災い転じて
僕たちの方へどんどん大量のモンスターが迫ってくる。
その数は尋常じゃない。
世界中のモンスターを全部集めてきたんじゃないかって思うような光景だ。
それに追いかけられている二人組のプレイヤーは、かなり危ない状況のはずなのにどこか余裕があるように見える。
「やっと標的を見つけたぜ。
アイツらにするぞ」
その片方の声が聞こえた。
モンスターの足音に遮られてはっきりとは聞こえなかったけど、確かに標的と言った。
「ワビスケ、あれも手出ししちゃいけないんだよね?」
どう見てもただ事じゃないんだけど、他のプレイヤーの戦闘には手出ししてはいけないって何度も言われている。
「馬鹿!
あれはそういうヤツらじゃねえよ!
アイツら、俺たちにあの大量のモンスターを押し付けようとしてやがるんだ。
逃げるぞ。
モンスターのターゲットが俺たちに変わったら厄介だ」
「え?
どういうこと?」
「いいから、走れ!」
熊とマイコさんは既に走り始めていた。
僕とアリアは事情が分からず少し遅れたけど、言われた通り一緒に走る。
「ダメダメ。
逃がさないよー」
後ろから軽薄そうな声が聞こえた。
さっきの声とは別のヤツだ。
突然、丸い玉のような物体が僕たちの前に飛んできた。
後ろのプレイヤーが投げたんだろう。
それが地面に触れて割れた。
次の瞬間、そこには今までなかった壁ができていた。
「なっ!」
驚いて後ろを振り返る。
自分たちで逃げ道を塞いだように見えたからだ。
何を考えているのか分からなかった。
でも、そうじゃなかった。
モンスターから逃げていた二人のプレイヤーは、大きな布のようなものを被っているところだった。
「なんだ?
何をしてるんだ?」
僕には彼らの意図が分からない。
でも、良くないことが起きようとしている空気を感じる。
二人組が布を被り終えると、その姿が見えなくなった。
「え?
どういうこと?」
急に目の前にいた標的が姿を消したことで、モンスターたちは急停止した。
そして、混乱しつつも周囲を見回している。
「何あれ?」
「くそっ。
あれは一時的に姿を消せるマントだ。
効果時間はさほど長くないが、今はそれで十分だろうな」
戸惑っていたモンスターたちが徐々にこちらを向き始めた。
さっきまで追っていた標的がいなくなった今、すぐ近くにいる僕たちを狙うのは確実だろう。
ワビスケが言ったモンスターを押し付けるという言葉の意味を理解した。
「はあ」
ワビスケが一つ大きなため息をついた。
そして、締まった表情に切り替わる。
「仕方ねえ。
覚悟を決めるか。
戦うぞ」
その言葉にみんなの表情も変わる。
この状況では他に選択肢はない。
「……しゃあないか。
やったるわ!
とりあえず熊とワビスケは遠距離からデカい攻撃して数を減らしてえや。
多分、ここの天井はそんなヤワやないやろうから崩落なんかせえへんやろ。
撃ち漏らしはウチとエイシ君で片付けるわ。
エイシ君、それでええか?」
「うん。
任せて。
アリアも離れて魔法を使って」
正直怖さはあるけど、そんなことを言っていられる状況じゃない。
「いいの?
