないしな。

 なんとなく体調がいいなって思う時あるだろ?

 レベルが上がった時の感覚はそんな感じだよ。

 まあ、今回は一気に上がったから多少は違和感があるかもしれないが、それでも普段よりめちゃくちゃ調子いいって感じる程度だろうな。

 すぐに慣れる」


「へえ。

 そんなもんなんだね。

 見た目とかも変わっていくのかと思ってたよ」


 攻撃力が上がったら筋肉がつくとか。


「いやいや、それだったらすでに俺ら全員熊みたいになってるはずだぜ。

 見た目は変わらねえよ。

 けど、戦闘能力は俺たちの感覚以上に上がってるんだ。

 もうケルベロスやサラマンダーは余裕で倒せるだろうな。

 倒すことに必死で気にしてなかったが、実際さっきの戦闘でも後半はほとんど遠距離攻撃なしだったのに、それほど時間をかけずにモンスターたちを倒せてただろ?」


 そういえばそうだ。

 ワビスケと熊が弾切れになってからも、一気にモンスターに押されたりはしなかった。

 あれはレベルが上がってたからなのか。


「じゃあ、もうこの辺の敵は楽勝ってことなんだね」


「ああ。

 さっきみたいな大群はともかく、単体なら余裕だ。

 というわけだから、この辺をじっくり探索するんじゃなくて奥に進もう。

 もっと強力なモンスターが出てきたらソイツでレベル上げをした方がいい。

 今回の一番の目的はレベル上げだからな」


「どんどん強くなるね」


「そうだな。

 そうじゃないと本当に足手まといになっちまうからな」


 うーん。

 あんまりサクサク強くなられると僕だけ置いていかれそうなんだよね。

 ただでさえ一番弱いのに。

 もっとがんばらないといけないと思う。


「それで、先に進むのは賛成やけど、どっちに進むん?

 奥がどっちかなんて分からんやろ?」


 道は何本もある。

 どこを進めばどっちに行けるかなんてよく分からない。


「そうだな。

 だけど、多分階段のあった場所から離れる方向に進めばいいと思うんだよ」


「それはそうやと思うけど、階段の場所なんてもうどっちか分からへんやろ」


「はっはっは。

 そうだろ?

 そんな風にならないためにも、マップ作成は重要なんだよ。

 見ろ。

 これを見れば一目瞭然だろ」


 ワビスケはゴミ屋敷のダンジョンで持ってたのと同じような紙を取り出した。

 地図が自動で作成されるアイテムだ。

 それを見ると、確かに階段の位置もそこから離れる方向もすぐに分かった。


「やっぱダンジョン探索の醍醐味はきっちりした情報収集だぜ。

 お前らも身を持って味わえただろ」


 なぜかワビスケが偉そうだ。


「何言ってるねん。

 たまたま地図が役に立っただけやん。

 ダンジョンといえば戦闘やって。

 戦闘があるからこそ、さっきみたいにレベルも上がったし仲間との連携も深まるんやで」


「いや、素材の採取だ。

 情報収集も戦闘もそれを行うための準備にすぎん」


 始まった。

 みんなこだわりがあるんだろうけど、僕としては別になんだっていいと思う。

 というか全部楽しめばいい。

 僕の隣でアリアもため息をついている。


「いいから、進みましょう。

 こんなとこで言い争いしたって仕方ないわよ」


 呆れたように三人に言った。


「そうだな。

 話はまた後だ。

 今は進むぜ。

 とりあえずはこっちだ」


 ワビスケが地図を見ながら先導する。

 進み始めてすぐに気がついた。


「ねえ、ワビスケ」


「なんだ?」


「この方向なんだけどさ。

 さっきのプレイヤーたちが逃げたのと同じ方向だよ」


「さっきのって、MPKのヤツらか?」


 頷いた。


「……なるほど、そういうことか。

 多分アイツらの行動の理由が分かったぜ」


「え?

