仲間
大通りに戻ろうとしてしばらく歩いたけど、全然どっちに進んだら良いのか検討がつかない。
止まっていても戻れないことは分かっているからとにかく歩き続けてるけど、ちょっと途方に暮れかけている。
それに、歩きながら物音が聞こえるたびに、追いかけてきたプレイヤーの人に見つかったんじゃないかと思ってビクビクしているから余計に神経を使う。
歩き始めてどれくらい経ったかな。
少し日が昇り始めているから、数時間は経ったと思う。
僕は疲れていた。
体力的に、というよりも精神的に。
どうしてこんなことになったんだろう。
今日、というかもう昨日ってことになるんだけど、途中まではすごく楽しかったのにな。
こんなことなら、看板なんて作らないでずっと入り口で役割だけこなしていた方が良かったのかな。
そんなことまで考え出していた。
自分でも必要以上にネガティブな気持ちになっているのは分かっている。
別に本心で思っているわけじゃない。
ただ、今から役割だけの生活に戻ることもできないわけじゃないんだよね。
でも、もう僕には同じところでずっと同じことを言い続ける生活なんて耐えられないだろうな。
「おい、エイシ」
考え事をしながら歩いていると、いきなり後ろから話しかけられた。
「ひゃあ」
僕はすごくビックリして変な声を出してしまった。
すぐに声の方を振り向く。
そこには、すごくバツの悪そうな顔をしたワビスケさんがいた。
僕はすぐに非難の目を向ける。
元はと言えば、この人がたくさんプレイヤーを連れてきたのが悪いと思ったからだ。
「いや、あの、悪かったよ」
素直に謝られた。
「俺も興奮してあんまり後先のこと考えてなかったんだけど、まさかあんなに人が集まるとは思ってなかったんだよ。
確かにファスタルってのはもう大体のイベントが攻略されきっていて、新しいことってのはあんまり起こらない。
だからこそ、入門向けの場所として初心者に人気なんだけど。
その中で、いきなり前情報もなしに聞いたこともないことが起きたから、みんな飛びついちまったんだ。
まあ、みんなが気づく原因を作ったのは俺だから、俺の責任なんだけど。
ホントごめんな」
本当に悪かったと思っているみたいだ。
ちゃんと謝ってくるのはなんだか意外だった。
俺は悪くない、とか言うかと思ってた。
プレイヤーの人に謝られるのは初めての経験だから、ちょっとどうしていいか分からなくなった。
ただ、不思議ともう怒る気にはならない。
「べ、別にいいですけど。
僕が戻っても、もうみんな追いかけてこないですか?」
「いや、もうお前がなんかのイベントに絡んでるらしいって情報は出回っちまってるから、街でプレイヤーに出くわしたら、寄ってくると思う」
げんなりした。
「何とかしてください。
あんなのもう嫌ですよ」
「残念ながら、一度広まった情報はもうどうにもならない。
多分、ほとぼりが冷めるのにも、しばらく時間がかかると思う。
仮に多少落ち着いたとしても、お前の姿を見かけたらついてくるってやつは、これからずっと出てくるだろうな」
僕は本当に嫌そうな顔をしていると思う。
心の底から煩わしさが込み上げてきている。
「だから、それが嫌なら、もうファスタルを出るしかない」
そんなことを言われた。
ファスタルを出る?