さっきのプレイヤーがまだその辺にいるかも――」
「大丈夫。
さっきコソコソ逃げてったからもういないよ。
僕には気配で分かる。
ていうかモンスターも匂いとかで分かりそうなもんなのに」
明らかに見失っているから、そうじゃないことははっきりしている。
でも、狼って鼻とか良さそうなのにな。
「あのマントにはモンスターの標的から外れる効果もあるんだろう。
俺も知らなかったが。
腹が立つくらいあのアイテムを有効利用してやがるぜ」
「ということは思い切り魔法を使ってもいいのね?」
「ああ、周りに他のプレイヤーがいないなら大丈夫だ。
俺たちだけで倒せるならそうするところだが、流石にあの数はどうにもならない。
でも、くれぐれも直接天井とかに当てない様にしてくれよ」
「分かってるわよ。
じゃあ、最初の一撃は私がもらうわ。
ワビスケたちはそれに続いて」
「分かった」
「おう」
ワビスケと熊がそれぞれの武器を手に頷いた。
僕とマイコさんは遠距離攻撃を掻い潜ってきたヤツを倒すために、少し前に出る。
「行くわよ!」
ここまで機嫌良さげに僕たちの戦いを見ていたアリアだけど、本当はストレスが溜まってたんだろう。
自分だけのけ者みたいな扱いだったから。
その鬱憤を晴らすかのような一撃が放たれた。
それはアリアの得意な魔法の一つ、巨大な黒い炎だった。
いつもよりもはるかに大きなそれは、こちらに迫ろうとしていたモンスターを飲み込んだ。
先頭にいたケルベロスやクワドサラマンダーは一瞬で灰になった。
そのままモンスターの群れを蹂躙しながら進む。
ある程度進んで黒炎が消えかけた所で、同じ大きさの黒炎が再び放たれた。
連射だ。
一発目で倒せなかったモンスターたちを倒していく。
さらにその攻撃は何発も続いた。
それは圧倒的な光景だった。
大量にいるモンスターがどんどん数を減らしていく。
「ははっ、流石はバランスブレイカーと言われただけのことはあるぜ……」
ワビスケの乾いた笑いが聞こえた。
ただ、アリアも余裕なわけじゃないらしい。
一発一発に渾身の力を込めていたみたいだ。
攻撃を終えた時には、膝に手をついて肩で息をしていた。
モンスターはまだまだ残っているけど、かなりの数を倒すことができた。
「アリア、大丈夫?」
「ええ。
久しぶりに思い切り魔法を使ったから、少し目まいがしただけ。
大したことないわ。
でも、ちょっとだけ休ませて」
言葉とは裏腹に本当に辛そうだ。
それだけ本気の攻撃だったってことだろう。
「大丈夫。
あとは任せて。
これを飲んで休んでて」
僕は力強く頷いた。
アリアを安心させてあげたかったからだ。
効くかどうかは分からないけど回復薬も渡す。
アリアはすごくがんばってくれた。
僕もがんばろう。
まだ終わったわけじゃないんだ。
「ワビスケ!
ボケてる場合じゃないよ!」
「お、おう。
熊、俺たちもやるぜ!」
アリアの魔法を見て気が抜けたみたいになっていたワビスケに声をかける。
僕の言葉にワビスケがもう一度表情を引き締め直した。
「よし、行くぞ!」
ワビスケのロケットランチャーと熊のバズーカが火を吹いた。
アリアの魔法でかなりの数を倒したとはいえ、まだまだモンスターは無数にいる。
そこにワビスケたちの攻撃が降り注いだ。
アリアの攻撃とは違った種類だけど、圧倒的な爆発が起きる。
残っていたモンスターたちが吹き飛んでいった。
ただ、何体かのモンスターは傷を負いながらも、その爆撃を逃れてこちらに向かってきた。
「エイシ君!」
「うん!」
そういうヤツはマイコさんと僕が倒す。
普通の状態なら倒しきるのに時間がかかるモンスターたちだけど、今は手負いの状態だ。
できるだけ素早く、確実にとどめを指していく。
僕たちの所まで辿り着いたケルベロスの動きは、見る影もないくらい遅くなっていた。
あっさりとマイコさんがハンマーで倒す。
クワドサラマンダーは元々遅い動きがさらに遅くなって、のそのそとこちらに来た。
それをポテンシャルナイフの一撃で倒す。
攻撃力だけならアメノムラクモよりもポテンシャルナイフの方が上だ。
遅い相手にはポテンシャルナイフ、素早い相手にはアメノムラクモを使うことにした。