 ホントに?」


「ああ。

 アイツら、おそらく自分たちでこのエリアを抜けられないから、この辺のモンスターの大半を集めて俺たちに押し付けたんだ。

 その間に先へ進んだんだろう」


「どういうこと?」


「基本的に、ここみたいなダンジョン系の場所では一度に出てくるモンスターの数ってのは大体決まってんだよ。

 例えば、この周辺のエリアはケルベロス10体が現れるとするだろ。

 そこでケルベロスを一体倒したら、しばらく経てば自然に1体復活して10体に戻るんだ。

 でも、そのまま放っておいても11体に増えることはない」


「そうなの?」


「そうじゃないと放置されたダンジョンではモンスターが増え続けることになっちまうからな。

 ある一定以上の数には増えないような設定になってる。

 アイツらはその設定を利用して、この付近のモンスターをまとめて俺たちにぶつけることで自分たちは敵に襲われない状況を作ったんだろう。

 確かにアイツらにとっては効率がいいんだろうが――」

「最悪なやり方やな」


 マイコさんがワビスケの言葉を引き継いだ。

 しかめっ面になっている。


「でも、そんなズルみたいなことして先に進んでも、もっと強いやつが出てきたら勝てないでしょ?」


「そうとも言えない。

 多分、アイツらはケルベロスやクワドサラマンダーも単体なら倒せるんだろう。

 だが、数が多いから進めなくなってたんだ。

 まあ、あの数だからな。

 この辺一帯に散ってたとしても、それなりに連戦になるんだろう。

 事前の情報もそんな感じだったし、実際俺たちも連続で襲われてたしな。

 それでアイツらは、この辺はモンスターの数のせいで突破できないが、多少強いモンスターが出るとしても数さえ多くなければ先のモンスターでも勝てると踏んだんだろう。

 とにかくこのエリアさえ突破できればどうにかなるってな。

 単体の敵には強くても、継戦能力は低いなんてタイプもいるからな」


「そうやとしたら、考え自体は分からんでもない。

 押し付けられた方はたまったもんやないけどな。

 けど、ホンマくだらんヤツらやで。

 倒せへんならもっとレベルを上げてから挑戦すればええのに。

 まだこの遺跡に入れるようになって数日やろ?