ずっと前から外の世界を見てみたいとは思ってたけど、そんなにいきなり出ることなんてできない。
「そんな。
いきなりファスタルを出るなんて無理ですよ。
だって、僕は外のことなんてほとんど何も知らないんですよ。
ファスタルを出ても、どこに行けば何があるのか分からないんです」
「ああ。
そうだろうな。
だから、俺がついて行く。
この騒ぎの責任は俺にある。
まあ、お前がファスタルを歩き回っている以上、遅かれ早かれこうなっていた気もするが、それでも今回こうなっちまったのは俺のせいだからな。
だから俺が、お前が行きたいと思うところに連れて行ってやる。
俺自身、お前がこれから何をするのか見てみたいって打算的な考えがあることは否定しない。
正直、お前の行動にはめちゃくちゃ興味がある。
だが、少なくとも、昨日お前を追いかけたやつらみたいにお前の気持ちを無視したりはしない」
僕は疑いの目を向ける。
最初にワビスケさんが僕に話しかけてきた時、僕のことを無視していたからだ。
「い、いや、居酒屋で話しかけた時は悪かったよ。
この世界について俺が知らないことなんてほとんどないから、ちょっと我を忘れて興奮しちまったんだ。
反省してる。
すごく反省してる。
本当だって。
もう二度とあんなことはねえよ」
焦って弁解された。
まあ、プレイヤーの人たちが集まってきて僕を囲み始めた時に、止めようとしてたのはワビスケさんだけだったから、信用はしてもいいと思う。
ただ、この人なんだか軽いんだよね。
ちょっと、信用しきるには不安なノリというか。
でも、確かにこんなところで一人で迷っているよりはいいかな。
「分かりました。
じゃあ、お願いします。
と言っても、僕には目的なんてありませんから、まだどこに行きたいなんて希望もないですよ」
「ああ。
まあ最初は誰だってそんなもんだ。
あと、仲間になるんだから敬語はナシだ。
遠慮がでるからな。
あと、名前もさんはいらねえ。
ワビスケと呼べ。
仲間には遠慮はしない、させない。
それが俺の主義だ」
「え?
う、うん。
分かった。
じゃあ、これから頼むよ、ワビスケ」
僕は敬語はあんまり得意じゃないからそっちの方が助かる。
だけど、どう見ても僕より年上のワビスケに敬語なしで話すのはちょっと気が引ける。
まあ、この人になら別に構わないかな、という気もしているけど。
「おう、任せろ。
じゃあ、とにかく一度大通りに戻るか。
お前、道分からないんだろ?」
「え?
いやあ、まあ分からないというか」
「別に恥ずかしがらなくていいよ。
ファスタルの裏通りなんて誰だって一度や二度迷ってる。
ここは、別名ファスタル迷宮なんて言われたりするようなところだからな。
俺も何度か迷ったことはある。
そのおかげで道を覚えたんだ。
まあ、ついて来い」
ワビスケは笑いながらそう言って歩き出した。
僕はさっきよりも少しワビスケに親近感を感じるようになった。
大人しくついて行くことにする。
「あとな、これ着とけ」
ワビスケは背負っていた大きな鞄を漁って何かを出した。
服だった。
フード付きだ。
「お前の顔なんて、ファスタルにいるやつはみんな知ってるからな。
ファスタルを歩くときはそのフードで顔を隠しとけ。
面倒なことになりたくないんだろ」
「うん。
あ、ありがとう」
僕は渡された服を着た。
実は、今着ているのとは違う服を着るのは初めてだったりする。
着替えたことがないなんて汚いかもしれないけど、今まで考えた事もなかった。
僕ってホントになんにも考えないで生きてきたんだな。
ちょっと切なくなった。
渡された服は僕には少し大きかったけど、その方が顔を隠しやすいからちょうど良かった。
おしゃれな服ではなかったけど、初めて着る服というのはちょっと嬉しかった。
ワビスケについて行くと、すぐに大通りに戻ることができた。
本当に裏通りの道もちゃんと分かっているみたいだ。
途中何回か細い道を曲がったりしたけど、立ち止まったり引き返したりすることはなかった。
「じゃあ、このままファスタルを出るぞ」
その言葉通り、どこにも寄らずに大通りを進んで、一度街の外に出た。
街を出た時にはすっかり朝になっていた。
途中でたくさんのプレイヤーの人たちとすれ違ったけど、誰にも気づかれなかった。
今まで何にも考えずに話をしていたプレイヤーの人たちなのに、この時は恐ろしく感じていた。
だから、何事もなく街を出られてほっとした。