変則的な二刀流でワビスケたちの撃ち漏らしを倒していく。
こちらの遠距離攻撃はかなり効果的だった。
おかげで接近戦の立ち回りも有利に進んでいる。
でも、かなり数を減らしているはずなのに襲ってくるモンスターの勢いは中々衰えない。
通路の奥からどんどん湧くように現れてくる。
「アイツらどんだけ集めてたんだよ。
くそっ、弾切れだ」
ワビスケがロケットランチャーを捨ててレーザーに持ち替えた。
熊もバズーカからビームに持ち替えている。
「もう一度いくわ」
少し回復したのか、アリアが真っ直ぐに手をモンスターの方に向けていた。
「大丈夫?」
「ええ。
心配ないわ。
いくわよ」
再び黒炎を放った。
だけど、さっきよりはかなり小さい。
多分、無理してるんだと思う。
それでも、かなりの威力を持ったその魔法はモンスターを確実に減らしていく。
「俺たちも負けてられないぜ」
「おう!」
ワビスケと熊もアリアの魔法に続いた。
僕たちは粘り強く戦い続けた。
遠距離攻撃で大半のモンスターを倒し、近距離も取りこぼさないように立ち回った。
それでも中々終わりは見えなかった。
◇
戦い始めてどれくらい時間が経ったのか分からない。
何体のモンスターを倒したのかも分からない。
だけど、ようやく佳境にさしかかってきたようだ。
ずっと視界を埋め尽くしていたモンスターに切れ目が見え始めた。
ワビスケと熊はとっくに遠距離攻撃の武器を撃ち尽くしていた。
今はアメノムラクモとグローブで接近戦に切り替えている。
アリアは休憩しながらも散発的に魔法を使ってくれている。
その度にモンスターの数が削られていく。
あと少しだ。
◇
「おらっ!」
ワビスケの攻撃がケルベロスにとどめをさした。
「あと3体!
もう一息だぜ!」
「いい加減に、くたばれやぁ!」
マイコさんがクワドサラマンダーを叩き潰した。
「コイツは任せろっ!」
熊がもう一体のクワドサラマンダーの頭を踏み潰した。
「小僧、ソイツでラストだぞ!」
僕の目の前に最後のケルベロスがいる。
「これで、終わりだあ!」
ポテンシャルナイフでケルベロスを貫いた。
その体が崩れ落ちる。
……しばらく、誰も話さなかった。
辺りの様子を伺っている。
残ったモンスターがいないか確認しているんだ。
「ふう。
終わったね」
モンスターの気配がないことを確認して、息を吐いた。
「なんとかな」
「はあ。
しんどかったあ」
「流石に危なかったな」
「こんなに魔法を使ったの初めてよ」
ようやくちょっと気を抜くことができた。
みんなその場に座り込んだ。
「これ、結局どういうことだったの?」
「ああ、多分MPKだな」
「MPK?」
「モンスタープレイヤーキラーの略だ。
要はモンスターを使って他のプレイヤーを倒すって卑怯な戦法だよ」
「何それ。
なんのためにそんなことするのさ?」
「考えられる理由はいくつかある。
単に気に食わないプレイヤーをモンスターに襲わせるとか、襲わせたプレイヤーがモンスターを弱らせたところを横取りするだとか、場合によってはモンスターにやられたプレイヤーの装備を奪おうとする、なんてのもいる。
まあ、色々あるがどれもロクでもない理由ばかりだ」
「不愉快な話だね」
「ああ。
最悪だよ。
最も性質の悪い行動と言える。
さっきのヤツがどういう目的だったのかは知らないが、明らかに偶然じゃなかったからな。
アイテムまで利用しやがって」
「道の先に壁ができたのもアイテムの効果なんでしょ?」
「多分な。
おそらく新アイテムだろう。
あれは本来、モンスターに追われたときに後ろに壁を作って逃げるために使うもんだと思うが。
それを、真逆の使い方をしやがった。
アイテムの使い方以外の動きもかなり手慣れた感じだったから、MPKの常習者かもしれないな。
次に出会ったら確実にぶっ飛ばしてやる。
まあ、とりあえず休憩だ。
流石に疲れた」
「そうだね。
アリア、大丈夫?」
「ええ。
私は休みながらだったから、なんとかね。
エイシこそ…………意外と平気そうね」
「集中しっぱなしだったから頭は疲れたよ。
体力的にはまだ大丈夫だけどね」
「嘘でしょ?