 全然レベル上げもなんもしてへんってことやん」


「アイツらはこれまでも同じようにしてダンジョンを突破してきたんじゃないか。

 手際の良さから考えても、たまたま思いついた行動とは思えないしな。

 人間、一度楽を覚えると元の苦労に耐えられなくなるもんだからな。

 まあ、どのみち今度会ったらぶっ飛ばすことは確定してるんだがな」


「この先に進んだら出くわす可能性があるよね?」


「そうだ。

 そういうことだ。

 アイツら、俺たちがあの大量のモンスターを突破できるとは考えてないだろうから、後ろを警戒してはいないだろう。

 ふふふ、見つけたら逃げられる前に速攻でぶった斬ってやるぜ!」


 そう言って、ワビスケはアメノムラクモを振った。


「そやな。

 囲んでボコボコや!」


 マイコさんはハンマーをぐるぐる回している。

 二人の顔は完全に悪人のようになっている。

 悪いことをやったのはさっきのプレイヤーたちだから自業自得なんだけど、ちょっと気の毒な気分になる。


「そうと決まればサッサと進むぜ。

 アイツらが逃げてからかなり時間が経ってるからな。

 追いつくには急がねえと」


「おし、寄り道はナシや。

 できるだけ真っ直ぐ奥に進むで」


 ムードメーカーの二人がノッてしまった。

 もう僕たちには止められない。

 ついて行くだけだ。



 遺跡の中をどんどん進んだ。

 途中、ケルベロスやクワドサラマンダーは現れたけど、今のところそれより強いモンスターは出てきていない。

 ワビスケが言っていた通り単体では相手にならなくなっていたし、数も大して現れないから本当にサクサク進んだ。


「あ、ワビスケ、あの辺にアイテムの気配が――」

「後だ、後。

 帰りに見ればいい」


 ワビスケは本当にさっきのプレイヤーに追いつく気らしかった。

 アイテム、というか横道もだけど、色んなものを無視して真っ直ぐに進んでいる。

 これはかなり珍しいと思う。

 ワビスケは普通ならできるだけ細かく情報収集しようとするタイプだ。

 レベル上げ中心の今回でも、全く探索していなかったわけじゃない。

 でも、今は本当に真っ直ぐに奥へ進んでいる。

 それだけ、さっきのMPKのことを怒っているんだと思う。

 気持ちは分かるし、止めるつもりもない。

 ワビスケはめちゃくちゃな所はあるけど、面倒見もいいし思いやりもある。

 多分、他のプレイヤーの害になる行為を平然とするヤツらを許せないんだろう。

 ……マイコさんは単純に危険な目に遭わされて怒ってるだけっぽいけど。


 とにかく、脇目も振らずに進み続けた。

 道はけっこう入り組んでいるけど、ワビスケ曰く、経験のあるプレイヤーがどういう道を選ぶかは大体分かるとのことだった。

 さすが情報屋だと思う。



 そのまま1時間ほど進んだ。

 ここ30分ほどはモンスターに出会っていない。

 アイテムの気配も横道もなくなっていた。


「なんか退屈な感じになっちゃったね」


「いや、こういうとこはむしろ気をつけた方がいい。

 侵入者を油断させるような場所には何かが仕掛けられてるってのはセオリーだからな」


「そやな。

 それに、もしこんなとこで強いモンスターに出くわしたら逃げられへんてことやからな」


「なるほど。

 確かにそうだね。

 こんな風になってたら、さっきのプレイヤーたちみたいにズルして進めないね」


 仮に誰かにモンスターを押し付けても、一本道じゃ自分も逃げる場所がない。


「そう考えたら、どんどんここが危険な場所に思えてきたよ」


 なんだか本当に危険な気配を感じるような気がしてきた。

 嫌な雰囲気だ。

 ……ていうか、これは気のせいじゃない。

 確かに何かがいるのを感じる。


「みんな、この奥に何かいるよ」


「モンスターか?」


「多分。

 まだ距離があるから、はっきりとは分からない。

 でも、それなりに強そうな気配だと思う」


「そうか。

 もう俺と熊の遠距離攻撃は使えないからな。

 あのMPK野郎たちのことは惜しいが、今日は帰って、装備を整えてから明日再挑戦でも――」

「なんでやねん。

 せっかくレベル上がったんやから、試さなおもろないで。

 大体、どんなヤツか見とかな対策も立てられへんやん」


「だな。

 じゃあ、慎重に進もう。

 ヤバそうな相手だったら退却も考えるぞ。

 もし向こうが襲い掛かってきたら戦うしかないが。

 マイコの言う通り、上がったレベルを試すチャンスでもあるからな」


「ま、本当に危なそうだったら私が魔法で倒すわよ。

 他のプレイヤーがいなかったら大丈夫でしょ」


「そうだな。

 悪いがそうしてくれ。

 でも、疲れてるなら無理はしなくていいぞ」


「もう十分休めたから大丈夫よ」


 アリアはそう言うけど、どうも完全に調子が戻ったようには見えない。

 無理はしないでほしいと思う。


「じゃあ、行こう。

 エイシ、気配が近くなったら言ってくれ」


「分かった」


 そうして進んで行くと、かなり大きな音が聞こえた。

 何かが爆発したような音だ。

 続いて誰かが怒鳴る声とモンスターのものらしき雄叫びが聞こえてきた。

 まだ見えないけど、すぐ先の方からだ。


「今のは?」


「誰かが戦ってるみたいだな。

 おそらくエイシが感じたモンスターと、さっきのMPK野郎だろうな」


「どうする?」


「何回も言った通り、手出しは無用だ。

 マナー違反だからな。

 もしアイツらだったら本当はすぐにぶっ飛ばしたい所だが、戦ってるなら終わるまで待つ。

 負けるようなら、それはそれだ。

 実力が伴ってないのにこんな所まで進んだヤツが悪い。

 とにかく、現場に向かおう。

 見ないことには動きようがない」


 音の方へと進んだ。

 そして、角になっている場所を曲がった所で、そのモンスターが目に入った。

 それは、ケルベロスよりもさらに大きい狼のモンスターだった。

 首は四つある。

 きれいな金色の長毛をなびかせてたたずんでいる。

 一体しかいないのに、ケルベロスが何体もいるより強いプレッシャーを感じた。

 ソイツがワビスケの予想通り、僕たちにモンスターを押し付けたプレイヤーたちと戦っている。


「ワビスケ、あれは?」


 ワビスケはいつも通り、レンズでモンスターの情報を調べていた。


「えーと、クワドロスだな。

 ケルベロスの上位種だろう。

 ……かなり強いな。

 ヤマタノオロチよりも強い。

 さすがにキリアラプトルには負けるが、ゴリラなんて比べ物にならないくらい強いな」


 確かにいかにも強そうな感じだ。

 ソイツと戦っているプレイヤーは今にもやられそうな状態だった。

 体には姿を消せるマントがかかっているけど、ボロボロだ。

 あれじゃ効果は発揮できないだろう。

 逃げようとしたけど姿が消える前にやられたとか、そんなところじゃないだろうか。


「やっぱり、手を出さない方がいいんだよね?」


「ああ。

 見てるだけにしとけ」


「けど、あれじゃすぐにやられそうだよ」


「知ったこっちゃねえよ。

 アイツらが俺らにしたことを考えたらモンスターと一緒に攻撃しないだけマシだぜ」


「うーん。

 まあしょうがないか。

 でも、ここで見てても大丈夫なの?

 僕たちも巻き込まれない?」


「近づきすぎない限り、俺たちを攻撃してくることはないはずだ。

 今のクワドロスのターゲットはアイツらだけだからな。

 アイツらがやられたら俺たちも攻撃されると思うが、そうなったら戦闘開始だ」


「勝てるかな?」


「さっきまでは難しかったが、かなりレベルが上がったからな。

 なんとかなると思うぜ」


 僕たちが話している間も戦いは続いている。

 まだなんとか持ちこたえているけど、いつやられてもおかしくない感じだ。

 助けてあげたい気もしないわけじゃないけど、あの人たちが悪質な行為をしたのは確かだ。

 それで仲間たちが危険な目にあった。

 簡単に助けようという気にはなれない。


 と、戦っているプレイヤーの片方と目が合った。

 今さらながらこっちに気づいたみたいだ。

 すごく驚いた顔をしている。

 あのモンスターの大群を倒してくると思ってなかったからだろう。


「お、おい!

 おま、いや君たち、助けてくれ!

 いや、助けてください!」


 その人は情けない声で助けを求めてきた。





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