一体どんなスタミナしてるのよ」
アリアに呆れたような顔で言われた。
「いやいや。
あんな魔法を使える人に言われたくないよ。
僕なんてちょっと人より疲れにくいだけだよ」
「私の魔法なんて覚えれば誰だって使えるわよ。
それよりあなたの方が、ずっと動き続けても疲れないなんてすごいじゃない。
エイシって大人しそうな顔して実はとんでもないタイプよね」
「そんなことないよ。
アリアの方がすごいよ――」
「いやエイシの方が――」
「はいはい。
イチャイチャするのは二人の時にしてくれ。
お前らは両方すげえよ。
仲が良いのはいいが、こっちは疲れてんだから静かに休ませてくれ」
ワビスケに止められた。
確かに、何を馬鹿みたいな言い合いをしてるんだろう。
やっぱり疲れてるのかもしれない。
「ほら、あれを見ろ。
普段あんなにうるさいマイコでさえ静かなんだぞ。
休むべきときは騒がずにちゃんと休めってことだ」
言われてマイコさんの方を見る。
何も言わずに身動きもしない。
珍しい。
ワビスケの言うとおり静かに休んでいるんだろうな。
僕も見習わないと――
「ち、ちょっとなんなんこれ?
めっちゃすごいやん。
嘘やろ?
……嘘じゃないやん。
こんなん初めて――」
「うるせえよ!
いきなり何騒いでんだよ」
台無しだった。
「こんなん騒がずにいられへんわ。
レベル見てみ」
「はあ?
レベル?
えーと……は?
なんじゃこりゃ。
マジかよ、おい。
すげえなこりゃ」
ワビスケも騒がしくなった。
さっきの言葉はなんだったんだろう。
「ワビスケ、騒いだらダメなんでしょ?」
「あ?
ああ。
いや、でもこれはすげえよ」
「なんなのさ?」
「レベルだよ。
さっきレベル110に上がったとこだったのに、今は137だ」
「ウチもや。
熊は?」
「ワシもだ。
これは流石に驚いたな……」
「27も上がったんだ。
そんなにすぐに上がるものなの?」
「いやいや、ありえねえよ。
いや、ありえたからこうなったわけだが。
普通ならこんなこと考えられない。
真面目にレベル上げしても一日に5も上がればいいほうだよ。
ウォームレクスの時も一気に3上がったが、あれだって異常だったんだ。
それなのに、今回はその比じゃない」
「なんでなんやろ。
確かに考えられへんくらいの数は倒したし、それぞれもそこそこ強い相手やったけど」
「もしかしたらボーナスかなんかついたのかもしれないな。
実際アリア抜きじゃ倒せなかったから、俺たちの実力以上の相手だったわけだしな。
というか、数で言えば今までの大量発生イベントなんかよりもずっと多かっただろ。
大量発生イベントでは経験値ボーナスが付くことがあるから、同じようなことかもしれない。
本当のところは全然分からないけどな」
「とにかく、喜ぶべきことやな。
もうこの辺でのレベル上げは十分やろ」
「そうだな。
まさしく、災い転じて福となすってヤツだ。
MPK野郎に感謝だぜ」
こうして、一気にワビスケたちのレベル上げを進めることができた。